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    かけはし2017.年8月28日号

基地建設のための岩礁破砕やめろ


米軍のために自然を破壊するな

沖縄県が差し止め訴訟提訴

7.24

辺野古実が首相官邸申し入れ

安倍政権は海をこわすな!

今こそ民意で政治を変える時


 七月二四日、沖縄県が国に対して、辺野古新基地建設で県の岩礁破砕許可を得ずに工事を進めるのは違法だとして、国を相手に差し止め訴訟を那覇地裁に提起した。この県の提訴を受けて、辺野古への基地建設を許さない実行委員会は夕方、官邸前に集まり、辺野古埋め立て工事を止めるように政府に対する抗議行動を行った。
 最初に、辺野古実の尾沢孝司さんが「沖縄県の提訴、辺野古の闘いの現状を報告し、沖縄の闘いに連帯しよう」と訴えた。次に平和を実現するキリスト者ネットの鈴木さんが「毎月第四月曜日午後六時から一時間、官邸前で、賛美歌・ゴスペルを歌って平和を訴えている。辺野古で毎週月曜日行動をしている。機関紙の一ページを毎回沖縄のために使っている。本当の平和を求めて進んでいきたい」と語った。機動隊沖縄派遣を止めさせるために活動している神奈川の仲間は「県警の沖縄派遣に対して、住民監査請求をしたが却下された。機動隊の派遣の情報公開を求めたら、出て来たのが全面真っ黒な書面であった。税金で法を逸脱してはならない」と話した。
 辺野古現地行動の報告を福田さんが行った。
 「おとといの晩、帰ってきた。三四〜三五℃で日射しが強い。座り込みではなく、道路で阻止行動をすると道交法違反で逮捕する。夕方には釈放されたが。アルソックとのトラブルで逮捕されることもある。脅しをこめて、ひどくなっている。今日も、一人逮捕された。K9護岸を海から見てきた。一〇〇mくらい出ているが大浦湾のほんの一部でしかない。あきらめろ、抵抗してもムダだと向こうはせまってきている。K1は砂利を落としている。空しさ、悲しさ、辛さ、もどかしさを感じた。毎日来れない人も多い。こちらから行って闘おう」。
 沖縄見地から電話で大城悟さん(沖縄平和センター事務局長)が訴えた。
 「翁長知事が国を訴え、裁判に入る。沖縄と協議しなければならないのに、基地を押しつけ、工事を強行している。ゲート前行動をしっかり作り上げていく。われわれには民主主義・正義があり、未来を作り上げていく。安倍政権は支持率が下がっている。声をあげるかぎり、支持率は低下していく。県民の底力を見せつけよう。全国の力をバックに政治を変えていこう。必ず裁判に勝利する」。
 この後、東京MXテレビ問題についての訴え、今後の行動について提起がされ、安倍首相に対して抗議文(別掲)を読み上げ、シュプレヒコールで沖縄との連帯を示した。    (M)

抗議申し入れ書

内閣総理大臣 安倍晋三 様

新基地建設の白紙撤回を!


