7月参院議員選挙で大きな注目を集め、今後の日本政治のあり方にも少なくない影響を与えうる要素となったのは「れいわ新選組」が比例区で二議席を獲得したことだった。「左翼ポピュリズム」の登場とも評価されるこの状況を労働者・市民はどう捉えるべきか。討論を深め、実践に結びつけよう。(編集部)
「れいわ新選組」の登場が意味するもの
七月参議院選挙の結果についての本紙七月二九日号の論評でも言及されている通り、われわれは山本太郎氏が率いる「れいわ新選組」の登場に不意を打たれ、これが何を示しているのか、どこに向かう動きなのか、われわれがどのように関与するべきなのかを議論する準備がなかった。
インターネットやSNS上では早くから山本氏と「れいわ新選組」の一挙手一投足が話題になり、週刊誌・スポーツ紙でも注目されていたが、大手の新聞やテレビは開票結果が判明するまで徹底的に黙殺し、「れいわ新選組」の議席獲得が確定してから特集記事・番組を一斉に掲載・放映しはじめた。
「れいわ新選組」の登場は今回の選挙における議席数や得票率に表現されている以上の重みをもって、今後の日本の政治に重要な影響を及ぼすだろう。
本稿では主に「れいわ新選組」の登場の背景と、それが左派にとって何を提起しているのかについて考察する。「れいわ新選組」あるいは山本氏の政治主張および手法については断定的に述べることを避け、以下の印象を述べるだけにとどめておく。
山本氏の政治主張および手法について、筆者は次の点に注目している。
@山本氏は政見放送の中で、人を生産性によって選別し、生きる価値を決めてしまう社会のあり方をストレートに批判した。小泉政権以降の新自由主義の下での一連の「改革」とイデオロギー攻撃(洗脳)を通じて「効率と競争」、「自己責任」の呪いが人々の生命をも脅かしている中で、社会的な発言権を奪われてきた人々、特に若い世代の人々に対して、このストレートな主張は衝撃的なインパクトを与えただろう。
われわれ左派も新自由主義や自己責任論を批判しつづけてきたが、これほどのインパクトを与えたことはなかったことを認めざるを得ない。
A山本氏は反緊縮を旗印に、必要な財政支出を訴えた。この政策は「薔薇マーク運動」の提唱者である松尾匡氏ほかの「ブレーン」たちとの共同作業の成果であり、保守派と野党共闘の双方の陣営に論議を巻き起こした。英国、米国におけるサンダース旋風やコービン人気が学費ローンの免除、公営住宅の建設、医療、公共交通などへの支出を求める草の根の運動を基盤とし、特に若者の投票率を上げることで政治の流れを変えつつあることを考えれば、この政治感覚こそ求められていたものである。松尾氏たちの議論に対しては左派の中でも批判が多いが、筆者はその多くは誤解に基づく批判であり、感情的な反発であると考える。
B山本氏が重度障害者をはじめさまざまな社会問題について当事者自身が発言する機会を保証するために本気で闘ったことが圧倒的な共感を呼んだ。しかもすでにその成果が国会のバリアフリー化への動きなどに具体的に表れることで、さらに共感が拡大している。
C山本氏自身が左派ポピュリストを自称しているように、彼の主張や手法には欧米の左派ポピュリスト勢力との共通点が多い。欧米の左派ポピュリスト勢力と共通の弱点(組織としての民主主義的決定機構の不在、ナショナリズムの危険に関する無自覚など)も垣間見られる。
選挙結果をどう見るのか
七月参議院選挙の結果について、さまざまな観点からの分析・評価は出尽くした感がある。
野党共闘の勝利のために奮闘した人たちの間では「改憲派の三分の二議席確保を阻止した」という評価が語られているし、それは実感だろう。自公政権と野党共闘の闘いという枠組みで考えるならば、一人区におけるそれぞれの勝利にはそれぞれの要因があり、共有するべき教訓に満ちているだろう。
しかし、全体的な政治状況としては、与党が改選議席数の過半数を獲得し、勝利したことは紛れもない事実であり、六年余にわたって憲法を踏みにじり、政治を私物化し、人々の生活を破壊し続けてきた政権が「圧勝」でないにしても楽勝したという現実は相当に深刻である。この六年余の間に議会の機能不全、民主主義の風化が顕著になってきた。
参議院選挙後は、韓国との対立のエスカレートの中でますます危険な状況が進んでいる。「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」に対して政府や自治体首長が憎悪を煽り、右翼ナショナリストたちが勢いづき、脅迫によって企画展を中止に追い込む事態は,日本社会の右傾化が危険水域を超えて新しい段階に入っていることを示している。
