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決議 上からの「社会的合意」ではなく、下からの「階級的団結」を |
労働者の力中央委員会
再び「社会的合意」という名の幻影が出没している。99年2月、民主労総が脱退した後、歴史の墓場の中に消え去ったかのようだった「労使政委員会」が再び新たに化粧を施して労働者階級を幻惑している。「共生と妥協の労使関係」、「先進労使関係」、「国際的基準」などという、きらびやかな修辞を動員しつつ、墓場から再び呼び戻したのは、ほかならぬノ・ムヒョン政権だ。すでにIMF通貨危機以後、資本の自由主義的構造調整や労働の柔軟化を貫徹するためのギマン的な「合意」であり、虚構の機構であることが確認されていた労使政委員会が、ノ・ムヒョン政権によって「改革」という仮面をかぶって再び復活している。
急速に進行する「上からの攻勢」
その速度と幅とは予想をはるかに超えている。大衆討論を経て8月の臨時代議員大会で民主労総の参加の是非は決定されるだろうから、その日程に合わせて対応していけばよいとの判断は、あまりにものどかで純真な考えと言うほかはない。すでに「労使政の社会的合意」のための上からの攻勢は本格化している。03年末の「損賠仮差し得さえ問題についての合意」や、04年2月の「仕事場創出のための社会的合意」は、労使政委員会を再稼動させるためのウォーミング・アップにすぎなかった。
5月末の青瓦台(大統領府)労使政懇談会以後に構成された「労使政指導者会議」は、6月4日の第1回会議で名称を「労使政代表者会議」と決定した。「3カ月間の一時的運営」というただし書きをつけつつ、「労使政委員会」の改編方案や労使関係の法律改正の方案について論議することに決定した。
このような流れに歩調を合わせ、参与連帯は6月1日に「分配構造改革のための6大分野22の課題」を発表した。同時に参与連帯は持続可能な社会発展の枠組みを論議する社会的協約機構である「(仮称)経済社会協議会」を構成することを提案した。既存の労使政委員会を発展的に拡大・再編し、政党、農民団体、市民団体など主要な社会勢力を含めさせ「社会的代表性を高め」させよう、との提案だ。
このような一連の急速な変化に対して民主労総指導部は、今回の合意は決して労使政委員会への復帰ではないし、むしろ「新たな労使政合意の枠組みを作るための『一時的協議機構』を構成したものであって、民主労総の要求が受け入れられたもの」だとして歓迎している。
6月23日の労使政代表者会議のワーク・ショップに提出する『既存の労使政委員会の評価と新たな社会的交渉機構についての立場』も準備されている。すでに労働部(省)と「労政定例協議会」、経総とは「労経定例協議会」を稼動している民主労総としては、「労使政代表者会議」まで合意することによって「社会的交渉戦略」にそった「重層的交渉構造」を完成していっている。その上、社会団体までが加わって「社会的合意」の攻勢を一層、加速化させている。
このような速度と地形によって進められれば、8月に予定された民主労総の臨時代議員大会は「新たな労使政委員会」に参加するかどうかを決定する場ではなく、すでに進められた過程を追認するしかない場となるだろう。
もしかして参加しないとの決定をしたとしても、このような世論の攻勢を自ら克服できない限り、一層孤立した地形で闘いを準備しなければならないだろう。したがって8月では、あまりにも遅い。まさに今から、このような「上からの社会的合意の攻勢」に能動的かつ積極的に対応していかなければならない。
新自由主義を隠ぺいする世論工作
世論による追い立てと現実への糊塗を通じて民主労総を「社会的合意の構図」にくくりつけようとする攻勢は、すでにさまざまなレベルで進められている。「正規職労働者の過度の賃金引き上げ要求や雇用の硬直性が非正規職労働者の保護を阻んでいる」という世論作りが大々的になされている。大工場労働者たちの利己主義が非正規職の量産や差別の原因だと言うのだ。このような世論作りの中で、正規職労働者たちの雇用不安や非正規職労働者量産の本当の原因が新自由主義の構造調整や労働の柔軟化だという点は隠ぺい・歪曲される。
