もどる

    かけはし2015.年5月25日号

加害の歴史に向き合おう


5.11 東アジアの人びとと平和な未来を

戦後70年―宣言する市民立ち上げ集会

 【大阪】さまざまな分野の四〇人近い人々の呼びかけによる、宣言する市民・立ち上げ集会が五月一一日、大阪市難波市民学習センターで開かれた。
 今年は、戦後七〇年、日韓基本条約から五〇年、村山談話から二〇年。安倍談話ではなく、平和な東アジアの未来に向けた市民の宣言をつくる運動が立ち上げられた。

安倍「 年談話」
を見据えつつ
方清子さん(日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク共同代表)が呼びかけ人を代表して運動の趣旨説明。「戦争の加害の歴史と被害の歴史に向き合い、東アジアの人々と平和な未来をつくっていくことは差し迫った課題だ。安倍政権の登場以降、戦争する国日本の未来に向き合わざるを得なくなった。沖縄辺野古の新基地建設は、沖縄の民意を無視して強引に進められている。安倍首相は、米国に八月までに安全保障法制をつくると約束をした。一方、米議会演説では、日中戦争や太平洋戦争でアジアが被った被害に対して謝罪の言葉はなかった。安倍談話が、侵略の過去を置き去りに、戦後の日本の歩みをたたえる内容のものなら、国際社会には受け入れられないだろう。過去から学ぶことは、政府だけでなく、わたしたち市民の責務でもある。この夏に向けて市民宣言を出す。そして、アジアの平和な未来を築いていくことをめざす。多くの人が参加してくれることを願う」と述べた。
続いて、呼びかけ人の一人でもある丹羽雅雄弁護士が、「戦後七〇年 世界に問われる日本の歴史認識」と題して講演した(別掲)。
最後に、日本軍「慰安婦」問題関西ネットワーク、靖国神社合祀取り消し訴訟原告、大阪空襲訴訟を伝える会、子どもに渡すな!あぶない教科書大阪の会からアピールがあった。         (T・T)

丹忠雄弁護士の報告

世界に問われる日本の歴史認識

戦後体制の
原点は何か
戦後体制の原点は、カイロ宣言・ポツダム宣言と日本国憲法、それと、東京戦犯裁判だ。その後すぐ冷戦構造の中で大きな転換があった。
@冷戦と朝鮮戦争
A一九五二年カイロ宣言・ポツダム宣言から乖離したサンフランシスコ条約の発効。日本は主権を回復したが、沖縄施政権は米軍政に譲渡され、旧植民地出身者は国籍を喪失。
B戦争責任と戦後賠償・補償は経済援助型賠償とODAによる経済優先政策で、強制連行・戦時性奴隷問題は未解決のまま。
C平和憲法秩序の崩壊原因としての日米安保体制。そして、一九七八年第一次日米防衛協力の指針(ガイドライン)。一九九七年改定、二〇一五年再改定により、日米軍事一体化へ。

ドイツと日本
を対比すれば
歴史認識とは、植民地支配や侵略戦争に対する戦争責任、戦後責任をいかに自覚し、責任をいかに果たすかを問う概念であり、歴史は過去と現在と未来との対話が重要。
戦争責任とは、侵略戦争責任を公式に認め、謝罪・賠償・補償を果たすこと。
戦後責任とは、戦争責任を戦後世代の責任として、自らの手で果たすこと。特に、民衆側の戦後責任が重要。
侵略の定義は、「国家による他の国家の主権、領土保全もしくは政治的独立に対する武力の行使」と明確にされている(一九七四年国連総会決議)。
この件をドイツと比較してみる。▼連合軍がベルリン突入、ドイツの無条件降伏と同時に中央文書機関を押さえたが、日本の場合はポツダム宣言受託から連合軍の進駐までに二週間があった。この間に重要書類は焼却・隠滅された。▼ニュールンベルク裁判では、平和に対する罪、通例戦争犯罪、人道に対する罪が裁かれたが、極東裁判では、冷戦の影響が大きく、天皇の戦争責任は不問。人道に対する罪は適用されず。植民地支配の責任は免責。原爆投下の責任は、管轄外とされた。▼戦後補償は、ドイツでは一般国民に関しては一般戦争結果法により、遺族に関しては戦争犠牲者扶助法により、ナチズム迫害犠牲者に関してはナチズム迫害犠牲者補償法制により補償された。刑事時効は廃止された。日本では、補償されたのは、戦没者家族と原爆被害者と沖縄戦被害者のみ。一般国民の被害は除外された。▼日本の対外支払いは、約一兆円(一九五四年〜一九七七年)。国内支払いは約三三兆円(一九五二年〜一九九一年)。

