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    かけはし2019年10月28日号

抵抗の再起が右翼押し返しの鍵


ブラジル

ボルソナロはもっともネオファシスト的

環境が決定的な政治的問題に

ミシェル・レヴィ

 ブラジル系フランス人社会学者かつ哲学者であるミシェル・レヴィは、過去三〇年間、欧州の最も影響力のあるマルクス主義者の一人だった。ポルトガル語から翻訳された以下のインタビューで彼は、ジャイロ・ボルソナロと右翼の世界的回帰を論じ、ボルソナロの選出で完成されたブラジルにおける極右の前進、およびブラジルの情勢と一九三〇年代の古典的な欧州ファシズム間の類似性、を論じている。彼は、彼が序文を寄せた著作、『どこか分からないところからのニュース』のポルトガル語訳発行に合わせて、「ブラジル・デ・ファト」に答えた。(IV編集部)

1920年代の
ムッソリーニ?

――始めに私は、あなたがブラジルのジャイロ・ボルソナロ政権をどのような言葉で、またどのように特性付けようと思っているか、を知りたいと思う。

 今日われわれがブラジルで見ているものは、ユートピアの反対物、ディストピアだ。ブラジル左翼の一部を形作り、労働者の闘争と諸成果、進歩と社会主義の諸理念を前進させようと多年の間闘ってきたわれわれのような者にとって、私が少なくとも半ファシストと特徴づけたいと思う政府をもつ点までブラジルがどのようにして達したか、を見ることは極めて悲しい。
この政権は、ムッソリーニの「ファッシ」〔黒シャツ〕に似た武装グループや全体主義国家の側面をもっていないがゆえに、完全なファシストとはならないだろう。しかしそれには、ファシストの特徴が数多くある。私の考えでは、ジャイル・ボルソナロはたとえば一九二〇年代のムッソリーニと比較可能だ。当時ムッソリーニは依然として議会主義的共和派の外見を保っていた。議会内には、その主な指導者が民主党の〔ジアコモ〕マッテオッティだった、また議員の中にはアントニオ・グラムシもいた野党があった。すべては、彼が議会を閉じ、グラムシを投獄し、マッテオッティの殺害を支持した一九二六年まで続いた。ちなみにグラムシは、彼の死(一九三七年)まで牢獄にいた。
私は、ジャイロ・ボルソナロの人物と彼の政権の忠実な部分を、敵は「根絶」されなければならないとの理念をもつ、権威主義のファシスト的要素を抱えている、と見ている。そこで敵は、左翼、フェミニスト、先住民、MST〔土地なき労働者の運動〕等々になっている。彼にとっては左翼全体を意味する「共産主義」に対する憎悪は、唯一の解決策は弾圧という理念同様、ファシストを特徴づける一つだ。
不幸なことだが、米国のトランプ、ハンガリーのオルバン、インドのモディのように、今日世界には多くの極右政権がある。しかし、最も半ファシスト的、ネオファシスト的特徴をもつのはジャイロ・ボルソナロの政権だ。
幸いなことに彼は、イタリア、ドイツ、スペインの全体主義国家がそうだったようには、全面的な権力を確保していない。彼は、議会と、上院と、さらに軍部とさえ交渉しなければならない。それは、一九三〇年代の古典的なファシズムから彼を差違化している状況だ。歴史は明らかにそれ自身を繰り返さないがしかし、それは非常な懸念を呼ぶものだ。
ファシズムに関連するもう一つの違いは、この人物が住民によって民主的に選出された、ということだ。われわれが一九六〇年代と同七〇年代に多くのラテンアメリカで経験したような、軍事クーデターはまったくなかった。それは民主的な選出だったのであり、極めて悲しむべきことだ。
他方でわれわれは、彼のペテンに引っかかった人々が目を覚ましているのを見ている。ボルソナロの人気は劇的に転落し、決起と抵抗が現れている。それらの一つは、私にとって非常に重要なものだが、社会保障改革という超反動的な改革に反対する労組の決起だ。
もちろん支配階級は幸せな気持ちでいる。ボルソナロを一つの解決策と考えている寡頭支配層、地主、銀行家内部には一つの総意がある。有力なブラジル寡頭支配層が長い間やりたいと思ってきた中で、ボルソナロが極めて残酷な形で新自由主義綱領を構築中だからだ。
私が非常に重要と認めているもう一つの抵抗は、アマゾンの先住民による抵抗だ。そして彼らは、熱帯雨林と河川を守ろうと闘争中だ。アマゾンの熱帯雨林は、ブラジル民衆と人類がもっている一つの価値なのだ。それがなければ気候変動が加速されることになるだろう。

