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    かけはし2019年7月1日号

将軍たちとの交渉は自殺行為


スーダン

革命は岐路に

エジプト革命的社会主義者

 前号に続きスーダンで続く民衆決起に関する論考を紹介するが、以下は、エジプトの社会主義者により民衆に対する軍の武力弾圧以前に書かれた。革命的決起の進路はどうあるべきかがテーマであり、交渉ではなくゼネストの真剣な組織化が不可欠、と主張している。(「かけはし」編集部)

体制存続めざし軍が懸命に策動


 偉大なスーダン革命は、近代におけるあらゆる革命が達した分かれ道に来ている。大衆は単に体制の頭目を取り除こうとしているのだろうか、それともそれをその根元で引きちぎろうとしているのだろうか?
 スーダンの民衆は、独裁者オマル・アル・バシルの民兵との街頭における衝突の中で数十人の犠牲者を失いながら、昨年一二月からヒロイックな戦闘を闘ってきた。スーダンの革命的な人々は巨大な諸々の行進、ストライキそして座り込みを組織してきた。この論考を書いている時点で、これらは今も、ハルツームにあるスーダン軍総司令部前で、また他の諸州にある兵舎の外で続いている。スーダンの民衆は、四月一一日にオマル・アル・バシルの退陣を強制し、翌日、暫定軍事評議会議長に就任したアワド・イブンオウフ(国防相)を打倒した。
 アブデルファタ・アル・ブルハンが彼の副官であるモハメド・ハムダン・ダガロと共に軍事評議会議長を引き継いで以来、アル・バシルの将軍たちは、スーダン革命の進路をそらし、革命的民衆が体制に加えた最初の打撃を回復する時間を稼ぐ目的で、革命からあらゆる中味を取り去ろうと試み続けている。
 将軍たちはこれまで、どんな時間も無駄にしなかった。彼らは常に、カイロ、リアド、アブダビ、またマナマにいる反革命勢力と接触を確保してきた。湾岸の現ナマが軍事独裁者に流れ始めた。そしてエジプトの独裁者、アブデルファタ・アルシシは、情報機関と外交を手段に軍事評議会を支援するために懸命の努力を続けている。
 湾岸メディアは、それらのスクリーンの中でハマダティ(ダルフールでの非イスラム住民に対する虐待行為で悪名をはせた、バシルの民兵である「緊急支援軍―RSF―」の司令官)のイメージを磨き続け、スーダン軍はイエメンでの攻撃に参加を継続中、という安心を与えるメッセージを送っている。

決起指導部の
交渉はどこへ


 街頭でのものごとは違っている。スーダンの革命的な人々は、エジプトの大使館に対し、スーダン内政に対するアルシシとエジプト情報部による介入を糾弾する、二つの抗議行動を組織した。人々が闘うことに何の利益ももっていないイエメンでの戦争からのスーダン軍部隊撤退を求める要求と並んで、湾岸諸国と彼らの「援助」に反対する横断幕が激増した。
 これまでこの決起の先頭に立ってきたスーダン専門職組合(SPA)と野党連合「自由と変革宣言勢力(FDFC)」はどうなのか? SPAの指導者たちはアル・バシルとイブンオウフの退陣後を交渉するために軍事評議会の招きに応じた。軍事評議会との違いに関する対立的説明とリークが諸々現れた。次いで、軍が主権行使の権力に挑みその維持を目的に策動を続けているとの非難と共に、座り込みを強めようとの呼びかけが現れた。反体制派は再度交渉のテーブルに戻り、四月二八日に軍事評議会との紛争について詳細を明らかにした。
 反体制派は、八人の市民と並んで軍事評議会の現メンバーすべて(数人の将軍)を含むと思われる「市民主権評議会」を求め続けている。その一方これは軍事評議会から拒否され、 後者は代わりに三人だけの市民追加を求めた。いずれの場合でも、市民主権評議会の議長には軍人が着くと思われる。
 反体制派指導者たちが設けた彼らの要求における低い敷居は、多くの革命的スーダン人の中の怒りに火を着けた。彼らは、この交渉の出来映えに失望を表した。ソーシャルメディア上には、たとえば、この独りよがりの理由は交渉者の弱さだったのか否かを問うような、広範な論争が現れた。