IMF通貨危機以後、深刻になっている貧困の問題もまた同様だ。しだいに深刻な様相に向かっている。富める者はさらに富み、貧しい者は一層貧しくなるという経済的両極化、そしてその結果として生じた400万人を超える信用不良者の量産、生計型自殺者や犯罪者の増加、離婚率の急増などの社会的問題の原因は、まさに「経済危機」克服のために全面化した新自由主義の構造調整や労働の柔軟化だ。つまり資本の生産過程において発生する問題だ。
だが、このような根源的な問題を隠ぺいしたり、当然のこととみなして、その結果である「分配」の問題だけに焦点を合わせ、あたかもこれを「社会的合意」という枠組みによって解決していける、としている。これは現実を糊塗するものだ。このような攻勢に市民団体が「分配構造の改革」を云々して、手を貸している。
このような世論の攻勢の中で、新自由主義の構造調整や労働の柔軟化は経済危機克服のために不可避な経済政策として認められ、正規職労働者たちは、この構造調整や労働柔軟化の1受恵者として責任をともに分かち合う対象に位置づけられてしまう。「社会的合意」は、その合意の内容が何であるのかも明らかでないままに、それ自体として絶対的善となってしまう。
ノムヒョン政権は何をねらうか
なぜノ・ムヒョン政権は「社会的合意」に執着するのか? 「社会的合意」の構図を通じて貫徹しぬこうとしているのは何なのか? これは今後「自由貿易協定」や「経済特区」など「新自由主義の世界化と構造調整」は避けられない現実として貫徹しぬくが、この過程で生じる労働者民衆の抵抗や弊害は「社会的合意の機構」を通じた労働者階級の分割包摂や「社会的安全網、保護政策」、つまり施恵的政策によって補完しようとするものだ。
すなわち、「新たな社会的合意機構」を通じてノ・ムヒョン政権が貫徹しようとするのは、「先進労使関係のロードマップ」だ。これは新自由主義の世界化の構造調整の制度的完結のために「労働柔軟化の拡大強化」、「戦闘的大衆ストの放棄」と「労働基本権の部分的保障」をバーターするものだ。このような内容が、いわゆる「グローバル・スタンダード」、そして非正規職の保護や仕事場の創出という名分によって維持されている。
より具体的には、整理解雇や職場閉鎖の要件を緩和し、操業妨害や生産施設を占拠する暴力行為には即刻、公権力を投入する基準を用意しつつ、これを非正規職に対する施恵的水準の保護政策や公務員労組の部分的認定、そして業種別交渉体系の保障などと「社会的合意」の形式によってバーターしようとするものだ。
これは整理解雇と労働基本権の部分的保障をバーターしようとした1998年の第1〜2期労使政委員会と大差はない。違いがあるとするなら、おそらく名称が異なり、位置や構成に若干の変化があるだろうし、民主労総の前指導委員だったキム・グンス氏が労使政委員長として座っており、民主労総の前政策諮問委員だったキム・デファン氏が労働部長官として構えており、民主労総第4期のイ・スホ指導部が「社会的交渉戦略」という名分によって「社会的合意の構図」に積極的に乗り出しているという点、だけだ。ノ・ムヒョン政権が市民・社会団体を動員して民主労組運動に対する社会的圧力を一層強化するだろうという点も、条件としては変化したと言える。
ノ・ムヒョン政権と開かれたウリ党を中心に、これを傍らで支える保守マスコミと市民・社会各団体は資本の新自由主義世界化に向けた「改革同盟」を構築している。そしてこの新自由主義的改革勢力は労働者階級の上層部も「改革同盟」に結集することを追求し、脅迫している。
「社会的合意」は新自由主義改革同盟の完結版となるだろう。「新自由主義的世界化」や「改革」自体について労働者階級がハッキリとした政治的態度を持てず、「社会的合意」という幻影に幻惑されるとき、民主労総を中心とした労働者階級の上層部は、自らの主観的意図とは関係なしに、「改革同盟」の下位パートナーに編入されるか、包摂されるだろう。
その現実的結果は、民主労組運動の体制内化の完結、改良主義化の定着であり、新自由主義の構造調整や労働の柔軟化によって苦しめられている現場の多数の労働者からの分離、新自由主義に立ち向かった大衆闘争の橋頭堡としての民主労総が持っている位置が最終的に失われることとなるだろう。
核心は「新たな」何かではなく、「合意」する何かはないということ
