英国
総選挙は何を示したか
オルタナティブ建設待ったなし
左翼は過去の真剣な克服が必要
ソーシャリスト・レジスタンス
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英国の総選挙は、大方の予想に反し保守党単独政権を誕生させた。一見、英国政治に安定が戻るかのように見える。しかし事実はまったく逆だ。例えば、与党という枠で見れば、今回議席数も得票率も相当に後退した。この総選挙が示した意味についての英国支部の分析と統一左翼の声明を以下に紹介する。
英国政治に地震が起きている
五月七日の英国総選挙では、保守党による不安を煽るキャンペーンと労働党の立場の深刻な弱点の組み合わせが、誰もが(保守党を含んで)予期していなかった保守党の僅かに過半数を上回る結果を生み出した。 二つのものごとに関して世論調査は正しかった。
第一は、今や議員ではなくなったヴィンス・ケイブルからダニー・アレクサンダー(注一)にいたる大物たち――過去五年保守党を支え続けてきた人びと――と一体となって、八議席にまでたたき落とされた自民党の大量殺害だ。彼らは、保守党が開始した攻撃すべてに対し直接の責任を負っている。労働党は、彼らが首尾一貫した反緊縮のメッセージを押し進めていたならば得たと思われるそれほどの重要な部分を、自民党の崩壊から獲得することができなかった。
第二点は、スコットランドにおけるSNPに対する驚異的な振れだった。そこにはたった一議席への労働党の転落が伴った。いくつかの選挙区では、労働党からSNPへの移動はほぼ四〇%にも達した。SNPが獲得できなかった議席はわずか三であり、それらは各々自民党、保守党、労働党にいった。
スコットランドにおける労働党の致命的な傷は、硬直化した英国統一論への反動的なこだわり、それを守るために国民投票運動に際して熱を入れて保守党と共同したやり方、さらに反緊縮と反トライデントの政策を取り上げることができなかったこと、それらを通して自ら招いたものだった。これがスコットランドの有権者によって徹底的に罰を受けた。彼らは、前例のないやり方でSNPに向かい、一世代にわたって労働党を一掃した。
しかしながらこの衝撃は巨大であるとしてもそれは、この間一定の年限成長を続けてきたひとつの傾向であり、それがついには労働党支持者内部での独立と反緊縮に向けた大規模な振れとなり、労働党一掃のためのSNPへの大量戦術投票となったのだ。SNPの議員は多様なグループになりそうであり、そこには浮上しかかっている何人かの急進派が含まれている。
ここに見たことはこの選挙における単一ではもっとも重要な要素、つまり消え失せるものではない、英国政治における一つの地震だ。
遠心化進む中で政府は反動化
しかし全体としてみれば、英国は選挙を通してより分裂的になろうとしている。現実に四つの異なった選挙がはっきり姿をとって進行した――スコットランド、ウェールズ、イングランド、アイルランド――。労働党はウェールズで約一〇%上回り、保守党はイングランドで約一〇%上回り、その結果として議席の多数をすくい上げ、スコットランドの勝者はSNP、そして北アイルランドにはそれ独自の力学がある。
SNPに対する保守党と自民党による情け容赦のない悪魔視宣伝は、世論調査に現れることのなかった一つの影響力を、イングランドの有権者に明らかに及ぼした。
ウェールズ民族党は少なくとも反緊縮感情から利益を引き出した強力な女性指導者をもつ政党だったが、得票増大は僅か〇・八%というささやかなものだった。一方英国独立党はウェールズで一一・二%という劇的な得票増を見た(英国全体としての増大は九・五%――スコットランドでの惨めな結果によって、それがなければあり得たものよりも低く抑えられた)。
シンフェイン(訳注:アイルランド独立派、IRAの政治部門だった)の六選挙区での前進は止められた。その理由は反緊縮政党としての自身の表現にはらまれた矛盾であり、この党は、六つの州の反動的なDUP(注二)との連立政権における緊縮実行で、深刻に汚されているのだ。シンフェインの基礎である西ベルファストでは、シンフェインに対立する重要な反緊縮オルタナティブ投票が現れた(注三)。
