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    かけはし2019年9月23日号

「れいわ」と天皇制とのかかわり


7月参議院選挙へのつぶやき(中)

たじま よしお

「れいわ」が抱える危険
なものを再度見つめよう


 明治期の自由民権運動の中での反天皇制運動の様子を「家永三郎著・植木枝盛研究」はP三三二に次のように記しています。
 明治四、五年頃より三田に発芽した共和政体論はざん次拡大し、同九年頃までには殆ど全国に撒布されたるが如し。茲に一つの挿話あり。明治十年の年末に勝海舟先生と岩倉右府の座談の折り、日本の大統領には誰れがよかろうかと岩倉が勝先生に問ふた。勝先生直に答曰く、西郷だと。岩倉曰く、西郷は昨年戦死したじゃないか。先生曰く、死んでも西郷だと。この死んでも西郷と云ふ返事が面白いと当時○に評判されました。岩倉輩如き頑迷の徒まで、仮令諧謔半分の問答にせよ、兎に角共和制を口にするに至れりは、時勢の然らしむる処である。
 P三三三には「『東京日日新聞』一五年三月二九日号にも、伊賀上野の政談演説会で、『西京にて過激党とかの聞ありし大庭成章』が『彼神武帝は』『武力を頼んで以って我が日本人種を征服し、○ままに帝位に登りて、統を万世に垂れ、一統聯綿帝王の位を専にするの基を開きものにして、言わば我が日本の大盗賊なり。故を以って其子孫は国賊の末裔にして、現に今上皇帝の如きも均しく我国の戝というべし。又これに甘心従属せる大臣参議以下各官奴輩の如きも、亦均しく国賊なり』と演説したために重禁固四年の刑に処せられたという記事が見え、この頃になると、ここまで極言するもののあらわれる情勢となってきたのである」。
 当時は演説会というものが盛んで三〇〇〇人収容の会場に六〇〇〇人も殺到し、中に入れない者が騒ぎだし演説会を中止せざるを得ないこともあったという記録も見られます。人々は新しいものの見方考え方を求めていたのです。そのようなダイナミックなうねりを過酷な弾圧で抑えこんで成立したのが天皇を頂点に頂く明治維新政府なのです。徳川封建体制の崩壊の結果生まれたのが明治維新政府であってみれば一つの進歩・発展でしょうが、自由民権運動を押さえ込んで成立させたことを見れば「反動」そのものです。歴史を深く読み込むことで、「日本維新の会」や「れいわ新選組」など名前からしてなにか危険なものを抱えているのではないかと見抜く洞察力をみんなで共有することが大切であると思います。
 二〇一三年のことだったと記憶していますが、あの山本太郎さんが皇居での園遊会で福島の原発事故に関する直訴状を当時の明仁天皇に手渡すという出来事がありました。そのとき園遊会そのものが憲法違反であるという、憲法学者からの指摘がありました。被災地への慰問の旅も国事行為とは言えません。東北大震災の慰霊祭への出席も然りです。そのような憲法違反をいっぱい屋上屋とつみかさね既成事実をつくって、体力に限界を覚えるにいたり生前退位をしたいと、大変だったらそのような憲法違反の行為をやめればよいただそれだけのことではありませんか。反天皇制運動連絡会機関紙・Alert34・二〇一九年四月九日で太田昌国さんは「夢は夜ひらく106」でこのことにふれていますので次に抜粋を紹介します。
 いま去り行こうとしている天皇は、およそ三年前に「生前退位」の意向表明を行った。天皇の意を体した宮内庁長官が、内閣府には無断でNHKテレビを通じて天皇のビデオ・メッセージを流すよう画策した。去る三月二三日放映されたNHK特番「天皇運命の物語第三話象徴果てなき道」における元宮内庁参与で、日本政治外交史専攻の三谷太一郎の証言によれば、天皇は二○一○年七月二二日の参与会議で「八○歳までは象徴の務めを果たすが、その後は皇太子に譲位したい」と発言したという。三谷はこの発言に衝撃を受けて、憲法が直面した最大の問題だ」と捉えた、(同氏は、同じ趣旨のことを、三月二九日付朝日新聞掲載のインタビューでも語っている)憲法も皇室典範も想定していない「生前退位」の意向を天皇自身が示すことが明白な憲法違反に他ならないことを察知してこその、三谷の衝撃であったろう。メディアの改元騒ぎは「生前退位」宣言が改めて露出させた、象徴天皇制を規定した憲法が根本的に抱えるこの矛盾に目を向けることなく、昨今のハローウインやクリスマスのような一過性のお祭りにするものだった。天皇と宮内庁が主導して始まった「生前退位」策動に怒った官邸は、宮内庁長官及び次長を更迭し政権の腹心を後釡に据えた。
 「生前退位」の意向を天皇自身がしめすことが明白な憲法違反であることを察知したのが宮内庁参与の三谷太一郎で、生前退位のビデオ・メッセージに激怒したのが官邸で野党はなんの反応も示さない、今のしらけきった政治状況を照らし出す、なんとも奇妙な情景です。

