5.14 二五〇〇人以上が集会・デモ
派遣法・労基法改悪案を廃案へ
労働三団体そろい踏みで行動貫徹
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労働戦線あげ
た決起の気運
五月一四日夕方、日比谷野外音楽堂を会場に「取り戻そう★生活時間と安定雇用〜許すな!雇用破壊 5・14ACTON〜」が開催された。主催は、日本労働弁護団、ブラック企業対策プロジェクト、かえせ☆生活時間プロジェクトなどの労働者の生活諸条件改善に取り組んできた五団体で作る同集会実行委員会。派遣法改悪案、労働基準法改悪案の雇用破壊二法案が国会上程され、今国会での同法案成立を安倍政権が狙う中、それを許さず両法案を必ず廃案に追い込もうと呼びかけられた。
派遣法改悪案審議がすでに始まるなどの情勢緊迫度を反映し、この日は、二〇〇八年暮れの派遣法抜本改正要求運動以後途絶えていた労働三団体の合流が久方ぶりに実現、会場には、連合東京やUIゼンセンなどをはじめとする連合労組の旗も、全労連、全労協傘下労組の旗と入り交じりながら数多く並んだ。さらに、MICや全建総連、全国港湾など中立系単産傘下労組の旗も多数加わり、会場には労働戦線あげた決起への気運がにじみ出る。集会途中にも仕事を終えてかけつける参加者の入場は途切れず、集会後半には会場もほぼ満杯、閉会あいさつの中で参加者数は二五〇〇人以上と発表された。
この事実上の労働三団体共同行動は集会後の国会請願デモに引き継がれ、全労働戦線的広がりを映し出す様々な旗を押し立てたデモの隊列は、日比谷公園から国会議事堂へと長蛇の列となって続いた。丁度首相官邸前では若者たちが戦争法案絶対反対を叫び抗議行動を展開中。期せずして、隣り合う労働者の隊列と共鳴し合う光景が出現、国会周辺には、若者たちの安倍ヤメロの元気なコールに加えて、雇用破壊ヤメロ、生活時間を奪うな、過労死をなくせ、不安定雇用なくせの声が響き渡った。
衆参の議員面会所前には、民主党、共産党、社民党、生活の党と山本太郎と仲間たちの国会議員多数が整列しデモを待ち受け、到着した労働者たちとの間で二法案絶対廃案のエールが交換された。
労働時間規制外
しは人権破壊だ
集会は午後六時半、日本労働弁護団の鵜良昭会長の主催者あいさつから始まり、鵜さんは、どう言いつくろうとも、派遣法改悪案は派遣労働を無限定に広げ、労働基準法改悪案は長時間労働助長法案だ、この事実を徹底的に広げ伝え、五、六、七月怒りの声を総結集し安倍首相を追い詰め、必ず廃案にもち込もうと訴えた。
さらに同弁護団労働法制改悪阻止闘争本部長の棗一郎弁護士が情勢報告。政府・与党は、派遣法前回改正で導入されたみなし雇用制度(派遣期間など派遣法に違反して労働させられている派遣労働者に、派遣先企業が期限に定めのない直接雇用契約を申し込んだと見なす制度)の一〇月一日発効を無意味化することも狙いとして派遣法改悪案の早期成立を画策していることをまず指摘(今回の改悪案には本来必要な周知期間を無視して施工日を今年九月一日とする規定が付けられている)、こんな非道を許さず派遣法改悪案を何としても三度目の廃案にもち込もう、そのことで、次の労働基準法改悪も、さらに来年に向け準備されている金銭支払いで不当な解雇をも容認してしまう悪辣な制度の導入も、阻止に大きく道が開かれると力説した。
その上でいわゆる「残業代ゼロ」制度について、それが労働者の生活時間、また社会/政治活動を含め様々な自立した活動の時間を奪い、人間としての尊厳と権利の実現を阻害する人権破壊の制度であることがもっとも本質的な問題であることを強調、絶対にやらせてはならないと力を込め、オールジャパンユニオンの力を結集すればそれは必ず可能、そこに向けた闘いをまさにこの集会から始めようと呼びかけた。
改悪の非道さを
市民団体も糾弾
次いでこの集会実現に尽力した各団体から、過労死弁護団全国連絡会議の川人博弁護士、過労死を考える家族の会の寺西笑子代表、派遣ネット理事長の中野麻美弁護士、ブラック企業対策プロジェクトの今野晴貴弁護士、かえせ☆生活時間プロジェクトの圷(あくつ)由美子弁護士が発言、各々問題の二法案について安倍政権が語っていることがいかに嘘八百か、実際には労働者の生活と権利がいかに破壊されるかを、まさに具体的に暴露、廃案が絶対に必要だと訴えた。
