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    かけはし2019年12月9日号

関生労組を守りぬこう!


11.16

声を上げよう!弾圧許すな全国集会

あまりにも異常な労働運動つぶし



 【大阪】声を上げよう!弾圧許すな!11・16全国集会実行委員会(よびかけ人:藤本泰成さん〈フォーラム平和・人権・環境共同代表〉、山城博治さん〈沖縄平和運動センター議長〉、竹信三恵子さん〈ジャーナリスト〉、熊沢誠さん〈甲南大学名誉教授〉、服部良一さん〈元衆院議員〉、柿山朗さん〈元全日本海員組合全国委員〉、森博行さん〈大阪労働者弁護団代表幹事〉、大野和興さん〈農業ジャーナリスト〉)主催の全国集会が一一月一六日、大阪市西梅田公園で開かれ、一二〇〇人の労働者市民が参加した。

正当な組合活動
を守りぬこう!
司会(豊中市議木村真さん、ロックアクション荒木淳子さん)から、よびかけ人が紹介され、主催者を代表し藤本泰成さんがあいさつをした。「憲法で保障されている労働三権は誰も侵害できない。厚生労働省は、労働力という特殊な財を提供し、対価を得て生活する労働者は、団体で交渉することで保護が図られるべきだと言っている。権利を守るために、団結して闘わなければいけない。労働組合法があり、労働基準法があり、労働関係調整法がある。その中には、労働組合は、刑事責任も民事責任も問われないと書いてある。今回の関生支部の逮捕や立件の理由は、労働者の権利に照らし違法なことは何もない。労働組合の正当な活動が弾圧の理由だ、と断言したい。なぜこのような事態が起きるのか。関生支部のやっていることが気に入らないからだ。政府のすべての行為は、憲法に基づいていなければいけないが、安倍政権は、自分の好きなように政治を動かしている。そういう世の中だから、こういう事態が起きる。森友・加計問題、沖縄辺野古、法律など無視して勝手にやっている。これを絶対許してはいけない」と、決意を述べた。

余りにも異常
な保釈条件だ
続いて、全日建連帯労組中央本部から、菊池進さん(連帯労組中央執行委員長)がアピールをした。
「関生支部に対する弾圧が続いている。昨日も、和歌山県警により二人の仲間が逮捕された。湯川副委員長に至っては八回目の逮捕。正当な組合活動が次々と事件にされている。この間、多くの仲間が保釈されたが、その条件が、仲間に会わない・仲間にメールや電話をしない、組合事務所や分会事務所に立ち入らないということ。このような裁判所の決定は何の根拠もないひどいものだ。和歌山県警、大阪府警、京都府警、滋賀県警の一連の弾圧は、少し山場を越えつつあるのかなと感じている」。
「先日、団交を拒否していた生コン輸送会社に対して、大阪府労委が組合側にとっての勝利命令を出した。組合員を狙い撃ちにした排除攻撃は、他にもたくさんあるが、いずれも不当労働行為として認定されると思っている。これを契機に攻勢に転じて、運動を進めていきたい。異常な刑事弾圧を一人でも多くの人に知ってもらうために、関生を支援する会を全国に広げていきたい。ILOをはじめ国際的な包囲網をつくっていきたい。来年二月には、人権法に関連したシンポジウムを開催していく。国家ぐるみの不当弾圧には負けない。仲間を信じ、組織の団結を強化してこの正念場を乗り越えていく」と決意を述べた。

山城博治さん
のアピール
「多くの名のある産別労働組合が関生支援から退く中にあって、唯一中央組織の平和フォーラムが毅然として声を上げ、全国に結集を呼びかけていることに勇気を得た。労働組合と名乗っている大きな労働組合の皆さん。関生の弾圧は人ごとではないはずだ。いずれわが組合にも降りかかる弾圧だ。関生の支援に結集しようではないか」と呼びかけた。
また、「私たちは、悲しみと怒りを持ちながら、遠くから見守るだけだが、状況を報告し引き続き連帯をしていく。関西生コンは、辺野古基地反対を掲げ全国行脚をした。私たち沖縄の平和運動にとって、かけがいのない支援団体だ。みんなが声を上げないと、全ての市民に入り込んでくる弾圧だ。政治家も学者も、働く者も管理職も一緒にこの国の民主主義を守ろう。私は、宮古島に来て、弾薬庫建設反対の運動をやっている。何十トンもの弾薬が村からわずか一〇〇メートルの所に置かれようとしている。情報公開請求しても、国家機密として黒塗りで出てくる。住民にもう一回死ねというのか。辺野古は年末から年明けにかけて大きな局面を迎える。大浦湾の本格的な埋め立て工事に入ろうとしている。一方、首里城が焼失し、再建に向けた動きが始まっているが、そのことと平和を守ることは別問題だ。どのような政府の誘いにも屈しないでほしいと、デニー知事に訴えていきたい。琉球弧のミサイル配備には断固反対だ」。