本日七月二四日、日本政府を相手取り那覇地裁に、辺野古の新基地建設を巡る岩礁破砕の差し止め訴訟と、判決までの工事停止を求める仮処分を同時に申し立てました。私たちは、この沖縄県の提訴を全面的に断固として支持します。同時に政府が機動隊を使い暴力的に市民の正当な抗議行動を弾圧しながら、埋め立て工事を強行していることに対して、強い怒りをもって抗議します。
この差し止め訴訟は、政府・防衛省が、三月末で埋立てのための岩礁破砕許可が失効しているにもかかわらず、工事を進めていることに対する、知事権限の当然の行使です。
防衛省は地元の漁協に補助金をばらまいて「漁業権」を放棄させ、「漁協が漁業権を放棄したので岩礁破砕許可は不要」と強弁しています。しかしこれは、漁業権の一部放棄などの「変更」は知事の許可が必要だという政府自身の従来の見解を一方的に変更したものです。そもそも漁業権は漁協だけが有するものではなく、当該地域住民であれば非組合員であっても海産物を採捕する権利を持っています。彼ら全員の同意を得ずに工事を強行することは違法行為です。
沖縄県の差し止め訴訟に対して、政府は、翁長知事個人に対して損害賠償請求をちらつかせ、恫喝をかけてきています。私たちは、正当な自治体の権限行使を妨害する政府の沖縄に対する差別政策を、許しません。
翁長知事は「(政府は)なりふり構わず埋立て工事の着手という既成事実をつくろうと躍起になっている。耐用年数二〇〇年といわれる基地を建設することは到底容認できない」と、政府を厳しく批判しました。
辺野古では、キャンプ・シュワブ前の座り込みや海上のカヌーによる抗議に対して、弾圧が一層激しくなり、逮捕者やけが人が増えています。六月二日には、機動隊の暴力的な排除により六〇代の女性が転倒、緊急搬送され、頭蓋骨骨折、急性硬膜下血腫、脳挫傷などと診断されました。
現在K9護岸の工事は止まっています。それはなぜでしょうか? それは、防衛省も認めているように、護岸の先端に大きなコブハマサンゴが生息しているからです。
工事を再開するには、県漁業調整規則に基づき、環境保全を目的に埋め立て区域内の希少なサンゴを採取して移植するため、知事から「特別採捕許可」を得る必要があるからです。翁長知事は「あらゆる手段で基地は作らせない」と言っているので、翁長知事から許可を受けることはできません。
このように辺野古の埋め立て工事は、「岩礁破砕許可」の問題だけでなく、貴重なサンゴの「特別採捕許可」の問題でも暗礁に乗り上げ、政府の宣伝とは裏腹に、全く埋め立て工事が進む展望はありません。
沖縄では、「辺野古に新基地を作らせないオール沖縄会議」が、翁長知事を支え新基地建設断念などを訴える三万人規模の県民大会を八月一二日午後二時から奥武山陸上競技場で開催します。翁長知事も出席の予定です。私たちは、この闘いをはじめ沖縄の人々の粘り強い決してあきらめない闘いに連帯して、「本土」・首都圏においても辺野古新基地建設を許さない大きな声を上げて、闘っていきます。
政府は「我が国は法治国家」(菅官房長官)というなら、まず沖縄県の条例・規則を守るべきです。
以上のような状況を踏まえ、沖縄の民意に従い、政府に対して埋め立て工事の即時停止と新基地建設そのものを白紙撤回することを強く求めます。
二〇一七年七月二四日
辺野古への基地建設を許さない実行委員会

8.5〜6

山谷夏祭りを開催

亡くなった仲間を偲び
共に生き、共に闘おう

  八月五日、六日の両日、南千住の玉姫公園で今年も山谷夏祭りが行われ、多くの労働者・支援者が参加した。
 五日は午前一一時に山谷労働者福祉会館に集合し、玉姫公園まで物資をはこび、屋台やステージ、盆踊りのヤグラの建て込みなど、会場の設営を開始。夕方までには準備完了。
 設営と並行してアルミ缶の買い取りと炊き出しの準備も行われる。アルミ缶は今年も相場よりも少し高めの金額に設定。今年は一五〇円。他にアルミ缶一〇個で、屋台で使える五〇円券と交換できるコースもある。これは一人三〇個まで。
 四時半から共同炊事(炊き出し)を行い、夏祭りスタート。

遺影が語りかけ
る人々の生と死
この日はいつも夏祭りの場に置かれる亡くなった労働者の遺影の前で、ひとさじの会のお坊さんはじめ、キリスト者など、宗派を超えた宗教者による追悼が行われた。毎年夏祭りでは盆踊りをする山谷の玉三郎も残念ながら昨夏亡くなり、遺影の列に加わった。遺影の中に知った顔を見つけ線香をあげる人は後を絶たなかったが、遺影のない仲間ももちろんいる。
七月二八日、墨田区の都立横綱町公園で公園内で寝ていた七〇歳の仲間が鈍器で頭を殴られて死亡するという痛ましい事件が発生した。同公園でやはり寝泊まりしていた三五歳男が容疑者として逮捕されている。金がなく、殺して三千円の金を奪ったという。山谷に近い地域の中で起こった事件に実行委員会参加者もショックを隠せなかった。

