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反自由主義目標を軸に社会的運動を再構築することが決定的 |
フランシスコ・ルカへのインタビュー
反資本主義左翼の統一組織「左翼ブロック」10年の闘争と教訓 |
二〇〇七年六月二日と三日にリスボンで、左翼ブロックの第五回全国大会が開催された。左翼ブロックは一九九九年の結成以来、ポルトガルにおける反資本主義左翼の統一組織として自己を強化し、国内での存在を確立した。今日、左翼ブロックは重要な勢力となり、四千二百名の党員を擁し、闘争と社会的運動の中での活発な存在であるだけでなく、三百五十名の地方議員と八名の国会議員を抱えている。フランシスコ・ルカとの以下のインタビューは、二〇〇七年七月七日に行われたものである。
社会主義者であると規定
――左翼ブロックは、社会主義左翼の複数主義的政党です。社会主義綱領の核心との関係で、言葉の強い意味で、つまり、大規模生産手段、分配、信用などの社会化との関係で、どのように自己を規定しているのですか。あなた方の綱領では、財産に関する重要な問題にどのように取り組もうとしているのですか。この問題に関する明確な立場をとることなしに、反資本主義左翼の再建は可能でしょうか。
八年前に左翼ブロックが結成されたときに、われわれは政治的選択を行いました。この選択は今なお有効であると、私は思っています。すなわち、党の建設においては、われわれの活動を規定している政治的対決を基盤にしていくこと、アプリオリなイデオロギー的一貫性を基盤にはしない、ということです。
このようにして、われわれは非常に異なる伝統を結集しました。共産党、毛沢東主義者や革命的マルクス主義(トロツキスト)潮流、さらに独立社会運動の人々です。極めて守勢的な情勢の中でこのような再編を成し遂げる可能性があるということは、われわれが政治的提案を定式化し、社会に対する影響力を持つことができることを意味しています。
したがって、歴史を参照して綱領を議論することから始めるのではなく、政治的介入のプログラムを議論することから始めました。創立後間もなく、私たちは自己を社会主義者であると規定しました。これには二重の意味があります。まず、「現実の社会主義」(スターリニズム、ソ連、東欧や中国の経験)を拒否することです。次に、反資本主義的闘争によって自己を規定することによって、社会民主主義的経験とその現代版の社会自由主義的バージョンに反対することです。
この意味で、私たちは集団的所有の思想を防衛します。しかし、真に重要なこと、特に少数グループの道をたどってきた組織にとって重要なことは、政治的思想を表現する手段を見つけ、大衆に対する影響力を勝ち取ることです。したがって、私たちは社会主義思想を、ポルトガルの政治的生活の様式に結びついた具体的な提案に翻訳しました。
たとえば、私たちは最近、水道、エネルギーなどのサービスの社会化を提案しました。また、今年のわれわれの主要キャンペーンの一つは、全国保健サービスの防衛、近代化と転換に集中しています。これによって、社会的ニーズと具体的闘いを基盤にして社会化の展望を具体的に示すことが可能になります。
「ゆがんだ鏡」を打ち壊す
――六月の大会の多数派決議を読むと、社会的問題と環境問題とでは、取り組み方の明確な違いを見て取ることができます。社会的問題においては、防衛的要求が提案されています。民営化の拒否、みんなのニーズを満たす社会保障制度の防衛、などです。すなわち、反自由主義プログラムであって、ケインズ主義左派と相容れる観点です。
環境問題においては、資本主義の論理に挑戦することなくしては、気候変動のような深刻な問題に対応することはできないと指摘しています。ここでのあなた方のアプローチは、ものごとを定式化する方法を含めてよりラディカルであるように私には見えます。
最低限の社会的綱領、それは「可能な」目標の防衛と調和するものであり、実際「可能な目標」という言葉は何度も使われていますが、このことと、特にエコロジー問題における資本主義と本気で手を切る必要性と間に、矛盾はないのでしょうか。
すべての問題において、唯一の一貫した戦略は資本主義と手を切ることです。私たちはケインズ主義左派と観点を共有していません。なぜなら、ケインズ主義左派の観点は、市場に基づいたものであり、第二次世界戦争後の資本主義制度に物質的基盤を持つ観点ですが、今日、それはもはや可能ではありません。私たちは反対に、左翼、少なくともわが左翼は、社会主義のプロパガンダに自己を限定することなく、人々の意識と行動能力を発展させるために闘う、という思想を防衛しているのです。
