第25回参院選
地域から安倍政権への怒り
この経験を広げよう!
秋田
イージス反対!県民の思いを結集
女性新人候補が勝利した
国・防衛省と対決し配備撤回へ
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今回の参院選の成果の一つは、10県の1人区で野党共闘が勝利したことだ。これは安倍改憲を阻止する足場が地域の労働者・住民の中で作り出されていることを意味する。勝利した地域からの報告を掲載する。(編集部)
【秋田】七月二八日の朝日新聞は参院選の出口調査の結果、一人区で現職男性候補を破った女性候補が多くの女性票を動員したことを一面で報じている。
この中で、秋田選挙区の寺田静候補についてもふれている。それによると三〇代世代の男性が三八%の支持に対して女性の支持は五〇%を獲得し、四〇代を除く全世代で自民候補を上回ったことを報じた。新潟の場合はそれをさらに上回ったとし次期衆院選でも女性票が焦点になるだろうとしている。
このことは七月二九日の定例記者会見で佐竹秋田県知事が寺田静氏の勝因の一つに女性票を挙げ「女性の票は相当流れた」との発言をみてもその一端が示されていると推測される。
寺田氏は選挙期間中、一貫して女性、特に出産適齢期の女性と子どもに焦点を当てた政策的支援と社会的支援が少子高齢化が進行する秋田県にとっては重要であると訴えてきたが、それが三〇代をはじめとする女性層の支持を集めることになったと言えるのではないか。
知事と大臣の
責任なすり合い
さらに佐竹秋田県知事は二九日の定例会見で秋田魁新報の世論調査でイージス反対が(どちらかといえばを含む)六〇・七%となり、賛成(どちらかといえばを含む)二八%の二倍を超えたことについて、「調査報告書のずさんなデータ問題などがあっても新屋が適地に変わりがないとする岩屋防衛大臣発言があり、参院選中に反発が増していった結果だと思う」とした。
しかし参院選前佐竹知事は自身も「陸上イージスが争点になる」と明言し自民の中泉候補を支持することを公言し、候補者の遊説にも同行するなど全面支援をしてきた。さらに七月一〇日の県庁前の自民候補の街頭演説の際は知事と配下の職員が午後一時の始業開始後一〇分以上も就業時間に食い込む選挙応援をし、識者からも「特定候補を県庁一丸となって応援しているとみられ公務員の政治的中立性から問題である」と指摘される程であった。これに対して知事は自身の責任についてはふれず開き直る有様だったのである。
さらに知事は「機会があれば住民の皆さんの声も聞いてみたい」としていた岩屋防衛大臣が知事と市長に面会した件で「住民を代表する方におわびをした」として「住民への直接謝罪は考えていない」と表明したことを明らかにし、こうした大臣の態度が県民の反発を拡大したとの見解を示した。佐竹知事と岩屋大臣は責任のなすり合いをやめ、イージス反対の県民の意思を尊重せよ!
強硬姿勢はね
返し進撃を!
調査報告書「改ざん」誤記、いねむり問題以降の六月に岩屋防衛大臣は一から出直すとして原田防衛副大臣を長とする「整備推進本部」を発足させるとし、調査のやり直しと当初結果を七月中に地元に再説明したいとしていたが、参院選の結果を受けて現在は「出来るだけ早く」として期日は明確にしていない。このことは国・防衛省への参院選の結果の打撃が相当強かったことを示しているだろう。
参院選では自民・中泉陣営は佐竹知事の「イージスが争点」との発言とは裏腹に、イージスについては防衛省の失態を批判し、導入の賛否については一切明らかにせず全面争点化をさけ「政権与党としての実績」を強調し組織戦を展開した。安倍政権は秋田を激戦区として位置づけ菅官房長官、岸田政調会長、小泉進次郎衆院議員を投入し、安倍首相に至っては二度も秋田入りをするなど最重点区として中泉支援に走り回ったが二万千票余りの差で寺田静氏が県民の支持を受けるという結果に終わったのである。
安倍首相は参院選最終日の七月二〇日秋田入りした際、防衛省の一連の不祥事については謝罪し再度専門家を入れて再調査をすると発言したが新屋配備の是非については言及できなかった。このことは岩屋防衛大臣の「整備推進本部」設置―「さまざまあったが新屋への安全な配備は可能」発言は、安倍・岩屋の地元住民への謝罪の拒否と合わせて考える時「新屋ありき」の強行姿勢は基本的に変化がないことを示しているだろう。
