| 自衛隊をイラクから撤退させよう! かけはし2004.05.31号 |
「イラク人質事件」―郡山さん、渡辺さん、安田さんが帰国報告集会
五月二十日、東京・中野ゼロ小ホールで、「イラク人質事件」で拘束され解放された郡山総一郎さん、渡辺修孝さん、安田純平さんの帰国報告会が開かれた。この集会は、イラク侵略戦争と自衛隊派兵に反対して激しい戦火の続くイラクを訪れ、占領軍に抵抗する民衆に拘束され、世界の反戦運動の働きかけによって解放された当事者の話を聞くために、渡辺さんを送り出した団体である米兵・自衛官人権ホットラインや、ピースボート、ATTACジャパン、非戦を選ぶ演劇人の会をはじめとする団体と多数の個人が参加・賛同する実行委員会の主催で開かれた。
会場周辺には右翼グループが多数の宣伝カーをうろつかせ、大音響でわめき散らすなどの敵対行動を行ったが、三人の話を聞こうとする人々が続々と駆けつけ、会場はたちまち通路まで埋まり、壇上に座り込み、それでも入り切れずにロビーにあふれるという状況になった。参加者は八百三十人。
井上ひさしさんが
「自己責任」を語る
集会では最初に、主催者を代表して元国連大学副学長の武者小路公秀さんがあいさつに立ち、世界十五億人のムスリムの声として「正義の世界を構築する国際運動」が今回の「人質事件」について日本の主要各紙に送った手紙を紹介し、「五人の行動はイスラム世界と日本の民衆に橋を架けた」とたたえた。
拍手のなかを郡山さん、渡辺さん、安田さんが登壇し、最初に、記者会見で中座しなければならない安田さんが報告した(要旨別掲)。続いて作家の井上ひさしさんが発言に立ち、「五人を中傷するために使われた『自己責任』という言葉の意味は、もともと自分の立てた志を実行するということであり、五人は立派に『自己責任』を果たした。そしてイラクの人々に、日本にも自衛隊に命令を出した人たちではない人たちがいる、自分たちの苦しみを伝えてくれる人たちがいると知らせてくれた。私たちの気持ちを命がけで表現してくれた」と語りかけた。
事件発生後、ただちにカタールに飛んでアルジャジーラを通じて三人の解放を訴えたピースボートの吉岡達也さんは、「アルジャジーラで働くすべての人々が、解放のために頑張ってくれた。その理由は、三人が丸腰でイラクの人々を支援しようとしていたからだ。何とかしなければと動いてくれたアラブの人々の思いは一生忘れられない」と語った。
渡辺美佐子さん
の朗読がひびく
俳優の渡辺美佐子さんが、「イラクからのメッセージ」の朗読。米軍による無差別殺りくの続くファルージャからの生々しい報告(本紙4月26日号に掲載したNGOグループ「サーカス21イラク」のレポート)を、静かに、悲しみと怒りを込めて読みあげた。
フォト・ジャーナリストの広河隆一さんの司会で、郡山総一郎さんと渡辺修孝さんの報告が行われ(要旨別掲)、質疑応答が行われた。参加団体からの発言では、立川・反戦ビラ入れ弾圧で七十五日間の不当拘留を受けて保釈をかちとったテント村の二人の仲間が元気にあいさつ、続いて命どぅ宝ネットワーク、自衛隊イラク派兵違憲訴訟市民の会、ATTACジャパン、非戦を選ぶ演劇人の会、米兵・自衛隊人権ホットラインが、それぞれこの間の取り組みや今後の闘いについての報告を行った。
会場カンパは、三十二万七千円も集まった。最後に、五人の行動を通じてつながった世界の平和を求める動きを結集し、占領をやめさせ、自衛隊の撤退をかちとるために全力をつくすという集会アピールを、圧倒的な拍手で確認した。(I)
安田純平さんの報告から
自分たちの生活を守るために闘う人たちの言葉を伝えたい
三人が拘束されたことをバグダッドで聞き、重苦しい気持ちでイラクの人々にどう感じているか聞きたいと思い、歩き回った。市内の食堂のテレビでは、ファルージャで何百人もの市民が米軍に殺りくされていることを報じていた。
話を聞いた反米意識の強い人でも、三人の人質事件について「悲しい事件だ。このようなやり方には同意できない」と語った。当時、市内でも爆音が響き、すぐそばで犠牲者の葬式が行われていた。
逆に「悲しい事件だが、この一週間に何百人も殺されているイラク人についてどう考えるか」とたずねられ、答えられなかった。事件の背景としてのファルージャ周辺の状況を見なければと思ってそちらに向かっている時に、私たち自身が拘束された。
米軍の包囲に対して地域全体で抵抗し、侵入してくる不審者を拘束したというのが、私たちのケースだ。彼らは普通の農民で、自分たちの暮らしを守るために闘っていた。武装勢力のなかには、米軍に拘束されて拷問されたという人もいたが、私たちを丁重に扱ってくれた。
彼らは、「俺たちはムスリムだ。お前たちの宗教は尊重する。俺たちは、俺たちの宗教や尊厳を傷つけられたので闘っている」と語っていた。非常に人間的な人たちだという印象を受けた。日本が自衛隊を送っていることは非難したが、広島・長崎の被爆がありながら復興した点などには親しみを感じているようだった。