高橋良平さん(「表現の不自由展・その後」をつなげる愛知の会)のアピール

「私たちの会は、【不自由展・その後】の中止に反対してつくられた団体だ。平和の少女像に対して右翼系の市民や政治家が激しく抗議した。私は、自分の目で見てみたいと八月三日に展示会に行った。右翼の人たちが言っているようには感じず、平和を願っているように感じた。反日云々という考えが社会にはびこっていることがわかった。表現の自由の問題だと多くの人が声を上げてくれたが、私たち市民も八月三日から、中止するまで署名を集め、ずーとスタンディングをした。多くの市民が、【不自由展その後】の中止は、市民の表現の自由に対する攻撃と感じた」。
「ふれられていないことが二つある。日本の植民地と侵略が背景にあること。もうひとつは天皇の問題だ。天皇の肖像を燃やして踏みつける映像をつくった作家は、天皇制には反対していないと言っている。でも多くの人は納得せず、天皇制に反対していると攻撃した。天皇の写真を燃やすということはこの日本社会で一番問われている。燃やすことには何の問題もない、そのことが戦前と戦後の大きな違いだ。しかし、理解されてはいない。運動の中でも天皇制の問題は、課題としてあげることはできなかった。マスメディアの中でも、反対する自由が保障されていない。それは一体なぜなのか。民主主義というものを共通のベースにしているが、それは本物なのか。植民地侵略は終わったといっても、心の中では続いているのではないか。象徴天皇制は権力がないというが、本当に象徴なのか。この点を疑問に思った」。
「つなげる愛知の会は、愛知県民の会から名称を変えて継続することになった。大きな柱のひとつは、いまだに河村たかし名古屋市長は『不自由展・その後』に対する攻撃を止めていないということ。市民が起ち上がったことが大きな財産だが、まだまだ課題はある。何をどのように表現するかは、市民が自由に決めるべきだ。政府が弾圧するのを許してはならない」。
ポステッカーを掲げてアピール。次は川口真由美さんのミニコンサート。
引き続いて、弁護団から、中井雅人弁護士(大阪労働者弁護団)が報告。
「今、関生支部関係者含め逮捕者延べ八九人、委員長は六回、副委員長は八回逮捕、起訴は述べ六〇人以上。今日は最初の逮捕から四四五日目。労働組合活動だから正当だが、それ以前の問題として、刑法に本当にふれているのか。身体拘束が普通では考えられないぐらいに長い。組織があってなんとか耐え抜いた。武委員長にこの間初めて接見にいったが、武さんは事件の話はせず、同じ個室に外国人が拘留されていて、その逮捕は不当だ・宗教上の理由で食事がとれない・そこで抗議をして食事を改善させた話をした。普通の場合なかなかこうはできないと思う。弱者を助ける運動が潰されようとしている。最後まで闘い抜こう」。

大口弁護士が
連帯の発言
大口弁護士(労働組合つぶしの大弾圧を許さない実行委員会・東京)からアピール
「週刊実話の連載記事で、関生支部を『反社会的勢力』とレッテルを貼り、権力の弾圧に手を貸しているジャーナリスト一ノ宮美成と日本ジャーナル出版を相手に、武健一関生支部委員長が獄中から名誉毀損の訴訟を提起した。その裁判を支援している。このような行為は、労働組合を否認し権力への屈服を強いる行為だ。憲法改悪の先取りとして絶対に許せない、東京ではこの問題で連帯して闘う」。

