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    かけはし2021年3月29日号

関電は原発再稼働ストップを


3.7

さよなら原発関西アクション

いまこそ原発なくす時

元福井地裁裁判長が講演


  【大阪】関西アクション実行委員会主催の集会が3月7日、エルおおさか大ホールで開かれ、コロナ対策用の座り方ながら、座席は満席になった。
 池島芙紀子さん(ストップ・ザ・もんじゅ)による主催者あいさつに続いて、月桃歌舞団のエイサーと踊りでオープニング。

高浜原発の再
稼働を止めろ


最初のアピールは宮下正一さん(福井県民会議)が行った。
「福島原発事故からまもなく10年になろうとしている今日、関西電力は高浜原発3号機を再稼働しようとしている。絶対に許せない」。
「5万人を起こす福島の人々が全国に避難している。あの事故で3800人もの人々が命を落とした。その人たちを鎮魂すべき時になんと非常識であることか」。
「さらに関電は、政府や原子力規制委員会とつるんで、40年超えの老朽原発(高浜1・2号機、美浜3号機)も動かそうとしている。残念ながら、高浜・美浜町長は再稼働に合意した。また昨年12月、使用済み核燃料の中間貯蔵施設を県外のどこに造るかを明言しない限り再稼働は論外だといっていた福井県知事は、年が明けたら再稼働合意に態度を変えた。しかし、それでは県民の理解が得られないと、議会が止めている」と、怒りの訴えをした。

武藤類子さん
福島の今語る


報告の第1は、福島の武藤類子さん。事故から10年たった現在、福島で何が起きているかを報告した。
要約すると、@2・3号機の格納容器蓋の放射線量があまりにも高く、近づくことができない。廃炉は遙かに遠い。にもかかわらず、第1原発の見学は盛んに行われている。
A年間20ミリシーベルト基準による避難解除が2012年から始まったが、帰還は全体の3割にも満たない。振り向く時間があれば前へ進めと言われる。移住者には家賃の2倍請求が行われている。
BALPS処理汚染水については、漁業者団体が断固反対の声明を出し、福島の7割以上の自治体の議会が反対・慎重決議をし、政府に提出した。ようやく、タンク増設の可能性が報道されるようになった。
C除染による放射性廃棄物の中間貯蔵施設への搬入は70%になった。しかし、30年後の県外処分の量を減らそうと、環境省が再利用計画をつくり、農地に混ぜ、花やバイオ燃料植物を栽培していたが、いつの間にか野菜の栽培になっている。
D汚染された木を燃やし発電するバイオマス発電所ができた。さらなる放射性物質の拡散が心配。
E事故当時18歳以下の子供たちの甲状腺検査では、甲状腺がんと原発事故との関連は認められておらず、検査の縮小を訴える委員もいるが、保護者の圧倒的多くは検査の継続を希望している。
F原発から4キロ、中間貯蔵施設が周りにある場所に、東日本大震災・原子力災害伝承館が開館した。展示内容には、伝承すべき内容が抜け落ちている。
G国際教育研究拠点が、アメリカのハンフォード(長崎原爆のプルトニウムを製造した町)をモデルに設置する計画が進行中。
H東電刑事事件裁判の東京地裁判決では、東電幹部全員無罪。今年中に東京高裁で控訴審が開かれる。

核燃も再処理
工場もNO!


報告第2は、青森の佐原若子さん。佐原さんは、前回知事選挙に立候補し10万票を超える支持を得たという。
国は、原発が動き出してから5年以内に特定重大事故等対処施設(大型飛行機の故意による衝突やテロによる事故)を造らなければいけないとしているが、お金がかかるので電力会社は渋っている。余剰プルトニウムはプルサーマルで消費すればいいというのが政府の見解だ。
放射能をまき散らす再処理工場を稼働させ、余剰プルトニウムの問題を抱えているのに、さらにプルトニウムを取り出す意味はあるのか。再処理工場は、たった1日で原発1年分の放射能を排出し、濃度規制はない。規制したら運転できないから、そうした施設を造らないのだと、佐原さんはいう。
2020年1月東電社長は、安全審査が最終盤を迎えているむつ市の使用済み核燃料中間貯蔵施設の運用について、再処理事業とセットで考えるべきだとの見解を示した。2020年12月、電気事業連合会は、むつ中間貯蔵施設を共同利用したいとの見解を表明、関電も強い関心を示した。むつ市としては、地域振興や病院などに核燃料税を使いたいとの思惑がある。一方、核兵器廃絶の国際条約が発効した今年1月22日、核燃阻止1万人訴訟原告団は、再処理工場取り消し処分請求の新訴訟を決め、訴状を青森地裁に提出した。この日再処理問題の112回目の口答弁論が行われた。
六ヶ所再処理工場周辺には六ヶ所断層と大陸棚外縁断層(総延長150キロ)があり、同時に活動すれば、国が想定する地震動の100倍以上のゆれが発生する。その振動は2000ガルを超えるとされるが、六ヶ所再処理工場は450ガルで耐震バックチェックを終えている。
しかし、耐震補強工事はされていない。もんじゅが廃止になったいま、再処理工場はいらない。核燃サイクル絶対反対だ。

低線量被曝は
確実にある!


休憩を挟んで後半。福島県富岡町から大阪に避難してきたまきなおみさんが、2番目のアピールをした。住んでいた家は原発から10キロ圏内にあった。家は半壊し住めなくなった。病気を患っていたので、避難は難しい選択だった。
事故後、大熊町では避難のためバスの手配が行われたが、それ以外では行われなかった。それ一つをとっても、原発は非人道的な施設だ。
私は事故前から、原発ぶらぶら病に似た持病のため、時々動けなくなることもあった。病院に行くほどでもないと思われながら、病状が悪化してしまう人もあるのではないか。低線量被曝は確実に存在すると訴えてきた。
先日大阪市立科学館で宇宙放射線の展示を見たが、広島・長崎のことは書かれていたが福島のことはなかった。本当の復興とは、核技術への依存を断ち切り被曝の心配がなくなる復興だ。

元福井地裁の
裁判長が語る


続いて、本集会の記念講演を「私が大飯原発を止めた理由」と題して、樋口英明さん(元福井地裁裁判長)が行った。
樋口さんの講演は、とてもわかりやすく納得のいく講演だった。樋口さんはなぜ原発を止めたのか、それは危険だから。そのことを、事故の発生確率と被害の大きさという視点から説明した。
なお、判決が法廷で言い渡される前に、その内容を知っているのは裁判官3人と書記官の4人だけだから、事前に他の者が介入する余地はないこと、また判決の時、関電の弁護士は負けるとわかっていたから一人も来なかったと言った(講演要旨は次号掲載)。
講演の後は、集会決議案の提案と拍手による採択があり、集会後西梅田までデモ行進が行われた。
(T・T)



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