沖縄報告 11月29日
南部の土石を辺野古埋立に使用してはならない!
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11.27
南部地区のドローン撮影
石灰岩採掘現場・土砂置き場の実態を調査
沖縄ドローンプロジェクトの奥間政則さんを迎えて、一一月二七日午前一〇時から、糸満・八重瀬地区の石灰岩採掘現場・採石場の現地調査を行った。集まったのは、島ぐるみ南部の糸満、南城、八重瀬の有志メンバーと奥間さんを加えて総勢一三人。一同は出発にあたって簡単なミーティングを持ち、行動日程を確認の上、各々自己紹介をしたあと、三台の車に分乗して出発した。
はじめのポイントは、八重瀬町字高良、航空自衛隊の巨大なFPS―5レーダー(通称ガメラレーダー)がそびえる与座岳の麓に広がる大里砕石東風平鉱山。この採石場の姿は普段外からはほとんど見ることができない。ドローンは全員注視の中で、あっという間に上空に舞い上がり自在に飛び回った。ドローンから送られてくる映像は、屏風のように高く、長く残された岩の向こう側で、ユンボやダンプが作業する様子を伝えてくる。地元の方の話によると、かつてあまりにも大規模に採掘をするというので問題になった所だという。映像からすると、採掘可能量は非常に大きいと感じた。
次のポイントは、八重瀬町字仲座の第2丸真コーラル鉱山。国道331号線をはさんで北と南に採掘現場があるが、まず、北側の採掘現場の横の畑からドローンを飛ばした。地上から確認した前回の調査ではよく分からなかった現場の全体の姿がハッキリ捕えられた。この現場は、業者が少しでも多く石をとろうと、周辺の農民の意思に反して、ほとんど垂直に数十mも掘り下げた所である。ドローンの映像でもそう見える。
国道南の第2丸真コーラル鉱山の現場は、国道から海側に下りていく道路を挟んで、採掘中の左側と採掘が中断している右側とからなる。ロープを張ったゲートには、立入禁止の新しい看板が立てられている。この現場の国道を挟んだ北側は糸満市字摩文仁の山城鉱山だ。具志頭方面から平和祈念公園に向かう時、右手に見える採石場だ。
次に向かったのは魂魄之塔。平和創造の森公園へ向かう道路から、サーフィンで有名な海岸へ通じる細い道へ左折し、さらに右折すると、荒崎海岸に沿うような形に細長く土砂置き場・採石場が小高い山となって続いている。グーグルの上空写真を見てもこの場所の土砂は写らないが、粉砕機も備えた巨大な土砂置き場・砕石場が存在している。土砂の‘山脈’と海岸線との間の道路から荒崎海岸へ至る道の前には、糸満市が運営する糸ちゃんバスの停留所がある。沖縄戦でひめゆり学徒たちが命を落とした場所の間近まで、土砂置き場と採石場が迫ってきている。
魂魄之塔は糸満市の南端、平和創造の森公園の東の端に位置するが、すぐ西横の緑の丘陵にまで石灰岩採掘の手が伸びてきた。丘の頂上から陸側の斜面は木がすべて切り倒され白っぽい茶色の地面がむき出しになっている。今年九月に内閣府沖縄総合事務局から認可を受けたという熊野鉱山。今も遺骨収集が続けられているこの場所に、立入禁止の看板が建てられた。なぜ国定の戦跡公園の一角に開発許可を出すのか。日本政府の政治家・公務員は沖縄の戦跡や緑の森を守ろうという意思が全くない。
糸満市字真栄平・宇江城の地下ダムを利用した給水所から上げたドローンは周辺の採石場・土石置き場の姿を送ってきた。この辺りは、丸波鉱山、珊瑚建材、大度鉱山、三和鉱山、開成鉱山など多くの石灰岩採石場が稼働している。まさしく隆起サンゴ礁の島という言葉が実感できる場所だ。沖縄の歴史と共にある石灰岩は、日本政府の軍事優先の国策・辺野古新基地建設によって、無謀に採掘・搬出される危機に瀕している。
