読書案内
水島治郎著 中公新書 820円+税
「ポピュリズムとは何か」
民主主義の敵か、改革の希望か
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日本でも「ポピュリズム」をめぐる論議が、とりわけ「れいわ新選組」の選挙デビューとその成功を期に広がっている。本書は、アメリカやアルゼンチンのペロン政権の経験、そしてEU統合を一つの契機に広がった欧州における諸政党の伸長を通じて、ポピュリズム政党とその運動への分析を行っている。世界的現象としてのポピュリズムを偏見を排して捉えるためにも読むべき本だろう。(編集部)
はじめに
第1章 ポピュリズムとは何か
第2章 解放の論理
第3章 抑圧の論理
第4章 リベラルゆえの「反イスラム」
第5章 国民投票のパラドクス
第6章 イギリスEUの離脱
第7章 グローバル化するポピュリズム
あとがき
T
本著は、別掲の「目次」で明らかなように『第一章 ポピュリズムとは何か』から『第七章 グローバル化するポピュリズム』まで、七章立てで構成されている。
著者は『はじめに』の冒頭でポピュリズム研究に先駆的役割を果たした政治学者カノヴァンの「ポピュリズムは、デモクラシーの後を影のようについてくる」という言葉を引用している。それを受けて『第一章 ポピュリズムとは何か』では、ポピュリズムとはデモクラシーに内在する矛盾・限界から派生する政治運動であると定義づけている。旧来日本では「ポピュリズム」は「人民主義」と訳されたり、「民主主義(ヘゲモニー)と両立しがたい権威主義的な政治運動という印象が一般的には強い」が、問題はそれ程単純ではなく、二つの側面でとらえる必要があると力説している。
著者はこの二つの側面を「解放」と「抑圧」の相対立する側面として対比させ、それぞれを歴史的政治的運動を通して分析している。
著者は『第二章』で「解放」を最も典型的に表現した一九世紀末のアメリカ合衆国の運動と二〇世紀初頭のラテンアメリカにおける闘いを「ポピュリズムは、南北アメリカの大陸では、むしろ少数派支配を崩し、デモクラシーの実質を支える解放運動として出現し、労働者や多数の弱者の地位向上のための推進力の一つであった」と主張する。
アメリカ合衆国では南北戦争後、スタンダードなどの石油資本、カーネギーなどの鉄鋼資本、サザン・パシフィク鉄道などの大資本・大企業が台頭した。これに対して共和党、民主党という二大政党はこの大資本に迎合し、南北戦争の中心勢力でありながら、弾圧され長時間労働を強制され、生活の困窮に投げ込まれた労働者や農民の不満をまとめ上げ、運動を進めた人民党に焦点をすえてポピュリズムの運動を分析している。さらにスペイン、ポルトガルのもとで長い間植民地として支配されたラテン・アメリカの寡頭支配に対する人民の闘いを軸に、アルゼンチンにおけるペロニズムと呼ばれた闘いがラテン・アメリカ全体に拡がったポピュリズム運動を通して、『解放の論理』という命題を説いている。
U
『第三章』から『第六章』までは、デモクラシーの先進地域とされる西ヨーロッパに拡がっているポピュリズムについてである。そしてこの多くを「抑圧」型として著者は政治規定している。この政治的理由を簡単に次のように結論づけている。
「たとえば、近年のヨーロッパのポピュリズムは、イスラム系の移民を批判する際に、『男女平等を認めないイスラムは問題だ。民主主義的価値観とあい容れないイスラムは認められない』というロジックを展開し、ジェンダーの平等やデモクラシ―を擁護するがゆえに移民を排除する、という主張を外に向けて打ち出している』。『第三章』から『第六章』は同じ「抑圧」型のポピュリズム運動でありながら、運動の違いを各章ごとに分類している。因みに『第三章』はフランス、イタリア、オーストリアであり、『第四章』はオランダ、デンマーク、ベルギー、『第五章』はスイス。『第六章』は現在EUからの離脱問題に揺れるイギリス。
一九九〇年代になってヨーロッパで急速にポピュリズムが広がったが、著者はその政治的要因を次の三点にまとめている。
「第一は戦後のヨーロッパを深く規定し続けてきた冷戦の崩壊であり、第二はこれと期を一にして進行したEUの結成と統合であり、第三がグローバル化の流れである」と。この三つの要素は戦後一貫して各国を代表してきた保守・革新という左右の二大政党の求心力を弱めた。この戦後構造をそれぞれ体現してきた政治的土台が崩壊したのであり、その後EUが押し進めた『規制緩和』などの政策に対し、左右両党は同じように承認し、またドイツをはじめ多くの国では、支持率の低下の中で大連立政権が成立した。逆にこの構造に対する人民の反発と抵抗は一層広がり、戦後一貫して左右両党を支えてきた「組織」まで弱体化した。ここでいう「組織」とは、右派保守党では商工会や経済団体であり、左派革新党では労働組合をさしていると思われる。