自分たちの生活を守るために闘っている人々の言葉を今後も伝えていきたい。(発言要旨。文責編集部)
郡山総一郎さんの報告から
ムジャヒディンたちの行動は彼らの「悲鳴」ではないか
バグダッド陥落の二日後にイラクに入った。イラクの人は親日的だった。それが自衛隊派兵でどのように変わったか知りたかった。見たい、知りたい、伝えたいという思いで動いた。(拘束されて、その変化を)身をもって知ることになった。
八日に捕まって九日間、すごくたくさんのイラクの人々と会った。私たちがいる部屋に、ごく普通のおじさんが入ってきて黙って握手して、そのまま出ていくなどということが何度もあった。
僕たちは三人とも、解放されたらバグダッドに戻って活動しようと考えていた。「行方不明」ということになっていると思っていたので、解放されてから、日本でビデオが放送されたりして大騒ぎになっていると知った。
事件の発端を作ったのはアメリカで、ムジャヒディンは被害者なのだが、私たちも被害者のはずだ。でも日本の警察の聞き取りは三人別々の「取り調べ」で、「こうだったんだろう」という決めつけ調だった。何度も何度も同じことを聞かれた。
先日、北海道に行って三人久しぶりに会うことができたが、高遠さんはいまもフラッシュバックや不眠が続いている。彼女は「一人NGO」としてバグダッドのストリートチルドレンと同じ視線で接し、信頼されていた。自信も手応えもあったはずだ。それがバッシングされ、自分のやってきたことを否定されたと感じている。
僕もなぜバッシングされたのかわからなかった。僕たち三人がつかまった時、自衛隊撤退という条件を出された。それで家族も自衛隊を撤退させてほしいと求めた。家族の心理として当然だと思う。しかしそれが「政治的発言」と取られ、バッシングの原因になったと思う。
空港で母に「謝れ」と言われた。母はバッシングされ続け、息子は本当に悪いことをしたと思い始めていた。しかし僕は謝らなかった。僕が謝ったら、後に続くNGOやジャーナリストに迷惑をかけると思ったからだ。
イラクではいまもたくさんの人が死んでいる。米軍の死者はカウントされるが、イラク人はカウントさえされない。入管のイラクの人が、僕らに謝ったが、僕の方が謝りたかった。ムジャヒディンはテロリストではない。彼らの行動は、彼らの悲鳴だと思う。自分たちがこれだけ悲しい、苦しいということをああいう形でしか伝えられなかったのだ。
いま、何が必要なのか。武器を持った人道支援があり得るのか。その武器はイラク人に向かう。そこからは信頼関係は生まれない。
僕はまたイラクに行きたいが、家族へのバッシングがまた起きるのではと心配だ。でも母は、「お前のやっていることは間違っていない」と言ってくれるようになった。日本として、日本人として、イラクの人々に何ができるか考えたい。(報告と質疑から構成。文責編集部)
渡辺修孝さんの報告から
自衛隊をイラクから引きもどす活動を今後も続けたい
フセイン時代から、米英軍が行っているイラク空爆に疑問を持っていた。そこへ自衛隊もとうとう行ってしまった。行ってしまったからしようがないではなく、引っ張り帰すようなことに関わりたいと思った。そこで米軍・自衛隊人権ホットラインとしてサマワに自衛隊の調査に行った。
最初はまだ警戒も余り厳しくなく、隊員と話をすることもできた。米兵とは顔が違う、と思った。米兵とは違って、自衛隊員はまだイラク人を撃っていない。まだ素朴な感じがした。だからまた、武装勢力の攻撃を受けたらひとたまりもないのではないかと感じた。
リスクについては、米兵に撃たれるかもしれないとは思っていたが、イラク人に拘束されるとは思っていなかった。日本のマスコミは現地で武装したイラク人や警備会社を雇っているが、それは違うだろうと思っていた。
私たちが捕まっている間にイタリア人が捕まり、警備員が一人殺された。理由は武器を持っていたことだった。私たちもひょっとしたら殺されていたかもしれない。助かった理由の一つは、武器を持っていなかったことだと思う。
政府は危険なところには行くなというが、政府のコントロールの聞かないところで活動するのがNGOの本来の仕事だ。今回の僕の活動はサマワの自衛隊の本当の姿を見て、知らせていくことだ。それができるのはフリージャーナリストかNGOだ。それはイラクだけでなく、パレスチナなどでも非常に大事な活動だ。
「スパイだろう」と言われ銃口を突きつけられた。いま撃たれるかもしれない。命を失うかもしれない。こういう状況は初めてだった。いままで積み上げてきた人生が瞬間でなくなるかもしれない。そんなことは自分もいやだ。人がそうなるのもたまらない。命を大事にして行きたい。
自衛隊はまだサマワにいる。ファルージャやナジャフへの人道支援はますます重要になっている。ぜひやって行きたい。(報告と質疑から構成。文責編集部)
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