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    かけはし2020年11月23日号

勝利をもたらしたものと今後の課題


大阪市廃止住民投票で再び勝利(下)

大森 敏三


勝利を疑っていなかった維新の会

 吉村知事・松井市長をはじめとして、維新の会は大阪府議会・市議会での協定案可決の段階(八月末から九月初め)では、住民投票での勝利を確信していたことだろう。前回は反対に回っていた公明党を取り込み、自民党の中にも亀裂を作り出したことで、政党の組み合わせでは圧倒的優位に立っていたからである。しかも、大阪府下の自治体選挙では、羽曳野、箕面で新たに市長に当選したほか、市議選・町議選で軒並み上位当選していた(茨木市長選と河内長野市長選では現職に敗れた)。大阪市内でも、中央区の再選挙(三月二二日)で、大阪維新の会の候補が当選した。大阪における維新の勢いは衰えていなかった。
大阪府議会では、反対の立場をとる共産党、民主ネット(立憲民主・無所属で構成)はいずれも二議席しかなく、代表質問をおこなうことができない。自民党は賛否が分裂し、代表質問は賛成派の議員がおこなったため、反対の立場からの代表質問がないという状況だった。採決の結果は、賛成七一、反対一五(自民党議員は賛成五、反対一一と分かれた)という圧倒的多数での可決だった。
大阪市議会では、昨年の市議選のあと、五人未満の会派を「非交渉会派」とするという非民主的な議会運営が決まったため、四人の共産党と二人の「市民とつながる・くらしが第一」(旧民主党系)は代表質疑や議会運営から排除されていた。そこで、両会派は一時的に統一会派「共産・市民」を結成し、協定案を審議する臨時市議会に臨むという異例の対応をおこなわざるをえなかったのである。こうした維新の「絶対的優位」を突き崩したのは、前回を上回る「草の根」からの市民の運動だったのである。