実際、唯一の現実的なオルタナティブは社会主義であるというアイデアは、即時の目標ではあり得ず、左翼の思考に動揺をもたらします。闘うためには、すべてを要求しなければなりません。しかし、すべては不可能です。私たちは、この「ゆがんだ鏡」を打ち壊す必要があるのです。
ヨーロッパ・ブルジョアジー、少なくともポルトガルのブルジョアジーの中心的な目標は、労働者の間接賃金の部分を抑制し、国家の社会化された部分からの、税金からの収入を自分のものにすることです。このことが、民主的獲得物である公共サービスの防衛を私たちに強いています。これは私たちの集団的な責任です。住民の多数派をこのような目標に勝ち取らなければなりません。
この闘いは、防衛的なものではありません。考えられる最も攻勢的な闘いです。なぜなら、特定の提案、したがって可能な提案を提起することによって、人々はそれが適用可能であることを理解できます。保険と社会保障の分野で私たちがやっていることは、このことなのです。たとえば、社会党を多数派とする政府の強力なイニシアティブ、すなわち社会保障改革に対して、私たちは財政の方法、税金の役割や、世代間に配分するサービスの方法に関する具体的な対案を提起した唯一の政党でした。このことが私たちに大きな影響を及ぼしました。なぜなら、社会保障自由化の賛成派の唯一の主張、すなわちこれが実現可能な唯一の方法であるという主張が誤りであることを、だれもが理解できるはずだからです。私たちは明確にこの地平を目指して闘わなければなりません。
大会が作成した環境問題に関する基本的立場は、明らかにより綱領的で、気候変動に焦点を合わせていますが、その理由は、これが初めて私たちが作成した決議であるからです。私たちは、なぜ市場による解決、「アル・ゴアの方法」が袋小路に行くつくのかを、消費の習慣、生産の形態、富の分配、南北関係、などに関する観点から説明しなければなりませんでした。これが、私たちがより教育的アプローチをとった理由です。
政治的社会的イニシアチブ
――最近二十〜二十五年間に累積された新自由主義的政策の結果、すなわち現存する資本主義の政策の結果は、社会的退化をもたらし、階級意識に深い影響を及ぼしました。「自分たち自身」のための団結の全般的後退を指摘することができます。これはブルジョア・イデオロギーの影響の増大の現れです。社会の広範な部分のアトム化がこれまでになかったほど進行し、資本の物質的、イデオロギー的攻勢をまともに受けています。
この状況が、あらゆる種類の分断を増幅させています。仕事をしている者と失業者、安定した仕事についている者と不安定な仕事をしている者、国に生まれた者と移民、老人と若者、男と女、などです。このような抵抗能力の全般的弱体化が、力関係の質的悪化をもたらしています。このような文脈の中で、粘り強く闘うことは、反自由主義的目的を軸に社会的運動を組織することだけでなく、社会的運動を再構築することを意味しています。それには、急進的な社会変革の地平の再定義が前提として必要です。それは、第二次世界戦争以前の労働者階級運動にとって社会主義が意味していたものです。この点についてはどう考えますか。
左翼はこの問題に対して完全な答えを持っていないと、私は思います。なぜなら、唯一の可能な答えは、社会的経験に基づいた、闘いの新しい伝統の創出に基づいたものでなければならないからです。しかし、答えには二つの要素があると私は思います。まず第一は、政治的イニシアティブの能力であり、第二は、新しい社会的枠組み組織、社会的介入の新しい形態です。私は、社会主義的左翼の戦略の鍵は、イニシアティブを取り戻し、攻勢に出ることであり、可能な場合は、この方向を常に維持することであると思っています。
私はヨーロッパの急進的左翼の闘士たちと伝統を大いに尊敬していますが、党は一国的政治的論争の中では、特にそのイニシアティブ能力だけでは、自己を基準として確立することはできないとすれば、それは失敗すると私は思います。政治的行動において基準となる能力を構築することが絶対に必要です。