安倍首相にとって「改憲派の三分の二議席割れ」はそれほど大きな打撃ではないと思われる。むしろ安倍はトランプの登場以来の世界的な秩序の激震と経済戦争のエスカレートの中で、「安定政権」、「強力なリーダーシップ」への期待と、新元号、天皇即位からオリンピックへ向かう中でのナショナリズムの高揚に手応えを感じているかも知れない。安倍は衆参同時選挙を断念した時点で二〇二〇年改憲というスケジュールにこだわらず、四選あるいは退陣後の再登板をも射程に入れて戦略を転換した可能性がある。それが自民党あるいは財界の利害と一致するかどうかに関わりなく、安倍にとっては自身の権力と名声への執着が行動原理となっている。
安倍にとって心強いのは大阪府・市を制圧した「日本維新の会」の着実な伸長である。日本維新の会は大阪・兵庫のほか東京・神奈川でも議席を確保し、国政における存在感を増した。維新の会はこれまで石原東京都知事、河村名古屋市長との連携や他党との統合を足がかりに国政進出を目指しては挫折を繰り返してきた。大都市の自治体の首長が新自由主義的改革と巨大開発事業の「成果」を掲げて政権に就くというパターンは多くの国で見られるし、維新の会の創始者である橋下や東京都の小池知事は明らかにそれを目指していた。小池ブームが失速した今、力を蓄えた維新が再び右翼ポピュリスト勢力の結集軸となり、安倍政権の別動隊の役割を強める可能性がある。「表現の不自由展・その後」をめぐる首相官邸・河村名古屋市長・松井大阪市長の連携はこの方向への新しい動きでもある。
七月参議院選挙で当面の政治的安定を確保した安倍は、野党共闘の分断と抵抗拠点の解体に向けてあらゆる手段の行使をためらわないだろうし、憲法議論を睨みながら自衛隊の実戦部隊化を着実に進めるだろう。
「ポピュリスト・モーメント」の始まり
前置きが長くなったが、ここからが本題である。かなり強引な論理展開になることをあらかじめお断りしておきたい。
筆者は本紙に掲載したいくつかの論文の中で、ヨーロッパや米国における社会主義の復権の兆候に注目し、その背景として資本主義システムの危機と議会制民主主義の機能不全の中で左右のポピュリスト勢力が台頭していることを指摘してきた。その際に、日本の状況とのギャップについても言及してきた。今回の参議院選挙において、筆者は「れいわ新選組」のダイナミックなデビューと、維新の会の着実な伸長に、日本でも十年遅れで同様のプロセスが始まりつつあるという印象を受けた。まだ兆候に過ぎないし、一過性のエピソードでしかないかもしれないが、少なくとも当面、この兆候は得票数や議席数に表現される以上に大きな意味を持つだろう。
「左派のポピュリズム」を提唱しているシャンタル・ムフは、次のように述べている。「……右派ポピュリズムによる深刻な侵食が進む一方で、ほとんどの西欧民主主義国で社会―民主主義政党は低迷期に入ってしまった。しかし、二〇〇八年の経済危機は新自由主義モデルの諸矛盾を際立たせ、新自由主義のヘゲモニー編成はいまや、右であれ左であれ、既得権益層に反対する多様な運動によって疑問に付されている。この新しい局面こそ、私が『ポピュリスト・モーメント』と呼ぶものであり……」(シャンタル・ムフ「左派ポピュリズムのために」、一七ページ)。
ムフによると、一九八〇年代に西欧で、新自由主義的なヘゲモニー編成が、戦後三十年間にわたって西欧民主主義諸国において主要な社会経済モデルであった社会民主主義的なケインズ主義的福祉国家にとって代わったが、ポピュリスト・モーメント(ポピュリズムの時)においては「既存のヘゲモニー・プロジェクトの下で合意されていたいくつかの信条が挑戦を受け……危機への解決策がいまだ見通せていない」、したがって「『ポピュリスト・モーメント』とは、新自由主義的なヘゲモニー期における、政治的かつ経済的な変容に対する多様な抵抗の表出にほかならない」(同、二五―二六ページ)。
もちろんポピュリズムの表現形態は各国の固有の状況によって異なるし、ポピュリズムの定義自体、論者によって著しく異なっている。西欧を特徴づける左右のポピュリストの台頭は伝統的政党の没落とセットとなっているが、米国や日本では伝統的保守政党がポピュリズム的手法を取り入れ、自らポピュリスト化している。しかし、新自由主義の危機と議会制民主主義の機能不全という脈絡の中で、ムフが言う「ポピュリスト・モーメント」は時代感覚として、今日の日本の状況にも通底している。
