| 国際労働者シンポジウム東京集会――仏NPAを招いて かけはし2010.12.6号 |
| サルコジ政権と激突した新しい経験を通し新党の役割をリアルに提起 |
NPAの基盤は
新世代の登場
十一月二十七日、東京・総評会館で、11・27国際労働者シンポジウム東京集会「『反資本主義』への挑戦 ――フランス反資本主義新党(NPA)を招いて」が開催され、百七十人が参加した。宮城、福島、群馬、愛知、静岡などの仲間も参加したように、フランスNPAへの関心の高さが示された。
シンポジウムの前に、「一九六八年五月から二〇一〇年年金改悪反対闘争まで」のビデオが上映された。LCRからNPAに発展していったフランス革命的左翼の運動がよく分かる内容であった。開会のあいさつを呼びかけ人の高英男さんが行い、司会を国富建治さん(新時代社)と生田あいさん(コモンズ政策研究機構)が務めた。国富さんは「日本の政治危機は進み、資本主義システムも行き詰っているのに、左翼は有効に対処できず危機に陥っている。左翼の再生のためにNPAから学んでいきたい」と述べた。生田さんは「どうすれば新しい左翼の再生ができるか悩んでいた時に、NPAの結成を知り、大きく励まされた。潮流を超えて今回のシンポジウムが開催されたことに希望がある。現場に根ざし、青年が参加するようなこれからの反資本主義左翼になっていくように願っている」と語った。
湯川順夫さんがNPA形成の背景について説明した。
「一九六八年五月の闘いによって、社共の左に急進的左翼が大衆的基盤を持った。一九七三・七四年に資本の攻勢が起こり転換点を迎えた。八〇年代は困難な攻防戦だった。共産党系のCGTは後退し、社会党系のCFDTは右傾化して民営化を認め、左派組合員を排除した。新自由主義の攻勢がますます強まった。九〇年代、自分たちで闘わなければならないと自立した新しい社会運動が始まった。電信・電話、郵便、鉄道、病院などで独立左派組合SUDが作られた。反失業運動AC!が数万人の全国行進を行った。移民の闘いも起こった。一九九五年に公務員の全国ストが起こり、闘えば新自由主義を阻止できると自信を獲得した。さらに、反グローバリゼーションの世界的運動の中心を担っていった」。
「しかし、政党・政治勢力化はただちにできなかった。社会党政権ができた。その社会党政権が民営化などを進めたので労働者は幻滅し、極右に獲得されていった。二〇〇二年の大統領選には極右のルペンが第二位の得票を得て、決選投票を争うことになった。こうした状況の中で、新しい政治勢力を形成しなければならないと意識されるようになった。欧州憲法条約承認を国民投票で否決する大衆的な動きがあり、次の大統領選で左翼統一候補を実現しようとしたができなかった。二〇〇八年にLCRは第十七回全国大会で、反資本主義新党を作ろうと呼びかけ、下から全国各地で結成準備会が作られた。二〇〇九年二月に九千人の党員の参加のもとNPAが作られた」。
闘い通し危機へ
の回答に挑む
次に、今回のゲストであるレオン・クレミューさん(NPA全国政治評議会、SUD航空労組執行委員)が「LCRからNPA 年金改革反対ゼネストとフランス左翼」と題する講演を行った。
LCRからNPAについては、次のように述べた。
「九〇年代に新しい運動が作られたが、情勢との関係では極左の力が非常に弱かった。ではどうしたらいいのかについて討論があった。ひとつの傾向は新しい政治勢力を作るのではなく、小さなセクトを強化する。もうひとつは共産党などの傾向だが社会民主主義勢力との関係を大事にするというもの。新自由主義と対決できなかった。独立した政党を作らなければならないと主張したのは実質的にLCRだけだった。そしてNPAは作られた。これは成功だった。LCRは三千人の党員数だったが、NPAは九千人以上の党員数で結成した。共産党などを含めて作っている左翼戦線があるが、依然として社会党と連合戦線を組もうとしている。反資本主義左翼はNPAだけだ。NPAはシオニズム反対・パレスチナ支援などの国際主義の闘いを行っている。これは重要なことだ。資本主義の危機に対する回答を見つけようとしている」。
年金改悪反対闘争について。
「この闘争は一九九五年の公務員スト以来十五年ぶりの社会に根ざした深い闘いだ。闘いに情熱・熱い怒りがあった。サルコジ政権の政策の特徴は労働者の闘いの成果を全面的に解体していくものであり、移民労働者への排外主義・レイシズムの攻撃だ。これに対して伝統的指導部は全面的に対決する姿勢を見せなかった。年金改革に対しても改革の必要性を認め、サルコジと交渉しようとした。しかし、多くの労働者は絶対に反対で改悪案を撤回せよと闘う姿勢を示した。そしてこれは政府に対する反撃の意思表示だった。九月になり、労組のたくさんの統一戦線が作られ、ナショナルセンターの枠を超えてストやデモが統一行動として初めて実現した」。
「十月には社会をマヒさせるまでいき、政治危機と結びついた。世論調査では七〇%が改悪反対であり、ゼネスト支持が多数であった。問題は次をどう準備し、展望するかだ。三百万人参加の大規模行動デーが六回あったが、こうした一日行動の積み上げではなく、ゼネストを打ち抜くことであった。改悪法案は国会で通ったが、世論の多数は闘争を続けようだ。この闘争は同じような危機にあるヨーロッパ各地の仲間たちに闘いの方向・先例を作った。結成したばかりのNPAは重要な経験をした」。