七月参院選勝利の成果をさらに打ち固め、国・防衛省の強行姿勢と対決する攻勢的陣形を打ち固めよう。(H)
宮城
野党統一候補石垣のりこさん勝利
安倍政権の悪政に怒りの声
宮城選挙区 自民党ゼロへ
【宮城】七月二一日投票の第二五回参議院選挙宮城選挙区は、野党統一候補石垣のりこさんの勝利に終わった。「九四九八票差」と言う全国の選挙区の中でも最も少ない票差。相手は、有名な政治一家「愛知一族」の三代目で四選を目指した自民現職。対する野党統一候補石垣のりこさんは、公示二カ月前の立候補表明。新人で知名度、地盤、支援組織も極めて脆弱だった。そのような状況の中で宮城選挙区は野党統一候補が勝利したのだ。
自民党からの
離反が広がる
自民党は、組織的に優位な「郡部」で「三〜四万票」の大差をつけ大票田仙台市での負け幅を抑え当選することをめざす徹底した組織戦を展開した。野党統一候補擁立の立ち遅れ、知名度、地盤を含め「盤石」な体制に思えたのだろう。
だが、前回参院選、仙台市長選と自民党候補は敗北してきた。二〇一一年以降、どのようなことが地方で起きていたのか。宮城県北部大崎平野の穀倉地帯の農家各戸に「TPP反対」を訴える小旗、幟旗が翻っていた。農産品の関税ゼロに道を開く環太平洋経済連携協定(TPP)は農家にとって死活問題である。
戦後の国策としての「コメの増産」奨励から、鉄鋼・自動車・電機等の輸出拡大の犠牲として農産物の輸入枠拡大・自由化、減反政策等によって米農家、酪農家、野菜農家等、農業は疲弊させられてきた。そして、東電福島第一原発事故によって放射能汚染が宮城全域に拡がり、地域によっては現在も露地栽培のキノコ類の出荷が制限されている。しかし放射能汚染に苦しむ農家の救済・復興支援策は何ら具体的なものは示されなかった。
二〇一四年そのような状況下のなかで政府・復興省は「国の責任のもと適切に処理する」と言っていた「指定廃棄物」の「県内処理」を打ち出し施設建設の調査を行うことを明らかにした。このようなだまし討ちに地域の農民・住民の怒りは「環境省調査」実力阻止行動として地元町長を先頭に闘われた。
指定廃棄物県内
処理施設に怒り
数度にわたる国の調査行動に対し地元老人会、農協、労働者・市民が県内各地から集結し阻止線を張り、一本の杭も打たせることなく調査断念に追い込んだ。農業政策、放射能汚染、震災復興等、どれ一つとってみても納得できる代物ではなく、自民党支持層の離反が拡がっているということだろう。
今年一月一〇日、女川原発の再稼働の是非を問う「県民投票条例制定要求」が一一万四三〇三筆の県民の意志を添えて各市町村の選挙管理委員会に提出された。残念ながら県議会与党の自民、公明の反対によって条例は制定されなかったが宮城の市民運動の大きな広がりを示した。請求に必要な署名は有権者の五〇分の一(約四万筆)。結果は「五・九%(一一万四三〇三筆)」に達した。自治体ごとの署名数を見れば原発立地自治体「女川町」では有権者五六五九人中一二三八人が署名。実に五人に一人である。被災原発の一つである女川原発の再稼働について、福島の状況を目の当たりにしている女川町民の厳しい眼差しが住民の声として浮かび上がった。
仙北地方、内陸の農業地帯の署名数も七%から一四%を超えた署名が集まった。また仙南地方では、放射能汚染によって移住者が地元を離れる事態が起きるとともに、地元特産物のタケノコの出荷制限など放射能汚染による深刻な打撃。子どもたちの健康被害に対する不安に何の手当もしないばかりか放置した国・県に対する根強い怒りと不信が丸森町の一〇・五%を筆頭に三%以上の署名数になっている。
つまり、自民党が頼みの綱とした地方組織のなかで「反対」の声が上がっていることを示している。今選挙で自民党の腹積もりであった「郡部で四〜五万票」どころか僅か「五三三七票」に留まった事をみても顕著に表れている。
繋がり、拡がる
市民運動の輪
県内各地で、市民団体が中心となって憲法九条改憲反対の活動が繰り広げられてきた。仙台市泉区の取り組みを紹介すれば、安倍改憲の動きにストップを掛けたいという思いから、呼びかけが始まり近隣地区にも広げていくなか隣接自治体である富谷市も含め取り組みが始まった。