住民投票の結果を「報道のミスリード」のせいにする高橋洋一


今回の選挙戦では、「都構想」による経済効果も争点の一つとなっていた。大阪市解体=特別区設置で「大阪経済が成長する」という根拠として推進派が依拠していたのは、二〇一八年六月に公表された「大都市制度(総合区設置及び特別区設置)の経済効果に関する調査検討業務委託報告書」であった。この報告書は、大阪市の委託事業により嘉悦大学が作成したものだ。ちなみに、この報告書は、特別区にすることによって一〇年間の累計で約一・一兆円の財政効率化効果があるという内容だったが、いくつもの誤りが指摘され、そのつど訂正せざるをえない代物だった。
この報告書作成事業に東京にある嘉悦大学が応募し、作成を委託されたのは、二〇一二年四月に大阪市特別顧問に就任した高橋洋一が嘉悦大学の教授をしていたからではないか、と言われている。この高橋教授は、協定案否決の翌日に、やや逆ギレ気味に「大阪都構想『否決』、マスコミ『疑惑の報道』がミスリードした結果だ」(『現代ビジネス』電子版、一一月二日)という文章を書いている。
彼は、「コスト増」報道の発端となった毎日新聞の記事に触れながら、「都構想」に反対する市民に悪罵を投げつける。「実際、報道のプロであるNHKと朝日新聞も、毎日新聞を後追いして〈四つの『特別区』に分割〉と報道したのは、大阪都構想と勘違いしたからだ。しかも、この報道を拡散した大阪都構想反対派の人は、地方財政の知識がまったくないのか、確信犯的かのどちらかだ。いずれにしても、これまでの反対運動は、知識不足の単なる素人か悪質な活動家のいずれかによるものであり、そら恐ろしいことだ」。
しかし、勝利を信じて疑っていなかったこの人物は、市民の立ち上がりで負けたことを到底認めることはできず(「知識不足の単なる素人か悪質な活動家」に負けたことになるからであろう)、敗北の原因を「マスコミのミスリード」に求めたのである。毎日新聞の記事そのものにはケチをつけることができずに、この時期に報道したのは反対派の「工作機関」だからだと非難する。「一方、報道した毎日新聞は、今回の住民投票で準用される公職選挙法一四八条但書きに違反するおそれがある。(略)このタイミングでこの報道を行えば、多く市民が誤認する。現に追随した朝日新聞とNHKは間違えて訂正している。毎日新聞は報道機関の矩(のり)を超え工作機関とも言える。」
さらに、菅政権への影響を心配してみせる。「実は、この大阪都構想は、菅政権の推進のためには必要な政治イベントだった。菅首相は自民党内で派閥を持っていない。しかし、公明と日本維新の会には密接なパイプがある。その公明と維新が推しているのが大阪都構想だ。もし大阪都構想で負けたら、菅政権運営の先行きが不透明になるという意見もあった。いざというときの公明と維新という『ジョーカー』を失うからだ」。
最後に、諦めの感情を露呈しながら、次のように結んでいる。「いずれにしても、住民投票の結果は、反対多数だった。しかし、上記に述べたような毎日新聞による公選法違反の疑いがあったのは、極めて残念だった」。
高橋洋一のような人物が、「草の根」から「否決」をめざす運動の高揚と多くの大阪市民の自主的な行動を理解できないのは仕方がないことだが、「都構想」否決の政治的影響の一端は明らかにしている。
それはともかく、われわれは、この住民投票における勝利について、その意味するところを投票結果だけでなく、そこに至る運動のプロセスを含めて分析する必要がある。
まず何よりも確認しなければならないのは、維新の「一枚看板」であり、その実現に執念を燃やしてきた「大阪都構想」を一応は葬り去ることができたという点である。ここで、「一応は」と書いたのは、吉村知事や松井市長は「三回目はない」と言っているものの、前回も「これが最後」と言いながら二回目の住民投票を画策し、実施まで持ってきたからである。今回は、後述するように、「都構想」の内容を別の形で実施に移そうとさまざまに策動している。
第二に、コロナ危機の中にもかかわらず、「都構想」にともなう出費や万博、カジノ・IRなどの大型投資に備えて、コロナ対策に金を使おうとしない維新府政・市政に対する不満の大きさを、住民投票を通じて一定程度表現できたことである。大阪市は、政府の一律一〇万円の給付金支給について、十分な支給体制をとらなかったため支給が遅々として進まなかっただけでなく、住民登録していない人々への支給を拒み続けた。また、医療施設で働く労働者が防護服不足を訴えると、防護服を調達するのではなく、思いつきで雨合羽の寄付を呼びかけ、集まった三〇万着を超える雨合羽の処分に困ってしまうこともあった(いまもどこかの倉庫に保菅されている)。
大阪ミナミの飲食店に対する休業・営業時間短縮の要請に対しても、十分な補償はおこなわれず、ミナミで働く労働者を苦境に追い込んだ。こうした状況の中でも、大阪市は十分なコロナ対策予算を手当てすることはなかったのである。いまコロナ陽性者が連日二〇〇人を超える状況になっても、吉村知事は「一人一人の感染症対策が大事」「静かに食事、マスクの徹底」と語るだけで、具体的な感染拡大防止策を示そうとしていない。
さらに、一一月一三日、万博会場へのシャトルバス運行のため、前倒しで工事を急いでいた高速道路「淀川左岸線」の事業費が六割増となる見込みで、七〇〇億円の追加支出が必要となるという報道が一斉に流れた。「現場で見つかった土壌汚染や地中の障害物撤去など対策工事が必要となったという。大阪・関西万博を巡っては「夢洲の会場建設費(一二五〇億円)が東京五輪関連の建設ラッシュなどを受けて上振れする懸念もあり、万博関連経費の不透明感が強まっている」(『日本経済新聞』電子版)。「大阪市は今後、工法の見直しなどで追加経費の削減に取り組み、追加分の負担割合についても国と協議する方針」とのことだが、大阪市は少なくとも三五〇億円の追加支出をしなければならないことになる。ここでも、イベントやインフラなどの大型投資事業を最優先とする維新の政策のツケを大阪市民が払わされることになるのだ。
第三に、高橋洋一も書いているように、維新との連携を追求する菅政権にとって、少なからぬ打撃となったことである。

住民投票の勝利から何を学びとるか


今回の住民投票に向けた運動のプロセスと勝利から、われわれは何を学びとることができるだろうか? その一つは、「共同戦線」のあり方についてである。前回の住民投票では、自民党から共産党、市民運動、左派労働組合に至るまで、反「都構想」共闘を形成し反対運動を展開した。そのことは維新からの「野合」批判を生んだが、共闘自体が間違っていたわけではなく、問題はむしろわれわれ左派の側にあった(後述)。
今回は「別個に進んでともに撃つ」形での「共同戦線」となり、われわれの側からの独自の闘いを展開することができた。この点を今後にどう活かしていくのか、闘いの戦略的展望と戦術の豊かさが問われることになるだろう。
もう一つは、前回に続き、いや前回以上に「草の根」からの運動の高揚が再現されたことをどのように考えるか、という問題がある。この運動には、労働組合員も多く動員されたが、組合として旗を掲げて参加したわけではなく、「大阪市をよくする会」(大阪労連)、「REAL OSAKA」(連合)、「どないネット」(ユニオンネット、大阪全労協)といった団体のもとで活動に参加した。これにはやむを得ない部分もあったが、闘いの中に労働組合の旗が立っていなかったのは事実である。今後の闘いの中で、労働組合と市民運動・社会運動との連携は大きな課題となってくるだろう。
また、今回の住民投票については、ある意味では「ネガティブ・キャンペーン」によって勝利した側面があり、維新の都市政策に対するオルタナティブを持って闘えたわけではなかった。これも今後の課題である。

