【大阪】止めよう改憲おおさかネットワークが20年11月14日、国労会館で総会と講演会を開催した。
事務局(松岡さん)がこの間の活動報告で、菅政権の危険性を指摘し、市民連合が15項目の政策要望書を野党に提出したこと、来たる総選挙では市民と野党の共闘をさらに進めること、改憲発動をさせない取り組みを進めるなどの提起があり、全体で確認した。
講演に先立ち、中北龍太郎さん(止めよう改憲おおさかネットワーク共同代表)が「学術会議任命拒否を問う―『滝川事件』の経験」と題して、ミニ講演をした。
学術会議問題と
「滝川事件」
いわゆる滝川事件は、1933年1月の国会が当時の京都帝大滝川幸辰教授(刑法担当)を「赤化教授」追放運動の一環として免職要求をし、4月に著書「刑法読本」を発禁処分とし、文部省が処分方針を示したことに始まる。文科省は、京都帝大総長に処分を要求。総長は拒否したが、休職処分が発令された。法学部全教授は全員辞表を提出、法学部学生大会も立ち上がり、総退学も辞さずと休職処分撤回の運動を展開し、他帝大にも拡大した。 文相は、総長を通して提出された辞表のうち、硬派6人を受理し、残る9人は辞表撤回の説得を指示。滝川教授の処分は撤回せず、今後、教授の進退は総長の上申によるとの妥協案を出し、分断を図った。7教授は辞表を撤回、法学部全教官33人中6人の教授の他2教授や助教授・専任講師ら21人が辞職。学生運動も夏休みになり、事件は終息した。
大正デモクラシーの中、澤柳事件を通して獲得された京大の自治【教授の進退には、大学総長の上申と教授会の同意が必要】が、ファシズム化の中で失われた事件だった。
1945年11月、文相は滝川事件の非を認め、改めて大学での研究の自由と教授人事の自治を確認する覚え書きを京都帝大総長と手交した。
北東アジアの
軍縮協議を!
引き続いて、纐纈厚さん(明治大学特任教授)が「敵基地攻撃能力とは何か」と題して講演をした。
さらに日本学術会議問題について若干のコメントし、「加藤陽子さん・小沢隆一さんが任命拒否されたのは驚きだった。これらリベラルの学者まで受け入れが難いところまで事態が進んだのかと。このことは、単なる学術会議の問題ではない。静かなファシズムが進行していると考えるべきだ」と訴えた。
そして「『敵基地攻撃能力ではなく、北東アジアの軍縮協議を!』(集団的自衛権問題研究会の提言)に示された提言が極めて重要だ。対中・対ロ・対朝鮮を対象にした軍縮協議を民際交流レベルを含めて推進すること、日本が専守防衛を堅持し、これを変更すると受け止められるような政策を止めることが肝要。人間のための安全保障論へのパラダイムの転換が大切。国家間防衛より、国家間防疫体制の確立を目指すことだ。野党共闘でも、憲法の下に一致することが重要だ。この点で一致できなければ組まないことだ、」と強調した。 (T・T)
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