実行委員・世話人を超党派的によびかけ大衆的な世話人会、実行委員会での論議を積み上げながら一二月二四日前段集会「9条をこわすな!泉のつどい」をスタートさせた。その成功の中で「憲法9条こわすな!泉の集い」を三月二四日に開催した。三四〇人の参加者が集い、市民連合、野党共闘を早急に確立するよう求める集会ともなった。
宮城では、六年前の参議院選挙、仙台市長選挙、女川原発再稼働反対の署名活動等々、「市民と野党の共闘体制」を確立してきた経緯もあり、この集会が仙台の他地区を始め宮城県内各地区にも市民連合による参議院選挙を戦い抜こうとする気運を作り上げた。
五月一日には石垣のりこさんが立候補声明、「市民と野党の共闘で政治を変える市民連合みやぎ(略称:市民連合@みやぎ)」が結成され体制が確立し選挙戦勝利に向けた運動が展開された。
そして三・二四実行委員会は「必勝参議院選 六・二二泉・富谷のつどい」を再び「泉ティ―21」で集会を行うことを決定し、わずか一カ月しかないなかで準備を行い地区での集会を成功させて本番へと突入した。「市民連合@みやぎ」は、その後県内各地区で相次いで「市民連合@……」の地区組織が全県に拡大していった。
市民運動の拡がりと「平和憲法を守れ!」の声は、地方議会の中で会派を超えた連携(自民も含め)につながった地域もある。野党共闘は、全県的な反原発運動とともに、「汚染廃棄物焼却反対」の住民闘争、地球温暖化に危機感を抱き石炭火力発電所建設に反対する一二四人の原告による裁判等、被災地であるがゆえに強いられる理不尽さに怒り抗う市民・住民の運動と闘争によってしっかりと支えられてきたことが今回の勝利の大きな要因である。そして、市民運動・住民運動を共に担った労働者と労働組合が果たした役割も重要である。
郡部を駆け
巡り都市へ
選挙戦の第一声を仙台で上げてから、選挙カーは郡部での宣伝に集中した。農家、地元住民に「石垣のりこ」をアピールし農業に対する思いを訴えた。TPP、放射能汚染、水の問題など、どれをとっても「安全・安心な食の生産」に直結する問題であり、自民党候補者は全く説明できない課題だ。つまり自民党政治の元では全く解決できない問題なのだ。
郡部の選挙活動を共産党、社民党の地方組織が支え石垣のりこさん勝利に向けた闘いは、大きなうねりとなって終盤の仙台市へと引き継がれてきた。
「三代目政治家愛知治郎」を射程にとらえながら、政治に何のしがらみもなく「地盤も看板も金庫」もない「野党統一候補石垣のりこさん」が大票田仙台での決戦に登場したのである。既に、安倍首相を始め自民党幹部の焦りが滲みでていた。
選挙終盤、仙台駅前での「れいわ新選組」街頭演説にゲスト参加し「消費税なんてもってのほか!消費税なんてゼロでいい!」「何でゼロと言っちゃいけないのか?」と訴え、れいわ新選組山本代表は「一枚目は石垣さんに(選挙区)。二枚目は山本太郎に(比例区)」と聴衆に呼びかけた。宮城のれいわ新選組の比例区得票数四万二二七九票(四・四%)。「野党共闘+れいわ」でみれば、れいわ支持層の八割が石垣さんに投票した。野党共闘以外からのは、維新支持層の六〇%強、自民支持層の一五%、公明支持層三〇%、無党派層の六七%を獲得している。
立候補表明から僅か二カ月半、石垣のりこさんの当選を勝ちとった(四七万四六九二票、自民党候補四六万五一九四票)。闘いはこれからだ。改憲を阻止!し消費税増税をストップさせ、水泥棒から命の水を守る闘い「水道民営化反対!」の闘いは既に始まっている。安倍政権を倒そう!これが合言葉だ。(朝田)
新潟
中山均・新潟市議に開く
野党・市民の共闘深まる
総選挙へ、いっそうの広がり
新潟では、弁護士の打越さく良さんを野党と市民の共同候補として参院選が闘われ、みごとに勝利した。この選挙で大きな役割を果たした中山均新潟市議(緑の党)に話をうかがった。(本紙編集部)
政党と市民が
補い合う形で
参院選一人区のすべてで野党統一候補が実現し、一〇の選挙区で野党統一候補が勝利した。新潟選挙区で、打越さく良候補(弁護士)が自民党現職の塚田一郎候補に勝利した。打越選対の中で活動していた中山均・新潟市議から話を聞いた。
問:結果の概要をあらためて教えてください。また、勝利の要因は何だったと考えますか?
