米大統領選
若者とマイノリティーが
ファシズムの台頭を阻止
危機は終っていない、本当の闘いはこれからだ
|
歴史的な闘争の始まり
一一月三日投票の米国大統領選挙は、コロナ感染で犠牲者が二十万人を超え、依然として感染が拡大している中で、また、五月以降のBLM(ブラックライブズマター)運動をめぐって武装した極右レイシストが暴力や挑発を繰り返す中で、しかも現職大統領が開票結果に関わりなく敗北を認めないことを公言するという米国の歴史上極めて稀な状況の中で実施された。
左派だけでなくリベラル系メディアでも「ファシズム」、「クーデター」の危険が言及され、実際、トランプは多くの論者が想定していたシナリオの通りの行動を取った。左派の多くは、バイデンや民主党への期待や幻想を煽ることなく、トランプの企図を封じ込める唯一の策として、選挙におけるバイデン候補の圧勝とトランプ支持者による投開票妨害の阻止のために地域で草の根の活動に奮闘した。リベラル派のメディアも、トランプの根拠のない「不正選挙」論を退け、冷静な選択を呼びかけた。選挙管理委員会も独立性・公正性を維持し、「不正選挙」論につけ入るスキを与えなかった。
FBIはミシガン州の武装右翼集団による州知事誘拐の計画を摘発した。開票が進むに連れてバイデン候補の優勢が明らかになり、共和党支持者の中でもトランプの企図に同調しない流れが強まった。一一月七日に激戦州のペンシルヴェニア州でバイデン候補の勝利が確定し、選挙人の過半数を確保した、バイデン候補が勝利を宣言した時点でも、トランプは最後まで裁判で争うとつぶやき続けていたが、共和党内でも同調する動きは起こっていない。一一月一四日にワシントンで数万人のトランプ支持者たちが「選挙は不正」、「トランプ氏の再選」を主張するデモを行い、今後もこのような動きが各地で起こることが予想されるが、現段階で最悪のシナリオは回避されたと判断できるだろう。
投票によってであれ、クーデターまがいの方法であれ、トランプ政権が継続することになっていれば、今後四年間、米国だけでなく世界が、地球がどうなっていたかを想像してみれば、バイデン候補の勝利はとりあえずの安堵をもたらすグッド・ニュースである。
全国各地でバイデンを支持する人たちも、バイデンは支持しないがトランプを勝たせてはならないと考えた人たちも胸をなでおろし、歓喜の声を上げた。この勝利はそのような歓喜に値する。
しかし、「分断ではなく融和」を呼びかけるバイデン次期大統領の勝利宣言は、トランプを支持する白人優位主義者たちとの融和を意味するものであれば、非常に不吉な予兆である。実際、バーニー・サンダース上院議員のラディカルな要求が党内の支持を拡大するのを阻止するという一点でバイデン候補を担ぎ上げた民主党主流の中では、左派の社会主義的な主張が分断を煽り、上下院議員選挙で民主党が議席を失った原因となったとして左派議員の活動を統制する動きが始まっている。そもそも民主党予備選挙の段階から、党のスポンサーである財界の要求に従って、また、議会での共和党の反発に配慮して国民皆保険や富裕層課税などの要求や期待に背を向ける姿勢は明白である。
二〇〇八年の大統領選挙で当選したオバマが、リーマン・ショック後の状況の中で財界の要求を優先し、共和党との「融和」に腐心した結果、彼を支持した労働者やマイノリティーの支持を失い、二〇一六年選挙におけるトランプの登場とクリントン候補の敗北の原因を作ったことは記憶に新しい。バイデン候補の勝利に重要な役割を果たした左派やマイノリティーの人たちはオバマ政権の失敗の教訓から学び、すでにバイデン政権の下での闘争に向けて準備を始めている。