この数年間、新自由主義の構造調整と対決する闘争は失敗を繰り返したために、「経済危機」克服の対案としての新自由主義の世界化と経営合理化以外の他の展望がなかったり不透明だったために、何よりも恐怖にも近い雇用不安や非正規職の量産、そして深化する貧困問題を解決するハッキリした現実的展望が存在しないために、労働者たちは新たな社会的合意の構図に対して再び幻想を持たせられたり、混乱や動揺をするということもあり得る。
いっそう高まりゆく世論の攻勢によって「社会的孤立感」が避けられず、やむをえず労働者階級の一部は「社会的合意」の場内になだれ込むということもあり得る。このような現実を、これ以上、企業別労組の枠組みでは解決できず、産別交渉の体系を構築するために積極的に「社会的交渉の枠組みを活用」しようとの判断を持つこともあり得る。
だが問題の核心は「新たな」労使政委員会ではない。ましてや「交渉戦略」の問題でもない。「合意事項の履行」だの、「議題の拡大」だの、「労使政委員会の位置づけ強化」だのということなどは副次的な問題だ。核心は、それが何らかの名称へと新たに飾り立てようとも、民主労総が新自由主義の構造調整や労働の柔軟化に確固として反対すれば、「新たな社会的合意機構」で合意することはない、という点だ。
ハッキリしていることは民主労総が新自由主義の構造調整や労働の柔軟化に反対すれば、「社会的合意」は不可能だということ、逆に民主労総が新自由主義の構造調整や労働の柔軟性に同意するときにのみ「社会的合意」は可能だ、という点だ。さらに明らかなのは、どのような名称によって新しく身を飾り立てたとしても「社会的合意機構」での論議は「政治的合意」以上の拘束力を持つことはできないだろう。
いまは、ノ・ムヒョン政権は民主労総を「社会的合意」の場にひき入れるために、自身の政策が「新自由主義政策でも親労働者的政策でもない」とギマンをしているけれども、「社会的合意」の場内に立ち入る瞬間、民主労総は足首をつかまれるだろう。「戦術的活用論」が主張するように簡単に脱け出すことはできないだろう。すでに社会的合意機構に飛び込んだ瞬間、新自由主義の構造調整や労働の柔軟化自体ではなく、その結果として生じた非正規職、仕事場創出、貧困問題などで責任を共有しなければならないからだ。
「国民経済のための相生の労使関係」、「非正規職保護のための正規職労働者の譲歩」というイデオロギーのわなにかかり、ついにはにっちもさっちもいかない状況を迎えかねない。その結果は民主労総の闘争力の無力化であり、労働者階級内部の分裂だ。そして民主労総の大衆闘争の動力が去勢された後に、ノ・ムヒョン政権は世論を動員した社会的圧迫を通じて、政府と国会を中心に、いわゆる「労使関係の改善」を強行していくことができるだろう。
「社会的合意」よりも「階級的団結」を
新たな「社会的合意」攻勢によって民主労働運動陣営は、再び岐路に立たされた。この岐路において、いま一度ハッキリと確認しておこう。「新たな」社会的合意機構や「社会的交渉戦略」以前にノ・ムヒョン政権の新自由主義的改革の本質、労使政委員会を通じた社会的合意の虚構性などについて民主労働運動陣営は明確な政治的態度を持たなければならない。
現在のノ・ムヒョンの労使関係改革の核心は、資本の世界化で要求される「労働柔軟化の制度化」にある。労働柔軟化の制度化は、正規職労働者の雇用不安や労働強度の強化、非正規職労働者の量産や構造化が定着することを意味し、正規職労働者や非正規職労働者の分割統制を制度的に定着させようとするものだ。民主労総がこのような労使関係の改革に同意する瞬間、87年の労働者大闘争以後に保持してきた民主労働運動のアイデンティティーは再び深刻な危機に直面することとなるだろう。
「社会的合意」攻勢が目標としていることも、あまりにも明らかだ。民主労総が新自由主義の世界化や構造調整、そして労働柔軟化の制度化という方向に同意し、下位パートナーとして参加せよ、というものだ。非正規職の量産や差別に正規職労働者も責任があるのだから、ともに負担を背負えというものだ。
このように目標が明らかな「社会的合意」の攻勢に対して、「産別の交渉権を闘いとるために労使政委員会の枠組みを活用すべきだ」という主張は、新自由主義的世界化や労働の柔軟化に対抗した労働者闘争の展望を武装解除することだ。「社会連帯基金」だとか「社会貢献基金」は、ともすれば、ノ・ムヒョン政権によって逆に活用できる戦術して、事態の本質を避けていこうとするものにすぎない。
