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    かけはし2016.年6月27日号

目標は「民衆の力」の創出


スペイン

ミゲル・ウルバンに聞く

ウニダス・ポデモスが率いる
政府のみがトロイカと闘える


 昨年一二月総選挙の再選挙と言うべきスペイン総選挙は、本紙が読者に届く時には結果が判明している。以下に紹介するインタビューは、今回の選挙で問われている問題やポデモスの課題を論じている。選挙結果の意味やその後のスペインを理解する助けにしていただきたい。(「かけはし」)


ミゲル・ウルバン(マドリッド、一九八〇年生まれ)は、オーストリア大統領選最終結果が公表される二、三時間前に、マドリッドに開いた彼の議員事務所に、エル・ディアリオ誌を迎え入れた。ウルバンは、ホーファーのオーストリア自由党(FPÖ)を欧州の心臓部で約五〇%もの票を勝ち取るまで導いた理由を分析した。彼は、六月二六日の総選挙について述べながら、他の諸政党や、カタロニア、ガリシア、バレンシアの類似潮流と連携した、ポデモスとIU(共産党を軸とした統一左翼)の連合(彼はこれを「ウニダス・ポデモス」と呼ぶ)が、PP(国民党)、PSOE(社会労働党)、シウダダノス(市民党)の「単一リスト」に対するただ一つのオルタナティブだ、と確信している。また彼は、選挙後のポデモスの未来についても語った。(「エル・ディアリオ」)

右翼台頭の政治的背景

――オーストリアで極右の候補者が大統領に選出される寸前まで近づいたが。

 それは欧州では前例のない何かだ。それは、一九三〇年代以後では初めての極右国家元首となっていたと思われるものであり、それはわれわれの歴史上、極めて暗い段階にわれわれを導いただろう。古いものは死につつあるが新しいものはまだ生まれず、この明暗の入り交じる配色の中で諸々の怪物が誕生する、グラムシはそう語ったのだが、それに似たことが先のできごとと言える。そしてわれわれは、欧州で諸々の怪物を今見ている最中だ。FPÖは、国民戦線(フランス)、北部同盟(イタリア)、ヘルト・ウィルダースの自由党(オランダ)、そして他の排外主義者やレイシストと同じ議員グループの中にいる。オーストリアの大統領選討論の一つの中で、あるムスリム市民が、どう投票すべきなのか、とノルベルト・ホーファーに質問した。そしてこの候補者は、投票すべきでない、と勧めた。極めて分かりやすい図柄だ。

――二一世紀の欧州の中で、あらゆる意味合いを含む形で、オーストリアのような国で極右がどうすれば大統領への野心をもつことができたのだろうか?

 そこにはオーストリアの要素と欧州的な要素がある。オーストリアでは、ドイツにおけると同じような脱ナチス化の歩みがあったが、その政治的力は極めて弱いものだった。すでに一九四九年、元オーストリアSS(ナチス親衛隊)の指導者が党首の、FPÖの前身政党が一一%を得票した。もう一つの要素は、伝統的諸政党の、特に社会民主主義諸政党の危機、つまり、現在までわれわれが知ることになっているEU構想の危機だ。社会自由主義へと進み、緊縮諸政策と市民の権利への攻撃を受け入れることによって、社会民主主義者が放棄した政治的空間は、システムの周辺から登場している諸勢力の混合体によって占拠されようとしている。

――社会民主主義が放棄した空間が極右によって占拠されようとしている、などというようなことは、どのようにして可能になっているのか?

 FPÖの選挙綱領は福祉国家に敵対する立場に立っていない。それはオーストリア人に対しそれを守っている。そして彼らは、民衆諸階級を、歴史的に社会民主主義の支持者であった人びとを、少しばかり暮らし向きの悪い新参者に対決させているのだ。

EUの政策が極右の培養土

――こうした民衆諸階級に声を届かせることのできる他の代わりになる政党はあるのか?

