10.6
鈴木宣弘さん講演からA
犠牲にされる日本農業
日米FTAにNO!
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私たちは未来を守れるのか?
安倍政権は“経産省政権”と言われる。自動車を守り農業を犠牲にする。懸念を表明した(将来を嘱望されていた)担当局長と課長は「異動」になった。「昇進の暁には、官邸と米国と財界のための改革を仕上げます」と宣言し異例の昇進をした事務次官は「農水省に葬式を出すために次官になった」と公言した。この人事は、論功行賞ではなく「とどめ刺せ」人事だ。農林漁業を「お友達」の儲けの道具に捧げるために、農水省の経産省への吸収も含め、農林漁業と関連組織を崩壊・解体させる「総仕上げ」が進行している。
すでに農業生産構造の脆弱化が進行しているが、そこに一層の自由化が上乗せされる全体の影響の大きさを見なくてはいけない。
食の安全基準は恰好の差しだし材料である。米国の「科学主義」とは、仮に死者が出ていようとも因果関係が特定できるまでは規制してはいけない、というもの。日本の対米外交は「対日年次改革要望書」、「貿易障壁報告書」などに着々と応えていくだけだから、次に何が起きるか予見できる。
日本政府は、BSE(狂牛病・牛海綿状脳症)に対応した米国産牛の月齢制限を二〇カ月から三〇カ月まで緩和したが、ついに二〇一九年五月一七日に制限が全面撤廃された。米国は一応BSEの清浄国になっているが、実態は検査していないだけなのだ。
日本では収穫後に農薬をかける必要はないし禁止だ。ところが、米国から穀物や果物を運ぶとき、カビ対策で農薬をかける。この農薬(イマザリル)は、食品添加物に分類され袋に表記される。この表記は米国の抗議で緩和されることになった。今後、表記そのものの撤廃が待ち受けている。
貿易自由化は農家が困るだけで、消費者にはメリットだというのは大間違いだ。食と病気は不可分である。食に安さを求めるのは、命を削ることだ。米国からのものにはアフラトキシンという猛毒のカビが検出されている。ベトナムの農産物からは、大腸菌やあり得ない化学薬品がいっぱい検出されているが、港での検疫は追いつかず、九三%は素通りの状態だ。
日本の企業や商社が、日本人は安いものしか食べないから安くしろと迫るので、安全性のコストがどんどん削られる。豪州産牛肉で日本向けはホルモン投与し、EU向けは未投与だという。米国産赤身肉から六〇〇倍のエストロゲン(成長ホルモン)が検出された。日本では生産にはエストロゲンは認可されていないが、米国が怖いから、輸入はザルになっている。
米国産乳製品の安全性も心配だ。米国は、M(モンサント)社開発のGM牛成長ホルモンを、絶対安全と一九九四年に認可した。ところが数年後には乳がん・前立腺がん発症率が七倍と学会誌に発表されると、消費者が動き、今ではスターバックスやウォルマートでは、「うちは使っていません」と宣言せざるを得なくなったのに、認可もされていない日本には素通りして入ってきて、みんな食べている。
「表示の厳格化」
は有効なのか?