転換点として
の一九七七年
それは、教育基本法の改定(愛国心教育)・戦後労働法制の全般的改変・歴史修正主義・積極的平和主義と憲法改正として特徴づけられる。
一九九七年は、歴史修正主義の転換点であった。この年、「新しい歴史教科書をつくる会」と「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(安倍が事務局長)が結成され、「日本を守る国民会議」と「日本を守る会」が統一した。また、第一次安倍政権下の二〇〇七年「在日特権を許さない市民の会」が結成された。

新たな戦後補償
求める裁判提訴
二〇〇七年西松建設中国人強制連行事件最高裁二小法廷判決、「サンフランシスコ平和条約の枠組みにおける請求権放棄の趣旨は、事後的個別的な民事裁判上の権利行使による解決にゆだねることを避ける点にある」。この判決により、日本の裁判では個別請求権は認めないとなった。しかし、韓国や中国における新たな戦後補償を求める裁判は次々提起されている。

救済を受ける
権利は存在する
しかしながら、戦時における人権・自由への重大な侵害に対する救済をうける権利と国際人権基準は明確に存在する。例えば、ラディカ・クマラスワミ報告書(一九九六年、戦時の軍事性奴隷制問題)、ゲイ・J・マクドゥーガル最終報告書(一九九八年、「慰安所」に関する日本政府の法的責任)、人種主義に反対するダーバン世界会議(二〇〇一年の宣言と行動計画)、基本的な原則及び国際人権法および国際人道法の重大な違反の被害者救済と賠償の権利に関するガイドライン()二〇〇五年、国連採択)。

国連人権委の
度重なる勧告
国家としての公式の認定と謝罪・原状回復・賠償と補償(外交保護権と個人の請求権)
・責任者の訴追・戦争犯罪の実態解明と情報公開・教科書など公的教材への記載・歴史教育、人権教育と記憶の継承・再犯防止法政策である。
国連人権委員会の度重なる勧告(自由権、社会権、女性差別、拷問禁止)。「慰安婦」に関しては、米国下院・欧州議会・韓国国会・台湾立法院・フィリピン下院・オランダ下院・カナダ下院での決議がある。

8・ 市民集会
を成功させよう
二〇一五年は歴史の節目の年であり、歴史的転換点である。日本が戦争する国に向かうのか、これを打ち破るのか。歴史的岐路に立っている。戦争させない、人権侵害は許さない、歴史の改ざんを許さない、差別と排外主義を許さない、という共通の課題で労働運動と市民運動が結びつき、国境を越えうる広範な連帯のくさりを作り出さなければならない。日本政府と日本民衆は、日本が犯した侵略戦争と植民地支配の加害の歴史をめぐって、被害民衆との「歴史の対話」が必要である。人種差別禁止法を初めとする人権法制度の確立と多民族・多文化の共生社会の構築に向けた社会意識の変革が問われている。
本年七月七日、市民主体の市民宣言を発表しよう。八月一五日、歴史修正主義に対峙し、東アジアの反戦・平和の未来に向けた市民集会を成功させよう。(文責・編集部)


5.9 みんなで止めよう安倍政権の戦争

「総がかり行動」の全国化へ

高田健さんが講演

 【愛知】五月九日午後一時半からイーブル名古屋で「みんなで止めよう!安倍政権の戦争を!高田健さん講演会」が不戦へのネットワークの主催で行われ七〇人が参加した。三月二〇日、自民党と公明党の与党協議で戦争法制についての合意が成立した。関連法案の成立を阻止するためにいかに闘うべきなのか? 東京では五月三日に行われた憲法集会が今までにない共同行動(平和フォーラム系と共産党系)で総がかり行動実行委員会として実現した。これらを実現した経験を学び、愛知の地でも始まった共同戦線の拡大と「総がかり行動」実現をめざすべくこの集会は企画された。

憲法9条の危機
と人びとの思い
最初に司会者の開会あいさつで始まり、高田健さん(許すな!憲法改悪・市民連絡会)が講演を行った。高田さんはまず五月三日に横浜で行われた憲法集会の報告を行い、三万人超の参加と一〇〇〇万円ものカンパが寄せられたと報告した。高田さんは今までこのようなことは経験がなかったと語り、憲法九条の危機に対し何とかしたいと思う多くの人々の行動が実現させたのだと思うと述べた。