11.28
八重瀬学習会に45人
ガマフヤーの具志堅さんが講演
一一月二八日午後六時から、八重瀬町中央公民館で、「糸満・八重瀬の土石を辺野古埋立に使用してはならない!八重瀬学習会」が開かれ、八重瀬をはじめ糸満、南風原、南城など各地から四五人が参加した。
はじめに、主催者を代表して、平和ガイドの斎藤光枝さんが開会のあいさつをしたあと、石灰岩採掘現場・土砂置き場の現地調査とドローン撮影の報告が行われた。普段の日常生活からは見ることができない、各地の採石場の実態を目の当たりにして、あらためて、採石による自然破壊・地形破壊の深刻さに衝撃を受けるものだった。
ガマフヤーの具志堅さんは、四〇年近くにわたる遺骨収集活動の経験をもとに、南部の土石を辺野古埋立に使うという政府防衛局の計画に強い憤りをあらわした。
具志堅さんの講演のあと、質疑、島ぐるみ南部の糸満、南風原、南城、八重瀬からの意見発表、北上田毅さんの「知事に変更申請を認めないように訴えかけよう」とのアピールがあり、閉会のあいさつで要請文が読み見上げられた。体裁を整えて、後日要請を行うということだ。
具志堅隆松さん
の講演から
多くの住民が命を失ったあの沖縄戦について、日本軍の作戦は成功であったと自衛隊の内部で話されていると聞いた。軍隊は住民を守らない。しかし、多くの日本人は、軍隊は国民を守ってくれると勘違いしている。沖縄戦の犠牲者は南部に集中している。その南部では開発により緑地が減少している。大きな原因は採石場だ。遺骨が出るのも緑地である。畑や住宅地からは出ない。
魂魄之塔の近くで九月から遺骨収集をしている。遺骨は石灰石と区別がつかない。手作業で掘っていかなければ、遺骨を見つけることは難しい。採石業者は自分たちで収集するという。その気持ちは尊重するが、時間をかけてやらない限り収集は困難だろう。新都心に通ずる道路をつくる時、真嘉比では、五五人の作業員が二カ月間動き、一七二体を収容した。遺骨収集は時間をかけてやるものであって、効率優先の業者にできる訳がない。
二〇一六年、遺骨収集の法律ができ、遺骨を遺族に帰すまでが遺骨収集だとされた。先の変更申請に対する意見書でも書いたが、南部には遺骨がまだ残っている。沖縄戦の犠牲者の遺骨はほとんど帰っていない。遺骨の代わりに亡くなった辺りの石や土を骨壺に収めている。石や土には亡くなった人たちの魂がしみ込んでいる。だから、骨の代わりに石をとってくる。
戦争を始めた国には、南部で遺骨が出ている現場を見に来てほしい。南部に遺骨が残っているという認識があるのか、と対政府交渉で尋ねたことがある。担当者は答えない。答えられない。南部の土石の搬出は、辺野古の賛否以前の人道上の問題だ。南部では、日本兵もたくさん死んだ。日本政府の公務員たちにとって、先輩たちの骨を埋立に使うことになりますね、と尋ねても答えない。
沖縄戦の遺族は南部からの土砂をとるな、と言う権利がある。まず遺骨を先に帰してくれ、と言う権利がある。日本兵の遺族にとっても同じだ。大きな声で、南部から石をとるな、何故なら、まだ遺骨が帰って来ていない、と言うべきだ。南部はどこからでも遺骨が出てくる。おそらくまだ一万体は残っているだろう。
要請文
辺野古の埋立に糸満・八重瀬から大量の土砂を調達する計画であることが明らかになりました。九月の変更申請書の縦覧で確認したところでは、三〇〇〇万立方メートル(埋立土砂総量の一・五倍)以上の調達が記されています。
糸満・八重瀬地区は沖縄戦の最後の戦場となり、戦争犠牲者の遺骨は今だ収容されていません。遺骨と石灰石は見分けがつきにくいのが実態です。戦争犠牲者の遺骨を基地建設のコンクリートの下に投げ捨ててはなりません。