保守党の勝利(イングランドでの勝利を基礎とした)は、福祉給付の大幅切り下げ、生活基準に対する諸攻撃、公共支出の切り下げ、大学授業料の引き上げ、移民に対するさらに反動的な統制その他を盛り込んだ女王演説(注四)によるさらに深刻な政府期に道を開くだろう。EU加盟に関する国民投票は今や、レイシズム的な反移民の課題設定を基礎に潜めた深刻な反動性を伴って、二、三年の内に大いにありそうなこととなっている。
自滅した労働党はさらに右へ
この選挙では保守党が勝利したというよりも労働党が敗北した。彼らは過去五年にわたって、経済的適性に焦点を当てた保守党の主張をはねつけることができなかった。指導部は保守党の経済政策に屈服し、大いに必要とされたオルタナティブを提起すること、あるいは反緊縮の親労働者階級的課題設定を練り上げることができなかった。
富裕層への課税のような僅かの健全で人気のある政策を押し出した場合でも、それらは、さらなる切り下げになりそうと見られ、先のメッセージについての救いがたい混乱に導くような、緊縮に対するあいまいな姿勢と見られたものによって曇らされた。自民党の崩壊によって部分的に相殺され、いくつか埋め合わせ的な獲得議席があったとしても、有権者はこの党から群れをなして去った。
労働党は英国の地方政府内で今なお重要な勢力にとどまり、北部や中央部の大都市すべての地方政府に事実として席を勝ち取っている。しかしながらそれは、反緊縮オルタナティブを用意することができない中で、その右にある英国独立党から、またその左にある緑の党から圧力を受けている。これは、新保守党政権の切り下げ策と緊縮課題を地方政府がおとなしく実行するにつれ、その政府が支配する地域と労働党の基層部分内部に厳しい危機を巻き起こしそうだ。左翼が将来に向けて一つの基礎を築くつもりがあるのならば、切り下げに対する抵抗によって反緊縮の現場での闘争を構築することが基本となるだろう。
労働党の選挙敗戦に関する敗因追及はミリバンドの辞任以前にすら始まった(注五)。運動が左に寄りすぎだった、回答はもっと「中央」に動くことだ、との結論になる危険は今や実体のあるものだ。新自由主義という言葉に言及した者はピーター・ハインただ一人だったが、彼はもはや現職ではない(注六)。チャールズ・クラークは実に、富はそれを作り出すための労働者という人間の労働がなくても創出可能であるかのように、右翼イデオロギーをオウム返しにしつつ一%を「富の創造者」と描いた(注七)。
小政党はね返す小選挙区制の壁
英国独立党は、レイシズムの色が数多く透けて見える右翼的キャンペーンを背景に大量得票したが、完全小選挙区制の下で議会への選挙による突破はできなかった。彼らは全国で四〇〇万票を獲得し、北部における労働党の基盤への浸透を高めた。党首のファラージは辞任したが、今年末前には復帰しそうに見える(注八)。
この党の深く反動的な特性にもかかわらず、彼らは今ファラージの辞任声明とカーズウェルの受諾演説(注九)双方が示すように、選挙制度改革を支持している。しかし彼らはそれに関しキャンペーンを行うつもりはない。
しかし彼らは多くの地方議会に議席を勝ち取るだろう。そして次の議会の支配を勝ち取ることができる。それは英国の進歩的政治にとっては大きな後退だ(注一〇)。移住した住民の多く(主にEU諸国からの)は総選挙での投票権を否認されているが、地方選挙ではその権利がある。この共同体は、英国独立党と保守党のレイシズムと闘うための大規模な反外国人嫌悪キャンペーンという形で、左翼による動員を必要としている。しかしながら反ファシズムでは普通だった戦術では今回の目的を達成することはできない。左翼はこの取り組みを真剣に遂行するために、戦術を再考する必要がある。
緑の党はこれまでで最良の総選挙結果となり、一〇〇万票以上を得、カロライン・ルーカスはブリングトンでの彼女の多数を実質的にさらに高めた――英国の政治光景における数少ない輝かしい光点の一つ(注一一)――。