またグローバル化した社会経済的変容と産業構造の転換は、格差を急激に拡大し、ヨーロッパ全体に二極化をつくり出した。さらにEUが推進した移民拡大政策は、この階層に危機感を一層増長させ、「福祉排外主義」に追いやり、またISのテロ事件は反イスラム・反移民的動きを強めさせた。
『第三章』に属するイタリアでは北部同盟、フランスでは国民戦線、オランダでは自由党、イギリス独立党というポピュリズム政党は、これを追い風に党勢を躍進させた。この四カ国の政党は、「ネオナチやネオファシズム系の流れを引く活動家が多く、反体制的色彩が強い極右と呼ばれる団体であったが、八〇年代から九〇年代にかけて反議会主義、反デモクラシー的政治的立場を投げ捨て支持率を拡大した。特にフランスでは七〇年代から地方議会、EU議会、さらには第五共和制反対を捨て国会議員にも打って出、国民戦線は全国的に大きな勢力となった」。オーストリア自由党もまた国民党と社民党の協調・合併に反発する力に押し上げられ、反議会主義を捨て州首相選挙、下院選挙に立候補し、路線を転換させることで勢力を拡大した。ベルギーもオーストリアと同様である。
『第四章』で取り上げられているデンマークは「福祉国家」として名高く、多くの先進国からモデルとされてきた。またオランダも二〇世紀初頭からの時短と賃金抑制をセットとした「ワーク・シェアリング」によってモデル国家として見られた。オランダの同一賃金・同一労働は今日も日本を含めた多くの先進国がモデルにしている。デンマーク、オランダでも戦後の二大政党をフランスなどを同じように批判してポピュリズムは勢力を拡大したが、そのポピュリズム政党はイタリアやフランスなどとは違い極右とは関係がなく、反ユダヤ主義的価値観も持っていない。
「このポピュリズム政党は二一世紀に入って情況に押され、反移民を掲げ、閣外協力などという形を取りながら政権に力を貸し影響力をつくり出してきた。このデンマーク、オランダのポピュリズム政党は近代西洋のリベラルが築き上げた価値観を前提にし、政教分離や男女平等を掲げ、返す刀で『近代的価値観を受け入れない』移民やイスラムを排除する急先鋒を引き受けることによって影響力を拡大してきた」。
『第五章』は、日本では「永世中立国であり、理想の国」とみられるスイスである。「スイスのデモクラシ―は少数派による意志決定を打破するため(防ぐため)、国民に決定権を委ねることを企図し、国民投票や住民投票の決定的位置を憲法で保証してきた。スイスのポピュリズム政党は、国民内部に広がった不安や不満に火をつけるためにこれを(この制度を)利用し影響力を拡大した」。
だが国民投票などの直接民主主義的方法を利用するのはスイスだけではない。実際、イギリスでは二〇一四年にスコットランドの独立を問う住民投票、そして今回のEU離脱の国民投票もそうである。ギリシャでも二〇一五年緊急財政問題で国民投票を行うという形でポピュリズム政党が影響力を拡大している。日本における「維新」の「大阪都構想」をめぐる住民投票もこれにあたる。
V
『第七章 グローバル化するポピュリズム』は、イギリスとアメリカという、グローバル経済の先頭を走ってきた二国においてポピュリズムがジョンソン政権とトランプ政権という形で全面化している。「このことは、二一世紀に突入しポピュリズムはグローバルに広がっていることを表現している」。イギリス独立党を中核とし保守党まで巻き込んだEU離脱問題の本質は、グローバル化の結果、「産業革命」以降イギリスが各地に形成した産業構造と社会が新しい時代に対応できなくなった結果である。トランプ政権を押し上げた「ラストベルト」に典型なようにアメリカもまた世界を主導してきた政治経済構造が崩壊した結果である。彼らが押し進める「自国第一主義」は矛盾を外に向かって増幅させるだけである。
それは「不安と不満」を自らの政権延命のために利用するだけで、一切の矛盾の解決にならない。「移民の排除はなんら問題を解決しない。移民が生み出される国々やその社会の安定が問われているのである」。「気候問題」などにみられる資本主義の危機は、一国主義的なブルジョア民族主義、民主主義の限界をますます表面化させるであろう。
イギリスでジョンソン政権と対決している青年の中で、アメリカの大統領選を闘う民主党の外側で闘う青年の中から「社会主義」という言葉が出始めている。これは偶然ではなく、彼らは直観的にブルジョア民主主義の延長上には今日始まっている矛盾や危機は解決しないことを感じているのである。
これについては、本紙「かけはし」2581号の「左派ポピュリズムの登場に潜在する社会主義の復権」の最終項「資本主義の危機と階級対立の煮詰まり」を是非参考にしてほしい。