 オーストリアでわれわれが見てきた分極化の意味が、決選投票に初めて、社会主義者も保守派もいない、ということだ。不幸なことだが、諸々の支出削減と不平等に精力を使い、何年も外国人恐怖症にくくられる政策を実行してきた一つの欧州のおかげで、先の空間はほとんどの欧州諸国で極右によって占められている。この欧州の政策は完全な培養土になってきた。しかし、危機と削減に対する街頭における社会的回答の進展が存在してきたところでは、極右は政治的空間を確保できていない。そして、社会的多数に有利な変革という進歩的な選択肢がその空間を占めている。ポルトガルとスペインに議員をもつ極右政党が存在していない理由がそれだ。

――たとえばギリシャにはあるが。

 ギリシャの極右は、一九九〇年代以後、辛うじて一%の上昇を見ただけだ。欧州における極右の勝利は、公的諸政策に浸透を果たしたということだ。マリーヌ・ルペンが彼女の最大の達成成果を問われたとすれば、彼女は疑いなくマヌエル・ヴァルスと言うだろう。社会党は、ルペン主義の論理の多くを引き受けてきたからだ。
フランスにおけるルペンへの唯一の政治的オルタナティブはいわゆるニュイ・ドゥブゥ(夜に起ち上がれ!)だ。彼らは主張を極右に転じようとはしていない唯一のものであり、異なったオルタナティブを提起しつつある。ルペンはこれを分かっている。そして彼らをフランソワ・オランド以上に攻撃中だ。
ハンガリーでは、移民襲撃と国境パトロールを組織しているジョッビク党が、二〇%を超える能力をもっている。デンマークは、社会民主党の支持を得て、難民がもつ宝石類の収用を可能にする法を採択し、ノルウェイではキリスト教民主党が、アンネシュ・ブレイヴィーク(二〇一一年七月二二日にオスロで大量殺戮テロ攻撃を実行した:訳者)の党から支持を受けて統治にあたっている。

さらなる80億ユーロの削減要求

――EU諸機構は今も、緊縮政策に沿って危機からの脱出を試みようとしている。五月三〇日にわれわれが知ったことだが、マリアノ・ラホイ(現スペイン首相)は、選挙後彼が首相に戻れば、さらなる削減を引き受ける、と文書で約束した。スペインは、さらに八〇億ユーロという削減に抵抗できるだろうか?

 ユーログループは一月前一〇〇億ユーロなどと語っていた。われわれには今後のことは分からない。問題は、ひとびとがこの上の削減には耐えられない、ということだ。われわれは、その友人、カネテ(注)がEU委員になることを交渉しにではなく、われわれには削減すべき九〇億ユーロなどない、と言うためにブリュッセルに行く一つの政府をもたなければならない。われわれはEUのテーマを選挙キャンペーンの中に押し出さなければならない。それは、全国的論争の中ではまったくと言えるほど、ほとんど重要性をもっていないのだ。

――それは、スペインでのみ起きていることか?

 私はシシリー島とランペドゥーサにある難民収容センターを訪れるためにイタリアに出かけ、選挙キャンペーンでそこの市長に同行するためにナポリに向かう機会を得た。そして公衆的論争の中にはEUが非常な存在感となっている。ギリシャ、ポルトガルというわが周囲の国でも同じだ。
しかしわれわれはそれについて語っていない。TTIP(環大西洋投資貿易パートナーシップ)を取り上げないことは誤りであり、ポデモスとIUはそれに挑み掲げようとしている。人びとは、PP、PSOE、シウダダノスを選択することは、TTIPとCETA〔カナダとの自由貿易協定:原注〕を支持する投票を行い、さらなる削減となる、ということを知った上で投票する必要がある。
シウダダノス、PSOE、そしてPPは、共通のロゴを作り、それで自分たちを表す可能性がある。私はPSOEとシウダダノス間協定の後でそう考えた。グルポ・プリサ(スペイン語圏、ポルトガル語圏を主な対象とするスペインのマルチメディアグループ:訳者)を見てみよう。それは、PPとポデモスは対極化し、PSOEとシウダダノスは協定に達する、と伝えている。この国には、最低でも指導部内では社会党としてあることをやめた社会党と合意する、新たなもっと新自由主義的な右翼に非常なここちよさを感じる、一定層の寡頭支配層がいる。PSOE党員が彼らがより望ましいと考える協定は何かと問われたとすれば、それは興味深いものになったと思われる。

――全員投票が行われ、そこではシウダダノスとの協定が承認されたのだが。

 それしかテーブルにはなかったのだ。つまり、二つの選択肢が出されたのではなかった。それ以上に私は、TTIP、さらなる九〇億ユーロの削減について社会党活動家が何を考えているか、これに対し誰とより上首尾に協力できると彼らが信じているか、ポデモスとか、それともシウダダノスとか、それを知りたいと思っている。事実として、シウダダノスについて私が聞いている良い評判はECB(欧州中央銀行)の中でのみだ。これは信じがたいことだ。

IUとの連合は選挙戦略


――われわれは、先に欧州内の分極化について話した。われわれはスペインでも同様な戦闘に向かおうとしている。ポデモスはこのメッセージを今送っている。つまり、われわれか、それともPPかと。このキャンペーンは機能すると考えるか?

