ブラジル
13日、15日デモのいずれもわれわれを代表していない
労働者への犠牲強制に反撃を
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三月一三日と同一五日、ブラジルは二つの大衆的諸決起を見た。一〇〇万人以上が街頭に繰り出した。第一のものは第二のものに対抗するために政権党である労働者党(PT)とその支持者たちによって呼びかけられた。そして第二のものは、政権の狼狽に乗じ、ディルマ・ルセフ大統領の解任を追い求める一定数の右翼によって組織された。政権のこの危機は、広大でまだ全容が見えない腐敗スキャンダルによって引き起こされた。そこには国営石油企業のペトロブラスと主流的政治家のほとんど――特にPTとその連立諸勢力――が巻き込まれている。そしてそれが、経済の急下降と緊縮諸政策とがいっしょになり、それらはブラジルの「新興経済」をある者たちが「水没しつつある経済」と呼んでいるものへと転じようとしている。
インスルジェンシアによる以下の論説は政府支持デモの二日前に公表された。
大統領声明と
中産階級の動き
政府と右翼が呼びかけた日付けは両方とも逆行であり、労働者階級にとっては袋小路を表している。
国際女性デーである三月八日は、女性の権利を求め、社会に深く根を張ったマチスモ(男性優位主義)を強く非難すると共に、平等を求める闘いを再確認するために街頭に繰り出した数千人の女性たちをもって首尾良く始まった。これらは勇気と希望に包まれたデモであり、この夜に続くことになったものとはまったく違うものだった。そしてまさにその夜、この三月八日は情けない終わりを迎えた。
ディルマ大統領はこのチャンスをつかむもくろみの下に、悲惨な声明を発表した。その主な目的は、すでに進行中の財政調整を防衛し、人びとにさらに大きな忍耐を求めることだった。これらの方策が全労働者階級の権利を後退させ、女性には一層深く苦しみを与えるものであるから、これはそれ自体で一つの矛盾だ。
大統領が演説を進めるにつれ、少なくとも一二の州で、中産階級の住宅街とマンションには鍋たたきの大きな音が響いた。彼女の弾劾を求める抗議と「ディルマ出ていけ」の叫びが、ソーシャルメディアを通して組織され、ひどく下品な言葉遣いとしばしば公然とした性差別的言葉を伴いながら、そのいくつかは贅沢な、あちこちのバルコニーから鳴り響いた。しかしその焦点がいくつかの州都の上流住宅地にあったとはいえ、それは一つの政治的波及力をもち、一三日と一五日に向け呼びかけられたデモに先立ってさまざまな期待を高めた。
反動へのこの展開は、階級的憎悪の一服を伴うものであり、そしてそれは、そこから利益を受ける者であるPSDB(ブラジルの新自由主義右翼の主要政党)と一体的であった。弾劾の意味はそこにある。しかし、それでもディルマ政権を防衛することもあり得る、ということを意味するわけではない。それとは逆に、ディルマによるあの声明こそが労働者階級と青年また女性から政府をさらに引き離してきたものを防衛することであったため、政権の防衛は一層不可能なのだ。
政権支持者と
右翼の分極化
政権支持者と右翼の間の分極化を刻み付けている二つの日付けは、両者とも、労働者階級にとっては袋小路だ。双方の各々がそれぞれ別々の後退を表現している。
政権は、その新自由主義的調整諸方策をもって、労働者の諸権利に対する残忍な攻撃に取りかかってきた。それは、現存のエネルギーシステムにおける危機に対し民衆に犠牲を払わせるために、電力料金とガス料金の引き上げを利用した。それは利率を引き上げ、公的支出を削減し、この国を景気後退の淵に置き、家計を破産の瀬戸際に追い込んだ。そして同時に民衆は、重要な党の指導者たちと公的人物たちがペトロブラスを舞台に何百万ドルもの強奪に没頭しているのを見ている。
他方で、上流社会地区のデモは、階級的憎悪の強力な含みを伴ってブラジルの伝統的な右翼を強化しつつある。この動きは、彼らがサンパウロのアルクミン(PSDBのジェラルド・アルクミンはサンパウロ州知事として四度も選出された)のそれのような選挙操作という他の事例については何も語っていない。またパラナ州のベト・リカ知事の大規模切り詰め綱領に反対するために鍋を叩くようなことは一切していない。さらにまた彼らが諸権利の拡張やこの国の進歩的な改革を支持する主張を行うことが確実ではない。こうしたことから、なおのことシニカルな動きだ。
しかし、憤りがエリートに限定されている、と思い描くことはある種戦略的な過ちだ。そしてそれは、もっとも疎外された政権支持者の中ではあまりにありふれた過ちなのだ。事実として、まさに社会の基盤で進行中の腐食過程がある。それは、緊縮、諸々の切り下げ、エネルギーと食料の値上げ、利子引き上げ、ほとんどの民衆に対する貸し付けの停止によって推力を与えられている。こうした進行中のものすべてをもって人気を保つことのできる政権など一つもない。そして政権とその守護者たちは、彼らの不人気な諸方策の影響を過小評価しつつ、伝統的な右翼が住民の広範な層内部で支持を勝ち取る余地をどんどん譲っている。
ここでの中心問題は次のことだ。すなわち、社会主義的左翼、並びに闘うことを欲するすべての左翼は、自身がこの分極化の中に閉じ込められることを許してはならない。
政治的挑戦はある種戦略的な挑戦だ。すなわち、今ここから始めることとして、左翼からの政治的で綱領的な反対という第三の陣営を、この国に対するもう一つの回答、切り下げに反対し、諸権利を防衛し、民衆的で構造的な改革を求める、そうした闘争に根付いた回答を示す陣営を構築することだ。
われわれは、街頭の占拠を可能とするためにこの国のもう一つのビジョンに向けた諸条件を、ディルマ政権の新自由主義的調整政策に対しても、右翼の反対勢力によって押し進められる反動的な代替策に対しても、人質とはならない条件を作り上げなければならない。
われわれの場は街頭にある。何よりも、それがどこから来るものであろうとも、新自由主義的な緊縮諸策に終わりを求めて闘うために、そして民衆の諸権利を防衛するすべての闘いを支えるために、またこの国にとってのもう一つの未来を指し示す変革と改革の綱領を高く掲げる歩みとしてだ。これをわれわれに与えられた基礎的な最低限として、われわれは白人エリートの反動的な行進には参加しないが、また単純に擁護できるものではないということをあらためて示すこととなった政権を守るために行進することもない、ということの説明とする。
▼インスルジェンシアは、第四インターナショナルの支持者が組織されているブラジルのPSOL(社会主義自由党)内部の一潮流。(「インターナショナルビューポイント」三月号)
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