この党は、自民党の崩壊から、また特に若い有権者の中で反緊縮と左翼的な政策としてのはっきりした姿から利益を引き出した。彼らは得票数を高め、一定数の選挙区で二位や三位を勝ち取った。しかしそうであったとしても、彼らがこれ以上選挙で前進することはありそうにない。彼らは党員数と存在感を大きく高めてきた。左翼は、特に今や気候変動と環境の諸課題をめぐる大規模なキャンペーンに向けて存在している幅広い聴衆の中で、この党とつながりをつける必要がある。 スコットランド緑の党は、労働党を破壊するためのSNPに対する大量戦術投票のおかげで、相当程度結果が引き下げられた。ここにはまったくのところ、二〇一六年のスコットランド議会比例代表選挙では緑の党への揺り戻しがあり得るという兆候がある。
国民医療行動党はほどほどに好成績だった(注一二)。この党は選挙運動を良好に進め、一二のみの選挙区立候補――輪郭のはっきりした敵に的を十分に絞って――で二万二一〇票を獲得した。元無所属議員のリチャード・テイラーは、ワイア・フォレストで一四%を獲得、一方はじめて立候補したルイス・イルヴィンは、ジェレミー・ハントを相手に八%を得た(注一三)。
左翼は一五年前より後退した
社会主義諸党(労働党の左)の結果は、統一左翼とTUSCを含めて悪く、二、三の例外のみを除いてほとんどの候補者の得票は一%以下だった。TUSCはどこかに向かう態勢にはなく、ギャロウェイの補欠選勝利に続くことができなかったレスペクト同様活動を停止するはずだ。
左翼諸組織は労働党に対するまじめなオルタナティブの構築に失敗し、SNPと緑の党によって埋没させられた。われわれは、社会主義連合が存在した一五年前にあった状態より悪い状況にあり、レスペクト期の諸成果は、大左翼組織(SPとSWP)によって故意に捨て去られた。大幅な再考と長期に団結した左翼のオルタナティブの建設に向けたもっと一貫した姿勢が必要だ。
全体としては貧困な選挙結果であるにもかかわらず、統一左翼は少なからず五月八日に存在している(注一四)がゆえに、明確に先のような発展にとっての唯一の希望として現れた。潜在的可能性は、ベスナル・グリーンのグリン・ロビンスの九四九票(一・八%)やレイのステフェン・ホールの五四二票(一・二%)のような票の中に見て取ることができる。
民主的正統性の危機と統一左翼
これらすべての結果から引き出されるべき中心的な結論が一定数ある。
後述の二倍以下の票に基づく労働党の二〇〇議席以上に対比して、たった二議席にしか結びつかなかった、緑の党と英国独立党に対する五〇〇万票近くは、議会の民主的な正統性には大きな危機がある、ということを示している。保守党は、彼らが今や実行しようとする深く不人気な政策をもって、高々三六%の得票に基づき過半数の議席を勝ち取っているのだ。安定性とははるかに離れて、今後の時期を通じて周期的な危機が諸々ありそうだ。
選挙制度は度外れて非民主的だ。より小さな諸政党にとって、それらの議席配分は得票率への比例とはまったく外れている。緑の党は一〇〇万票獲得にもかかわらず一人の議員で代表されるにすぎない。DUPは僅か一八万票で八議席を得た。鍵となる運動の要求は今、将来の選挙が実際の支持に比例して公正な議席配分を与えるように、比例代表とならなければならない。
統一左翼は正しくも、選挙後の声明でこの点を中心に置いた。党は、いかにしてこれをキャンペーンの優先項目とするか、さらにこの大きな民主主義の赤字に取り組むためにいかに他の勢力と共に活動するか、それを点検するために次の何週間かをかけて努力する必要がある。
結果はまた、労働党に対するオルタナティブとして幅広い左翼政党を建設する必要性をも強めている。それらの諸結果は、英国で幅広い諸政党を建設するための過去二五年にわたる以前の試みの浪費に対しわれわれが今払っている犠牲を、心から深く悟らせる。社会主義的左翼諸政党は今回の選挙でどれ一つとして、もっとも健全な時期のレスペクトのあるいはそれ以前の社会主義連合の選挙結果に匹敵する結果を残していないのだ。われわれは後ろ向きに進んできたが、欧州の数多い他の諸国で左翼は前に進んできた。統一左翼の重要性は、それが民主的で包括的な党の建設によって先の課題に取り組む挑戦、また活動を続ける支部を建設することを追求する試みであることだ。しかしわれわれは、遠く後退した地点から始めようとしている。
