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STOP! イラク戦争                 かけはし2003.4.7号より

平和フォーラム、市民緊急行動などの集会に三千人

イラク侵略戦争をやめろ!

 三月二十七日、東京・檜町公園で平和フォーラムなどが呼びかける「イラク攻撃抗議集会」が開かれた。会場には、戦争反対、有事法案を廃案に!市民緊急行動などの市民運動や、日教組、自治労、私鉄総連、全水道、国公総連などの労働組合が三千人集まり、米英両国に即時戦争の中止を求めるとともに、小泉首相の米英追随を厳しく糾弾し、戦争支持の撤回を求めるアピールを採択、集会後、日比谷公園までのデモを行って「戦争をやめさせよう」と訴えた。
 全世界で沸き上がる「戦争をやめろ!」という大衆的意思を踏みにじり、ブッシュ政権とブレア政権はイラクに対する無法な侵略戦争を開始した。開戦の三月二十日から一週間、連日テレビではバグダッドなどイラクの都市に対するすさまじい空爆の模様が映し出されている。バンカーバスターやクラスター爆弾などの大量殺傷兵器が使われ、イラクの大地を永久に放射能汚染し続ける劣化ウラン弾が使われ、すでに多数の民衆が殺され、傷つけられ、すさまじい恐怖のもとに置かれている。
 集会では、米英軍のこのような暴挙に対する怒りの発言が相次いだ。平和フォーラム代表の江橋崇さん、民主党衆議院議員の生方幸夫さん、社民党衆議院議員の今川正美さん、市民緊急行動の高田健さんなどが次々に発言し、「これ以上民衆を殺すな!」「即時戦争中止を!」と訴え、ブッシュ政権とブレア政権の許し難い暴挙に怒りを込めて強く抗議するとともに、この無法で残虐な侵略戦争を積極的に支持する小泉政権の態度を厳しく糾弾した。
 集会アピールが読み上げられてアメリカ大使館の近くを通るデモに出発、夜の東京の空に「戦争反対!」「ノー・ウォー!」の声を響かせた。    (I)



「ヨコスカの米艦が殺している!」
横須賀基地へ抗議デモ


 【神奈川】三月三十日、非核市民宣言運動・ヨコスカら県内運動団体呼びかけによる「市民の声を横須賀基地に伝えるデモ」に集まった二百人の労働者市民が、厳戒警備の米海軍横須賀基地周辺を、そして休日の人出でにぎわう市内メインストリートをデモ行進でねり歩き「戦争ヤメロ!」「ノー・ウォー!」の声をとどろかせた。
 横須賀を母港とする空母キティホーク、巡洋艦カウペンスから出撃した爆撃機が、放たれた巡航ミサイルトマホークがイラク人民の頭上で炸裂し、殺戮をほしいままにしている。だれもがこの怒りを共有して集まった。
 楽器を奏でるバンドの仲間、ブッシュに怒る米国人青年、そして連れ犬にもアピールのデコレーションを施した参加者などもデモ行進の中に。道行く人々の視線が集まり、歩道から、車中からエールを送るたくさんの人が見受けられた。この月例デモに前回は百人が、そして今回は二百人が集まった。次回はさらに倍する集まりでイラク侵略戦争をやめさせよう!(H)


「厚木で訓練した機が爆撃している!」
厚木基地に抗議行動

 【神奈川】三月二十四日、米海軍による激しいイラク空爆が強行される中、米海軍厚木航空基地に対する「戦争即時中止」の申し入れと抗議行動が、地元厚木市の厚木基地爆音防止期成同盟らによって取り組まれた。
 ただでさえ厚木基地は四十年以上にわたって米海軍艦載機の訓練基地としての周辺住民百二十万人に騒音被害をまき散らし続けている。ここから「巣立った」爆撃手たちが今この瞬間にもイラクを空爆しているのだ。
 厚木基地正門前で厳戒警備に就く警察権力は基地手前の道路で抗議団の進路を阻み、申し入れ行動の妨害を試みる。抗議団の代表は基地正門前で米海軍厚木航空施設司令官宛の「イラクへの侵略戦争の即時中止を求める緊急申し入れ」書を読み上げて基地当局者に手渡し、「戦争やめろ!」「基地撤去!」のシュプレヒコールをとどろかせた。(H)