例えば寺西さんは、パートナーが年間四〇〇〇時間の労働の中で過労死したことの無念さを訴え、労働時間の上限規制こそが絶対に必要だとの思いで超党派で過労死防止法制定にやっとこぎ着けたと思った矢先に、それとまったく逆行する法案が提案されたことはとうてい容認できないと怒りを語り、会場から大きな共感の拍手を受けた。
また中野さんは、派遣労働者のアンケート調査も紹介しながら、貧困の中で時間も奪われる派遣労働者の実情を様々に指摘、派遣労働は労働買いたたきの究極だと鋭く性格付けた上で、派遣労働をこれ以上広げるな、それを無限定に広げる今回の改悪を絶対につぶそう、と呼びかけた。
さらに労働三団体の代表が二法案廃案に決起する決意を表明した。まず連合からは高橋睦子副事務局長。直接・期限なしという雇用の原則に逆行する点、また長時間労働抑制への逆行、この二点から二法案には全面的に反対という連合の立場を明らかにした上で、連合もその廃案めざしてがんばると決意を述べた。
全労連からは小田川義和議長。三団体がそろって発言する場を設けてもらってありがたいと切り出した上で、ピンハネ労働にほかならない派遣労働の自由化など許されない、労働時間規制崩しも絶対に許されない、怒りをもって立ち上がろうと呼びかけた。
全労協からは金澤壽議長が、労働者を奴隷にするような法案を通すことは決してできない、戦争法案もろともに葬ろう、総決起して安倍政権を早々に片付けようと訴えた。
五、六、七月
廃案へ全力を
これらの発言を受け集会は最後に、労働者派遣法の改悪、労働時間法制の改悪を阻止するために、全国の人びとと力を合わせて闘い抜く、とのアピールを満場の拍手で採択、さらに「取り戻そう★生活時間と安定雇用」と印されたプラカードを全員で掲げて五、六、七月全力で決起する意志を共に確かめ合った。
提案された二法案が徹頭徹尾労働者の権利と生活を侵害するものであることは、特に大企業経営者からは心からの歓迎を受けていることだけでも明らかだ。安倍首相の、日本を世界で一番企業が活動しやすい国にする、との公言をまさに体現する悪法を絶対に阻止しなければならない。そこに向け、曲がりなりにもこの日実現した全労働戦線の結集を貴重な踏み台として、それをさらに全国の草の根から促進することが切実に必要となっている。安倍政権との総掛かり的闘いの一翼に二法案廃案の闘いをしっかりつなげ、今なお共同に消極的な連合への多方面的働きかけをも重ねながら、これから夏にかけ全力で闘い廃案に導こう。 (神谷)
4.24名古屋で講演集会
秘密保護法から自由を守れ
対抗に向け個人通報制度を学習
【愛知】四月二四日午後六時三〇分から名古屋市公会堂第七集会室で「秘密保護法から自由を守れ!『個人通報制度』って何?」が、秘密保全法に反対する愛知の会の主催と、アムネスティインターナショナル日本の共催で行われ、六〇人が参加して成功した。
この講演集会は、国際人権法からの視点では日本の人権水準が低いことと、二〇一四年七月に行われた国連自由権規約委員会で日本の秘密保護法に対し、強い懸念と自由権規約の定める厳格な基準を守るよう厳しい勧告を出したことを活用し、秘密保護法によっておきた人権侵害に対する対抗手段となる可能性がある「個人通報制度」について学習し、共に考える場として開催された。
国家による人権
侵害への対抗策
最初に共催団体である、アムネスティインターナショナルの代表が開会のあいさつを行い、続いて中京大学法学部准教授の小坂田裕子さん(専門分野は国際法)の講演が始まった。
小坂さんは最初に国際人権法はなぜ必要なのか? その歴史過程はどのようなものであったかを説明し「第二次世界大戦前の人権の取り扱いは、国家と国家の間を規律するもので人権は国内法の問題とされてきました。しかしナチスのホロコーストをきっかけに本来、人権を守るべき国家が人権を侵害している場合、国際社会がなにもなしえないのであれば、どうすればよいのか? を考える大きなきっかけになりました」と述べた。
個人通報制度については、「国連は一九六六年に国際人権規約として社会権規約と自由権規約を採択し、一九七六年に発効しました。この自由権規約の実地を監視する制度として個人通報制度が設けられました。これは、国内で国家による人権侵害があった場合、個人が自由権規約に違反しているとして通報できる制度です。通報を受けた委員会は、審査をし、条約の違反があった場合に是正措置を勧告するという仕組みです」と説明した。