八重瀬・糸満地区からの辺野古への搬出は一般道路を使用し、中城港、那覇新港からの海上輸送が想定されています。ぼう大な土砂の採掘による自然破壊、地形の破壊、地下水や赤土汚染に加えて、ダンプの往来による生活環境の破壊、騒音、粉塵の被害も憂慮されます。
また何より、隆起サンゴ礁の島・沖縄にとって、石灰岩は、自然洞窟のガマ、首里城はじめ各地のグスクや石畳、さまざまな石材として沖縄の歴史や文化に密着してきたものです。二万年から一〇〇万年をかけてつくられた県民の貴重な財産である石灰岩は平和資源であり、軍事利用されるべきではありません。
以上から、私たちは次の事項を要請します。
@沖縄防衛局は、南部地区からの土砂調達計画を中止してください。
A八重瀬町長は、八重瀬地区からの土砂調達に対し、先の県民投票で七四・八%の反対意思が明らかにされた八重瀬町の行政の長として、深い危惧と憂慮の念を表明してください。
B八重瀬町議会は、南部の土砂調達が町民に与える被害とアセス等の対策を丁寧に審議し、八重瀬からの土砂調達を見直すよう求める決議をあげてください。
11.23
ヘイトスピーチ・セミナー
沖縄カウンターズが沖縄での条例制定を訴え
一一月二三日、那覇市の沖縄タイムスホールで、沖縄カウンターズ(高野俊一代表)主催によるヘイトスピーチ・セミナーが開かれ、約九〇人が参加した。はじめに主催者から、那覇市役所前でのヘイトスピーチの内容と経過、カウンター活動の様子が報告された。
那覇市役所前でのヘイトスピーチは、毎週水曜日、汚い言葉で憎悪をむき出しにして「中国へ帰れ」などと続けられてきた。今年五月二〇日、約二〇人の有志の市民が「ヘイトはダメ。差別・憎悪よりも友好を」と訴えて集まり、ヘイトスピーチを止めることに成功した。新都心でも止めた。以来、二七週連続でヘイトスピーチを封じ込んできた。
「ヘイトはやめて」のプラカード、「NO place for HATE」のノボリを手に、市役所前の大きなガジマルの木の回りの石垣に座り、話し合ったり、交流したり。そして、カウンターズはヘイトスピーチ規制条例制定に向けた取り組みを進めた。七月六日には、沖縄県および沖縄県議会に陳情書を提出。文教厚生委員会では、全会派が条例制定の趣旨に賛同したという。カウンターズは「差別のない人権尊重の沖縄県づくり宣言(案)」を作成し、玉城知事との面会や知事による「反ヘイトスピーチ宣言」に向けて取り組みを進めていることを報告した。
そのあと、師岡康子弁護士が「ヘイトスピーチとは何か」と題して講演した。「ヘイトスピーチは一般的な誹謗中傷とは違う。さまざまな‘属性’を理由とした差別攻撃で、攻撃内容の深刻さ、社会からの排除、恐怖の質が異なる。それは心身を害し、生活を破壊し、人間関係を壊し、社会から排除するもので、社会的には、憎悪、暴力の浸透、言論萎縮、民主主義の破壊、ひいてはジェノサイド、戦争へと行きつく」と述べた。
さらに、二〇一六年に成立した、いわゆるヘイトスピーチ解消法「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」や国連人種差別撤廃委員会の勧告「人種差別的ヘイトスピーチと闘う」(二〇一三年)などをあげ、「ヘイトスピーチは世界共通の人種差別と排外主義との闘いの問題」だと述べた。
そして、地方における条例制定の動きとして、ヘイトスピーチに対処する条例を制定した大阪市(二〇一六年)、「差別のない人権尊重のまちづくり条例」をつくった川崎市(二〇一九年)など、各地での進展を紹介し、沖縄での条例制定を促した。
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