そのようなオルタナティブは、投票箱で急進的な政治的オルタナティブを表すことを街頭でのキャンペーンと組み合わせることを必要とする。統一左翼はまさに、六月二〇日に民衆会議から呼びかけられている新政府に対決する最初の大デモに――次いでもっと先にあるパリの、またもっと多く地方でも全国でもCOP21デモに――決起するだろう。同時にわれわれは、NHS――これは新政府によっていっそう私有化され、刈り込まれるだろう――防衛の統一キャンペーンをも必要としている。
しかし、SNPと緑の党が五月七日に反緊縮派の有権者を引きつける上でより良い位置に置かれたとすれば、それは少なからず、それらが長期にわたって投票用紙の上に現れ続けてきたからだ。統一左翼は、コミュニティとキャンペーンだけではなく投票箱においても、一貫したやり方でその信頼性を築き上げる必要がある。
▼ソーシャリスト・レジスタンスは、スコットランド社会党、社会主義連合、レスペクトによって映し出された再編を支持した英国のマルクス主義者によって、二〇〇二年に創立された。二〇〇九年七月、その支持者たちはこの組織を第四インターナショナル英国支部として再創建した。
注一)二〇一〇年から二〇一五年の保守党・自民党連立政権では、ヴィンス・ケイブルは事業・技術革新・技能所管閣僚、ダニー・アレクサンダーは財務省首席秘書官。
注二)北アイルランドにおける二つの統一派(親英)政党のうちの最大政党である民主統一党、シンフェインとの権力分担協定の中で北アイルランドを統治。
注三)西ベルファストの伝統的なシンフェイン拠点(二〇一一年まで、党指導者のゲーリー・アダムスが保持)では、「利益の前に人民を」候補者が、シンフェイン候補者の五四%に対して一九%で二位に着けた。
注四)「女王演説」は、新議会の開会にあたって政府の立法計画を概括する演説。
注五)エド・ミリバンドは二〇一〇年に労働党党首に選出され、今回の投票日翌日に辞任した。
注六)ピーター・ハインは元労働党下院議員かつ閣僚であり、七〇年代には有名な反アパルトヘイト活動家。今回の選挙では立候補を辞退。
注七)チャールズ・クラークは元労働党下院議員かつ閣僚。
注八)英国独立党党首のナイジェル・ファラージは今回下院に議席を得ることはできなかった。彼は辞任を申し出たが党の全国執行委員会に拒否され、そのため今も党首だ。南東イングランドでは議員。
注九)ダグラス・カーズウェルはただ一人の英国独立党下院議員。二〇〇五年にクラクトンで保守党下院議員に選出されたが、二〇一四年離党し英国独立党に。彼は議員を辞したが、今回再選される前に補欠選挙で選出されていた。
注一〇)地方選挙は、イングランドのほとんどの地区では総選挙と同日に行われたが、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドでは行われなかった。本稿執筆時点ではその結果は利用できなかった。
注一一)カロライン・ルーカスはブリングトン・パヴィリオン選挙区の緑の党下院議員。彼女は党の元指導者であり、その左翼と密接に協力している。
注一二)国民医療行動党(NHAP)は、英国民医療サービス(NHS)の私有化に反対し、NHSへの資金供与やその業務またスタッフの削減の撤回を求めて運動している。この党は緊縮に反対し、腐敗を許さない政治改革を求めてきた。
注一三)リチャード・テイラーは、NHAPの創立者、二〇〇一年には地方病院の再開要求を基礎にワイア・フォレストで下院議員に選出された。二〇〇五年に再選されたが、二〇一〇年には彼の対立候補となった自民党候補者に敗北した。彼は今回再度立候補した。ルイス・イルヴィンは、現職の医療相であるジェレミー・ハントの対立候補としてNHAPの候補者となった。
注一四)言葉を換えれば統一左翼は、単なる選挙連合ではなく、一つの政党を建設するために闘っている組織。(「インターナショナルビューポイント」二〇一五年五月号) |