安倍首相の歴
史観を問う!
次に安倍政権の改憲プログラムを批判した後、安倍の歴史観について批判した。安倍は施政方針演説で明治国家の岩倉具視が富国強兵をめざした言葉を引用した後「『明治の日本人にできて今の日本人にできないわけがない』『戦後以来の大改革』に踏み出そう」と述べた。また司馬遼太郎の小説を引合いにだし「『明治は清廉で透きとおった“公”感覚と道徳的緊張=モラルをもっていた』『歴史の中に鮮やかな光芒を放った明治という国家』」と述べた。安倍の近代に対する視点は「戦争の七〇年への反省を欠いた一面的な明治以降の歴史の美化であり、それが『戦後の清算』と結合したとき『戦争する日本』になる」と述べた。
さらに、このような自民党にも四つの危機要因(政治政策と世論のかい離・歴史修正主義をめぐる欧米と国内支持勢力との矛盾・アベノミクス・世論を気にする公明党との関係)があることを解説し、五月に提出されようとしている戦争関連法制の詳細と明文改憲の行程について説明した。最後に安倍政権との闘うための陣形を構築するために首都圏での五・三、三万人集会を実現した経験とこれを全国に拡大する可能性について述べた。

国会の中だけで
政治は決まらぬ
「政治は国会の中だけで決まるものではありません。国会内外の闘いと世論の動向が政治を決める大きな力になるのです。一三年の秘密保護法反対運動は、あまりの悪法ゆえに国会上程という事態が運動圏の人々を緊張させ広範な共同行動を実現しました。それを基礎に集団的自衛権成立の危機を前に一四年冒頭から政治的には中立的立場を身上とする日本弁護士連合会など様々な人々が反対の動きを開始し、同年には『戦争をさせない一〇〇〇人委員会』『解釈で憲法九条を壊すな!実行委員会』が発足し、全労連と新婦人を軸にした『戦争する国づくり反対!憲法を守り生かす共同センター』が再編、再発足しました。これら諸団体、諸ネットワークは出自や経緯、いきさつや考えの違い、過去の対立を乗り越えて共同行動を強め、その積み重ねの上に『戦争をさせない・9条を壊すな!総がかり行動実行委員会』の結成を実現しました。この運動は従来の枠を超える大きな展開となり、五月三日には『平和と命と人権を!5・3憲法集会〜戦争・原発・貧困・差別を許さない!』を大成功させました。これを継承し、さらに広範な諸運動と協力して『戦争をさせない・平和と命と人権を!総がかり行動連絡会議』を結成します」。
「この運動は、過去数十年実現しえなかった画期的な共同行動になりつつあります。これを全国各地の草の根での共同行動の展開までに広げ、広範な世論を組織することこそ私たちの課題です。沖縄の闘いに学び、オール沖縄から全国各地へ広げること。例外ではなく先駆として、同心円ではなく同円多心型の共同行動をめざそう。たしかに安倍政権は衆議院で改憲発議することが可能な議席をもっている。しかし一四年に始まった広範な共同行動は反撃への保障になるだろう。この力が国会内での改憲反対のリベラルな勢力ともつながったとき、安倍政権の企てる道を阻止することが可能にすると思います」。

6・ 大結集と
デモの実現を
高田さんの講演に続き、各団体から活動報告が行われた。宗教者九条の会の石川雄吉さんは安倍の靖国神社参拝とその背景にある思想を批判し、自民党を支える公明党を宗教者の立場から批判した。秘密保全法に反対する愛知の会の中谷雄二弁護士は「結成当初、なかなか運動が広がらなかったが、学習会活動を各地域で無数と言っていいほど行いました。労働組合にも呼びかけましたがなかなか広がらない中、市民運動を中心にこの戦争につながる法律に反対しようと呼びかけ四・二八集会を皮切りに、五月三日までの枠を超えて幅広い連続共同行動を実現しました」と愛知の闘いの経緯を報告した
さらに中谷さんは「運動は国会に何人集まったかだけで評価してはいけない、地方における闘いが十分にあって、国会に集まる国会議員の足元を揺るがすような闘いをやることによって初めて国会前に集まった人の数に意味を持つのです。地方における旺盛な闘いを作ることを全国的規模で視野に入れて取り組まなければなりません。運動は自由な発想と柔軟で自然発生的なものほど潰しにくいものになります。自発的で自立した運動をつくり戦争への道を阻止しましょう」と発言し五月二三日の名古屋市をも主催団体に巻き込んだ憲法集会と六月一四日の大集会とデモを一万人規模で成功させようと訴えた。
発言は他にも「戦争をさせない一〇〇〇人委員会愛知」「愛知憲法会議」がそれぞれの決意を述べた。最後に主催者から五月一七日にセルラー球場で行われる沖縄県民大会に連帯する名古屋集会への参加を呼びかけた。      (越中)




もどる

Back