読者からの通信

群馬でもこの間にない反戦運動の広がり
                          SINKEN(伊勢崎)
3月21日伊勢崎でピースパレード

 伊勢崎市の平和委員会や、新婦人などで作る実行委員会によって、ピースパレードが三月二十一日もたれた。この日は、イラク攻撃が開始された翌日であり、国際的な連帯行動が、世界各地で行われる中でもたれた。昨年10・26、今年、1・18、2・15、3・8日比谷と東京に通った。
 群馬での、反戦行動が見つからなかったこともある。しかし、3・16から、群馬の行動に参加することにした。伊勢崎での行動には一つの思いがある。俺が小学校のころ、駅前に住んでいて、デモは、必ず家の前を通った。六〇年安保の前後、たぶん総評の構造で、終わることのない長蛇のデモが通った。よく、顔見知りの、学校の先生を探したものだ。
 去年の、10・21はそのころからの名残で、年二回行われるうちの一回だと聞いて、参加してみた。このとき、四十人ほどだった気がする。参加者を受け付けていたが、だいたい団体代表だった。それも、だいたいが中高年、若い人はわずかだった。
 しかし、この日はぜんぜん違った。家族で来ている人、若い人、そして高校生も来ていた。人数は、百人を超えていた。集会形式も、団体の発言というのでなく、二分間の個人の訴えという形で行われた。
 「戦争は絶対反対です」という高校生、「戦争で、犠牲になるのは、普通の人、とくに子どもだ。子どもたちの夢を奪うな」というヤングの訴えが聞く人の共感を得た。また、ニュースのインタビューで、「イラクが大量破壊兵器を廃棄しないのだから、戦争も仕方がない」という意見が出たとき、それを「人が殺されるんだよ」とさえぎった発言が最初流れた。ところが、次に報道されたときはそれが切られてしまったと報道が操作されていることを批判する意見も出された。
 俺も、ほぼ二十年ぶりにマイクを握って発言した。二分の発言は難しい。この発言は、ヤングの発言とともに、「武力で侵略することは、第二次世界大戦を起こした大日本帝国やナチスドイツと同じではないか」と戦争の恐ろしさを強調したと、朝日新聞群馬版に掲載された。
 デモは旧市街地なので、ほとんど人影もまばらだったが、通る車の人がたくさん手を振ってくれていた。共感が行動に示される反戦の広がりは実感できた。参加した二人の高校生に加え、途中で待っていた二人の高校生がデモに加わった。この百人の行動は、佐波・伊勢崎地区に限られていた。それが、10・21とは比べられないほどの広がりを見せていた。3・23のピースパレードは、全県だというので、どのくらいの規模になるのだろうと期待もしたし、塾をやっている個人として、発言の機会をもらえるということで、原稿を準備することにした。

3月23日高崎でピースパレード

 この日の行動は全県的取り組みだと聞いていた。いつものように、ダンボールに戦争反対と書き、グリーンピースの新聞広告を参考にして、傘を棒にして作ったプラカードを持って出かけた。途中の駅から乗った人に、集会に参加するんですかと声をかけられた。同年輩の人だったが、声をかけられるのだから、かなり集まるのかなと思った。
 この集会は、県労働会議、新婦人、高教組、平和委員会などで、作る「平和を願う心を今行動に、イラク攻撃反対、ストップ有事法制3・23ピースパレード県実行委員会」が主催した。
 一時半から開かれた集会では、主催者団体あいさつに続き、共産党と社民党があいさつした。民主党は都合がつかず欠席するということだった。
 それに続いて、平和への私の一言という発言が行われた。このころには、参加者は千人を超えていた。伊勢崎の実行委員会から、塾をしながら行動に参加している人ということで推薦してくれて、俺も発言の機会をもらった。
 先ず、中学生が、「動物を虐待するな、殺すなと教えられるのに、戦争では人が殺される。戦争は絶対に反対だ」と発言した。それに続いて、俺の発言となった。声が出るか心配だったが、二十一日に伊勢崎で予行演習して二十年ぶりぐらいの二回目だったので、落ち着いてできた。
 ホームページで自分の思いを伝えたいと書きまくってきたので、事前に原稿を準備しいちおう二分で収まるかと読み上げて練習してみたりした。自画自賛になるが、問いかけを入れると「そうだ」と同意してくれ、発言の後の拍手も政党代表の人よりあったような……そんな思いになるほど、実際の共感を感じられることは、うれしいものだと思った。
 その後デモに移ったがデモ参加者は、千五百人を超えたという報告があった。事前に千人は集まるだろうと聞いていたが、開戦後でも反戦の意思が、今まで行動をしてきた人、初めて行動に参加してきた人の中に広がっていることを実感できた。
 パレードはどれも同じように、いろいろな方法で、明るく、訴えるデモだった。俺の後ろが民青で、子どもや中学生が一緒に歩いていた。そして、シュプレヒコールは、小学生らしき女の子がよく通る声で音頭をとった。「ねえ、ねえ、聞いてよ小泉さん。憲法九条守ってよ」とか、「ストップ、ストップ、イラク攻撃」とかリズムがある掛け声で、一緒にコールするのが楽しかった。四列の行進だったが、一週するデモコースの半分をデモが埋め尽くしたという。


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