もどる

韓国はいま                      かけはし2004.07.12号

ブッシュとノ・ムヒョン政権が殺した!

韓国人人質キム・ソニル氏殺害事件

 キム・ソニル氏の気の毒な死は、彼の拉致と同様に、すでに予見されたことだ。「派兵方針は不変」を第1の原則として今回の事態に対応したノ・ムヒョン政府が彼を死へと追いやった。「派兵撤回」の要求を黙殺しながら、どうやって彼の命を救おうとしたのか? 帝国主義米英連合占領軍と彼らに同調するすべての勢力は、イラク民衆の敵だ。特に、政治・軍事的危機にあるブッシュ政権に追加派兵によって救いの手を差しのべたノ・ムヒョン政権と小泉政権に対するイラク民衆の怒りと抵抗は当然のことだ。
 若き労働者キム・ソニル氏の死は余りにも切なく不幸なことだ。だがこの不幸な事態の本質的な責任と根本的な原因はどころにあるのか? それは、この15年余の間イラクに加えられた経済封鎖と2003年3月の帝国主義の侵略行為だ。2回の戦争と経済封鎖で100万人を超えるイラク人が死亡し、その間接的被害は、そのすべてを推し量ることのできないほどだ。そのうえ、昨年3月20日の侵攻以来、死亡したイラク人の数は把握できていない。
 今回の事態の1次的責任は、まさに虐殺者ブッシュとその走狗ノ・ムヒョン政権にある。ノ・ムヒョン政権は帝国主義ブッシュ政権に対して強固な韓米同盟を云々し昨年、第1次派兵を進めた。それでも足らず第2次派兵の決定まで下したノ・ムヒョン政権こそが、キム・ソニル氏を死亡へと追いやった主犯であることは、あまりにも明らかだ。
 また、イラク民衆の苦難と被害には顔をそむけたまま、カネ稼ぎに汲々とした資本(カナ貿易)もまたブッシュやノ・ムヒョンの共犯だ。イラク民衆に対する大々的な虐殺をカネもうけのチャンスとみなしている米国の超国籍独占資本や、これに取り入って利潤をあげることに汲々とする中小外国資本もまた、今回の事態の共犯なのだ。カナ貿易は事実を組織的に隠ぺい・縮小し、彼が死ぬに至って初めて「イラクからの撤収」を決定した破廉恥犯だ。
 同時に、国内のマスコミもまた悪質な共犯だ。イラク戦争の本質を持続的に歪曲したばかりでなく、イラクの凄惨な現実を糊塗することによってイラクへの追加派兵を誘導し、合理化した。また事件発生後には「罪なき韓国人の死」の論理に便乗し、イスラムへの憎悪など俗流民族主義に根拠をおいた人種主義的ファシズムを促進している。特に、反動マスコミは「テロとの戦争」を扇動することによって政治的・歴史的反動の先頭に立つという自己欺瞞の極致を示している。
 そしてキム・ソニル氏の死を哀悼するに先立ち、ノ・ムヒョン政権は拉致と関連する疑惑をキッパリと明らかにしなければならないだろう。事件が発生した正確な時期や、それ以後のカナ貿易、韓国政府、米軍情報当局などの行動や対処の過程を明らかにすることによって、国民的哀悼の雰囲気を糊塗し真実についての歪曲や政治的責任を回避してはならない。
 この国の労働者・民衆は1人の青年労働者の痛ましい死とともに、150余万人の罪なき死を同時に覚えておかなければならない。戦争、経済封鎖の中で死さえキチンと認められない、やりきれない数多くの死、それがイラクの日常であることを忘れてはならない。
 キム・ソニル氏は「身の毛がよだつ米軍の蛮行」に怒り、「生きたい」と絶叫し、「韓国軍の派兵を中止せよ」と叫んだ。だが彼の絶叫や、その訴えは虐殺者ブッシュや、その下手人たるノ・ムヒョンによって余りにも簡単に黙殺された。
 彼の痛ましい死を本当に哀悼するのはテロとの戦争ではなく、帝国主義のイラク占領を即時中止することだ。イラクの資源と主権をイラク民衆に返してやることだ。それは韓国軍の追加派兵を阻止し、イラクの韓国軍を即時撤収させることだ。
 韓国の労働者階級がキム・ソニル氏の死を心底から追悼するというのは追加派兵阻止闘争を超え、イラクへの占領中断と帝国主義軍隊の撤収のための国際的反戦・反帝闘争に合流することであり、同時に韓米軍事同盟の解体と駐韓米軍撤収のための闘争や全地球的レベルの反帝国主義の闘争戦線を拡大することに合流することだ。
 2004年6月24日
                                 労働者の力




第17代国会
全占領軍をイラクから即時撤退させよう
新自由主義「改革」に突き進むノ・ムヒョン政権と階級忘れた民主労働党

これが市民革命による国会なのか?