今年も盆踊り
で盛り上がる
実行委員会の仲間のあいさつと乾杯でステージと屋台がスタート。ウーロンハイとウーロン茶は無料。、屋台はすべて五〇円。隅田川医療相談会や星の家など山谷周辺で活動する団体や、渋谷のじれん、反五輪の会、ゆんたく高江、辺野古リレーなど様々な団体が屋台で支えてくれた。
ステージではジンタらムータ、SwingMASA、中川五郎の順番、最後には全員がステージに上がり盛り上げた。最後は盆踊り大会。
六日はカレーライスの炊き出しの後、ステージではカラオケ大会、山谷の仲間が自慢ののどを披露した。続いてロックバンド蟹座、最後は缶カラ三線の岡大介さん、最後は盆踊りで祭りを終了。その後、参加者は約一時間半ほどですべての撤収を完了した。  (板)

コラム

『九月、東京の路上で』

 七月二二日に東京・田町で開催された「レイバー映画祭2017」のプログラムのなかに、『流言蜚語の時代 関東大震災朝鮮人虐殺の現場を歩いて』という作品があった。ジャーナリストの加藤直樹氏が当時の現場をめぐり、解説を加えてビデオにまとめたもので、私の心に強く残った一本だった。
 加藤氏は、東京・新大久保で生まれ育った。その故郷で大震災から九〇年後の二〇一三年、「ぶち殺せ、叩き出せ、ダニ、ゴミ、ウジ虫」などと叫ぶレイシストたちの、醜悪なヘイトスピーチを目の当たりにした。改めて大震災を検証するブログを開設したところ、大きな反響を呼んだ。それをまとめたものが『九月、東京の路上で――1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』(ころから刊)である。本書は事件を知る住民らによる証言を中心に構成され、イラストや写真も多用されている。
 「朝鮮人が井戸に毒を入れている」「あちこちで放火を繰り返している。爆弾を投げている」――未曾有の震災とそれによる大混乱。通信施設が壊滅した街では、流言飛語の類が人々の囁きに乗って猛スピードで伝播した。不安と絶望のはけ口として朝鮮人が選ばれたのは、決して偶然ではない。植民地支配と強固な差別意識、その裏にある「復讐」への恐怖が、「目の前の朝鮮人を非人間化した」と加藤氏は見る。
 凶暴な自警団、半信半疑の警察、治安の中枢である内務省と軍。寄せられるデマは、これらの機構を循環しながら、果てしなく膨張していった。四つ木橋、亀戸、神楽坂、品川、池袋、千歳烏山、小平。そして船橋、寄居、熊谷。虐殺エリアは関東全域へと広がっていった。
 日本刀、鳶口、竹槍、ノコギリを手にした武装集団に殺されたのは、朝鮮人だけではない。中国人や朝鮮人と間違われた日本人も犠牲になった。日本人の親方に雇われた朝鮮人らを荷台に乗せ、震災被害の復旧に向かう土木工事のトラックまでもが、自警団に包囲され襲われた。殺害の事実が後の風評に真実味を持たせ、それによって扇情がさらに拡大するというスパイラルに陥った。
 一九九三年の阪神大震災時には、バットを持った自警団が登場した。〇〇年には石原慎太郎による「三国人発言」があった。恐怖にかられた人々が自衛意識を背景に排外主義を爆発させる導火線は、今なおくすぶり続けている。それはまさに正視に耐えない大虐殺の「残響」であろう。
 精密な取材で有名な作家・吉村昭(故人)は著書のなかで、「これらのおびただしい流言のすべてが事実無根」。「暴徒はむしろ自警団員らであった」と断じている。(『関東大震災』一九七三年)
 人間はここまで冷酷非道になれるものなのか。忘れてはならない九月一日が、またやってくる。 (隆)


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