新自由主義への抵抗はオルタグローバリゼーション運動を通じて国際的に顕在化したが、今日、この領域で成功しているのは右派ポピュリストたちである。左派・右派と革新・保守の区分が捻れ、「改革」は右派ポピュリストたちの旗印となった。とりわけ日本においては、新自由主義によって切り捨てられ、取り残された多数の人々、特に多くの若者にとって左派は受け皿とはなりえなかった。この点で、「れいわ新選組」の登場は新しい可能性を可視化したと言える。
「れいわ新選組」が過渡的な政治的結集であることはその名称からも暗示されており、どこに進もうとしているのかはわからないが、山本氏のラディカルな主張に二百数十万人の人々が票を投じ、野党候補に投票した人たちの間でも大きな共感が起こっているという事実は重要である。その多くは二〇代、三〇代の若者であり、これまで左派の主張が届かなかった人々である。
資本主義の危機と階級対立の煮詰まり
さらに強引に論を進める。
ムフが言う「ポピュリスト・モーメント」は、米国におけるトランプ政権の登場を前後して、@右派ポピュリストあるいはファシスト政権の登場(フィリピン、ブラジル、インド)あるいは右派政権のポピュリスト的手法への依存(米国、日本、トルコ)、A中道派ポピュリスト政権による強権政治(フランス、イタリア)、B左派ポピュリズムの失速(ギリシャ、スペイン、南米)によって特徴づけられる膠着状態に入っている。見回してみれば、安定した民主主義的政治が活力を維持している国は数えるほどしか存在しない。
その一方で、ムフの言う「新自由主義的なヘゲモニー編成」の崩壊は急速である。トランプの「アメリカ・ファースト」主義の結果、米国とEU諸国の結束はほぼ失われ、米国の同盟国として位置づけられてきた韓国と日本の関係も深刻かつ出口のない危機にある。各国は米・中・露のバランスの中でそれぞれの地政学的な位置関係を定めようとしている。日本はこの点で立ち遅れており、安倍外交の惨めな結末として東アジアにおいて孤立している。各国内においても産業セクター間(金融、製造業、ハイテク、エネルギー、軍需など)の矛盾する利害が政策における一貫性を不可能にしている。
そこでは戦後冷戦時代の反共主義対反帝国主義という対決基軸や、新自由主義の下でのグローバル化とそれへの抵抗という対決基軸は消滅し、この状況に右派も左派も対応できていない。
「……このポピュリスト・モーメントは、この三十年のあいだに新自由主義的ヘゲモニーがもたらした、ポスト・デモクラシー状況[民主主義が経済的自由主義によって無力化された状態]への抵抗の表出にほかならない。このヘゲモニーは現在危機に陥っており、新しいヘゲモニー編成を確立するチャンスを創出している。この新しいヘゲモニー編成がより権威主義的なものになるか、あるいはいっそう民主主義的なものになるかは、ポスト・デモクラシーへの抵抗がどのように接合されるのか、またどのような政治の類型が新自由主義に異議を申し立てるのか、それ次第である」(同、一〇六ページ)。
ムフは主に西欧の脈絡で提起しているが、東アジアの脈絡で考えた時、一四年の台湾「ひまわり運動」、香港「雨傘運動」、一七年の韓国「ろうそく革命」、あるいは沖縄の「オール沖縄」の運動は国家という枠組みそのものへの挑戦を萌芽的に含んだ「ポスト・デモクラシー状況への抵抗」としての先駆的な役割を果たしていると言えるかもしれない。むしろムフの核心的な主張である「民主主義の根元化(ラディカル化)」という戦略から考えれば、そのように理解するべきだろう。
資本主義の危機の中で資本家階級からの階級戦争は各国で猛威を振るっている。日本では連帯労組関生支部への弾圧が、憲法や労働法を無視してなりふりかまわず進められている。左派ポピュリズム運動は労働者の階級的闘争に代替するものではない。しかし、ムフが言う「ポスト・デモクラシーへの抵抗」、あるいは山本太郎氏と「れいわ新選組」の鮮烈なメッセージ(部分的にはマルクスの資本主義批判と重なる内容である)が新しい世代の、階級闘争の経験を持たない新しい労働者階級の不満や希求に受け皿を提供できた場合には、それは階級闘争の再生の豊饒な基盤をもたらすだろうし、社会主義の復権のための長いプロセスの始まりにつながるだろう。 われわれは山本太郎氏と「れいわ新選組」に圧倒的な共感を示した人々との対話と共闘、信頼確立を通じて、この可能性に挑戦するべきである。 (小林秀史)
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