私たちの歴史の中で、二つの例を挙げることができます。左翼ブロックは、一九九九年に、自由化、個人主義、民営化の波が高まっているときに結成されました。ポルトガルは、未だ独立を遂げておらずインドネシアの軍事的圧力の下にあるチモール人民との独特の連帯運動を経験しました。全国的なストライキ、一日中続く街頭デモ、すなわち、物質的利益の表現ではない動員です。全体的な防衛的雰囲気の中で、このような関与とイニシアティブの能力がどのように可能になったのでしょうか。答えは政治的です。ある種の緊張が、具体的テーマに関する重要なイニシアティブを可能にするのです。
さらに、ごく最近、政治的世界に対する教会の重みが非常に強いカトリック国において、妊娠中絶に関するヨーロッパで最も進んだ法律の一つを、六〇%の賛成投票で勝ち取りました。これは、非犯罪化の支持者のイニシアティブ能力によって説明されます。
私たちは、中道派と右翼を分断し、議会の右翼メンバーを引きずり込んで運動の味方につけました。鍵となるテーマは、「どうして妊娠中絶をした女性を投獄し続けることができるのか」でした。これが政治的論争の基準を完全に変えました。だから、一見非常に急進的であるが、実際には、何んでも可能であると思えないので、静観的政策に導くような態度には、気をつける必要があります。条件を選択し、前進する可能性がある場合にはイニシアティブをとることによって力関係を作り上げれば、多くのことが可能なのです。
基本的には、あなたは正しいと私は思います。二十一世紀には、私たちは社会的運動の大きな再組織化を予想しなければならないでしょう。現実には、労働組合が不安定労働者を組織化することは困難でしょう。他のタイプのネットワークや社会的組織を作り出すことが必要です。
この点に関しては、私たちはいくつかの経験を持っています。たとえば、私たちは、一年前に、仕事を要求して全国を横断、縦断するデモを組織化しました。毎日二つまたは三つの公開集会が開かれ、多くの労働者が参加しました。時には、倒産しかかっている会社や企業閉鎖の脅迫を受けている労働者が私たちに接触してきました。
私たちはこの問題を非常に真剣に受け止めました。なぜなら、ポルトガルの失業率は一〇%前後にもなっているからです。労働者には対案が見つかりませんでした。それは非常に難しいからです。しかし、いくつかの場合には、重要な成果を獲得しました。左翼ブロックの闘士たちは、ポルトガルの最も重要な工場の一つであるフォルクスワーゲンの労働者委員会の指導部に参加しています。ここでは、工場の数百人の不安定労働者に安定雇用契約を与えるために、労働者は賃上げをあきらめました。これは連帯の解決策への確信を強化しました。これは極端な防衛的状況の中で起こったことです。
2つの社会フォーラム
――二十世紀の末には、グローバルな正義のための運動が、思想の分野における決裂の要素を表現しました。そこで私たちは新しい形態の国際主義の出現を見ました。それにもかかわらず、この運動は、大規模な社会的動員への参加に限界を示しました。左翼ブロックの大会文書は、二つのヨーロッパの例を強調しています。すなわち、フランスにおけるCPE(初期雇用契約)に反対する若者の動員、そしてボローニャ改革(欧州連合の高等教育改革)に反対するギリシャの学生の動員です。これらは、これに先行するグローバルな正義のための運動がなければ考えられないものです。
しかし、このような経験にも限界がありました。大規模な社会的動員がなければ、グローバルな正義のための運動は堂々巡りに陥り、反撃にとって不可欠な社会的イニシアティブの能力を解放することなしには、その動員やフォーラムは儀式になってしまう危険があるとは思いませんか。
その危険は存在します。しかし、それにもかかわらず、グローバルな正義のための運動は、非常に魅力的で生産的な新しい形態の組織を基盤にして戦争に反対する国際的な運動を組織する能力を示すことによって、見事な成功を収めました。帝国主義と戦争との対決の開始の決定的要因となった、数百万人の大衆運動の表現力を可能にしました。それは広範な社会的セクターの組織化において真の困難に直面しているというのは、正しいのです。ポルトガルにおいては、グローバルな正義のための運動は、組織能力やイニシアティブ能力を持った運動としてよりも、思想の実験室としてはるかに重要でした。
二つのポルトガル社会フォーラムが存在しましたが、非常にささやかな存在でした。第一のフォーラムは、統一戦線への労働組合連合の関与のおかげで、確かに少しましでしたが、第二のフォーラムは、全プロセスを管理したいという共産党の強迫観念のために、多くの組織が参加を思いとどまり、数百人に限定されていました[原注1]。この偏狭な態度は、ポルトガルのグローバルな正義のための運動の自律的介入の能力に影響を与えました。したがって、組織された運動としての社会フォーラムは、ポルトガルにおいては影響力を持ちませんでした。
