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    かけはし2016.年4月11日号

国家の暴力的監視が再現される


与党が単独採決したテロ防止法

竜頭蛇尾に終わったフィリーバスター

 3月2日、国会議長によって職権上程されていた「テロ防止法」が与党の単独採決によって国会を通過し、直ちに施行された。同法は、これまで数々の国家犯罪を企画・実行してきた国情院(国家情報院、KCIAの末えい機関)の権限を一層強化するものとなる。採択に先立ち「共に民主党」をはじめとする野党は2月23日から3月2日まで共同でフィリーバスター(無制限討論)を通じて192時間以上の反対討論を展開したが、最終的には「共に民主党」の腰くだけによって法案は採択された。(「かけはし」編集部)


テロ防止法が通過した。2月23日〜3月2日にわたって192時間37分の間、「テロ防止法の不当さ」を知らせる言葉の饗宴が続けられた。言葉は重かった。言葉は時に辛辣だったし、悲観しさえした。これまで「政治」に傷つけられ冷笑してきていた人々は「無制限討論」というフィリーバスターを通じて、久しぶりに「政治」から心を癒される経験をした。
ただし言葉の饗宴は終わり、退却する方法は分別がなかった。192時間余りを応援し支持していた人々の思いはキチンと尊重されなかった。フィリーバスターを主導した野党指導部は「自由の問題」を「安保の問題」だとして一蹴した。そして遂にテロ防止法は国家情報院に、けん制装置のない「監視の権限」を与える毒素条項を含んだまま原案可決された。

テロ防止法と国情院関連本


あなたは行ってしまった。だがこのように終わっては傷が深まるばかりだ。「議会主義に傷ついた悲痛な者たち」を治癒することのできる方法とは何なのだろうか。192時間37分の意味を長く称える方法はありはしないのだろうか。結局、フィリーバスターの意味は、既に通過した「テロ防止法の害悪と問題点」について共に熟考し意志を結集することから見いだすことができる。
フィリーバスターに参加した1年生議員を中心とする38人の国会議員はフィリーバスター演説の中で、テロ防止法がいかに国民の日常的自由を締めつけるか、テロ防止法が結局は誰を狙っているのかなどを語りつつ、さまざまな資料や書籍などを引用した。引用された書籍などは大きく2つに分けられる。テロ防止法によって日常化する監視の危険性を予見したり直観する書籍、そしてテロ防止法の施行によって令状主義にも反し憲法にも反するやり方で、けん制のない権限を持つことになる国家情報院が既にしでかしてきた数々の暴挙を記録する書籍などがそれだ。
テロ防止法の代表的毒素条項は第9条だ。国情院長に、テロの危険のある人物に対して令状請求の手続きなしに出入国の記録についてはもちろん、金融取り引きおよび通信の利用記録を収集できるように権限を与えた条項だ。必要な場合、国情院長はいかなる先行手続きもなしに「テロの危険人物と疑われる可能性が相当に高い人物」に対して金融取り引きの至急停止措置も行うことができる。その人物の個人情報はもちろん、位置情報まで要求することができる。これらすべての「監視および情報収集」の前後に、国務総理(首相)に報告すればよい。現政権下で見るに、国務総理は大統領と一心同体であり、国情院もまた大統領の顔色をうかがう組織であるがゆえに、国家テロ対策委員会と国情院が現行法制度の下で利害を異にする可能性は極めて低い。
このような状況を未来的観点から描き出している本は、ソ・ギホ正義党議員が紹介していたコリダックタロウの空想科学(SF)小説「リトルブラザー」(アジャク刊)だ。
米国サンフランシスコで暮らしている高校3年のマーカス・ヤロウは学校、街頭を問わず全方位的な監視が日常化した毎日を暮らしている。学校が配布する標準ノート・ブックの「スクール・ブック」は、学生らが入力するすべての文字を記録し、インターネットで飛び交う疑わしい単語を検閲する。マウスをクリックするたびに監視し、ネットワークで交わされるすべての考えを追跡した。学校の至る所には足取りを認識し、誰であるのかを把握する歩調認識カメラがビッシリと設置されている。学校が終わっても注意しなければならない。街には無断欠席の学生らを撮って載せるブログに写真を上げるのを好む店の経営者らが散らばっている。マーカスは、このすべての監視体系をさまざまな機器や技術によって攪乱し、私生活の自由を得ることに手慣れた「IT少年」だ。スクールブックのプログラムをハッキングし、スクールブックに設定された監視体系を無力化し、砂利を入れた靴を履いて歩調認識カメラを攪乱させる行為は、彼の「私生活」と「自由」のためのものであって、「テロ」のためのものではない。

