もどる

    かけはし2016.年12月5日号

危機の深さの無視許されない


米国

帝国に迫る困難

積み重なる世界の深刻な諸問題
大統領選がどうあれ逃げられず

アゲンスト・ザ・カレント

 米大統領選の勝者はトランプとなったが、その結果判明以前に書かれた以下の文章は、特に中東に関する米帝国主義の政治的破綻と責任を起点に世界的カオスを概観し、次期政権が誰になろうと、米国が世界的広がりをもつ深刻な問題に直面せざるを得ないことを論じている。世界の地政学的カオスをめぐる論争の一助として紹介する。(「かけはし」編集部)

次期政権待ち受ける数々の難問


 二〇一六年大統領選の渦巻く異常な興奮と異様な浮かれ騒ぎは時として、現米政府――そして二〇一七年一月に就任する次期政権――が、近年の歴史では思い起こすことも難しい規模の、一組になった世界的危機にどれほど多く直面しているかを覆い隠している。
 そこにあるものは、冷戦期のような一つの「スーパーパワーの対立」ではなく、むしろ全般的に混沌化した世界における部分的に連結した諸々の展開だ。これらの難問のいくつか、特に中東のそれは、部分的に帝国の破滅的諸政策に起因し、世界の主人がそれに対する解答を一切もってはいない諸問題を生み出している。少なくとも一つ、驚くような部分を占める環境の危機は、資本蓄積の力学に深く埋め込まれ、その力学は、世界経済における限界を知らない企業のパワーを求める推力によって加速されている。
 本誌の今号は一一月八日の投票日以前に印刷に回されているが、その結果が判明する前かその直後に読者に届くだろう。その諸々の記事が書かれたのは、実に不愉快なトランプのビデオとクリントンのEメールリークの直後だった。それゆえわれわれは、米帝国の新しいリーダーが中道派軍国主義者のヒラリー・クリントンとなるのか、それとも経済的民族主義者で反移民レイシストのドナルド・トランプとなるのか、分からない。米国と世界の資本家のほとんどは、ほぼ前例のない形でクリントン支持で団結している。他方ウラジミール・プーチンのロシア政権とほぼ確実にISISの指導部は、トランプの逆転勝利を心から期待している。しかしこの誰一人として、この極度に奇妙な選挙シーズンの結果を保証はできないのだ。

議論の始点はシリア民衆の悲劇


 現在の世界的カオスに関する討論は、確実にシリアから始めなければならない。そこではアサド政権とそのロシアのゴッドファーザーがこの国を、一〇〇のゲルニカの地へ、想像もできない規模の殺戮と市民生活の破壊の土地へと変えてしまっている。ダマスカス政権とモスクワに浴びせられたあらゆる告発――病院や市場、また援助車列を故意に狙ったテロ的爆撃、化学兵器の攻撃、武器として、また戦争の結果としての双方による飢餓――は、基本的に的確だ。シリア人の「ホワイトヘルメット」救援隊と国際的援助労働者のヒロイズムは、その最初の七日も生き延びなかったケリー・ラブロフ「休戦合意」に対する冷笑的な侵犯に対置される。
 しかし同じレベルの破壊が今、米国が支えるサウジアラビアによってイエメンで犯され続けている――国際的報道からはほとんど切り離され、国連安全保障理事会での無益な外交的泣き言によって機会を与えられる報道もなく――。
 われわれは、シリアで積み重なる戦争をしっかり理解するために、読者にはフィリス・ベニスによる九月一四日の専門的説明をしっかり聞き取るよう強く勧める。ベニスがここで可能な範囲よりもはるかに詳細に展開するように、アラブの春を背景に「ヒロイックな」民衆的民主的運動として始まったものは、軍事化と外部からの介入――そこに米国は重みをもって関与しているが、ただ一つのあるいは支配的な大国としてではなく――によって、並びにクルドの民族的闘争とトルコ政権間の深まる衝突、スンニ―シーアの地域的対立、サウジアラビアや他の湾岸原油王国その他から支援を受けた、イラクとシリアにおけるISISとアルカイダ諸勢力の台頭によって、圧倒されることになった。
 ベニスは、前向きの唯一の道が必要としていることは諸戦闘の即時停止であり、米国の平和運動はわれわれ自身の政府の軍事介入に終了を求める必要がある、と説明した。しかしながらわれわれは、水平線のどこかに、圧倒的なシリア人の悲劇に対する軍事的な回答であれ政治的な回答であれ、そのどちらかでも見ることが難しいことを見出している。その間もちろん、絶望に駆られた難民の大量避難――それに対する米国の対応は恥ずかしいほどに小規模だ――は、レバノンとヨルダンという近隣アラブ諸国を不安定化しているだけではなく、すでに弱体化しつつあるEUの諸基盤をも揺さぶっている。