 6月5日、17代国会が開院された。続いて7日にはノ・ムヒョン大統領が国会開院祝賀演説を行った。同日、大統領は4・19革命以後の第5代国会、87年6月抗争後の第13代国会を国民の国会だと評価した。そして、そのような国会を建設するために国民たちは権力に抵抗して蜂起し、実に高価な代価を払って誇らしい歴史を実現した、と語った。
 さらに、今回の17代総選挙では蜂起も憲政中断の事態もなかったが模範的な選挙と市民の活発な参加を通じて民意による国会を建設した、これは誇るべき歴史的快挙であり、市民革命と名付けても何ら遜色はない、と激賞した。本当にそうならば、昨年12月にノサモ(ノ・ムヒョンを愛する人々の会)が主催した「リメンバー1219」の催しで「市民革命」を叫んだノ・ムヒョンの構想は現実化したのだ。
 だがこれには、驚いて言葉を失うほかはない、国民に対するギマンそのものだ。新自由主義の改革政策と資本の無慈悲な攻勢の中で地に落ちるだけ落ちた民衆の暮らしと、その苦しみの赤裸々な現実にあって、大統領は蜂起も憲政の中断もない市民革命だと言いましょうと、彼らブルジョアの代表たちを前にして自画自賛を繰り広げるとは、実にいまいましいではないか。さらにあきれ返るのは、大統領が第17代国会が血と汗と涙の歴史の上に発足したものであり、いまや抑圧と抵抗とによって染みついた歴史は繰り返されないだろうと確信している、と語った点だ。
 ノ・ムヒョンは自身が執権してから、数多くの烈士が自ら首をくくり、火炎に身を投じた理由が何なのか、自身の手によって拘束・収監した労働者たちがどれほど多かったかを、全く無視している。これらの労働者たちの死とは何なのか。これは抑圧に対する抵抗ではないのか。これは、蜂起に至ることはなかったとしても、蜂起よりももっと大きな怒りの表現ではないのか。
 これら労働者たちの死をも辞さない抵抗を武力とギマンとによって抑えた後に、市民革命を云々するノ・ムヒョンと、その声に拍手を送り浮き立っている奴らは、いったい国民の代表者なのか。ここに真実があるとすれば、ノ・ムヒョンにとって「市民」とは「ブルジョアジー」、特に「自由主義的ブルジョアジー」であり、それらすべては17代国会がそのようなブルジョアジーの政治的完成態であることを自慢している、ということだ。

新自由主義に突進するノ政権

 ノ・ムヒョン大統領は就任後、一刻たりとも経済や民生について頭から離れたことはないということを強調しつつ、現在わが国の経済は困難な局面にあると語った。特に内需の不振が大きな問題であり、庶民が感じている体感景気はいままでになく深刻だと語りつつ、庶民の疲れきった暮らしを胸の奥深く感じていると告白した。
 それにもかかわらず彼は、希望の証拠は数多くあると語った。今年の貿易収支の黒字は200億ドルに達する見通しであり、外貨保有額も1600億ドルを超え、世界第4位を記録していると強調した。ところで、彼が語っている希望の証拠の中には労使間の無紛糾宣言が続いているという点、そして労使政が対話と妥協のテーブルに向きあって座ったという「実にありがたいこと」もある。この言葉を聞いた瞬間、「あ〜あ!」という嘆息をつくしかなかった。ブルジョア権力の頭目から「実にありがたいこと」との声を聞くほどに労働運動が崩壊したとは! もはや何をか言わんやだが、それがだれにとって「実にありがたいこと」なのかをつきつめないわけにはいかない。
 ノ・ムヒョン政権は経済は困難だが、「危機」だとまで呼んではならない、と強調してきた。ノ・ムヒョンは誇張された危機論がより大きな危機を招きかねないとしつつ、危機論は主として党利党略による改革の後退をもたらしかねないことを警告した。それならば彼の言う「改革」とは何なのか。そして、いわゆる「改革的」だと自ら評している執権与党・開かれたウリ党の議員たちが言う「改革」とは何なのか。ある世論調査で執権与党の初選議員83人中45人が成長優先論者であり、教育・医療市場を開放すべきだとする議員が77人にもなった。これは、あの連中の間での「改革」というのは実際にはブルジョアジーの合理的保守にほかならないという事実を立証している。
 そればかりか政府は、すでに財界とフレゼントを交わした。政府は、これまでの歪んだ市場秩序を立て直す、との名分によって「市場改革3カ年ロード・マップ」を提供したけれども、それは企業に対する規制を体系的に緩和する内容を盛り込んでいる。これに対して財界は向こう4年間、170兆ウォン規模の投資を約束した。それに付け加えて財界は確実な労働統制を要求しており、ノ・ムヒョン政権は労使政および労使和合、それに使用者の対抗権の強化を骨子とする「先進労使関係ロード・マップ」を現実化することを公々然と押し出している。
 大統領は国会開院の祝賀演説で彼の反労働者性を今一度、遺憾なく発揮したが、それはほかならぬ非正規職問題についてだった。「非正規職問題は一方では労働の柔軟性を高め、他方では非正規職の処遇を向上させ、正規職との格差を縮めていくことによって解決していけるようにする」と語った。
 労働の柔軟性を高めるだと? この間、労働者が絶対的貧困に陥って1日1日の暮らしが苦痛に満ちている理由は、まさに労働の柔軟性が強化されたからではないのか! 結局、この新しい権力者は極少数の一部を除き、大部分の労働者を非正規職に仕立てようとする腹づもりであることをさらけ出してしまった。それにもかかわらず「格差を縮めていく」という言葉によって、われわれを幻惑させている。
 このような状況にあって労働者階級は、いったい奴らブルジョアジーとブルジョア権力者に「労使政委員会」というプレゼントを抱かせてやらなければならないのか!