何よりも真剣にゼネスト追求を


 しかしながら問題は、交渉者の個性というよりも、反体制派の全体戦略にある。反体制派の指導者たちは、アル・バシルの将軍たちとの交渉に同意することで、また彼らがこの移行期に参加することを認めることで、一方の革命的街頭の諸要求と、他方の反革命的な将軍たちを和解させようと試みているのだ。この戦略は革命にとって自殺的だ。交渉者が誰であるかに関わりなく、彼らは革命的民衆の希望を裏切ることになるだろう。
 街頭の座り込みは、それだけで体制を倒すことはない。そしてSPAはアル・バシル打倒以後に、一つの武器としてゼネストを真剣に使ってはこなかった。その一方搾取の車輪は、革命的民衆が一日の労働が終わった後抗議のために広場に集まる中で回り続けている。
 ゼネストが、運動の平和的な性格を保持しつつ軍事評議会と衝突するために必要とされている。いくつかのところでは、またSPAの呼びかけを待つことなく、期限のない契約や自立した労働組合を求めて、また旧体制出身の経営者を彼らの職場からたたき出すために、労働者と公務員が彼らの工場や事務所で決起を続けている。
 われわれは二〇一一年のエジプトで、こうしたことが起きるのを経験した。そしてその時、イスラム主義者と自由主義者は、「ストライキは利己的だ、今はその時ではない」といって攻撃を続けたのだ。それでもこれらのストライキは革命の脈打つ心臓だ。それらをゼネストへと高めることは、生か死かの問題なのだ。 もう一つの挑戦課題がある。革命的民衆は正確に軍の誰と交渉すべきか、という問題だ。軍出身の誰がこの移行期に参加を許されるべきなのだろうか? アル・バシルの将軍か? あるいは、彼らの司令官に反抗し、街頭で革命的民衆と親しく交わった下士官や兵士だろうか?
 兵士内部と下位の将校の中で成長する反抗は、軍と体制の崩壊を怖れ、アル・バシルを取り除こうと軍事専制者が急いだ主な理由の一つだった。これらこそ、革命的民衆が交渉と連携の相手として追求し続けなければならない軍の部分であり、民衆は彼らの参加こそを追求しなければならない。
 ある人びとは、この国を血の海に引き込もうとしている、と革命的民衆を責めるかもしれない。しかし本物の血の海は、革命に敵対する将軍たちによる不可避的な攻撃であるだろう。平和的な革命の維持は、ゼネストへの素早い動き、およびそれへの合流を求める軍の下部に対する訴えを必要とする。(二〇一九年五月一七日)(「インターナショナルビューポイント」五月号)

パキスタン

フェミニスト共同声明 二〇一九年六月三日

アリ・ワジルの解放を

女性行動フォーラム/ガールズ・アト・ダバス/フェミニスト・コレクティブ/女性民主戦線/女性コレクティブ・パキスタン

 われわれは、紛争の平和的な解決を支持するフェミニストとして、基本的諸権利を求めて闘争中のパシュトゥン防衛運動(PTM)と連帯して立ち上がる。われわれは、北ワジリスタンのカル・クァマルで五月二六日に起きた暴力を糾弾する。その中では、軍の発砲の結果として一三人の市民が殺害され、四六人が負傷したと言われている。目撃者の証言とソーシャルメディアに投稿されたビデオ映像によれば、抗議活動参加者は非武装だった。そして当地住民の不法な拘留に平和的に抗議を続けていた。
 このできごとの後、選出された国会議員であるアリ・ワジルがテロの容疑で逮捕された。彼は拘留中に拷問を受けたという噂もある。その上に、モシン・ダワルもテロの容疑をかけられ五月三〇日に逮捕された。
 この時以後、ワジリスタンに夜間外出禁止令が課された。そしてそれは、食料と医薬品の不足を引き起こすことになり、当地の住民の生活を危機にさらした。これは、集団処罰の一形態にほかならない。これ以前に、著名な人権活動家であるグラライ・イスマイルの住宅が手入れを受け、彼女に対しても、五月二三日にテロの容疑でFIR(情報報告、この命令を起点に逮捕などの刑事手続きが始まる:訳者)が出された。
 われわれは、これら三人が無実であり、憲法に合致する形の平和的な抗議行動に対して、彼らの民主的な権利を行使していたに過ぎない、と確信している。われわれはフェミニストとして、この暴力と抑圧の波を受けて、以下のことを要求する。

1.責任者に説明責任を負わせ、その処罰を可能にするために、カル・クァマル検問所での虐殺を調査する上院委員会を設ける。
2.人々が食料と医薬品を入手できるようにするために、ワジリスタンの夜間外出禁止令を解除せよ。
3.元のFATA(連邦管理部族圏域)における法執行を含めて、全行政部局の管理すべてを修正二五条に合致する形で文民に渡せ。
4.アリ・ワジルと彼と共に逮捕されたすべての抗議行動参加者を釈放し、彼らにかけられた容疑すべてを取り下げよ。
5.モシン・ダワルを釈放し、彼にかけられた容疑すべてを取り下げよ。
6.グラライ・イスマイルに対して出されたFIRを取り下げよ。
7.軍事法廷ではなく一般法廷で、元FATAで逮捕された人々すべてに対し自由かつ公平な裁判を開け。8.できごとが偏りなく取り上げられるために、メディアと人権監視者がワジリスタンに入ることを認めよ。
8.全国レベルでのPTMに関する非公式的報道管制を解除せよ。

 フェミニストとしてわれわれは、PTMの非暴力で抵抗する民主的権利を支持する。そして彼らとワジリスタンの住民を敵視する暴力と抑圧のあらゆる形態に反対する。
二〇一九年六月一日
女性行動フォーラム―ラホール、ペシャワール、イスラマバード、クエッタ、ハイデラバード、カラチ(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年六月号)



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