爆撃停止、人道援助、難民の権利


 イラクとシリアにおけるオバマ政府の現在の立場を構成する二つの側面は、確実にクリントンの下で、またほとんどありそうなこととしてドナルド・トランプの下でも、ホワイトハウスにおける仮定された後者のふるまいが予言可能の限りで、続く。
 その第一は米特殊部隊の関与――異なった口実の下での「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」――、そして公式に認められたものよりもより重大な規模の爆撃だ。思うに、米「連合」のシリア軍基地に対する事故とされた爆撃(英国とオーストラリアもまた関与を認めた)は、そしてそれはアサドとロシアがもろい休戦を破壊する口実を与えたのだが、米国人が率いる介入の隠された程度に向けられた一つの窓だ。
 第二は、反乱諸勢力に彼ら自身と民衆を体制の残忍さから守るための手段(特に対空能力)を供与することのないままに、「アサドは去るべき」との呪文を途切れることなく繰り返してきた、オバマ政府の部分的政策麻痺だ。この優柔不断にはずっと一つの論理的な基礎があった。そこに含まれるものは、武器がイスラム過激派――しかしとにかくも、サウジアラビアとアラブ首長国連邦のおかげで十分に武装されている――の手に落ちるという実体のある怖れ、さらにまたシリアの国家機構を倒すことなしにアサドを置き換えるという、米国のはじめからの切望だ。
 ワシントンの二つの決定的な同盟者は、別々の戦略的な優先路線をもっている。つまりイランの地域的な強さを葬ろうとしているサウジアラビアの支配者たちは、ジハーディスト諸勢力を励まし、彼らに能力を与えてきた。他方トルコの体制は、現地でのもっとも能力のある対ISIS戦闘勢力となってきたクルド自治運動を何よりも粉砕したがっている。
 もちろん、底に潜む巨大な要素は、ブッシュ―チェイニーならず者集団の冒険後に続いた、この地域を統制する米国の力の厳しい弱体化だ。この冒険は、「中東の爆破には田舎の愚か者が必要」という一句で集約することも可能かもしれない。しかしその結果は、ジョージ・W・ブッシュ政権の命を超えて、長く反響することになった。米国は九・一一の攻撃後、一五年間もアフガニスタンでの戦争に巻き込まれてきた。そしてそこに米軍を維持するというオバマ政権の選択は、彼らがその地に一五年以上いることになる、ということをほとんど保証している。
 また、イラクからの早期解放もまったくありそうにない。そこでは、ISISに対するモスル奪還をめざした差し迫った戦闘の後に、長期かつやっかいな宗派間紛争が続くことになるだろう。卓越した英国のジャーナリストであるロバート・フィスクが一〇年前に洞察したように、「米国はイラクから出て行かなければならない。米国はイラクから出て行くだろう。しかし米国は、イラクから出て行くことはできない」。
 この絶望的な情勢の中でできごとの軍事的進行に影響を与えることができない世界の左翼として、われわれの要求は、シリアとイエメンにおける爆撃の停止、民衆を救うための即時かつ大量の人道援助、そして欧州と北米の豊かな国に落ち着く難民の権利を求めることでなければならない――このどれもが圧倒的な惨状に対する十分な対応ではないとしても――。

大西洋・欧州域おおう不安定化


 米国は大国であり続けているが、支配的な国ではない。米国の侵略下でのイラク国家の破壊が大きくイランに力を与えた中で、シリアにおける荒廃がアサド救出に向けたロシアの介入――そして東部ウクライナにおける凍結された半併合と並んで第二戦線を開き、ロシアに取引札を与えるための――扉を開いた。
 ウラジミール・プーチンのロシアを「台頭中の大国」と見ては間違いを犯すことになるだろう。中央国家予算の危機は、ロシア連邦の豊かさの乏しい諸地域に恐るべき犠牲を課しつつあり、欧州の経済制裁と原油価格の崩壊によってすべてが悪化した。しかしながらモスクワは、改良され近代化された軍、東部と中央ヨーロッパのロシア国境に向けたNATOの攻撃的な拡張に対応する能力、欧州に対する天然ガス供給者としての重要性、また米国のトルコ並びに中国との問題含みの関係を利用し、さらにEUの政治的かつ経済的生存能力に関して高まる一方の不確実性を利用する潜在能力、こうしたものを保持している。
 大西洋と欧州域における支配的な、あるいは台頭する大国はない。米国も、ロシアも、ブレグジット後の英国もドイツも、まして確実にEUもそうしたものではない。ギリシャは、ドイツの諸政策によって強要された残忍な緊縮の下で、水面下に沈められ続けている。ドイツ自身の輸出依存経済は、その中国市場と南欧市場の縮小により、見える形で減速中だ。さらにその最大の金融機関、ドイツ銀行は厳しい諸問題に直面している。
 イタリアでは経済沈滞が、すぐさまドイツと他の金融センターに広がる可能性がある、高まる一方の銀行危機という形を取ろうとしている。スペインでは、住宅ローン抵当流れの恐るべき波、並びにカタルーニャ独立運動の復活を背景に、政治的行き詰まりがある。多くの諸国で、シリアに加えてアフガニスタン、ソマリア、エリトリア、リビアからの難民の入国と吸収をめぐって、政治的対立が鋭さを増しつつある。
 ラテンアメリカにおける様々な展開は、この半球に関する米国の覇権の復活にとって、好機を差し出しているように見えるかもしれない。ブラジルでの議会によるクーデター、アルゼンチンにおける選挙での右翼の勝利、そしてコロンビアにおけるゲリラの反乱の終了、これらすべては、ラテンアメリカでの米資本がまさに長い間慣れていた「安定性」の回復のように見えている。
 ヒラリー・クリントン国務長官から歓迎を受け支持された二〇〇九年のクーデターに続いた、ホンジュラスの死の部隊と麻薬組織の支配に向けた復帰のおかげで、その国からの子どもと女性の難民は、クリントン、オバマ、そして米国の長く続く不名誉として、国境の収容センターに積み重なることになった。
 より大きな尺度で、ベネズエラにおける破局的な溶融――その諸原因については、ジェフェリー・ウェッバーによって、本号の彼に対するインタビューの中で議論されている――は、「ボリバリアン革命」によって火をつけられた数々の希望にとって惨害であるばかりではない。一見したところこれは、米国支配にとってのもう一つの得点だ。しかし、ベネズエラにおける社会的爆発、あるいは極右体制の支配というこのどちらかに向けた潜在的可能性は、この地域にとっては不安定化の進行であることが分かるかもしれず、避難民のもう一つの波をもたらすかもしれない。