中山:選挙戦はもうひとりN国の候補が出て三候補となりましたが、自公と野党との事実上の一騎打ちのたたかいとなりました。敵失(塚田一郎候補の「忖度」発言問題、石崎徹・自民党新潟1区支部長のパワハラ暴行問題)もありましたが、打越候補が五二万二千票弱で得票率約五〇・五%、自民党の塚田候補が四八万票弱で得票率約四六・四%。票差は四万二千票を超えました。「大差」とまでは言えませんが、ほぼすべての市町村で打越候補が勝利し、自民党支持層が多い傾向にあると言われる若年層でも打越候補の支持が高く、無党派層にも広く浸透しました。
勝利は、何よりも本人のがんばりと、市民連合@新潟や連合新潟も含めた全ての政党・団体の奮闘、自発的な市民の共感や支持など、があったからだと思います。米山隆一・前知事の辞職に伴う前回知事選での敗北の反省も活かしました。選対関係組織の合意に基づいて政策も整理し、年金問題や消費税、原発問題でも明確な主張を訴えることができました。
弁護士としてセクハラや虐待問題に取り組んできた実績も強調しました。また、地元県内女性国会議員(西村智奈美・菊田真紀子・両衆院議員、森裕子・参院議員)を「越後の三人娘」として前面に打ち出した戦略も、硬直的で男性優位の自民党陣営とは対照的に多様性を押し出すことになり、効果的でした。また、この戦略は「落下傘批判」を払拭することにも一役買ったと思います。
問:新潟の市民・野党共闘の特徴を教えてください。
中山:新潟では、選対を構成する組織が、その大小に関わらず、それぞれ得意なところを頑張り、苦手なところを補い合ってがんばってきました。今回もそれが一層強化されました。今回の選挙では、立憲民主党が責任政党として基本運営を担い、他の政党や連合・市民連合がそれぞれ役割を果たしました。私も緑の党の代表として他の政党関係者とともに選対事務局次長を務めましたが、国会に議席のない小さな政党にも出番と責任がありました。私は公示日の第一声の司会も務めましたが、自分のいない時に「中山さんにやってほしい」と決まっていました(笑)。また、政策アンケート対応なども担当しました。そのほか、私たちや新社会党などの小政党は、大政党がなかなか手の回らない分野、手薄な業務を積極的に担いました。市民連合の皆さんも、電話かけや街頭集会で重要な役割を果たしました。
横のつながりも
広がり深まる
問:興味深いですね。そのほか何か象徴的なエピソードはありますか
中山:選対の実務においても、少し細かい話にはなりますが、たとえば、事前チラシのポスティングについては、最も組織力があるのは共産党ですが、共産党の手の届かない地域もあります。新潟市などでは、そういう手薄な地域を共産党からリストアップしてもらい、そのエリアを私たちや新社会党などが分担して配布する、というような取り組みも定着しています。お互いの信頼関係の積み重ねの成果です。
また、選挙の最終盤では、票を積み上げるために、県内の無所属系の自治体議員にも働きかけました。まず県内自治体の議員名簿を整理し、政党が各自治体の所属議員に連絡を取り、応援してくれそうな無所属議員をピックアップし、それを共有してリストを整理、それを私も含め何人かが分担して協力要請しました。組織戦の「縦」系列だけの単純協力だけではこうした取り組みはできなかったでしょう。
問:対する相手陣営の様子は?