戦争と平和には明確な態度
――国際的反戦運動は、グローバルな正義のための運動のすばらしい結果の一つでした。それは、とりわけ、アメリカ帝国主義とジョージ・W・ブッシュの終わりのない戦争政策に向けられました。これは、ヨーロッパ帝国主義の平和的性格に対する幻想を助長したでしょうか。
左翼ブロックの大会は、アフガニスタンへの欧州軍の介入に対するポルトガルおよび他の国々の支持を批判しています。イタリアの共産主義再建党多数派が、特にアフガニスタンにおいて国連の承認を受けたことで、また、レバノンにおいては別の背景から、NATO加盟国の軍事介入継続への賛成に転換したことをどう思いますか。
反戦運動がアメリカおよびイギリス帝国主義に反対して発展したことはその通りです。明らかに、シラクおよびシュレーダーがとった立場は、幻想を生み出しました。しかし、この帝国主義者の戦線の分裂は、戦争に対する世論の動員の産物でもあると、私は思います。したがって、アメリカ超帝国主義を取り巻く種々の帝国主義の統一能力を麻痺させたという、一つの成果でもあります。
とは言っても、今日、明らかに重要な政治的論争が存在します。
イタリアにおいては、共産主義再建党は二枚舌を使っている、と私は思います。政府内では、アフガニスタンへの帝国主義の介入を受け入れ、一方、欧州左翼党内では、アフガニスタンからのすべての軍隊の引き上げを求める決議を承認しています。この種の二枚舌がイタリア国内でも見られます。アメリカ軍基地の拡張に反対するデモに参加しておいて、数日後にはこの基地拡張計画に賛成投票するようなことができるものでしょうか。人々は矛盾があることを理解しており、このことが共産主義再建党と反戦運動の間に問題を作り出しています。
しかし、反戦運動の指導部における共産主義再建党の役割は非常に重要であったし、二〇〇三年から二〇〇四年にかけての同党の強みでした。ここに欠陥が存在し、これが非常に危険な状況をもたらしています。なぜなら、政党はその目的に関して極めて明確でなくてはならず、特に戦争と平和の問題に関してはそうです。これは人々の生活にとって決定的な問題だからです。
社会主義運動の最善の伝統は、ジョーレスからローザ・ルクセンブルグに至るまで、この問題に関して明確です。戦争、軍国主義および帝国主義に対する立場が明確でない左翼の政策というようなものは、あり得ません。
共産党(PCP)とは別の道
――左翼ブロックは、反自由主義的社会主義左翼が集まったものですが、ポルトガル共産党(PCP)は入っていません。しかし、欧州レベルでは、左翼ブロックは欧州左翼党に所属しており、欧州左翼党は共産党運動出身の勢力が支配しています。PCPが左翼ブロックとは別の道を歩んでいること、また大会文書がこれについてほとんど触れていないことを、どのように説明しますか。
左翼ブロックは自由主義政策に反対して、したがって社会党に反対して設立されましたが、同時にPCPにも反対して設立されました。私たちは第三勢力、綱領とイニシアティブ能力によるオルタナティブを表現しています。私たちの戦略的目標は、左翼内および社会全体の中での力関係を再構築することです。ポルトガルにおいては、共産党は、一部の他の諸国と同様、スターリニスト的伝統の中での組織化の形態を表現しており、この伝統の中では、労働組合を指導するのは党であり、女性や若者を組織化する運動が存在します。
このことが、労働組合にとって、統一的に労働者を代表することを不可能にしており、不安定労働者や他の社会的階層を組織化する能力を制約しています。PCPの社会的勢力は、主として、労働組合運動のこの種の党支配に依拠しています。したがって、私たちにとっては、この概念と手を切ることが必要でした。この概念は民衆運動を弱体化させます。左翼ブロックが政治的および社会的勢力として組織されたのは、民衆運動のイニシアティブ能力を再構築することに貢献するためでした。
したがって、私たちは共産党とは、対決、論争の関係をとり、そして時には、私たちはこれに代わるビジョンを防衛するけれども、集合の関係をとっています。PCPは、その歴史全体を通じてソ連の党でした。現在は、中国共産党の党になっています。共産主義再建党をもたらしたイタリア共産党の分裂とは比べられません。