その後、会場からたくさんの質問が寄せられたが、時間がなかったので、レオンさんは数点の質問に答えた。NPAの党員が増えているかどうかについて。「新しい支部が出来ているが、活動的党員数は横ばいか少し減っているかもしれない。しかし、影響力は拡大している」。レーニン主義的党組織論について。「NPAは民主集中的な党であり、活動家の党である。上からの決定を押しつけるのではない。結成理念は資本主義社会に対して、生産手段の社会化をめざす革命的変革を求め、社会主義をめざす。LCRとは違って、トロツキスト戦略などを踏み絵にする立場はとらない。分岐を求めてシャットアウトはしない。いろんな潮流の人たちがNPAに結集してよい」。
さまざまな
見解・感想
韓国のキム・インシクさんが「韓国での進歩勢力の再編論議」について報告した。キムさんは「ダハムケ(オールトゲザー)」運営委員、新聞「レフト21」発行人、民主労働党中央委員。キムさんは、オールトゲザーが国際的レーニン主義政党(イギリスのSWP系トロツキスト組織の国際組織であるIST)を支持していて、北朝鮮、旧ソ連、中国、キューバは国家資本主義であると規定していると、自らの立場を明らかにした。そして、ヨンピョン島砲撃事件に対しては、北朝鮮は社会主義国家でも反帝国主義国家でもない。敵視政策を進めるアメリカと韓国に責任がある。米・イミョンバク政権の北朝鮮敵視政策に反対している、と語った。そして、キムさんたちは公然と外で独自の組織と機関誌を持つことを認めさせながら民主労働党に加入している。キムさんは政治勢力再編について次のように述べた。
「民主労働党は北朝鮮が社会主義国家だと規定している。その意味ではスターリン主義だ。民主労働党は社会民主主義勢力の結集をめざしていて、帝国主義や新自由主義に反対している。北朝鮮の評価をめぐって民主労働党は分裂し、進歩新党が作られた。今、韓国では反資本主義政党を作ろうというわけではない。この二つを合体し進歩大統合を行い団結が必要だということになっている。この時、統一政党を作るのか、それとも連合連戦かで討論になっている。自分たちはブルジョア自由政党の民主党と手をつなごうとする統一政党化の動きに反対している。共通の要求で団結できる連合戦線の方がよい」。
次にレオンさんの話を受けて、辻和夫さん(自治体労働者)と西山直洋さん(連帯労組関生支部)があいさつした。辻さんは「日本では年金改悪があっても闘争にならなかった。フランスの反資本主義的新党NPAの民主主義的な闘いの方法を学ばなければならない」と語り、西山さんは「関西生コンの闘いは連続ストで闘ってきたが再度ストを打つかどうか、十一月三十日の最終集団交渉にかかっている。入り口のセメント業界、出口のゼネコンとの狭間にいる中小生コン企業といっしょになって正規・非正規を守る闘いを行っている。こうした産業別労働運動を広げていかなければならない。そして社会変革のためには青年労働者の力が必要だ。いかに枠を広めていくのかが挑戦していきたい」と述べた。
最後に、国富さんが「反資本主義的な新しい政治組織をどのように作っていくのか、初めて討論ができた。運動を共同で作り出し、論議を重ねていかなければならない。今後、枠組みを広げていろんな人々と手がかりを作っていきたい」と結んだ。(M)
沖縄知事選
伊波候補一歩及ばず、日米合意撤回へ運動再組織化を
十一月二十八日投票された沖縄知事選は、最終的に現仲井真弘多知事の再選で決着した。普天間米軍基地の県内たらい回し・辺野古移設をきっぱり拒否し、あいまいさを残すことなく県外移設のための日米合意見直しを掲げた伊波洋一候補は、沖縄社会大衆党、日本共産党、社民党、国民新党などの支持に加え、広範な民衆的支援を結集しつつ、仲井真現知事の再選への期待を隠すこともなかった菅政権や民主党中央を始めとする、日米の諸々の支配勢力総掛かりによる沖縄への米軍基地押しつけの歴史を決定的に転換させるべく闘い抜いた。しかし、現職の高い知名度に加え、自民党沖縄県連、公明党、みんなの党の支持を固め、その上普天間基地の県外移設・日米合意見直しをも公言し、辺野古移設に反対する県民要求との衝突を回避した仲井真候補を、あと一歩追い抜くことができなかった。
結果は以下の通りとなった。
仲井真弘多
335,708票
伊波洋一
297,082票
投票率 60・88%
事前の関心は極めて高かったが、実際の投票率は前回を4%弱下回った。県民に困難な選択を一方的に強いた中央政治そして本土に対する、ある種の抗議を見るべきだろう。
菅政権はこの結果を足掛かりに、早速あらゆる手段を動員し沖縄県政に圧力を加えることで、日米合意の強行に進もうとしている。しかし沖縄の人びとはそれを許さないだろう。
伊波、仲井真両候補に投じられた票は、いずれにしても日米合意の拒絶を意味していることに変わりはない。仲井真候補の日米合意見直しにたとえ政略が含まれているとしても、それが沖縄の人びとの意志が本物であるがゆえに強制された政略であることを忘れてはならない。もちろん辺野古移設を拒否する名護市民の意志はすでに明確になっている。同時に行われた宜野湾市長選では、伊波市政継承を訴えた安里猛候補が、厚い保守基盤を背景に保守市政奪還を訴え立候補し、優勢とされていた元衆院議員をかわした。沖縄県民の本当の思いはこの結果にも自ずから示されている。
こうして沖縄でこれから始まる第二幕の闘いは、問題を改めて全国に突き付ける。日米安保固執派による沖縄の圧倒的な民意の踏みにじりを許さず、日米合意の撤回と普天間米軍基地の撤去を全国の声へと高める闘いがより一層強く求められている。その闘いは、同時に日本の民衆総体にとっては、自らの権利の踏みにじりを許さない闘いにつながっている。(寺中)
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