社会変革構想
環境を中心に


――ボルソナロ政権においては、社会・環境政策は重要性を失ったように見える。彼の就任以来、殺虫剤認可が加速的な速度で認められてきた。そして森林破壊がたとえばアマゾンでほぼ九〇%増大した。進歩派陣営ですらもが、この問題の重要性を理解する点で後れをとった。あなたは今日この問題をどのように見ているか?

 環境の、あるいは自然の、あるいはエコロジーの問題は二一世紀ではますます中心の問題になる、私はこう確信している。それは単に環境を、われわれの熱帯雨林や動物種を保護するという問題ではないのだ。それは、地球上の生命の生き残りという問題だ。気候変動と地球温暖化の進行が一定のレベルを超えるならば、それは不可逆的になるだろう。
一定の時点で、人間生活のための諸条件がまだあるのかどうかの問題が現れる。それは本当に生か死かの問題だ。その理由から、それはすべての社会変革構想にとって中心的な政治的問題になるだろう。左翼、諸々の社会運動、労働者、地方の労働者、すべての者にとって、基本的政治的問題として、かつ資本主義に反対する闘いにとっての中心的理由として、環境の問題を考えることが極めて重要になるだろう。この問題に責任があるのは資本主義なのだ。
社会主義者がこれを理解し、これを四五の綱領項目リストにおける枝葉としてではなく、中心にあるのが当然と考えることが、極めて重要だ。それは人類の将来にとって中心をなす戦闘だ。それこそが私のメッセージだ。つまりわれわれは環境の問題を、資本主義と対決する闘争における武器としてわれわれ自身の身に帯びさせなければならない。

民衆的抵抗を
特に若者が希望

――欧州とラテンアメリカにおける右翼の前進の間に共通するものはあるのか?

 自由主義のグローバリゼーションとそれが二〇〇八年から引き起こした経済危機は、世界中の多くの国で、典型的な新自由主義右翼の上昇だけではなく、レイシスト的で権威主義的な特徴をもつ過激な半ファシストのめざましい上昇に対しても、好都合な背景を生み出した。そこには、日本からインドまで、欧州の大きな部分、さらに米国とブラジルがある。
私は、これが起き続けている理由に対し単一の説明をまったく持ち合わせていない。さまざまな要素がある。たとえば新自由主義の危機は一つの側面であり、左翼の弱体化がもう一つのものだ。しかし私にとって、この現象をわれわれがなぜ経験中なのか――まさにこの間の何年か――は、依然一つの謎だ。そしてこの現象は、歴史はそれ自身を決して繰り返さないのだから、まさしく一九三〇年代と同じものではなく、ネオファシズムあるいは半ファシスト形態の再起なのだ。

――最後に希望についてだが、あなたは一つの道を見通しているか? それはどういうものになるだろうか?

 私にとって切り抜ける方法は闘争と抵抗だ。ここラテンアメリカでは、先住民と地方の労働者が前線にいる。われわれに希望を与えるもう一つの要素は若者だ。その若者こそ、必要な決定を行わない諸政権に反対して、世界中で九月二〇日、気候変動をめぐる大規模な国際的ストライキに向け決起するだろう。
われわれは若者が未来だと知っている。若者が決起し、闘い、意識的になり、「気候ではなくシステムを変えろ」の横断幕を掲げるならば、その時希望がそこにある。(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年一〇月号) 

エジプト

シシ打倒、民衆万歳!