二〇一八年三月、「消費者の遺伝子組み換え(GM)表示の厳格化を求める声に対応した」として、GM食品の表示厳格化の方向性が消費者庁から示された。米国が求めたのは、「遺伝子組み換えではないnon-GM」の任意表示だった。ところが、主な原材料で、加工度の低い生に近いものに限り、遺伝子組み換え飼料による畜産物は除外し、「non-GM」の表示だけを厳格化した。現在は意図せざる混入であれば、「遺伝子組み換えではない」と表示できるのを、不検出(実質〇%)の場合しか表示できなくするというわけ。一見厳格なようだが、GM表示義務食品の対象を広げないで、かつGM表示義務の混入率は緩いままで、「non-GM」の表示だけを極端に厳格化したら、「non-GM」に向け努力する食品がなくなる。
除草剤のグリホサートを穀物にかける人は日本にはいないが、米国では穀物にかける。かけても枯れないように遺伝子組み換えをしている。この米国穀物に世界一依存している日本人は、GMだけではなく、グリホサートの発がん性に世界一さらされている。カリフォルニアでは、GM種子とセットのグリホサートで発がんしたとして、M社に三二〇億円、八八億円、二二〇〇億円の賠償判決が下ったのに、日本は米国の要請のままに、米国からの輸入穀物のグリホサート残留基準を多いもので一〇〇倍以上緩和した。
(つづく)
10.20
学校に自由と人権を!集会
10・23通達を撤回せよ
望月衣塑子さんが講演
一〇月二〇日、学校に自由と人権を!10・20集会実行委員会(10・23通達関連裁判訴訟団・元訴訟団 /13団体)は、日比谷図書文化館で「憲法を変えさせない! 誰も戦場に送らせない! 『日の丸・君が代』強制反対! 一〇・二三通達撤回! 学校に自由と人権を! 一〇・二〇集会」を行った。
二〇〇三年、石原都知事の新自由主義と国家主義教育推進に向けて東京教育委員会が一〇・二三通達(卒業式・入学式などで「日の丸・君が代」を強制)を強要してから一六年がたった。都教委は、「君が代」斉唱時の不起立・不伴奏等を理由にのべ四八三人の教職員に対して処分を強行してきた。小池都政も都教委路線を継承し、卒業式で不起立を理由とした処分を行っている。「日の丸・君が代」強制は、都立看護専門学校や首都大学東京にも拡大しようとしている。安倍政権による学習指導要領改悪による小中学校の「道徳」の教科化、高校の科目「公共」の創設、教育勅語の教材化容認等と連動したものだ。
人の再処分
という暴挙!
集会は、一〇・二三通達関連訴訟・元訴訟団が大同団結し、一〇・二三通達撤回!「日の丸・君が代」強制に反対し、「憲法を変えさせず、誰も戦場に送らせない」運動を広げるために設定した。
実行委員会の近藤徹さん(「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会 )が開会あいさつを行い、「都教委は、減給処分を取り消された一八人の現職の都立学校教員を再処分(戒告処分)するという暴挙を行った。二〇一三年三月の卒業式以降、最高裁判決(累積加重処分の歯止め)に反し、不起立四回以上の特別支援学校、都立高校の教職員を減給処分にした。被処分者に対する『再発防止研修』を質量ともに強化している。被処分者・原告らは一六年間、、都教委の攻撃に屈せず、法廷内外で学校現場で粘り強く闘いを継続している」と発言した。
各訴訟団が紹介された。紹介メッセージには、裁判闘争の報告と今後の闘いに向けた決意表明。なかでも「東京・教育の自由裁判をすすめる会」はメッセージの結びとして、「政府は、閣議で、天皇の即位を内外に宣言する『即位礼正殿の儀』で各省庁が祝意を表わすため国旗を掲揚することを決め、自治体、学校、会社で国旗掲揚への協力を求めています。これは国民主権と相容れず、憲法の定める『国事行為』とは異なる政治的意図に利用されており反対です」と強調している。
権力チェックが
メディアの役割
望月衣塑子さん(東京新聞記者)は、「民主主義とは何か?安倍政権とメディア」をテーマに講演した。
冒頭、望月さんの原案である映画「新聞記者」(若手新聞記者と若手エリート官僚の格闘を描き、権力の闇を暴き出そうとする社会派サスペンス)で、望月さんを追った森達也監督の「i新聞記者ドキュメント」を紹介。
続けて、「表現の不自由展・その後」補助金不交付問題と菅官房長官とのやりなどを通して安倍政権と首相官邸の強権化の推移を明らかにした。さらに萩生田文書(公平・公正・中立な報道を/二〇一四年一一月)と首相官邸をクローズアップし、報道に対して萎縮効果を狙った恫喝や記者会見時での望月質問圧殺策動の実態などを批判した。
そのうえで「権力とどう向き合うか。安倍政権中枢は、裸の王様だ。そもそもメディアの役割とは、権力の監視、チェックだ。戦争をさせないことだ」と結論づけた。
「日の丸」強制
に是正勧告!