住民投票敗北後も「広域行政一元化」に執念を見せる維新の会

 維新の会は、住民投票に敗北した直後から、「大阪都構想」に代わる新たな広域行政一元化」プランを明らかにして、実質的に大阪市を「解体」する策動を強めている。「大阪市の松井一郎市長(大阪維新の会代表)は一一日、市を残したまま行政区の権限を強化する『総合区』の導入に向けた条例案を、二〇二一年二月議会に提案する意向を明らかにした。維新は市の広域行政を府に一元化する条例案も二月議会に提出する方針。都構想に近い制度改革を立て続けに表明しており、新たな議論を呼びそうだ」(『毎日新聞』、一一月一二日朝刊)。
この総合区は「行政区の権限と財源を強化する制度で、議会の議決で導入できる。都構想が五年前の住民投票で否決後、公明党の提案を受け、市が八つの総合区に再編する素案を作成。当時の市長は吉村洋文大阪府知事だった。公明がその後、都構想への賛成に転じたため取り下げた経緯」(同上)がある。「都構想に反対した自民党も総合区の議論には応じる姿勢を示している」(同上)という。
また、大阪府と大阪市の「広域行政一元化」は一一月五日に突如松井市長が明らかにしたものだが、翌日の記者会見で、吉村知事は「都構想の制度案で市から府に移管するとした成長戦略など四二七事務を中心に対象を検討する考えを示した」(『毎日新聞』電子版、一一月六日)とのことである。この報道によれば、「一元化は府が市から事務委託を受ける形式などが想定される。詳細は都構想の制度を設計した府市の『副首都推進局』が担う方向で、総務省とも今後協議する。関連の条例案を二〇二一年二月の府市両議会に提案する方針だ。四二七事務の財源は約二〇〇〇億円に上る。吉村知事は『(権限と)財源が一緒にないと仕事ができない。ワンセットは当たり前だ』と述べ、財源も府に移す考えを明らかにした」(同上)。
この「広域行政一元化」について、山中智子・共産党大阪市議団団長が、「反対票には市が基礎自治体としてきっちりやってくれという意見が込められている。それを無視し、市の権限を府に渡してしまうのは民意を全然受け止めていない」(同上)と反対を表明したのは当然のことである。
もし、こうした「総合区」「広域行政一元化」が実現されるならば、政令指定都市としての大阪市の権限と財源は大阪府に移され、大阪市が実質的に「八総合区」に分割されるに等しい状況となる。やはり、維新の会は「転んでもただでは起きない」のであり、住民投票で示された大阪市民の選択を尊重するつもりなど毛頭ないということだ。

前回の轍を踏まず、維新による大阪支配の「終わりの始まり」を実現しよう


吉村知事は「広域行政一元化」をすすめる根拠として「都構想は一ポイント差(の得票率)で否決された。約半数の賛成派の声を尊重することも大事」という点をあげている。これは、維新が「選挙で示された民意」を錦の御旗としてきたことと明らかに矛盾し、彼らが「民意」について自らの都合の良いように解釈するというダブル・スタンダードを採用していることを示している。
同時に、維新を維新たらしめていた「都構想」の消滅によって、自らの求心力や存在意義の低下が不可避であることへの危機感の表れとも言えよう。しかし、これを許すならば、住民投票での勝利の意味は半減してしまう。まさに、維新を追撃する闘いが求められているのである。
前回の住民投票の後、私は「橋下・維新を追撃する闘い」が必要だとして、次のように書いた。「住民投票の勝利で少なくとも最悪の事態は避けられ、闘いの前進にとって大きな地歩を築くことができた。問題は、その地点にとどまるのではなく、さらに橋下・維新を追いつめる闘いを続けることである。七年半にわたる橋下・維新による府政、市政の壟断にもかかわらず、住民投票で七〇万近い大阪市民が賛成票を投じていることは決して軽視できない」「『橋下・維新を追撃する闘いを!』、これが住民投票に勝利したあとのわれわれの課題である」(二〇一五年六月八日号)。
しかし、こうした追撃は実現できなかった。その結果、同年一一月の知事・市長ダブル選での維新の勝利を招き、維新の復活を許してしまった。その一因は、自民党・公明党をも含めた反「都構想」共闘が成立していたとしても、左翼の側が独自の反維新の運動展開が求められていたにもかかわらず、それができなかった点にあった。まさにこの教訓こそ、この後の闘いに生かさなければならない。
そのためには、「参加型自治と民主主義、自然環境との共生にもとづいた、新自由主義的な拡大・拡張論理と対決する都市政策を追求するとともに、労働組合運動・あらゆる社会運動・住民運動などの新たな結合を目指す必要がある。その力で維新を追い詰めることこそ次の課題である。まさに問われているのは、これからの闘いなのだ」。(二〇二〇年一一月九日号)

 



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