軍部を取り除く変革構想を

2019年9月21日  エジプト革命的社会主義者

 エジプトのシシ軍事独裁政権の成立は、二〇一〇年末に始まった「アラブの春」の逆転を典型的に示す事例とされ、世界の支配層から、彼らがもくろむ中東における旧体制保持に向けた重要な橋頭堡と期待されている。しかしこの九月二〇日以後、エジプト各地の都市で反シシのデモが続き、この体制が誇示してきた民衆反乱抑え込みのほころびが表に現れた。このデモの出現はまだ小規模であり、シシは二〇〇〇人近い市民の拘束で応じたが、ここに現れたシシ体制不安定化の兆候には注視が必要と思われる。以下の声明は、この新しい情勢の中で出された。(「かけはし」編集部)

  われわれが今見ている諸々のデモの結果が何であれ、またみなさんがそれらと共にいないか、あるいはそれらに反対しているかに関わりなく、確実なことは、エジプト中の民衆の心を掴んでいる恐怖が衰弱の途上にあり、この六年間体制が築き上げた恐怖の壁が、砕けつつあり、崩壊に近づいている、ということだ。
 彼らを待ち受ける結果をものともせずに抗議に立ち上がった女性と男性の勇気は、敬意を表されるに値し、さらに深い考察を鼓舞するものだ。彼らは疑いなく、二〇一一年一月の革命の敗北後に絶望へと屈した何百万人という人々に希望を復活させた。指導部や組織を欠いた勇気がわれわれをどこに運ぶかを分かっている者は誰もいないとはいえ、少なくともわれわれは、ほんの二、三時間前まで見えていたよりも、人びとがはるかにもっと強くなっている、ということを知っている。
 革命的社会主義運動は、彼らの運命や彼らの抗議の結果を知らずに抗議に立ち上がった人々に敬意を表する。われわれは、弾圧、またシシの内務省による拘留に直面した人々に敬意を表する。彼らが、大衆が彼らの希望、大望、怒りを表現する道を切り開いたからだ。
 シシが、故モハムマド・モルシ大統領に対するクーデターに続いて反革命として権力の座に到達して以来過ぎ去った六年の中で、この将軍は可能な限り多くの犯罪――殺人、拷問、さらに今も居所が分からない拉致――を実行してきた。彼は始めのうち、時々は「ムスリム同胞団の危険」の、他の場合は外国の陰謀の、怖れを広めることで彼がつくり出した人気を頼りにした。しかし徐々に、貧困化の残酷な進行という圧力下で、そしてそれはこの国が最低五〇年間経験したことのない類のものだが、彼の人気は薄れ始めることになった。
 その間、弾圧という拳が、あらゆる挑戦を、緊縮と貧困の拒絶を表現することまで打ち砕いた。それは、次のことに人々が気付くほどに達している。つまり、武装したならず者が彼が拉致した一団の非武装の人々を支配することとまさに同じように、シシがこの国を統治している、と。
 この二、三日の間われわれは、シシと彼の一族が組織的な腐敗に関わっているということに関して広まっているリーク情報に対する、もはや耐え難いとの憤激を見てきた。ちなみにこの腐敗は、公的な財源を大統領官邸などに振り向けている、というものだ。しかし同時に公的な議論は今もって、諸物価上昇や緊縮や貧困を前に、もっと多くの忍耐を要求するレトリックにすがりついているのだ。
 これが、貧困水準が二〇一五年の二七・八%から二〇一七〜八年の三二・五%へと上昇したという、約二ヵ月前の公式発表に続いている。ちなみにこの数字は、公的動員・統計中央機関が遂行した、所得、支出、消費の水準に対する調査によるものだ。
 ここまで起きたことは、怖れと絶望の壁の崩壊における始まりにすぎない。つまり、独裁を終わらせる闘いに向け用意を整えなければならない大衆の側の警戒によってはじめて、保護され、深められることが可能になる始まりだ。彼らは、簡単に、つまり結果として他の者が革命と犠牲が生み出した果実の刈り取りを可能にする形では立ち上がらない、ということを学ばなければならない。権力から軍部を取り除くことのない、こうして民衆に自由と公正をもたらすことのないすべての革命は、再び大衆からの革命の盗み取りになるだろう。そしてこれが起きることを許してはならない。
軍部支配打倒!


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