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声 明                          1984年1月13日

中核派のテロ行為を弾劾する!

三里塚芝山連合空港反対同盟(代表・熱田 一)

(一)

 一月九・十日の両日にわたり、東京・大阪、広島で三里塚闘争を支援し、一坪共有者である五人の同志が暴漢に襲われ、いずれも瀕死の重傷を負う事態が発生した。
 負傷した五人の同志は、鉄パイプ、ハンマーなどで武装した三人から六人の集団によって通勤途上、あるいは自宅内で、全く無防備のところを突然襲撃され、各人、両手足複雑骨折、全身打撲という重傷を負わされた。そのうちの一人は、脳挫傷を受け危篤状態が続いていたが、どうにか一命だけはとりとめられるもようであると聞く。
 三里塚農民の同志の上にこのように陰慘に振りおろされた暴力は、全く一方的な計画的テロ行為であり決して許せざる非道以外の何ものでもあり得ない。

 (二)

 一月十一日、中核派の「日刊三里塚」は犯行を認める主張を発表し、報道機関には中核派「革命軍」を名のる者から犯行声明が伝えられたという。
 反対同盟は、昨年三月の第三総会において、十八年間三里塚闘争を支え、二期阻止・廃港の戦いを全力で戦い抜いている三里塚農民を罵倒し敵対する中核派との共闘関係を断ち切った。しかしながら、それまで共に闘い抜いてきた一部の農民はこの時わが同盟から分裂し、今日においても中核派との共闘関係を継続している。
 中核派の支援を受けている北原氏は「あくまでも党派間の問題であり、両派で解決すべきことだ。反対同盟が何かを言うべき筋のことではない」由、新聞紙上でのべている。
 これは事態の重大性にほうかむりをし、中核派の反人民的蛮行を容認するものである。
 十八年間の三里塚闘争において、反対同盟は理論的対立を暴力によって解決したことはない。また党派間において時折突発的に発生するこぜり合いがあれば、討論の一層の徹底を要請して、権力に対して闘う者どうしの暴力的紛争を中止するよう最大限の努力を行ってきたはずである。
 関係断絶後における中核派による「脱落派」呼ばわり、ありとあらゆる罵詈雑言、いわれなきデマ宣伝、たとえば木の根の小川源が代替地を国に要求しているなどというデマ宣伝にさえ、反対同盟は黙って耐えてきているのである。その理由は偏(ひとえ)に、十八年間もの永きにわたる戦いの艱難辛苦をともにしてきた農民同志である以上は、一時的な意見の対立、行動の相違はあったとしても、その間は各々に歩んで権力を撃つとも、いずれ必ず力を合わせ一線に会して空港粉砕の戦いを貫徹すべきものと確信してきたからである。
 しかるに先の北原氏の発言はいったいどこに戦う三里塚農民の良心と主体性があるのか。
 今回のテロ行為が、「分裂」と「内ゲバ」に最大限の期待をよせ、二期着工を虎視眈眈としてうかがう権力の意向をどれだけ利するものであったかは、火を見るより明らかではないか。
 三里塚闘争を農民の正義と良心によって戦い抜くのであれば、理論的対立を暴力によって決着をつけるための一方的、計画的テロ行為について、その見解を全国の人民に明らかにすべきであろうと我々は考える。

 (三)

 次に、我々は、今回のテロ行為が、政府当局者による三里塚空港建設の強行過程での権力の論理と一体どこが違うのかということを問いたい。
 三里塚空港の建設に当たって、権力は目的のために手段を選ばなかった。彼の強制代執行を見よ。空港に反対するものを国賊よばわりし、他の農民には甘言とデマで背反を策し、それでも落ちなければ、大木よねばあちゃんのように家屋はとり壊し、生ま身の人間を路傍にたたき出すごとき行為にでるのである。東山君のときには、ガス銃でぎゃく殺しておきながら、法廷においては投石による同士討ちだとき弁をふるいつづけている。これは権力が人民を抑圧する常套手段である。
 中核派が襲った我が同志五人に対し、中核派は「国賊」ならぬ「脱落派」と称し、「脱落派」一掃をさけんでテロ行為におよんだ。しかし、やられた同志は、開港阻止の戦いにおいては共に横堀要塞を武器として敢闘し、管制塔占拠の戦いによって全世界の人民に日本政府の極悪非道を知らせた戦友の一人ではなかったのか。今日において中核派の主張にさからう者を「脱落派」と決めつけ卑劣な暴力を振りおとし、「この次はお前の番だ」と中核派への屈服を強制するやり方のどこに三里塚農民の真心が体現されているのか。
 反対同盟は今回の陰惨な事態は、三里塚農民と全国の良心に対する敵対行為であり冒とくであると考える。同盟は限りなき悲しみをもってこの行為を弾劾するものである。
 そしてこの蛮行を良しとする者であれば、我々ははっきりと宣言する。
 三里塚空港二期工事と戦い、一坪共有化運動もその闘いの一つの手段として全国におしすすめているのは、我々三里塚農民である。無防備の同志たちにテロ行為を行い、これを殺傷しなければならないのであれば、まず三里塚の我々農民をうちのめしてからにすればよい。三里塚闘争を中核派の支配下に従属させたいのであれば、まず現地反対同盟農民を皆殺しにしてからにせよ。
 全国の三里塚を支援する同志の皆様、反対同盟はこのたび、凶悪な屈服攻撃に対して平然と戦いを貫徹いたします。三里塚の大地をさらに一人でも多くの戦う人民と共有し、そこに新たな戦いの拠点を建設することを共通の目標とし、更に強まる二期着工策動と対決し、一期既成事実化に巨大な脅威を与え、これを人質にとって、三里塚空港建設をこっぱみじんに粉砕しぬいていゆこうではありませんか。三里塚に心をよせる全国の一人一人の力をより一層緻密にあみあって、その実力闘争を不抜なものに打ちかため権力の横暴と対決しぬいて行こうではありませんか。 一九八四年一月十三日


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