 シウダダノス―PSOE協定は先延ばしにされた大連立だった。まさに今、PPに関して起き続けていたことによって、ラホイとの合意に達することは非常に複雑になっているからだ。しかし、三つのリストがたとえあるとしても、それらはEUとスペインにおける同じ経済的処方箋を代表している。もう一つのことは、PSOEの社会的基盤はその処方箋を代表するものではないということだ。PSOEの諸基盤と支持者の間に歴史的決裂が起きない限り、ポデモスが理解される可能性はない。

――IUとの連合は一つの選挙戦略か、それともそれはさらにその先まで含むものか?

 今のところそれは選挙戦略だ。しかしわたしは、それが選挙戦略以上のものになることを望みたい。しかしその問題は六月二六日以後のことだろう。前回選挙前にすでに大きな努力があり、ガリシアとカタルーニャですでにIUを含めた合流潮流の中にそれは表現された。再選挙前にシウダダノス―PSOE協定が引き起こした警戒信号は、ある者たちが語り続けていたことを示している。つまり、PSOEの指導部は彼らの基盤のためではなく、少数のもののために統治する、ということをだ。これが鮮明となった。二〇一〇年にECBがサパテロ(当時のPSOE首相:訳者)に送ったものに似たもう一つの通告文に、どの政府が抵抗するつもりになっているだろうか?

――首相はポデモスの支持者でなければならないか?

 首相はポデモスから出なければならない。そうでなければ、持ちこたえる保障はまったくない。そしてその時でさえ、二つの中心的要素がなければ何の保障もない。第一は、下からの、民衆的力からの圧力だ。EUと力ある者たちからの脅迫に誰一人屈せず受け入れないように、集団的に責任を果たす必要がある。第二は孤立しないことだ。われわれはこの戦闘に単独で入ることはできない。

――それではこの戦闘に、あなたたちは誰と共に進むのか?

 ポルトガル政府はすでに、要求された削減を切り下げることによって、ユーログループに公然とした挑戦に出ている。われわれは政府だけで進むのではなく、ニュイ・ドゥブゥのような民衆運動と共に、また発生する可能性があり、異なったオルタナティブを提起する他のものと共に進む、それに希望を持とう。それこそがプランBの考えであり、諸機構の脅迫に対する欧州規模の回答があり得るということを人々が理解するために、われわれはその考えを促進中だ。われわれが知っているように、EU諸条約に対する不服従こそが、異なった欧州、民衆の、連帯の欧州を築き上げる唯一の道だ。それこそが、五月二八日に欧州のほとんどすべての首都で、われわれが屋根を、尊厳を、仕事を、正統性のない債務の免除を、求めようとしている理由だ。

民衆の力だけが選挙に勝つ

――あなたは以前、ポデモスの目標は「民衆の力」の創出でなければならないと語った。なぜか?

 トロイカに抵抗し、綱領を遂行する可能性を得るためだ。権力に到達したとしても、自分たちの綱領を常に実行できるわけではない。パブロ〔イグレシアス:原注〕はいつもこう言ってきた。われわれはこれを避けるために、権力を一人の首相がもつもののようにだけではなく、むしろ民衆がもつもののようにもしなければならない。そして、ポニーテールの、しかしながらすばらしい一人物(パブロ・イグレシアスを指す:訳者)のみが責任を負うのではない、ということだ。それは彼に対し、あるいは別の誰に対しても理に合わず公平ではない。それこそが15Mが強調した要素の一つだった。
前に提起された問題に戻れば、われわれは選挙の進行以上に、このキャンペンで一つの相乗効果が進展することに関心をもっている。ポデモスの人びとと、IUとの、コムプロミス(バレンシアで市民運動から始まった組織:訳者)との、歴史的なものになろうとしている一つのキャンペーンを作り上げるためにこれから訴えかけられる多くの人々との、合流した人びととの相乗効果だ。そしてそれは、人々が観客であることをやめ、役者となるために、六月二七日で終わるものではない。一つの凝集は、六月二六日の後になければならない。

――しかし組織的な凝集は?

 そうではなく、党の構造を超えて広がるこの民衆的力の建設という出会いの空間を生み出さなければならないのだ。それは、ウニダス・ポデモスが選挙で勝利した場合に綱領の一部になることのできる最良の定式だ。

――民衆的運動に向かうこの歩みは、ポデモスの諸構造を改革することを意味すると思われる。ポデモスはビスタアレグレ(マドリッドにある多目的会場、ポデモスの設立総会が開催された:訳者)で、より水平的な進展に対比して、明敏な一つの指導部をもつ選挙戦に向けた機構として設立された。あなたは、イニゴ・エレホン(一九八三年生まれの、マドリッド大学で国際関係を研究している若手研究者:訳者)の言葉に言う「神話上の動物」である、ビスタアレグレUをめざしているのか?