トランプは敗北したとはいえ、前回より大幅に得票を増やし、共和党は上下院議員選挙で善戦した。上院の半数を制し、最高裁を完全な支配下に収めた共和党は民主党の重要政策の実施を妨げるために十分な手段を持っている。バイデン政権が共和党に屈してオバマ政権と同じ失敗を繰り返すなら、トランプを支持する右派ポピュリストたちが再び勢いを増し、本物のファシズムへと成長する可能性がある。
米国社会の分裂はトランプの極端な政策に起因するものではなく、民主・共和両党が進めてきた新自由主義政策による格差拡大と、建国以来米国における階級支配のシステムにビルトインされてきた人種差別とマッチョ的な「戦争文化」に起因している。トランプ政権の四年間に、これと真っ向から対決する運動が拡大している中で、トランプは「共産主義の脅威」を煽り、国内における「テロとの戦争」(内戦)を呼びかけてきた。「融和」は確実な敗北への道である。衰退する帝国において、建国以来の人種差別と新自由主義の下での極限的な格差に挑戦する歴史的対決が始まっている。二〇二〇年大統領選挙はその序曲にすぎない。
トランプの4年間とファシズム状況
トランプ政権の四年間に、米国は「ふたたび偉大な国に」なるどころか、国際的な孤立を深め、同盟国であるドイツ、フランスなどEU、NATOの主要国からさえ見放され、コロナ感染の拡大を放置し、警官が衆人環視の中で黒人を殺害し、武装右翼が白昼公然と闊歩する「失敗国家」に成り下がってしまった。
トランプの四年間とその総仕上げとしての今回の大統領選挙は、もはや米国は世界がモデルにするような国でもなく、信頼できる国でもないことを全世界に知らせた。
それでも七三〇〇万人の有権者(四七・二%)、白人では六〇%以上がトランプに投票し、過半数の州でトランプが勝利しているのが現実である。トランプとその側近たちが毎日まき散らす「フェイク」情報が広範な人々に受け入れられ、トランプの強力な支持基盤を形成している。
トランプ政権の下で顕在化してきたファシズム的状況は、選挙におけるトランプの敗北によって終わったわけではない。米国の民主主義が機能している、あるいは今回の選挙が米国の民主主義の復元力を証明したというのは幻想であり、願望に過ぎない。
筆者は一九七〇年代前半に、当時第四インターナショナルに結集する米国の組織だったSWP(社会主義労働者党)の理論的指導者の一人だったジョージ・ノバック同志を、同日本支部(JRCL)創立時の指導的同志の京都の自宅に案内する「任務」にあたっていた際、ノバック同志がアメリカの革命のイメージについて「第2の南北戦争になるだろう」と語っていたことを覚えている。
当時はその意味がよくわからなかったが、今考えれば、先住民と黒人の収奪・差別と、マッチョな戦争文化を「自由・平等」という建国の理想に隠した米国における未完の民主主義革命を完遂し、資本主義を廃絶する永久革命的なプロセスを想定していたのかもしれない。もちろん「南北戦争」というのは文字通りの戦争ではなく、その含意は黒人の解放をその戦略の核心に組み込んだ革命的闘争ということだっただろうし、一九六〇―七〇年代の黒人公民権運動や黒人の急進的な武装闘争の限界を経験してきた今日にあっては、戦闘的かつ非暴力の闘争が中心となるだろう。
もちろんこれは筆者の主観的な解釈だが、トランプの四年間に極限まで深まった社会の分裂と階級格差を背景として発展した黒人・マイノリティーと白人、特に青年との革命的連帯と、それに対する反革命としての「トランプ主義」との対立の煮詰まりは、まさにそのような未完の民主主義革命を完遂し、資本主義を廃絶する長期にわたるプロセスの予兆かもしれない。それは気候危機や核戦争の危機から人類と地球環境を救うために不可欠のプロセスである。