階級政党か「民族民主政党」か

 国会開院の日、だれよりも悲壮な面持ちで登院した議員団があったが、それはほかならぬ民主労働党の10人の議員たちだった。感激のこみあげた某議員は目頭を熱くしていたし、彼らすべてはいまこそ初めて労働者階級の政治勢力化を成し遂げたとの思いに、胸にこみあげるものがあったのだろうと思われる。
 けれども、これに反比例して死滅するものもあった。民主労働党のホーム・ページには、もはや闘争スケジュールがない。それらの間での主たる対話は、めくるめく複雑な制度政治内部の日程と各種の懇談会の話、そして新たな指導部選出をめぐるハナにつく攻防や「授権政党」としての「執権」に対する野望だけが燃え上がっているばかりだ。
 ブルジョアジーどもが彼らブルジョアジーどもの利益のために「市民革命」だの、「和合と相生」だのと持ち上げつつ「労使和合および労使政合意主義」や「非正規職の量産」を本格的に貫徹させているが、労働者階級の政治勢力化に成功したという人々は、いまや自ら「労働者階級の代表(?)」であることを否認している。だれがたきつけたのかは知らないが、おそらく彼らの間に2012年に執権という野心に満ちた抱負がある限り、彼らの胸や頭の中から「階級闘争」「労働解放」「社会変革」ということは永遠に消え去るだろうと確信する。
 全国連合は「10年の展望、3年の計画」という「9月テーゼ」を超過達成した。(注)彼らがこれほどに早い期間のうちに「民族民主政党」を建設するとは、実に驚くばかりだ。全国連合は9月テーゼで、民主労働党は余りにも「階級性」を強調しているので問題だと指摘し、階級連合政党として民族民主政党の性格を持たなければならない、と主張した。そして今回の民主労働党の指導部選挙の間ずっと、階級政党ではなく国民政党になるべきことを力説した。そして、勝利した。
 ある者は、民族主義者が民主労働党を掌握したのは運動陣営の左派全体が一致団結できなかったからだと言いつつ、大いに憤慨した。ところで、なぜ左派が民主労働党で一致団結しなければならないのか。
 私の見るところ、このような結果は左派の一部が労働解放に対する革命的壮途を放棄し、ブルジョア制度の政治に没入する、その瞬間からすでに決められていた成り行きだった。階級闘争の先鋒隊であることを放棄し、労働者階級の中で反資本の闘争を掘り起こす至難の道を後回しにして執権をめざす道に踏み込む瞬間、民族主義者であれ、ブルブルジョアジーであれ相争うことになるのは当然なことではないのか? だから悲しんだり、怒ったり、一喜一憂したりすることはないのだ。

労働者の抵抗の歴史は続いていく

 6月5日、「不安定労働と貧困に抵抗する共同行動」の行進があった。200人も集まらなかったが、これらの小さな勢力が確かに韓国社会の多数の声を叫んでいたということに注目しなければならないだろう。大衆は、労働者階級の政治勢力化とは仮装した制度政治主義者たちにあるのではなく、まさに闘わなければならない階級的現実の中にあることをよくよく肝に銘じなければならないだろう。
 支配者たちが国会で新たな支配の構想をしているとき、それに対抗する人々の群れは一瞬たりとも闘いを休むことはないだろう。どんなに奴らが「和合と相生」を口にしたとしても、その卑劣な口振りに惑わされはしないし、ひたすら労働者階級の大義に忠実な労働解放に対する革命的熱情は冷めることはないだろう。こうしていまは「抵抗」するけれども、必ずや「対抗」するであろうし、さらには新たな歴史を建設するだろう。これは資本の歴史に対抗する労働の歴史が語っている、ただひとつの真実であるにすぎない。(「労働者の力」第56号、04年6月11日付、ソン・ソッキョン/会員)
 注 民主労働党は6月6日の党大会で新指導部を選出した。以下は「ハンギョレ21」第513号、04年6月17日付による。
 大会に先立ち民主労働党は党職と公職の分離方針を決めていた。この結果、2000年1月の結党以来、党代表を担ってきたクォン・ヨンギル体制は、自らの国会議員当選とともに、その任務を終えた。
 中央執行部である最高委員会(13人で構成)の選挙は従来の主流派である汎左派(汎PD系列)と非主流派・全国連合(汎NL)系列の全面対決となり、推せんを含め全国連合系列が13人中8〜9人を占め圧勝した。ちなみに真っ向対立となった事務総長選挙では国民連合系が得票率57・01%(9481票)、汎左派系は41・04%(6825票)だった。


もどる

Back