伝統的な右派勢力のポピュリズム化が進行しているのは、ヨーロッパだけではなく、東アジアにも広がり始めている。核心は「人々の不満」に迎合することではなく、議会制民主主義のもとでは解決できないことを明らかにすることであり、社会主義の観点から一貫して問題提起と論争を組織することである。
本著では、ポピュリズムをめぐる論争のひとつである緊縮と反緊縮について全く触れていない。また今回の「参議院選挙」で登場した「れいわ新選組」の政治的性格についても触れていない。それは今後の課題であり、読者個人に委ねている。そういう意味で本著は忘れかけたヨーロッパ現代史をもう一度考え直すために読書するという肩のこらない、あまり構えないで読むことができる本である。 (大門健一)
コラム
退勤後一時間
仕事の定時は一六時五五分である。目的は一八時〇五分発の下り電車に乗ることだ。一七時五五分まで残業し、三分で着替え、一八時には会社の玄関を出て駅のホームを駆け上がる。次駅で東京メトロ直通の下り快速列車に乗り換える。
一八時一六分。A駅に着くとホームは人であふれている。行列をかき分け、最上階へと上がり、今度はメトロH線上り列車に乗る。一八時一九分の始発である。
眼下には広大な再開発の商業施設が見える。乗車は一駅。江戸の刑場跡地前の陸橋を渡り、歩くこと五分。一八時三〇分ちょうどに母の暮らす老人施設に着く。複写式の面会票に走り書きし、エレベーターで三階へ。
ドアが開いた瞬間に、糞便と、消毒液と、献立の混じりあった匂いが鼻を突く。入所者の夕食が終りかける頃である。隣接する別棟への渡り廊下を進み、エレベーターで四階に上がる。母は、フロアでは一番乗りでベッドに移乗される。消灯された多床室の窓際に進んで、仕切りのカーテンを大きく開ける。
「K子さん」と呼びかける。「だあれ、○○かい?」と私の名を呼ぶ。「会いに来たよ」。「ありがと、ありがと。おかず買って帰んな」。母の口癖である。
「いま来たばかりだよ」。「お前、仕事かい、今日は何曜日?」。いつもお決まりの受け答えをする。「今日は、だれか面会に来た?」。「だあれも来ない。お前だけだよ、来てくれるのは」。「そんなことないだろう、洗濯物が無くなっているよ」。兄弟姉妹のだれかが引き取りに来ているはずである。しかしそれを忘れてしまうのだ。
約一〇分間の会話である。面会門限は一九時だが、施設前にコミュニティバスの停留所があり、一八時五三分発に乗ると、約三〇分で自宅に帰れる。だが、まだ安心はできない。
というのも、夕食後のこの時間帯は、入所者を寝かせるための準備で、介護員がもっとも忙しいからである。服薬、オムツ替え、トイレ誘導など、当直職員が血相を変えて、汗だくになって走り回っている。
母の部屋を後にし、すぐに下りのエレベーターに乗りたいのだが、ロックがかかっていて職員しか解錠できない。二基のうち一つは下膳用の巨大なキャビネットが独占する。ヘルパーの忙しさを知っているから、呼びつけるわけにもいかない。入所者の視線を受けながらスタッフとの遭遇をひたすら祈るのだ。
一階に降り無事玄関を出ても、バスが定刻から二分以上遅れると、メトロを下車したM駅前での接続に間に合わず、次のバスを待つことになる。消費増税で乗継ぎ運賃額は運転手がテンキーに手入力する。その分、発車が遅れる。
仕事を終えた解放感も束の間、緊張と安心が複雑に交錯する、分刻みの一時間なのである。 (隆)
朝鮮半島日誌
▲朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会は12月3日に決定書を発表し、朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会を12月下旬に召集するのを決定した。
▲韓国のソウル東部地検は12月4日、前釜山副市長の柳在洙氏の収賄事件に関連し大統領府秘書室を捜索した。
▲12月4日の朝鮮中央通信は、金正恩朝鮮労働党委員長が白頭山地区革命戦跡地を視察したと報じた。同日付の労働新聞は、金正恩党委員長が白馬にまたがって白頭山地区を視察した写真を掲載した。
▲12月4日の朝鮮中央通信は、3日に開催された咸鏡北道鏡城郡の仲坪地区に位置する仲坪野菜温室農場と育苗場の操業式に、金正恩党委員長が参加したと報じた。
▲日本と韓国の両政府は12月5日、韓国に対する輸出管理厳格化に関連し、16日に東京都内で局長級の政策対話を経済産業省で開催すると発表した。
▲韓国大統領府は12月5日、文在寅大統領が法相候補として「共に民主党」の秋美愛前代表を指名したと発表した。
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