地方議員から
支援呼びかけ
関生弾圧に反対している地方議員が登壇し、一人ずつ紹介され、伊丹市議の大鶴さんが代表して連帯のあいさつをし、「この度の弾圧は、労働運動・市民運動への弾圧だとの思いから、関生弾圧に抗議する自治体議員声明(結社の自由・労働組合活動の自由、立憲主義・民主主義の危機だ、警察検察に抗議する、調査の名を借りた弾圧を止め、拘留されている組合員の即時釈放を求める)をつくり、自治体議員に賛同を呼びかけた。二週間余りで一〇〇人を超える賛同が集まった。一一月七日に記者会見をし、翌日の朝日新聞に大きく報道された。今後は、この抗議声明をもって、大阪・京都・滋賀・和歌山の府県警・検察に申し入れをし、国政政党にも取り上げるよう要請していきたい」と述べた。
最後に、集会決議を読み上げ採択。小林勝彦さん(全国集会実行委員会・事務局長)の閉会のあいさつで、集会は閉じた。
引き続き、デモに出発。一号線を東に、米国領事館・大阪市役所前を通り大阪地裁前で流れ解散をした。         (T・T)  

コラム

ヤクルト1000

 毎週月曜日、事務所にヤクルトの訪問販売がやってくる。事務所のほとんどの者が健康のためにとヤクルトを愛飲しているが、そういうことにまったく無関心なボクはまるで他人事と冷ややかな目で見ていた。ヤクルトなんて清涼飲料と同じではないかと思っていたのである。しかしである。毎回、病気のことで申し訳ないが、前立腺がんに引き続いて大腸憩室炎を発症し入院をするはめになったボクはこれを機会にヤクルトを飲むようになったのだ。
 先月末のこと家にいられないボクは、例のごとく居酒屋放浪記に出かけた。行き先は大宮。駅前にある昭和レトロな佇まいをいまに残す「いずみや本店」でうにくらげとハムカツを肴に温燗四合を呑んだ。その日は、朝から少し腹痛があったのだが、酒を呑めば治るだろうという軽い気持ちだった。しかし、だんだん腹痛が重くなってくる。これはまずいとそうそうに呑むのを切り上げて、薬局に行き腹痛の薬を探したのだが、その症状に合う薬がない。吐き気もなければ、下痢もしていないので手に取る薬が見当たらないのだ。
 ベルトを緩め電車に乗って帰路についたが、鈍い痛みはおさまらない。着いた駅からはバスに乗らず、一刻も早く横になりたいとタクシーで自宅へ直行。すぐにベッドにもぐりこみ目をつむり、腹をさすったが痛みは一進一退で治る気配はまるでなかった。そうこうしているうちにその痛みは、ただものではないものに変わってきた。痛みで起きられないどころか、寝返りもできないのだ。今まで経験をしたことのない痛みである。特に腹の右下に例えようのない痛みが続いている。
 時計を見ると深夜に近い一一時過ぎ。これは朝まで待てないとタクシーを呼び、夜間休日診療所へ向かった。出で立ちはジャージにサンダル履きというそのままの姿である。診療所では軽い問診だけで痛み止めも処方されず三五〇〇円を取られ、ここではどうしようもないと国立に回されることになった。医師は無情にも、ここからタクシーで行けと言う。看護師がタクシーを呼ぶと三〇分はかかるとのこと。痛みに悶えるボクの姿を見て救急車を呼んでくれたのは幸いだった。
 救急車に乗せられ、名前や生年月日を聞かれているうちに、ボクを乗せたストレッチャーは国立に到着、緊急外来に運び込まれた。当直の若い医師は、ボクの症状を見て大腸憩室炎か虫垂炎だろうと診断し、痛み止めの点滴を受けながら採血やらCTスキャンをした結果、たぶん前述した憩室炎ということになった。
 憩室炎という耳慣れない症状をネットで調べると、大腸の壁面にクレーターのようなポケットができており、そこに炎症が起きているらしい。そのまま緊急入院になったのはいうまでもない。
 CTスキャンの診断では、当直の内科医は憩室炎、消化器内科は虫垂炎、外科はどちらとも言えないとのことだった。いずれにしても三日間の絶食と抗生剤の点滴で難を逃れたが、一週間の安静を命じられベッドの人となった。
 治療の甲斐あって痛みはしだいに引いていき六日間で退院できたが、念のため後日大腸の内視鏡検査をすることになった。この年になって病院通いの毎日である。
 そんな中、ヤクルト1000が登場した。生きて腸内まで到達する乳酸菌、シロタ株が一本に一〇〇〇億個入った優れもの。これがいいのか分からないが、毎日一四〇円の健康法なら安いものだと飲み始めた今日この頃である。    (雨)


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