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    かけはし2021年2月15日号

アイヌ文化から北方諸島の問題を考える


2.6

結城幸司さんが講演




先住民族の自己
決定権を基本に


 2月6日、東京・千代田区の神保町区民館(ひまわり館)で「アイヌ文化から北方諸島の問題を考える」集会が開かれた。集会には約40人が参加した。主催は同集会実行委。
 政府は、2月7日を「北方領土の日」と定め、「北方4島(国後、エトロフ、歯舞、色丹)」のロシアからの「返還要求」の「国民的キャンペーン」を進めてきた。安倍前政権は、自らの手で「北方4島」返還を実現するため、ロシのプーチン大統領との会談を27回も繰り返してきたが、ついに失敗に終わった。今年も2月7日に「北方領土返還全国集会」を行うことになっているが、袋小路に陥った現状を動かす手立てはない。
 自民党から共産党にまでいたるすべての政党が「北方領土返還」を「挙国一致」の民族主義的キャンペーンとして繰り広げてきたことに対し、アイヌをはじめとする北方先住民族の自己決定権、文化の問題に焦点を当てる取り組みも続けられている。
 「アイヌ民族の先住権・自治権を実現するため、政府間交渉へのアイヌ民族の参加が保障されなければなりません。アイヌ民族の北方諸島への越境権・自由往来権を実現するとともに乱開発には反対しつつ、アイヌ民族による自治のもとで、島々を自然と人間の共生の地、アイヌ民族・ロシア人・和人ら諸民族の共生の地としていきましょう……」(集会呼びかけより)。

結城幸司さん
が語る家族史


集会のメインの講演は結城幸司さん(創作者集団「アイヌ・アート・プロジェクト」代表。2008年「先住民族サミット」inアイヌモシリ事務局長)。
結城さんは「領土」という言葉には、そこにいた人たちの息づかいが消えてしまうようなイメージがつきまとう、と切り出した。結城さんの家族は4人で、父は魚をさばく工場で働き、母とは7歳で別れたという。父親はアイヌの運動をやめなかった。母親は樺太生れ(樺太アイヌをエンチュという)だが、もらわれて北海道に来ることになった。そんなこともあって樺太が身近になったという。

「傷」を負った
同胞達の思い


結城さんの話を続けよう。
「自分たちの土地が荒らされる中で青年たちの闘いも始まっていった。『北方から見る歴史』どころか『少数民族を歴史の真ん中において学んでください』ということだ」。
「アイヌ文化もにぎやかになり、若い人でアイヌ語をしゃべる人もいる。しかし少数民族の立場からの論文をきちんと書ける人はほとんどいない。文化は囲われて育つものではない。歴史の中で変わっていくことも必要だ。アイヌ新法によってアイヌたちにもおカネが下りてくるようになった。だがそれは行政が主導し、その仕事に従うことが前提になっている。1週間の夏祭りに7000万円のおカネが下りたりするが、そのためには企業と昵懇(じっこん)にならなければならない。行政にヨイショをするのではなく、自助能力を持つことが必要だ」。
「私たちの間では、アイヌ語をしゃべれる人たちも増えている。しかし1960年代から80年代にかけて闘った人たちはどうなのか。ニュージーランドの先住民族の場合、世代ごとの対応、ケアの必要性について話し合われている。もちろん私たちにとっても税金を使うのは悪いことではない。しかし私たちが取り戻すべきなのは何か。おカネなのか。それは自分たちの姿そのもの、人間としてのアイヌということではないか」。
「結婚差別を受け自殺するアイヌもいる」と語る結城さんは「昔からの怒りの蓄積とその発露」を忘れないアイヌは「心の傷」を残したままだ。その傷はなくならないと語る。
そして「『アイヌの人たちの歴史、闘いは間違いではなかった』、ということをハッキリさせよう」と強調する。「平等な話し合いという自分たちの文化を通じて『時代を変えよう』」と呼びかけた。

先住民族無視に
対抗の意義強調


結城さんの話は続く。「2008年の先進国首脳会議(G8サミット)が札幌で行われた際、先住民族を無視して行われた会議に対し、それに対抗して『先住民族会議』が行われたことには大きな意味があった。傷を受けた人びとの思いに配慮したこの会議で『私たちは間違っていなかった』という思いを一つにした。環境を語るのに先住民族を無視することは許されないことを明らかにした。先住民族サミットは『国の思想』に代わる思想の必要性を明らかにしていった」。
結城さんはこう訴えた。(K)



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