参議院選挙では争点にならな
かった女性・女系天皇論議

 「二○一九/○七/二七反天皇制運動機関紙Alert三八号/桜井大子(反天皇制運動・女性と天皇制研究会)/皇位継承問題と「女性・女系天皇」論議の現在よりの以下抜粋
──七月二一日の参議院選では、この皇位継承問題は争点にはならなかった。そのことについて「時事通信」は「女系天皇を認めるかどうかの議論を避けて通れないことも、各党を及び腰にさせているようだ」(二○一九/七/一九)と、各党が女系・女性天皇論議に及ぶことを恐れ、皇位継承問題に触れることに消極的であることを伝えた。同日に「毎日新聞」は、「(「女性・女系天皇」について)自民党、公明党は考えを示していない。これでは議論は深まらない」「皇位継承者が先細りする天皇制の現状をどうするのか、各党は選挙戦を通じ、主権者である国民に考え方を説明すべきだ。/議論を先送りする時間の余裕はもはやない」と苛立ちを隠さない。この種の「苛立ち」や「焦り」はメディア各社に滲みでていた。「京都新聞」では「皇位継承のあり方を考えることは、もはや先送りできない。政府や自民の対応は、議論を避けていると言われても仕方ない」とイライラ気味。(二○一九/○七/一○)
「読売新聞」でさえ「安定的な皇位継承のためには、与野党が将来を見越して冷静に話し合える土台づくりが不可欠だ」と書いている。
桜井大子さんが新聞各誌をあげて分析しているように、皇位継承問題について野党各党は、選挙期間中触れることはありませんでした。二○一六年の当時の天皇による生前退位のビデオメッセージが明らかに憲法違反であることを、反天皇制運動連絡会をはじめとする全国各地の市民団体による共同声明として、全ての国会議員宛に送付しています。宮内庁長官や次官の更迭劇があった当時ですから、野党議員の多くのみなさんはその声明をお読みになっていると思われます。そして天皇制が民主主義と相容れないものであることにも、それぞれ温度差はあれ感じておられると思います。
これは私の想像ですが、皇位継承問題に触れた場合天皇制の持つ矛盾にまで踏み込みかねない事態となることが否定できない。そのことが選挙期間中に皇位継承問題に触れることが出来なかった一つの要因であったのではないかと。逆の言い方をすれば、そのあたりに野党の議員の皆さんの良心の片鱗を読み取ることが出来るのです。
(つづく)

投書

「屠殺者集団」という言葉の問題性

たじまよしお

 

 九月一六日号かけはしに掲載していただきました「れいわ新選組への共感と疑問」について、差別的な表現があったことをお詫びしたいとおもいます。それは「屠殺者集団」という箇所です。家畜を殺すような感覚で人を殺すよ うな集団ということを言いたかったのですが、これはどのように見ても食肉加工の労働者への差別に他ならない。それと「どれだけ悪罵を投げつけても足りない」という表現も、感情的で感心しないように思えます。
 例えばあの寺田屋事件では殺害した人数・名前などを調べれば容易に分かるのです。他の件で、非常に温厚な考え方で、話し合いで物事を解決することを望んでいる人物や、剣道の達人ではあるけれどもそれまでに人に向かって刀を抜いたことのない人物までも殺害した事例を余すところなく調べたうえで「極右テロリスト集団」「暗殺者集団」と記述するような丹念さが求められると思います。紙面の都合上というのは言い訳にならない、今後そのような点に留意しながら生きてゆきたいとおもいます。いろいろご指摘いただけましたなら幸いです。

本紙編集部からのお詫び

部落差別と結びついた言葉への
自覚的な闘いを進めます

 本紙9月16日号に掲載した、たじまよしおさんの寄稿「7月総選挙へのつぶやき」(上)の「れいわ新選組」についての論評に関して、幕末の「新撰組」への評価の中で「極右テロリスト集団・屠殺者集団・暗殺者集団」という表記がありました。この「屠殺者」という表現は主として肉や革などを加工・処理するために動物などを殺害する仕事に従事してきた被差別部落の人びとを差別する用語として使われてきました。
 私たちは、たじまさんの原稿の中で使われていたこの用語の差別性を自覚できないまま、掲載しました。この点は、差別の中で今も生活・労働している被差別部落出身の人びとの日常についての緊張感を持った関わりをなしえていない編集部の問題として反省し、おわびします。この用語について発行後に編集・制作スタッフの一人から、同用語の問題点についての指摘があり、たじまさんと話し、訂正と謝罪の文章を掲載することにしました。
 差別された当該の皆さんにお詫びするとともに、今後とも緊張感を持って差別のない社会を共に作り出す心がまえで、新聞作成に取り組んでいく覚悟です。    (「かけはし」編集部)



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