中山:塚田陣営は「新潟生まれ・新潟育ち」だけが書かれたポスターを大量に貼り出しました。「落下傘」に対する批判だったのだと思いますが、政策や理念を語らず、出自だけを打ち出した宣伝効果はあまりなかったと思います。むしろ底の浅さを露呈したようにしか思えませんでした。
新聞の全面広告も繰り返し、安倍首相をはじめ、麻生大臣や菅官房長官、小泉進次郎など、自民党の大物議員も次々現地入りしました。忖度した塚田議員を忖度された安倍首相や麻生大臣が応援して演説に並んでいる姿は、ほとんどブラックユーモアにしか見えませんでしたが、彼らにとっては真面目だったんでしょうね(笑)。
安倍首相は演説の中でアベノミクスの成果や貧困対策などを訴えましたが、ほとんどデータの捏造やすり替え、偽造や誇張ばかり。私たちはこれについても批判を繰り広げました。自民党は、「金と権力」を象徴する選挙戦でしたね。しかしこのやり方も行き詰っていると思います。
市民・野党共闘の経
験を生かしていこう
問:今後に向けた展望や課題は
中山:今回はこれまでの野党市民共闘がさらに広く、深くなった選挙でした。それぞれがんばっているからこそ、地域や組織間でも衝突や競合も生まれましたがこれは前向きなものでした。今回の選挙戦の責任政党である立憲民主党も、野党や市民団体の協力や連携の重要性をあらためて認識したのではないかと思います。市民・野党共闘による効果は、その力の組み合わせだけではなく、一緒に仕事をして、相互の信頼感が高まっていくことでもあると思います。
次は総選挙です。これまでの経験を活かし、勝利に向けて私たちもがんばっていきたいと思います。
郵政「反社会的」グループ、その再生は可能か (上)
かんぽ生命不正・犯罪事案に対する
郵政当局の対応を糾弾する
かんぽ生命による組織ぐるみの不正行為は、まさに大規模な犯罪という性格を持ったものであることが明らかになった。その背景には何があるのか。ここで見えてくるのは郵政グループ全体の組織体質である。多田野DAVEさんに報告をお願いした。(編集部)
お笑いタレントの「反社会的勢力」との交遊から端を発した騒動が、選挙報道に先んじてマスコミを騒がしている折り、その選挙が終わった途端、加えてもう一つの「反社会的」事件がいきなり連日報道されるようになった。
発端は実は今年春の報道。“「振り込め詐欺と変わらない」郵便局員、違法営業の実態 背景に過重なノルマも”との見出しは、三月一八日付けの西日本新聞。同紙は今でも「ひずむ郵政 民営化12年の現場」としてこの問題の詳細を連載し続けている。
参議院選挙終了後、その同紙のショッキングな報道内容を後追いする形で、各大手マスコミが堰を切ったように一斉に報道し始めた。不利益な契約乗り換えへの甘言を弄した推奨。契約期間の重複による二重払い、承諾なき被保険者変更、認知症の高齢者に対する二三本もの契約。文書偽造・署名偽造による本人承諾のない契約、等々、詐欺としか言いようのないかんぽ生命の営業実態のその手口が次から次に暴露される。
しかし、それは昨日今日突然起こった偶発的事件ではなく、かなり以前から、組織的で構造的な不正・犯罪として、現場ではすでによく知られていた問題だったのだが。一部の職員が引き起こした事件ではなく、少なくない職員がそこまで追い込まれるほど、現場は異常な風土が支配していた。真の犯罪者は誰なのか。
赤いバイクに乗った詐欺師
“赤いバイクに乗った詐欺師の集まり”との表現を最初に使ったのは七月初旬の「テレビ西日本」の報道からのようだ。現場現役職員自らの自嘲的言葉として伝えている。その後この言葉は今回の事態を象徴する言葉としてネット上にあふれかえるようになる。またこの報道の直後、日本郵便は職員によるSNS使用禁止、マスコミに対する情報提供禁止等、箝口令を再三再四敷こうとするが、その都度それは言論封殺として当のSNS上で非難を浴び、またかえって現場職員からマスコミへの情報提供が後を絶たなくなるという事態にも直面する。