最後に小坂さんは「日本政府は、社会権・自由権の両規約を批准しているが、この制度については批准していないので日本に住む人々は個人通報制度が利用できないのが現状です。また、法的拘束力がなく勧告的効力のみであるという限界があります。しかし、個人通報制度は魔法の杖ではないけれども、見解によって国際基準に基づいた問題が明確にされ、それに基づいた運動を通じて世論が形成され法改正に導くという効果も期待できるのではないだろうか。日本に対する認定違反が出れば人々の意識が変化し、国際基準という正当性を武器に、外圧による手段ではなく、国内世論をじわじわと形成していくという思考が必要ではないでしょうか」と提起し講演を終了した。
この後、参加者からの質疑応答をえて、民主党衆議院議員で立憲フォーラム代表の近藤昭一さんが挨拶を行った。近藤さんは国会では少数派になり、自民党の横暴政治が続いているが頑張っていきたいと述べた。
最後に愛知の会代表の中谷弁護士が、「日本の司法制度が非常に悪いものになっている現状の中で、私たちの運動がもっと強いものになりうるために、どうやって実現させるのか? やはり国民の中に運動を作らなければダメだ。我々は今、どこに立たされているのか? 秘密保護法が施行され戦争立法が作られようとしている。今ここで立ち上がらなければ戦争をする国になってしまう。運動で安倍内閣の動きを止めよう」と閉会のあいさつを行い、四月〜五月の連続行動を提起し、六月に名古屋の地で一万人集会を実現しようと呼びかけて講演集会は終了した。(越中)
コラム
雪山の先導者
あれは今から四〇年前、一九七五年一月のことだ。舞台は、強風が吹き荒れる厳冬の那須岳。ランプの秘湯三斗小屋温泉へ続く雪の山道であった出来事である。
当時、ボクは高校の山岳部を喫煙のかどで退部させられ、本来は部活として禁止されていた沢登りや雪山(初心者コースであるが)へ「自由人」の身軽さもあって、よくひとりで出かけていた。岩登りのゲレンデで、見よう見まねの登攀もどきを繰り返し、ひとり悦に入っていたのもこのころである。一七歳のボクは、とにかく体力と冒険心、そしてそれを上回る無謀さに満ちあふれていた。
そんなボクは、まさに無謀を絵に描いたような登山計画を立てた。それは、一月の冬休みを利用し、那須岳山麓の大丸温泉を起点に、峰ノ茶屋を経て三斗小屋温泉に一泊、翌日は峰ノ茶屋から天候を見定め、那須岳か朝日岳のいずれかを往復して、下山するという単独行だった。
実行は、三が日が過ぎた頃だったと思う。ピッケル、輪かんじき、アイゼンなど冬山装備を従え、黙々とパッキングをする姿を見て、よく両親は山行きに反対しなかったものだ。いま考えれば、きっとそんな危険なところに息子が行くとは思っていなかったというのが本当のところだろう。
シーズン中は、ロープウェイ山麓駅まで行くバスも冬期は大丸止まりになり、ここから雪道の階段登りが始まった。その時間は記憶にないが、午前中だったのは確か。午後三時までに行動を終了しないと、それこそ正真正銘遭難するからだ。
登山道に取り付く登山指導所を過ぎると、にわかに雪混じりの風が強くなってきた。時折、雪煙で前が見えない。夏道で三斗小屋温泉まで二時間の歩行時間だが、冬はその二倍は優にかかる。何とか身をかがめて風を除けながら歩を進め、那須岳と朝日岳の鞍部にあたる峰ノ茶屋まで到達したが、「石も飛ぶ」といわれる稜線の突風は、それこそすさまじいものだった。稜線を越そうにも、越すに越せないのだ。人間が、風に飛ばされる衝撃を実感し、遭難という言葉が頭をよぎったのも、この時が初めてである。
いったん稜線から下り岩陰に潜み、再度稜線に向かうが、風の強さは変わらない。ピッケルのピックを地面に突き刺し、それこそ匍匐前進で進む。しかし、そんな中、風も呼吸をしていることを知った。そして、息つきをする間隙をぬってようやく稜線を越えることができたのだ。
ここからは打って変わって風は止み、深雪となった。避難小屋で輪かんじきに履き替え、三斗小屋へ続く登山道に足を踏み入れたその時のことである。そこに白い一匹の小犬が待っていてくれたのだ。その犬は、ボクが歩き出すと先導するように歩き始め、時折、ボクを確かめるように振り返る。樹林帯に続く不安な雪道に、その存在はどれだけボクを勇気づけてくれたことか。
小一時間ほど歩いてようやく温泉の建物が見えたとき、その犬はいずこかに消えた。宿の飼い犬だったのだろうか。毎日、登山客を迎えに出ていたのだろうか。しかし、あとで宿の人に尋ねてみたが、その犬のことを知っている人は誰もいなかった。 (雨)
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