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                          かけはし2003.7.21号より

国立大学法人法の成立糾弾!

施行凍結めざす闘いと教育基本法改悪阻止の闘いに全力をあげよう


 国立大学法人法案は七月八日、参議院文教科学委員会で採決が強行され、与党の賛成多数により可決。これを受けて翌九日の参議院本会議でも可決し正式に成立した。われわれは本法案の根本的危険性はもちろん、成立の過程での欺瞞的な答弁、偽証、そして一切のまともな議論すら放棄してひたすら法案の強行採決へと突進した与党・文部科学省を怒りをもって糾弾しなければならない。
 また、全国の学生はもちろん、大学関係者、労働者・市民のみなさんに対しては、国立大学法人化の本質、そして秋の臨時国会上程がささやかれる教育基本法改悪案など、一連の新自由主義的グローバリズムと連動した教育の再編、新たな資本主義の階級再編の動きに対する注意と断固とした行動を訴えたい。
 前号にも書いたとおり、この法律に関してはその危険性もさることながら、法律を審議する過程自体にすでに問題があった。六月十日の委員会で民主党の櫻井議員が、文科省が全国の国立大学に対して法案成立前から(しかも五月の成立を前提として!)各個別の研究にまで踏み込む中期計画中期目標の策定を指示していたことを暴露したが、これに対して遠山大臣をはじめ文部科学省関係者は答弁することができず、委員会は紛糾し、ついに中断した。おまけにこの委員会の後、文科省は各国立大学から計画策定に当たっての指示文書をあわてて回収するというお粗末ぶりだった。
 最終的には遠山文部科学大臣が一連の答弁が不適切であったという「お詫び」をするということで委員会は再開されたが、それは国会が延長された後の六月二十六日のことであった。つまり、イラク新法を通すという政府のご都合主義的な理由で会期が延長さえされなければ、(反対する人間のあいだでさえ!)五月成立は確実と言われていた法人法案は成立しなかったことになる。
 だが、再開したあとの審議でも遠山文科大臣・文部科学官僚たちの答弁は誠意あるものとはとうてい言えなかった。たとえば、法人化後に教職員は国家公務員の資格を自動的に失うのだが、このことの法的根拠を問われても答えることができず、「国家公務員から国立大学職員になるということ」という意味不明な答弁をひねり出すのがやっとという有様であった。
 採決の行われた七月八日の審議においても、自由党西岡議員の質問に対してまたも同じ答弁を繰り返したために(前日の理事懇談会では従来通りの答弁は繰り返さない、という条件で採決を与党は提案)委員会は一時中断した。それにもかかわらず大野委員長(自民党)は議事を継続し、採決を強行したのである。
 ほかにもある。法人化によって各国立大学は国からの財政支援をカットされるが、それによって果たしてどのくらい国立大学の授業料が上がるのか、という問題について文科省は「試算がはっきりしないのでわからない。上がらないよう努力する」「個別の国立大学が独自の奨学金制度を整備するなどして対応してほしい」などという決意表明にもならない答弁に終始した。では上がらないために必要な財源措置はどこに求めるのか? 文科省はとうとう答えることはなかったのだ。
 あるいは、法人化後は雇用者である国立大学法人には職員に対して(少なくとも公務員ではなくなるのだから)労働基準法や労働安全衛生法を遵守する義務が生じるが、現在の国立大学のなかでこれらの法令をクリアしている大学はほとんどないのが実際である。そのため、全国の国立大学はいま、法人化に備えて労働環境の整備にも追われていると言われているが、進行状況や必要経費の手当のあり方やその額も一切あきらかではない。
 遠山文部科学大臣はこの問題に関して「(国立大学は)いまでも人事院規則に違反している」と例によって開き直っているのだ!法人化の見通しは当の文科省にも見えてはいない。はっきりしているのは、このまま四月法人化スタートを強行すればそれは国立大学に違法・脱法行為を強要することと同じであるということである。
 全国の学生・教職員、そして労働者・市民のみなさん。七月八日の参議院文教科学委員会での出来事は、日本資本主義、そしてそれが代表するところの自民党はじめ政府与党が、大学教育を産業の一機関化し、階級再編の道具に作り替えることを宣言した瞬間であることを忘れてはいけないと思う。
 本法案は衆議院ではわずか五回の審議(うち二回は参考人質疑)で通過し、参議院でも政府・文科省は誠意ある答弁を行わなかった。国会での慎重審議という最低限のルールすら守られなかった。参議院文教科学委員会の大野委員長(自民)の秘書は、われわれが国会に訪ねた際「大野は個人的には法案に賛成しかねており、委員長判断での採決強行は行わないだろう」と発言している。
 他の与党の議員がわれわれにほとんど取り合うことがなかったことを考えれば、これは決して政治家のリップサービスであったと切り捨てることはできない。与党の中からも反対者を出す法案にもかかわらず政府・与党は成立をごり押ししなければならなかった。ここに(有事法案などと同様)国立大学法人化をめぐる彼らの尋常でない決意を見ることができる。
 また今回、もう一つ明らかになったことは、民主党のブルジョア政党としての本性であり、その政治姿勢の脆弱さである。彼らは当初から、大学の自主性を保証するとして法人化そのものには反対していなかったが、のみならず最終的には「審議が尽くされるなら」という条件で採決に応じてしまったのだ。
 しかし、この直前、七月一日の委員会においても、政府・文科省の答弁に従来と何ら変化はなく、たった一日の審議だけですべての疑問に政府・文科省が答えることなど、もし彼らにそうする気があったとしても物理的に不可能であることは、民主党自身がよく知っていたはずである。こうした中で採決に応じるということは実質的には法案成立に手を貸すこと同じであったと言っても言い過ぎではない。「市民派」をよそおい、実際は党内事情や「責任野党」なる欺瞞的言質をもてあそび、労働者・市民の搾取に手を貸す。これが民主党の正体であることが今回の法案審議の過程でますます明らかになった。
 では、今回の法案成立がわれわれの敗北であったか? それは違う、とわれわれは胸を張って言えると考えている。国会内の圧倒的不利な状況にもかかわらず法案採決を数度にわたってストップさせ、その間これまでほとんど知られることのなかった法人化の問題点を世論に広めることができたことは、間違いなく早くから献身的に運動を作ってきた教職員たち、またわれわれ学生の闘いの成果である。
 もし、そうした闘いがなければ、六月十日の審議のようなことはなかったかもしれない。五月成立といわれていた法人法案が成立したのは、延長国会の終了二週間前のことだった。
 法案は成立しても施行凍結の闘いもあり、また秋の教育基本法改悪阻止の闘いもある。全国の学生、労働者・市民のみなさん! 力及ばず倒れることを恐れず、力尽くさず挫けることを拒否してともに闘い、そして勝利しよう。
 なお、法人化を巡るこの間の動きについては以下のWebサイトも参照されたい。この間法人化反対運動を中心的に担ってきた教職員の手によるものである。独法化阻止首都圏ネットhttp://www.ne.jp/asahi/tousyoku/hp/nettop.html
(半田しのぶ)

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