反革命としての「トランプ主義」は米国だけの問題ではなく、イスラエル、インド、ブラジル、東欧諸国におけるファシストあるいはファシスト的政権の台頭ともシンクロ化しており、一過性のものと考えるべきでない。第一次大戦以降百年余にわたって資本主義世界を支えてきた帝国の崩壊が始まり、それに代わる新しい国際的な安定した秩序が姿を見せない状況の中で、ロシア・中国などの旧「社会主義」国を含めて、民族の過去の「栄光」(あるいは「苦難」)と宗教(あるいはその代替物)を絆とするナショナリズムとその下での強権化が世界的に加速化している。バイデン次期大統領の民主党政権と米国民主主義の「復元力」がその歯止めになるかどうかは楽観できない。
若者・女性・黒人・
ラティーノはバイデンに
下院議員選挙では左派が躍進
大統領選挙の開票結果はまだ確定していないが、一一月一五日現在のCNNの集計では、バイデンが約七八七〇万票(50・8%)、トランプが約七三一〇万票(47・2%)で、五〇〇万票以上(3%以上)の大差である。選挙人数ではそれぞれ三〇六人と二三二人となっている。緑の党が推薦したホーキンス候補は三〇州で候補者名簿に記載され、全国で0・2%、ニューヨーク州で0・3%の得票を獲得した(前回のスタイン候補は四五州、全国の得票率1%だった)。
投票の分析で興味深い点をエディソン・リサーチの出口調査(全国で約一五〇〇〇人、「ニューヨーク・タイムズ」紙などが利用している)に基づく速報値からピックアップすると、
?男女別では、男性の53%対45%でトランプ、女性は57%対42%でバイデン。
?投票者の67%を占める白人では58%対41%でトランプ、黒人(13%)は87%対12%でバイデン、ラテンアメリカ系(13%)は65%対32%でバイデン、アジア系(4%)は61%対34%でバイデン、その他(4%)は55%対41%でバイデン。
?年齢別では三〇歳未満(投票者の17%)では60%対36%でバイデン、30―44歳(23%)が52%対46%でバイデン、45―64歳(38%)が50%対49%でトランプ、六五歳以上が52%対47%でトランプ。
?白人の福音主義またはボーンアゲインのキリスト教徒(投票者の28%)は76%対24%でトランプ、それ以外(72%)は62%対36%でバイデン。ユダヤ教徒は「それ以外」に含められているが、バイデンへの支持がトランプを上回っているという調査報告がある。
?家計収入別では、年収五万ドル未満(投票者の35%)では55%対44%でバイデン、五万ドルから一〇万ドル未満の層(39%)は57%対42%でバイデン、一〇万ドル以上(26%)では54%対42%でトランプ。
?初めて投票した人(投票者の14%)は64%対32%でバイデン、それ以外(86%)では49%対49%。
?投票した理由別では、@「経済」と回答した人(投票者の35%)では83%がトランプ、A「人種の平等」(20%)、92%がバイデン、B「コロナ対策」(17%)、81%がバイデン、C「治安」(11%)、71%がトランプ、D「医療保険制度」(11%)、62%がバイデン。@の衝撃的な数字は、民主党がサンダース氏らの掲げる「グリーン・ニューディール」を拒否した結果であり、バイデンの予想外の苦戦の主要な原因だろう。この点については次節で言及する。
?候補を選んだ基準では、@「強いリーダー」と回答した人(投票者の33%)では72%がトランプ、A「適切な判断ができる」(24%)では68%がバイデン、B「私のような境遇の人に気を配ってくれる」(21%)では50%対49%でトランプ、C「国をまとめることができる」(19%)では85%がバイデン。
前回投票しなかった人(投票者の11%)の58%がバイデンに投票している。これは若者とマイノリティーや左派の奮闘の成果だろう。一方、誰に投票するかを投票直前(一カ月前以降)に決めた人(13%)の51%、一週間前以降に決めた人(5%)の54%がトランプに投票したと答えている。これは最後の局面でのトランプ陣営の巻き返しが成功していることを示しており、バイデンにとっては誤算だった。