欧州左翼党に関しては、私たちはこれに所属していますが、欧州の各共産党は分裂していると言うべきです。欧州左翼党は非スターリニスト的概念、開かれたネットワークの概念を持っており、コミンテルン型の概念ではありません。PCPはこれに所属していません。私たちは、欧州左翼党には従いません。
欧州左翼党の決定は私たちを拘束しません。それは協力のネットワークであって、各国の党の立場に依存します。デンマークの赤と緑の連合やイギリスのリスペクトは、これと連携しています。欧州左翼党の一部を形成している各国共産党は、程度の差はあれ、転換していますが、PCPは、東欧、中国、ベトナム、キューバ共産党、などとともにパラレルネットワークを作ろうとしています。
350人の自治体議員
――左翼ブロックは、全国議会や地方自治体において議員の数を拡大しています。三百五十名という自治体議員数は、議員数の一〇%近くを占めます。このことがあなた方にとって問題を提起してはいませんか。これらの議員の比重が、政治的優先順位や活動をこれらの制度に適合させる傾向をもたらし、社会的運動のニーズを優先させることにとって害になってはいませんか。選挙による付託がもたらす物質的および象徴的特権は言うまでもありませんが、それらはもちろん極端に小さいものです。左翼ブロックは、このような危険に対してどのように防壁を築いていますか。
あなた方もスイスで議員を持っているのでお分かりと思いますが、党が選挙に立候補し、議席を獲得したら、票を獲得した場所で議席を占めなければなりません。ブルジョア民主主義においては、すべての大衆的政党は議員を持ち、政治的分化は選挙における獲得議席で表現されます。敗北や後退も不可避ですが。
ポルトガルにおいては、地方議員は無報酬で、自治体の会議は、大きな都市でも週一回しかありません。小さな町では月に一回、あるいは年に二回の場合もあります。また、いくつかの委員会にも参加します。地方議会は非常に小さな権力しか持っていません。地方議会は政治的討論のためのフォーラムです。また私たちは自治体の執行委員会に選出されたメンバーも持っています。これは比例代表制で選出されます。リスボンに近い人口約三万人の小さな町を例外として、一般に私たちは多数派ではありません。
これらの地方議員を持つことが、地方的な問題に対する政治的答えを要求されることになるというのは、そのとおりです。これらの問題は重要でもあります。住宅、輸送、公共サービス、教育、などです。これらの問題の中には、直接財政政策や予算に関係するものや、国全体の社会の編成に関係するものもあり、地方の状態をよく知っている反対派を発展させることを可能にします。
このために、私たちは多くの努力と多くのカードルを自治体問題に集中することを余儀なくされています。実際、私たちは、現在の対決に何が関係があるかを住民に説明するために、地方議会の壁の外に出てこの仕事を行わなければなりません。PCPは、反対に、自治体執行部のポストを得るために、多くの場合、右翼と連合しています。なぜなら、社会党と権力の座にある与党諸党が、支配的ブロックを形成しているからです。
このことが、オポルト、シントラやコインブラのような複数の大都市で、PCPが右翼および極右とともに自治体政府に参加している理由を説明します。しかし、最も重要なことは、中央キャンペーンをめぐる全国的な政治的姿勢を維持することです。たとえば、過去一年間、私たちは大量のわれわれの勢力を、仕事を求めるデモに集中し、雇用主や政府と直接対決しました。妊娠中絶をめぐる闘いにおいても同様でした。左翼ブロックは、この点で広く認知されています。
各国ごとの経験と条件が重要
――左翼ブロックは、まったく異なる政治潮流を融合することを可能にしました。新しい勢力や新しい世代だけでなく、古い伝統出身の勢力、たとえばマルクス・レーニン主義者、トロツキスト、PCP少数派などもです。左翼ブロックの前進を可能にしたのは、このような勢力間の協調ですか。
私は一般化はしたくありません。ポルトガルの条件は、明らかに、他のヨーロッパ諸国にまで拡張できません。たとえば、フランスにおいては、LCRは広範な反資本主義党について議論しています。スイスのソリダリテSの経験も異なります。しかし、これらの多くの経験と欧州左翼に関する論争に共通することは、より広範な、攻勢的な、社会的活動家を組織化できる、政治的左翼と社会的左翼の両方を代表するような政治的枠組みを創出したいという意志です。