民主労組陣営は、労使政委員会を通じて「合意」するところはないという点を明確にしなければならない。この点を大衆的に明確にせず交渉の構造を中心として接近していけば、またもや大衆闘争の可能性は撹乱されるだろう。参加のための条件を掲げるのは事態の本質をあいまいにするだけだ。
社会的交渉機構で論議の議題の拡大を主張する以前に、ノ・ムヒョン政権の新自由主義的改革と対決した労働者階級の立場や要求が何であるのかを明らかにし、大衆的に共有して進んでいくことが何よりもまず重要だ。社会的交渉機構の実質的な改編の主張以前に、正規職労働者と非正規職労働者間の階級的団結を下から組織していくことが急務だ。
機構の組織的、財政的独立性確保の主張以前に、民主労総の財政的独立性や階級的代表性を確保することが、より一層のカギだ。新自由主義の世界化や構造調整、そして労働の柔軟化攻勢に対する労働者階級の答えは「社会的合意」ではなく、「階級的団結」だ。
国際労働運動史上の社会的合意
歴史的に、社会的合意主義は「資本の戦略」だった。政治的に、労働者闘争の激化、資本のファシズムとの野合などの状況の中で危機に直面した資本の戦略が、まさに社会的合意だった。これは資本主義の相対的好況または帝国主義的収奪という妥協の物的条件の中で可能だったのであり、特に社民主義と労働組合官僚主義の協力が必須の条件だった。
国際的労働運動史の観点からみるとき、社会的合意主義は民主的、階級的労働運動の政治的自殺にほかならなかった。社会的パートナーとしての国家―資本との協力は、下からの労働者闘争を包摂する過程であったし、その結果、ヨーロッパの主要労働運動はその現場闘争の動力を喪失したし、事実上の労働運動の死亡状態をもたらした。これは1970年代から全世界的に始まった新自由主義の攻勢に対する労働運動の抵抗がほとんどなかったことからも確認できる。社会的合意主義は主体の意志とは関係なく、労働運動の危機へと直結した。
だが最近の西欧での労働運動復活の動きは、まさに社会的合意主義の枠組みを破ることから始まっている。しかも、市民党や労働党が新自由主義に包摂されるのに伴い、官僚的労働組合さえ独自的な政治勢力化に言及しているのが実情だ。最近の数年間、イタリア、ギリシャ、スペインなどで繰り広げられてきたゼネストは、有名無実化した社会的合意主義を乗り越える闘争だった。
このような点で、96〜97年の労働者ゼネスト闘争を通じて反自由主義闘争において国際労働運動に深い影響力を及ぼしていた韓国の民主労組運動陣営が社会的合意に積極的に乗り出そうとしているのは、国際労働運動史的にも退行的な姿を示しているのだ。
労働者の力は責任を持って闘う
「新自由主義改革同盟」の迅速で果敢な「社会的合意」攻勢の前で、民主労組運動陣営を中心とした労働者階級は萎縮し、動揺し、分裂している。この数年間、新自由主義の攻勢に立ち向かった全国的な大衆闘争戦線は成果もなしに崩れていった。民主労働党が議会進出を足がかりとして新たな反自由主義の全国闘争戦線を構築するかは、まだ未知数だ。下からの大衆的抵抗は持続しているものの、孤立したり、挫折したりしている。その結果、民主労組運動が労働者階級全体を代表する「階級的団結」の求心体と自任するには恥かしい現実が続いている。
このような現実を克服するには1つ、2つの現場、1つ2つの地域、1つ2つの団体の闘争だけではあまりにも不充分だ。労働者階級は萎縮と混乱と動揺の中でも、新自由主義の世界化や構造調整、そして労働の柔軟化に対するハッキリとした政治的態度と展望とを求めている。正規職と非正規職への分割統制を現実的に乗り越える階級的団結の可能性を求めている。
「労働者の力」は、労働者階級のこのような切迫した要求に実践的に応えていくだろう。その出発は「社会的合意」に反対する労働者民衆陣営内のすべての勢力が結集し、「新自由主義改革同盟」に反対する積極的な戦線を構築することだ。
「労働者の力」は、この戦線の一角を実直に、責任をもって担いぬくだろう。「社会的合意」ではなく、「階級的団結」を通じて、この時期こそ非正規職問題や貧困の原因である新自由主義の構造調整や労働の柔軟化に対する大衆闘争の戦線を新しく構築しぬいていくだろう。このような闘争を通じて新自由主義的世界化と対決する新たな政治的展望を現実において具体化させていくであろう。6月19日
労働者の力中央委員会
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