反対意見を封じる大規模監視


だがサンフランシスコ・ベイブリッジが爆破される実際のテロが発生すると状況は一層、悪くなった。「正常」を目指して「異常」を感知する監視が一層日常化した。マーカスは学校にいかなければならない時間に街にいたという理由で、またワイファイ探知器などを持って回っているとの理由で、国土安保省に抑留された。この空間でマーカスは令状なしに「テロの危険のある人物として疑われ」、携帯電話、USBメモリーなど彼の私的な一切の日常が貯蔵された機器などを奪われ、暗証番号を告げなければならなかった。
「奴らが私から私生活を少しずつ奪っていっている。(中略)初めには私生活、そして次には人間の尊厳性を奪い去った。私はどんな書類にでも署名する準備ができていた。私がリンカーン大統領を暗殺したという自白書だったとしても署名したことだろう」。
抑留が解かれた後には「大衆交通の利用経路が疑わしい」として警察で取り調べを受けなければならなかった。「そもそもなぜ私の交通カードを利用して『私の非標準的な乗車パターン』を監視しているのか」という質問は喉の奥でわだかまるばかりだった。
このような監視の害悪は小説の中の話ではない。実際の状況だ。エドワード・スノードンが米国家安保局(NSA)の文書を暴露した事件を英国日刊紙「ガーディアン」を通じて報道したフリーランサー記者グレン・クリンワールドがそのいきさつを書いた「もはや隠れる所はない」(モダンタイムス刊)は「監視の害悪」をあらわにする。
エドワード・スノーデンは、NSAが米国最大の通信事業者のうちの1つであるバライズンの米国人顧客数百万人の通話記録を収集しているという文書を公開した。裁判所の一級秘密命令を根拠にNSAが行った「全方位的通話記録の収集」は氷山の一角だった。NSAは「プリズム」というプログラムを通じてグーグル、アップル、フェイスブックなど世界的情報技術(IT)企業のサーバーに接続し、該当企業の使用者データを収集することのできる権限を確保することも行った。小説にでも出てくるような全方位的監視が、小説の世界ではなく現実であり、かつほしいままになされているとの暴露は、NSAのこのような措置を承認していた米国の「愛国法」違憲判決を引きだした。

国情院の改革が先決だ


「もはや隠れる所はない」は、このような全方位的監視が及ぼす副作用を1つ1つ例示する。「政府がすべての人の行動を監視する時は、単純に反対運動を組織することも難しくなる。大規模監視はより深く、より重要な所でも反対の意見を潜在させる。そこは、ほかならぬ精神そのものだ。人々は単に政府が求め期待するところにそって考えるように訓練される」。
マッカーシズムが大手を振っていた時期、ブラックリストにあげられて監視されていたハリウッドの劇作家ウォルター・バンスタインは当時、ずっと仮名で仕事をしなければならなかった。バンスタインは監視されるという考えに伴った抑圧的な自己検閲について語った。「誰もが用心した。危険を冒す時ではなかった。…『無謀に首をつき出すな』という雰囲気が形作られたようだ。創意性を発揮するように手助けしたり自由に考える雰囲気ではなかった。いつも自己検閲を行い、『いや、やらないのだ。できもしないし、政府と距離をおくのだ』というような言葉を言う危険があった」。
スノーデンがNSAの全方位的な通信情報収集の実態を暴露した後、米国の作家の集まりであるペンアメリカが2013年11月、NSAの暴露の事態が会員たちに及ぼした効果を確認するために実施したアンケート調査の結果も、ウォルター・バンスタインの描写とそっくりだ。「多くの作家が、現在『自身の通信が監視されていると考え』、『表現の自由を縮小し、情報の自由な流れを制限』する式に行動を変えたという事実が明らかになった。回答者のうちの24%は意図的に電話やメールの対話で特定のテーマを避けた」。
これらすべての状況は米国だけのことではない。韓国の国情院は「先端技術」を通じた監視ではないけれども、無分別な監視・盗聴によって数多くの被害者を生んだ。
2004年、国家情報機関が連座した過去史の真実糾明のために発足した「国情院の過去の事件の真実糾明を通じた発展委員会」が、3年間の活動を盛りこんだ「国情院の真実委員会報告」(国家情報院・刊)は、不実奨学会献納事件および「京郷新聞」売却事件、人民革命党事件および全国民主青年学生総連盟(民青学連)事件、トンベンニム事件、金大中元大統領拉致事件、キム・ヒョンウク失踪事件、……、南韓朝鮮労働党事件など、国情院の権力乱用によって個人の自由はもちろん生命までが損われた諸事件の全貌を明らかにする。パク・ウォンソク正義党議員は、これらの諸事件に言及しつつ、「テロ防止法よりも国情院の改革が先決」だと語った。
民主化以降も国情院の「権力乱用」や「人権侵害」は続けられている。シン・ギョンミン「人権侵害」は続けられている。シン・ギョンミン「共に民主党」議員は自らの著書「国情院を語る」(ピタベアタ・刊)で詳細に記録していた国情院の大統領選挙への介入事件の進行状況、国情院イ某課長の疑問の死などについて語った。シン・ギョンシン議員はこのような諸問題を解決するために、国情院に無所不為(できないことは何もない)の権限を与えるのではなく国情院の権限を制約し改革する措置が切実だと指摘した。
小説のような国家の「暴力的監視」が再現・反復される現実あるいは未来を直観するのは結局、詩だ。南朝鮮民族解放戦線準備委員会(南民戦)事件で1979年にキム・ナムジュ詩人と共に獄中暮らしをしたイ・ハギョン「共に民主党」議員は、友人キム・ナムジュの詩「鎮魂歌」を悲壮に吟唱した。
「銃口がわが髪をかき分ける瞬間/私の信念は舌となった/虚空で虚空で喘いだ/駄犬になれと言うのなら喜んで駄犬となり/あなたの尻の穴でもペロペロと舐めてやるだろう/べろを突き出した?私の闘いは腰となった/あなたのへそから曲がった/奴隷になれと言うのなら喜んで奴隷になるだろう/あなたの足元で両膝を突いた?私の信念や闘いは迷宮となり/深淵に落ちた/不細工なむくげ犬になれと言うのなら喜んでその犬になり/あなたの足の指でも舐めてやるだろう」。
テロ防止法が「蔓延した監視」によって信念や闘いを折り曲げるという、予言だ。