自然自らが資本主義に反乱

 これら沸騰中の諸課題の中で、米国の選挙論争に入り込む可能性をもっているものは、ムスリム移民の禁止、イラクの原油地帯への侵略(あらゆるものの中でもっとも常軌を逸した考え)、そしてイランとの核取引の清算に関するトランプ派のわめきを別とすれば、ほとんど見あたらない。しかしながら眉唾ものの後者の見通しは、イランをロシアとの戦略的な連携へと駆り立てるという見通しに関し、ウラジミール・プーチンにはよだれを垂らすようなものになるはずだ。しかしまじめな論争は不在だとしても、これらは切迫した爆発力を秘めた問題なのだ。
われわれは前号の論説で、選挙後の死に体期中に環太平洋パートナーシップ(TTP)を打ち固めるという、オバマ政権と議会指導部による努力の可能性を論じた。われわれは、それが中国の軍事的・政治的拡張とそれに対抗する米国の努力に結びついているということをあらためて述べることを除いて、ここでその論争を繰り返すつもりはない。
中国の現れ出ようとするパワーが提起するより幅広い諸課題は、この短い概要に許された限られた誌面を超えた、別種の討論に残されるべきだ。中国は世界の資本内の新しい力関係における主要勢力であるが、同時に、それ自身の輸出依存モデルがそこに深く依存している、脆い世界経済がはらむ圧力とひずみにもさらされているのだ。
しかしながら、環境に関わる惨害に向かう資本の力ずくの行進という現実に向き合うことがなければ、世界の構図を理解することは不可能だ。二〇一六年という年は、歴史の記録ではもっとも熱くなるだろう。エチオピアからジンバブエと南アフリカにいたる東部と南部のアフリカは今、大規模な干ばつと飢餓の脅威に苦しんでいる。ルイジアナ州南部は、記憶に残るあらゆるものを超えた洪水で水浸しにされた。漁業資源は崩壊しつつあり、珊瑚礁の白化は進行中、海洋のもっとも遠隔な諸地域への微細に砕かれたプラスチック粒子の集積も進行中だ。
これらや他の恐ろしいものごとが少なくとも、われわれがここで概観した危機のいくつかの部分的な原因だ。そこには、シリアの反乱に力を貸した、何年かにわたる厳しい干ばつも含まれる。それはまるで、自然自ら資本主義の生産と帝国に反乱し、われわれはどちら側に立ちたいのか、と問題を提起しているかのようだ。米国の資本家政党や彼らの大統領候補のどちらかが、この危機の尺度に見合った何らかの手掛かりをもっている、あるいは必要なことに僅かでも近づく何かをやる傾向にある、というようなことを示す兆候はまったくない。
しかし何千人というそこに関わっている活動家にとっては、ダコタ石油パイプラインを止めようとしている米先住民ラコタ・スーの闘いとの連帯は、倫理的な要請――彼らから盗まれたホームランドの中でまだ残っているものを守ろうとしている人々と共に立ち上がるという――というにとどまらない。それは、人類の生き残りと健全さのための闘いでもあるのだ。もしわれわれが資本主義を克服することがなければ、われわれすべては、行く当てがどこにもない難民として終わることになるだろう。(二〇一六年一一・一二月号)

▼「アゲンスト・ザ・カレント」誌は、米国の急進的社会主義グループであるソリダリティーの機関誌。(「インターナショナルビューポイント」二〇一六年一一月号)



もどる

Back