現場の職員が自らを「詐欺師」と自嘲的に語るほど、現場での不正と犯罪は日常的で、郵政民営化以降の職場風土が如何に異常なものであったか分かろうというものだが、民営化一二年目にして、ようやくその実態が日の目を見るということになる。しかしその間に積もりに積もった不正・犯罪の数はあまりにも厖大で、事業存続が危ぶまれるほどの信用失墜を郵政事業全体にもたらしていることを、当の経営陣はきちんと実感しているか。
七月三一日、その経営陣は長門正貢日本郵政社長以下、かんぽ生命の植平光彦社長、日本郵便の横山邦男社長の三人が雁首を揃えて「謝罪会見」を行った。冒頭三人は深々と頭を下げこの間の経緯について謝罪した。さぞ自らの責任の重大さを認識しているかと思いきや、それはあまりにも郵政的な、これまで不祥事を起こす度に行われてきた数々の空疎な官僚答弁と、さほど変わらぬものだったろう。現場の声を吸い上げる、顧客の声を吸い上げる、社会的ニーズに応える等、歯の浮くような美辞麗句が続くが、象徴的な言葉は、記者席からの叱責めいた質問に応えた、日本郵便横山社長による以下のような発言、「かんぽ生命総契約数三〇〇〇万件の内、不正事案が占めるパーセンテージはわずかだと認識している」というもの。つまり、不祥事を起こしたのは現場の一部の不良社員だとの認識。「私の責任か?」と言外に本音が垣間見えた瞬間だった。これほど社会的糾弾に包囲され、現場では「赤いバイクに乗った詐欺師」などとの嘲りに耐え忍んでいる、そのこの期に及んでもである。
この会見後、郵政当局はかんぽ生命の営業は当面行わないとした報道が目立ったが、同三一日付けの日本郵便から発出された社内向け文書では、実は少し印象が異なる。「新契約目標自体を設定しないこととします」「かんぽ商品のお客さま対応に支障のない範囲で、営業活動の再開をしたいと考えています」。つまり、新規契約ノルマは当面見合わせるが、営業自体をやめるとは言っていない。事実、この会見後も現場からは、何も変わらない、相変わらず数字を求められる、との声も少なくない。
アベノミクスが業界を追い詰める
予定利率、というものがある。貯金の金利とは違って生命保険の予定利率は、契約者が支払った保険料から保険会社の諸経費を差し引いた額に対する利率を表す。低い予定利率だと、満期時・解約時の返戻金の返戻率も低くなる。払い込んだ保険料より少ない額しか戻らなくなってしまう。
資料(2)はその予定利率の変遷を表す。それを見ると、バブル期前後は六%もの利率が付いていたが、今はわずか〇・二五%ほど。業界では五%を超える予定利率商品のことを『お宝保険』と呼ぶらしい。そしてかんぽ生命にはこの『お宝保険』を持つ高齢者が民営化時にもかなりの数を占めていた。つまり、金利の低い現在、会社にとってはこの『お宝保険』は経営を圧迫する逆ざや商品でしかなく、一つでも多く早く解約させてしまいたい商品でしかない。
今回の「不正」営業も、多くはその契約乗り換えに絡むもので、『お宝保険』から現在の予定利率の低い商品へと転換させていた可能性が高い。結果的に、経営陣がそのように現場を仕向けるべく陣頭指揮を執っていた、組織的犯罪と言っても過言ではないのではないか。
確かにその逆ざや商品の解消については単にかんぽ生命に限った話ではなく民間生保にも当てはまるのだが、生保協会では既に九〇年代には強引な乗り換え営業等は自粛するよう業界内で確認をしていたという。かんぽ生命が民営化されるのはその後の〇七年のことである。
さらに、これは元朝日新聞記者の山田厚史氏が指摘していることだが、二〇一七年に「新ながいき君」という商品が売り出されたのを契機に「怒濤の乗り換え営業」が始まったという。それは、従来の生命保険では一定期間を超える入院でないと保険金がおりなかったのに対して「新ながいき君」は、入院したその日に五日分の入院費補助が出るというもので、かんぽ商品の目玉商品として営業攻勢をかけていた。(つづく)
(多田野DAVE)
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