多数が沈黙した後の世の中


チェ・ミニ、チョン・チョンネ、イ・ハギョンと実に3人の議員たちが痛む思いで詠んだマルティン・ニメラーの詩「彼らが最初にやってきた時」は「沈黙する多数」によって構成された我々の未来を鳥瞰する。マルティン・ニメラー牧師は初めはアドルフ・ヒトラーの支持者だった。後にナチの蛮行を告発する「告白教会」の設立者の1人となった。
「初めに彼らは共産主義者たちを捕らえに来た/私は何も言わなかった/私は共産主義者ではなかったので?彼らはユダヤ人をつかまえに来た/私は何も言わなかった/私はユダヤ人ではなかったので?彼らは労働組合員をつかまえに来た/私は何も言わなかった/私は労働組合員ではなかったから?彼らはカトリック教徒をとらえに来た/私は何も言わなかった/私はプロテスタントだったので?彼らは私をつかまえに来た/ところが今や話してくれる人間は誰も残っていなかった」。
正しい答えは沈黙しないこと、再び立ち上がることだ。「恐怖こそは人間の本性を探り出す最も良い武器」であるがゆえに、その「恐怖」を政府が行使することを阻むことだ。(「ハンギョレ21」第1102号、16年3月14日付、パク・スジン記者)

コラム

電力自由化

 四月から電力小売りの全面自由化になった。福島原発過酷事故を引き起こし、今でも原発事業にしがみつく犯罪企業東電からは切り替えようと考えていた。しかし、いざとなってどこを選べばよいのか、すっかり悩んでしまった。
 ちなみに私の自宅のこの一年間の電力使用量は一四三九キロワット時(月平均一二〇キロワット時)で、料金は三九四三七円(月平均三二八六円)だった。「国が保障すべき最低限の生活に必要な電気」が月一二〇キロワット時なので、ピッタリということになる。
 私は東急電鉄沿線に住んでいるということもあって、「東急パワーサプライ」という新電力は気になっていた。ここの売りはインターネット・電話料金の割引やカードポイントのアップだ。問い合わせてみたところ、東電の料金とほとんど変わらないことも分かった。
 しかし考えてみると、東急はバックアップ用の若干の電力は確保しているのだろうが、家庭向けに販売できるほどの電力を生産していないはずである。そうするとやはり「東電から買って販売する」ということなのだろうか。
 独占大電力は大企業に対して、家庭向け電力よりもはるかに安く販売している。送配電利用料金がいか程なのかは知らないが、東急にしてみればその差額で利益を上げることが可能なのだろう。しかしこうした新電力は完全に「電力ブローカー」だということになる。
 ソフトバンクは全国に大規模な太陽光発電基地建設に乗り出していたが、「電源の五七%を再生エネ」で、残りは東電と北電から買うことを発表した。多少割高になっても一〇〇%再生エネを使用するのが理想なのだろうが、大規模水力を除くと、再生エネのシェアは四%ほどにしかならないのが現状である。
 火力、特に石炭火力は問題ありだと思っている。「東電の電気は使わない」ということを優先させると、とりあえず東京ガスあたりが無難なのかもしれない。
 また電力が自由化されても、新電力は大電力会社に「託送料金」を支払って送配電を行うことになる。そうすると各家庭につながる一本の電線の中は、東電や新電力が発電する電気がごちゃ混ぜになっているということになる。ただどの事業体に料金を支払うのかということだけが違ってくるわけだ。これでは切り替えたという「実感」があまりわいてこない。
 原発に反対する世論は過半を維持している。しかし三月二五日の時点で新電力に切り替えたのは東電管内で一・五%、関電管内で一・四%ほどだ。多くの人たちが「どうしたものか」と悩んでいるに違いない。    (星)


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