私たちが選択した道は、基本的には、共通の政治的任務を基礎として集団的指導部を構成するプロセスを構築できるという確信に基づいています。この確信は、活動のコースを通じて、成功と失敗を通じて、種々の傾向を統合し合意と一貫性を追求するという意志の見習い期間を経ることによって、テストされなければなりません。これが成功すれば、政治に参加することが可能になります。
プロパガンダを展開すること、思想を発展させること、綱領を防衛することと、広範な社会主義セクターを闘いに巻き込み動員することによってそれを政治的武器に変えることの間には、実際、大きな違いがあります。新しい勢力が参加してきているのは、私たちが確信を持っており、キャンペーンを展開しており、行うべき闘いを説明しており、左翼の側に立って自己を組織化する新しい方法を討論しているからです。
私たちは次のようなの問題を中心的に提起することによって、数千人の人々に到達しました。すなわち、私たちは現在の力関係をどうすれば変えることができるのか。敵を退却させるためにには、私たちの努力をどこに集中すべきなのか。
教育センターの設立
――一九六八年後の世代は、イデオロギー的レベルでは非常に均質な政治組織の中で教育されています。そこでは、知識の位置付け直し作業、理論的訓練や展開が非常に重要であり、多くの場合、広範な枠組みの中で政治を行う能力にとっては不利な環境です。
その上で、新しいカードルの教育の問題を、あなたはどのように提起しますか。新しいカードルは、運動の実践のみを通じて発展するものではなく、分析や真剣な理論的訓練の道具をも獲得します。
私たちの世代の理論的論争や歴史的知識は、巨大な財産です。労働者運動のこの批判的検討なくしては、生きたマルクス主義を作り出す努力なしには、なにごとも可能にはならないでしょう。社会主義的左翼の党は、これらを再び熟考し、詳しく調べなければならないと私は思います。私たちはおそらく幸運にも、資本主義の枠組みと変化した労働者階級の中で、マルクス主義をその本来のものとして使いながら、すなわち作業道具として使いながら、この努力を続けているのです。
左翼ブロックの大会は、教育センターを設立し、特に社会的活動家に対処することを決定しました。その最初のコースが現在始まろうとしており、前世紀の革命の歴史、すなわち十月革命、スペインの内乱、中国、キューバ、ベトナム、一九六八年五月、ポルトガル革命を、それらが提起した戦略的問題を考えるために取り上げます。また、私たちは理論誌の発行を開始します。
また、新しいコミュニケーションの手段を開発する努力を行っています。数十年前に新聞が演じていた役割は、今日、対話的手段に取って代わられようとしているからです。したがって、私たちのインターネット・サイトは、目覚しい発展を遂げ、毎日数千人が見ています。私たちは、このサイト上で、広範な読者を対象にした政治的問題、歴史的問題やその他の問題に関して毎週文書を発表しています。ストリーミングによるラジオ番組も流しています。最後に、私たちはオーディオビジュアル・プロダクションを開発したいと考えています。クリップからドキュメンタリーまで、教育と討論の基盤に使用でき、また左翼ブロックのキャンペーンにも使用できるでしょう。九月には、学習ウィークエンド「ソシアリズム二〇〇七」を開催し、戦略と歴史、労働組合、およびエコロジー的闘争、また文化的問題について討論する予定です。
このインタビューは、スイスの組織「ソリダリテS」のジュアン・バトゥによって行われた。
▲ フランシスコ・ルカは、経済学者でポルトガル議会の左翼ブロック議員である。二〇〇五年一月の大統領選挙では、左翼ブロックの候補者であった(五・三%の票を獲得した)。
[原注1] ポルトガル共産党は、左翼ブロックが選挙レベルで同党に匹敵する勢力を代表するようになり、社会的基盤を拡大しているために、新しい状況に直面している。この状況に対応して、PCPは極端にセクト主義的態度を発展させている。同党の新聞や集会において、絶えず左翼ブロックを攻撃している。しかし、われわれは常に、セクト主義になることなく、この種の対決を避けるために統一的な対応を選択してきた。(インターナショナル・ビューポイント08年1月号)
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