 われわれは、選挙に勝つためではなく、民衆の力を築き上げるためにもっとも適切な組織をもつべきだ。私にとってそこに矛盾はない。私は、選挙に勝つ最良の道は、民衆の力を築き上げることだと確信している。そしてそれは、文書「ポデモスの要約」においてわれわれがパブロ・エチェニケ(一九七八年生まれのアルゼンチンから移住した物理化学者:訳者)と共に提出したものだ。エチェニケがこの組織の書記長になった時にビスタアレグレは死んだのだ。われわれは今一つの行き止まりにいる。

組織モデルは単純化されるべき


――ではどんなモデルを提案するのか?

 私が理解していることは、先に挙げた文書にも問題があった、ということだ。実践に移される前に完全なシステムなどまったくない。われわれは、機能しないものを変える点で十分に柔軟でなければならない。時にわれわれは高度に複雑なモデルを抱え込むが、組織が大きくなればなるほど、組織モデルはより単純であるべきだ。参加を促進する必要があり、モデルは、基層にある人びとに力を与えることに役立つべきであり、そこから権力を取り上げるものであってはならない。ビスタアレグレは民衆的運動を党に転換しようと挑んだ。そして今挑戦課題は、党であることをやめ、より運動的であることだ。

――エレゴンとイグレシアスはこれまで、民衆的運動になろうとするポデモスについても語ってきた。違いは何か?

 今全体はわれわれが正しかったと語っている。われわれは地域的な脱中心化について発言したが、今やそれについての話がある。われわれは排他的なリストは悪い考えだと発言し、ある程度までそれは取り除かれてきた。われわれは勝者総取りは理に合わないと発言し、われわれは今より比例的なリストをもとうとしている。今や全体が地方のサークル(ポデモスの基層を形作る全員総会:訳者)を大事にすることを語っている。私は一致しているものごとで争うつもりはない。今後必要であることは、ポデモス内に存在している見解の潮流のような他の要素への一歩だ。役職をめぐる闘争としてではなく、共有された傘の下での政治的相違として自らを表現する可能性をもつことは、理にかなうことだ。

――自治州のレベルでも総会が存在すべきか?

 論争は、前になるか後になるか、というものだ。カタルーニャには管理委員会があり、カンタブリア、ラリオハ、ガリシア、バスクカントリーが終えているように、それを前に行う可能性がある。

――マドリッドでは?

 部分的に、PGM(ポデモス・ガナル・マドリッド)リストを理由として、われわれはマドリッドに管理委員会をもっていない。
重要なことは外部に視界を広げ内向きにならないことだったが、それを理由とした一つの構想と知恵が存在してきた。最良の組織は何かを解決するために、マドリッドに市民総会を置くべきだということは理にかなっている。

――どのような問題で?

 私としては諸々の問題で討論を行いたい。マドリッドのために何をしたいのか。マドリッドで何を築き上げたいのか。マドリッドでどのようにして組織化したいのか。われわれはポデモスから離れた人と離れていない他の人について語ってきたが、政治的違いは何なのか? 私の立候補はマドリッドのための構想に基づく唯一の立候補だった。私としては、他の候補者も一つの構想をもってもらいたい。

――あなたは再びリスト首位になるのか?

 人々が決めることになる。人が選挙に立候補する場合多くの人が関わることになるのだから、それは個人的決定ではなく集団的決定となる。そしてたくさんの人々が決定しなければならない。私は情勢がどういうものかを見るだろうが、常にマドリッドのために活動することをいとわなかった。普通はマドリッドは国家と混同されている。そしてこれは、マドリッドのための構想がまったくないがゆえに非常に有害だ。私は個人的に、私の企図は一つの挑戦だと確信している。
(エルディアロ誌―五月二四日掲載―より)

▼ミゲル・ウルバン・クレスポはスペインのアンティカピタリスタスの指導的メンバー、ポデモスリストでEU議会議員に選出された。
注)ミゲル・アリアス・カネテは、PPの政治家。二〇一一年から二〇一四年までスペイン政府で農業・食料・環境相に着き、EU議会選ではPPリストの筆頭者だった。二〇一四年一一月一日に、エネルギー・気候行動担当EU委員に着任。(「インターナショナルビューポイント」二〇一六年六月号)  
 


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