浪花の歌う巨人・パギやん(趙博)のライブ&トーク。
渡辺厚子さん(元アイム89組合員、東京「君が代」裁判原告)は、「ILO・ユネスコ勧告『日の丸・君が代』強制にNO!―教育の自由、教員の自由、子どもの自由―」をテーマに特別報告を行った。
渡辺さんは、「皆さん、とってもうれしいニュースについて報告します」とあいさつし、「『日の丸・君が代』強制に対する是正勧告が、国際労働機関(ILO)と国連教育科文化機関(ユネスコ)双方で承認・採択され、公表された(二〇一九年六月)。国際機関から『日の丸・君が代』強制への是正勧告が出されたのは、初めてのことである」と強調した。
「勧告は、@教職員の市民的不服従の権利を認めた A懲戒のしくみ、懲戒審査期間への同僚教員・教員団体の関わりを促している。 B再発防止研修への警告として懲罰手段として研修を用いるな、と戒めている。 C障がい児の人権を『その他の検討事項』として特設し、『教員と障がいをもつ生徒にとって困難を生じる状況が発生しかねないと憂慮する』『愛国的式典に関する要件を再検討すること』と勧告した」と紹介した。
「だが文科省は、勧告を和訳せず、関係の地方自治体にのみ英語のまま勧告を伝える。ユネスコは日本の国内法を理解せず勧告を出した、などと不誠実対応を続けている。文科省の居直りを許さず、勧告の実現に向けて市民運動をつくり出そう。天皇代替わりの行事に関しても、よりいっそう国家主義的な『日の丸・君が代』強制がまかりとおっている。今回の勧告を貴重な武器にして、再び天皇制公教育に支配されるような教育をさせないように力をつくして止めていこう」とアピール。
最後に集会アピールを採択し、都教委に対する「一〇・二三通達撤回」などの「請願行動」が呼びかけられた。 (Y)
コラム
匿名か、顕名か
東京新聞は一〇月一四日の朝刊で「新聞報道のあり方委員会」の全体会議の内容を伝えた。
安倍自民党政権の長期化で進行する政治の劣化と社会の歪み。それを象徴するような事件や事故が後を絶たない。ノンフィクションライターの魚住昭は冒頭、「津久井やまゆり園」と「京アニ放火」事件に触れ、「新聞社は実名報道主義をやめてはならない」などとぶち上げ、事件の被害者らによる実名報道批判をけん制した。委員の中では萱野稔人(津田塾大総合政策学部長)だけが、フランスの実例から実名による二次被害への懸念を述べた。
大手マスコミが無自覚・無責任に続ける実名(顕名)報道に、私は断固反対する。そして加害者・被害者を問わず「原則匿名」に転換することを求める。「実名でなければリアリティが出せない」などという主張は詭弁である。記事や論文の優劣は、実名や固有名詞で決まるものではない。事実に基づいた小説の類は、ほとんどが仮名である。
元共同通信の記者で「人権と報道・連絡会」世話人の浅野健一は、匿名主義を提唱してメディアを監視する先駆者の一人である。インターネットが社会全体に根づき、誰もがスマホや端末を所持する時代における報道被害の深刻さは、彼が「犯罪報道の犯罪」を著した頃の比ではない。今やそれは、出来事の関係者全員に当てはまる。危険運転者と同姓の赤の他人が探し出され、非難が殺到した一件もあった。それでも、長く泣き寝入りを強いられてきた報道被害者らに、ようやく光が当たろうとしている。
そもそも個人の名前を他者が勝手に公表すること自体に問題がある。「自分の姓名は自分でコントロールする」。この考え方こそ、人権主義の基本ではないか。
闘う主体も例外ではない。たとえば裁判や争議で集めた署名や賛同を、必要がなくなった後もネット上に放置していいのか。ある学生が就職をする、あるいは職場での考課に際して、企業が氏名をネット検索することはないか。それによって不利益は受けないか。強い自我に基づく顕名主義も、世論の理解のない匿名主義も、検証・再考される時期であろう。
捜査権のある警察による事件事故の情報独占。隠ぺいや偽造と、ジャーナリズムは徹底的に闘わねばならない。フランス革命で採択された人権宣言は「すべての人は有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」と規定し、この理念は一九四八年の国連世界人権宣言に受け継がれている。
誤認逮捕とえん罪、いわれのない報道被害を一掃しよう。ジャーナリストは特権意識、エリート意識を捨て、常に謙虚な態度で取材対象に向き合うべきで、「ペンを持った権力者」に堕落してはならないのである。 (隆)
【訂正】前号3面「読書案内」に掲載した書籍の価格を「1800円+税」に訂正します。
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