同時に実施された連邦上下両院議員選挙では、一六年に下院議員に当選した左派のオカシオ・コルテス(ニューヨーク州)、イルハン・オマル(ミネソタ州)、アヤンナ・プレスレー(マサチューセッツ)、ラシダ・トライブ(ミシガン州)が再選を勝ち取ったほか、新たに四人の左派が当選し、民主党議員団の中での左派の存在感が格段に高まった。また、州の住民投票で、いくつかの州で左派が提案した最賃一五ドル、マリファナの非処罰化、警察予算の削減や気候危機関連などの提案が可決されている。
緊急の課題をめぐる当面の闘争と
エコロジー社会主義のための過渡的綱領
バイデン次期大統領は一一月七日の勝利宣言の後、政権移行の準備を始めており、政権の要職の人選を進めている。バイデンにとって当面の中心的な課題は国内の融和であり、それは本稿の冒頭で指摘しているように、米国社会の分裂の根本原因である社会的格差と白人優位主義を克服する方向ではなく、富裕層や白人優位主義者に迎合し、BLM運動や党内左派を排除する方向へ進む傾向にある。
サンダース、オカシオ・コルテスをはじめとする民主党内の急進左派は、これに対してグリーン・ニューディール(GND)を対置してきたし、その観点から攻勢を強めようとしている。
GNDについてはエコロジー社会主義の立場からも、「脱成長」主義の立場からも、その基礎にある生産力主義や資本主義の改良(社会民主主義)の戦略に関する批判があり、多くの批判は根拠がある。しかし、サンダースらの提唱するGNDは、米国の圧倒的多数の人民にとっての緊急の課題である雇用、住宅、医療、教育の問題を新自由主義的な市場の論理に委ねるのではなく、企業や富裕層への課税を原資とした公共投資によって解決するという根本的な転換を呼びかけるものであり、特に若者層が必要としている政策パッケージである。それはこの数十年間、衰退を続けてきた労働者階級の運動を再生し、黒人・マイノリティーを含むより広範な階級的連帯を回復し、資本との力関係を反転させるきっかけとなりうるものである。もちろんGNDをめぐる議論の中にはエコ消費を煽り、AIの普及を通じた一層の富の集中・格差拡大を助長する主張も含まれるし、階級闘争ではなく政権や政党へのロビー活動で要求を実現しようとする傾向も強い。しかし、GNDにはエコ社会主義に向けた過渡的綱領と当面の闘争の重要な要素となりうるラディカルな要求も含まれている。特に、気候危機の切迫する破局に立ち向かうために決定的に重要とされるこの一〇年間を生き延びるためには、市場の論理に支配される経済から社会的連帯の経済への転換が切迫する課題であり、エコロジー社会主義はそこから出発しなければならない。
バイデンにとってのもう一つの緊急の課題は、トランプ政権の「米国第一主義」によるダメージの回復、国際的協調の再構築であろう。この点については、気候変動問題の国際的取り組みへの復帰や同盟国との関係改善は早期に実現するだろうが、対中国や対ロシアの関係ではむしろ「新冷戦」が加速するだろう。トランプという後ろ盾を失ったイスラエルのネタニヤフ、インドのモディ、ブラジルのボルソナロは政権維持が困難になるだろう。
日本との関係においては米日豪印の軍事的連携と日本の役割の強化という方針はオバマ政権以来のものであり、大きな変化はないと考えられる。
政権移行までの期間に、さまざまな不確定要素がある。トランプおよびその取り巻きと共和党の動き、1月上旬に行われるジョージア州上院議員の再選挙の帰趨、コロナ感染の拡大と経済的影響、新政権の人事と党内の力学など。いずれにしても、コロナ危機とBLM運動を背景とする今回の大統領選挙は、米国の歴史において南北戦争、二つの世界大戦、ベトナム戦争と黒人公民権運動に匹敵する大きな転換点となるだろう。 (小林秀史)
|