読書案内
内田雅敏著 ちくま新書刊880円
戦時被害と個人請求権
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2018年10月、韓国最高裁による韓国元徴用工の日本企業に対する損害賠償を求める判決は、1965年に締結された日韓基本条約・請求権協定による戦後の日韓関係体制ばかりではなく、1951年に成立したサンフランシスコ講和条約体制としての米国を基軸とした戦後のアジアにおける西側冷戦体制構造に対する「修正」を突きつけるものとなった。
その布石となったのは、元日本軍「慰安婦」被害者の賠償請求に対して、日韓の請求権協定によって個人請求権は消滅しているという韓国政府の見解は「犠牲者の尊厳回復」を妨げるものだとする2011年の韓国憲法裁判所による「憲法違反」だとする判断であった。そして翌12年には、韓国の最高裁は元徴用工に対する請求を退けた高裁判決を破棄して、高裁への差し戻しを決定したのであった。
それから6年後に出された韓国最高裁判所の判決をどのように読みとればいいのだろうか。しかも13人の判事の積極的賛成が1票差の判決であった。判決は絶妙な地政学的な政治環境の変化の中で出されたものだと断言していいだろう。国内的にはキャンドル革命によってパク・クネ政権が打倒されて、朝鮮に対する「太陽政策」と「反日―反安倍」のムン・ジェイン政権が登場したこと。米国第一主義のトランプ政権の登場と米朝会談。中国の世界覇権をめざす台頭。朝鮮の核武装。歴史修正主義の長期安倍政権の存在と、朝鮮高校と在日朝鮮の幼・保を無償化から排除する日本社会の現実。
本書の構成は、第1部「徴用工問題」と日韓関係のゆくえ。第2部中国人強制連行・強制労働。第3部問題解決には何が必要か。そして終章からなっている。第1部は、韓国最高裁判決の「衝撃」を歴史的な経過も含めていかに受け止めるべきなのかということを論じている。第2部では、故・新美弁護士と共に汗を流してきた、花岡事件をはじめとした鹿島建設・西松建設・三菱マテリアルを相手にした「中国人受難者・遺族による損害賠償請求」裁判と和解に至った闘いと活動の「教訓」をつづっている。本書の約半分が、現在の日韓問題の「和解」を引き出すためのこの活動成果の報告と総括からなっている。
この中で著者は、法廷闘争における「法律の壁」と「条約の壁」を指摘している。それは最大にして20年の除籍期間の壁であり、条約解釈の壁である。請求権を行使しても日本の裁判では「絶対に勝てない」。ならばどうすれば「和解」に持ち込めるのか、それが「中国人受難者・遺族による損害賠償」の裁判闘争が抱えた苦闘だったのである。
本書の中で著者は、西松建設との和解直後に収録された2010年1月号の『世界』の座談会で以下のように語っている。「記者会見で、双方が出席して握手しましたが、裁判の判決であればこういうことはありえない。和解だからこそ、握手ができたのです。…裁判でだめだから和解交渉、ということではなく、こういう歴史の問題は和解によって解決していくことに積極的な意味を持ちうるのではないかと感じています」。そして和解の成果は著者の「予想」を乗り越えることになる。
「当時、裁判を担当した元裁判長が、花岡や、広島安野の追悼式に参加し、受難者・遺族らと交流するようなことは想像だにしていませんでした。和解だからこそ可能になったのでしょう」。裁判闘争を通して、弁護士内田は担当裁判長を「獲得」してしまった、ということになるのだろう。
本書では「和解3原則」として、「戦後補償請求の解決をなすに際しては、@加害の事実およびその責任を認め謝罪する。A謝罪の証しとして経済的な手当(賠償・補償)をなす。B将来の戒めのため歴史教育を行う。この三点が不可欠です」と、指摘している。
第3部は本書の核心部分になるわけだが、各章の見出しを紹介しておきたい。第1章:日韓基本条約・請求権協定の修正、補完は不可避。第2章:戦争被害における個人請求権。第3章:冷戦によって封印された個人賠償の復権。第4章:韓国憲法と日本国憲法。第5章:負の歴史に向き合う。第6章:日韓の関係改善を求めて。
この中で著者は「企業が明確に責任を認め、謝罪したものではない」としながらも、韓国人の元徴用工問題での新日鉄・日本鋼管・不二越での和解事例を取り上げて、日本政府による「妨害」がなければ、和解は可能だと主張している。その上で、韓国政府が検討している「日本政府・日本企業+韓国政府・請求協定で資金支援を受けた韓国企業の4者による基金の設立」を基本的に支持している(2020年1月に発表された日韓法律家共同宣言として集約されている)。
最後に引用しておきたい部分は、「彼女たち(元日本軍慰安婦)が求めているのは、日本国家の謝罪、個人の尊厳の回復なのです。…韓国人元徴用工の問題もまさに個人の戦争被害、その賠償の問題なのです。ですから、この徴用工問題は、空襲被害者、シベリア抑留被害者、慰安婦被害者らの問題と併せて、個人の尊厳の問題として考えなければなりません」。
日本の「戦後」はまったく終わっていないのである。それは永遠に終わらせてはならないことなのだろう。日帝のアジア侵略の「負の歴史」は、日本・韓国と朝鮮・中国と台湾・東南アジア・太平洋諸国、そしてウチナンチュー・アイヌ民衆の共通する歴史認識として永遠に受け継がれなければならないのである。
(高松竜二)
追記:今回の読書案内を書くにあたって、昨年の12月に中央公論新社が刊行した『「徴用工」問題とは何か』―朝鮮人労務動員の実態と日韓対立(波多野澄雄著)も参考とした。
【訂正】かけはし2月1日号(前号)3面「リニア差止訴訟」の記事で第1回公判の期日を2月15日としましたが、「1月15日」の誤りでした。5面、小野寺さんから文章は投稿でした。8面、エンゲルス生誕200周年論文の3段目28行目「人類学者(バホーフェンなど)を「(バッハオーフェン)に訂正します。
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