日本軍「慰安婦」問題、今こそ謝罪と「解決」を
8.14
日本軍「慰安婦」メモリアルデー
「平和の少女像」への中傷に怒り
非難と侮辱を繰り返す安倍政権を許すな
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八月一四日、日比谷図書館のコンベンションホールにおいて日本軍「慰安婦」メモリアルデー 水曜デモ一四〇〇回世界同時アクションin tokyo 忘れない!被害女性の勇気を!集会と銀座デモが行われた。八月一四日は韓国では「慰安婦の日」に制定されていて、今年の行動は第二回目のものとなった。韓国女性家族省によると、韓国国内では記念日のこの日に全国四六カ所で様々なアクションが実施された。在韓日本大使館前では約一万人の大集会になり、「慰安婦」問題の謝罪や補償を訴えた。また世界一二カ国・三七都市(内日本一一都市)でも集会などが行われた。東京の会場も開会前から満席になり、多くの韓国のマスコミも取材に駆けつけている。
「水曜デモ」の
軌跡語る梁さん
集会は日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表の柴洋子さんの司会で進められた。まず同共同代表の梁澄子さんが「水曜デモ一四〇〇回の軌跡」を報告した。梁さんは冒頭で、あいち・トリエンナーレの「平和の少女像」をめぐる中傷について「慰安婦問題をなかったことにしたいのだろう。この三〇年の闘いの歴史を否定しようとしている」と厳しく糾弾した。
梁さんの「慰安婦」問題をめぐる三〇年間の報告は、運動の節目の写真を示しながら行われた。始まりは八八年のキーセン買春観光に反対する国際セミナー「女性と観光文化」で、尹貞玉さんの「慰安婦」問題の講演からだった。そして九〇年に韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)が結成される。九一年八月一四日に金学順さんが元「慰安婦」だと名乗り出て記者会見を行い、日本で提訴する。そしてその後me too運動となり拡散していった。九二年一月に第一回水曜デモが始まり、日本大使館前での真相究明と公式謝罪などを求めることになる。始めたころは小さな集会とデモだったが一〇〇回、五〇〇回と続けるなかで国際的な連帯運動となり、小さな子どもたちも参加するようになる。一一年八月には韓国憲法裁判所が日本軍「慰安婦」としての賠償請求権を認めることを決定。一二月には一〇〇〇回目を記念して日本大使館前で「平和の碑」(平和の少女像)除幕式を開催する。水曜デモには「ヘッサル社会福祉会」(外貨を稼ぐために在韓米軍の基地村で性搾取された女性たちの団体)や、ベトナム戦争時に韓国軍によって虐殺・暴行された被害者遺族らも参加する。一七年四月には済州島にベトナム戦争時に韓国軍に虐殺されたベトナム人女性と子どもたちを追悼する「ピエタ像」を設置。そして昨年の八月にはコンゴ・ウガンダ・コソボ・イラクの戦時性暴力被害者が参加している。
梁さんは最後に「保守的で閉鎖的で暴力的な韓国社会がなぜここまで変わったのか」という問いに対して、「黙らない、諦めない」ことを貫いてきたからだと報告を締めくくった。
若者たちが語る
「慰安婦」問題
続いて「若者が語る『慰安婦』問題」では、三人の若者から報告を受けた。最初は四大学、三〇八人を対象にした「日本軍『慰安婦』問題に関するアンケート調査報告」だ。調査からわかる今後の課題として@歴史教育の見直しAフェイクニュース、偏向報道への対抗B人権や差別問題に対する認識そのものの向上を提起した。二つ目の報告は「強制連行はあったのか―知らないで済ませたくなかった」とするもので、具体的な被害者の証言(マレーシア・オランダ・韓国・台湾・日本)を紹介しながら、強制連行の実態を明らかにした。そして「強制連行」とは「本人の意思に反して連れていくこと」として、@略取(暴行や脅迫などによる連行)A誘拐(詐欺・誘惑などによる連行)B人身売買だとした。その上で〇七年三月一六日と一三年二月七日の安倍首相発言に対して、九三年八月四日の河野談話とインドネシアのスマトラ事件でのバタビア裁判を例にあげて「『強制連行を示す証拠はなかった』という発言や『軍や官憲による、いわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった』との答弁は完全なるフェイク」だと批判した。
「銀座デモ」で
切実アピール
最後の報告は「日本軍『慰安婦』問題における『謝罪』と『解決』」について行われた。焦点としたのは「日本はこれまで何度も『お詫びと反省』の意を示してきたのではないか」という意見だ。報告のなかで「謝罪」とは「謝罪は、誰がどのような加害行為を行ったのかを加害国が正しく認識し、その責任を認め、それを曖昧さのない明確な表現で国内的にも、国際的にも表明し、その謝罪が真摯なものであると信じられる後続措置が伴って初めて、真の謝罪として被害者たちに受け入れられることができる」とした。ドイツの例を示しながら、すなわち先ずは「事実を具体的に認識して表明すること」なしに、謝罪を繰り返したとしてもそれは「道義的責任」までで、「法的責任」にまで行きつかない。その上で「解決」とは「被害当事者が受け入れられる解決策が示された時にはじめて、その第一歩を踏み出すことができる」ものであり、その後の不断の努力と「解決」状態の維持が不可欠であり、「最終的・不可逆的解決」というものはあり得ないと結論づけた。
集会は最後に「第七回八・一四日本軍『慰安婦』メモリアル・デー 水曜デモ一四〇〇回 世界同時アクション」集会アピールを採択して閉会した。その後、集会参加者二五〇人が銀座デモに出発しアピールを行った。 (R)
9.1
東電刑事裁判 9・19東京地裁判決
有罪判決求めキャラバン
郡山から関東・東京へ
【福島】九月一九日の東電刑事裁判一審判決に向かって有罪判決を求めるキャラバンがスタートした。
福島原発告訴団・福島原発刑事訴訟支援団は、七月末から県内一〇カ所で連続集会を開催し、九月一日に郡山市から、電力供給エリアの栃木、群馬、埼玉、茨城、千葉、東京、神奈川と回り、九月八日の東京集会へと向かった。
郡山駅前での街宣では、佐藤和良支援団団長が「裁判では、津波対策が先送りされた経緯や責任の所在が明らかになってきた。誰一人、刑事責任を負わないのはおかしい」と行き交う人に語り、リレー地2番目の宇都宮駅前にも地元の人々や避難者が参加、「何としても有罪判決を」と口々に訴えた。
判決言い渡しは、九月一九日午後、東京地裁第104号法廷で行われる。午前一一時からの地裁前行動に結集しよう。 (よ)
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