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    かけはし2015.年3月9日号

民主的社会へ連帯と再統一を


ウクライナ決議

第四インターナショナル国際委員会声明(2015年2月)

オリガルヒによる略奪阻止と緊縮の拒否が不可欠


(1)

 ほぼこの一年で、少なくとも五〇〇〇人の男女(そのほとんどは市民)が殺された。この数字にはおそらく約二〇〇〇人に達する兵士の死者が付け加えられるべきだ。さらに一五〇万人以上が、自分たちの家と財産を残すことを強制されたままドンバスから追放された――かれらの半数近くがロシアで、そして残りの人びとはウクライナのさまざまな場所で難民になった。
ウクライナ東部の前線の両側で数百万人の住民が、社会的攻撃への民衆的抵抗を妨げる事実上の戦時下の権威主義体制の下で、人道的破局の状況に直面している。

(2)

 ロシア人によるマイダン(広場占拠運動)のような社会・政治運動が起こることを恐れているプーチンは、キエフ(ウクライナ中央政府)のポスト・ヤヌコビッチ体制を、反ロシアのファシストによって支配されていると、きわめて歪めた形で描き出し、クリミアの併合とロシア語を話す住民の「保護」なるものの必要を正当化している。「ウクライナ人」がしばしば「ファシスト」と同一化される中で、西側の諸制度に顔を向けたウクライナの転換を不安定化させるために、モスクワがウクライナの東部で手段とする「ハイブリッド(異種混合)戦争」は、ウクライナの政治生活を変形させてしまった。
増大する憎悪とヒステリックな復讐のレトリックは、この国全体で支配エリートが自らの反社会的政治を行うための弁明として使われてきた。ポスト・ソビエト期の「ヴァトニキ」(労働者の着衣の軽蔑的表現)として信用を失墜させられたドンバスの人びとは、キエフの破滅的な「反テロリスト作戦(ATO)」に従わされている。

(3)

 したがってわれわれは、ウクライナ、ロシア、EU、そして全世界の左翼活動家と労働組合活動家に向けて、ウクライナ全土ならびにロシアと、それ以外の欧州の労働者の連帯を損ない、右翼と保守勢力を利するだけの一方的(陣営論的)論理と訣別するよう訴える。
民主主義的・左翼的基盤の上にウクライナの左翼と労働者運動、進歩的運動を再統一することは依然として可能であるが、そうした方針の前提条件は軍事的衝突の縮小と休戦である。戦争激化のたびごとに、この紛争の双方の側で右翼と過激な民族主義者(時としては公然たるネオナチ)が強化され、ウクライナ全域での権威主義的独裁の導入の可能性がより大きくなる状況が作り出される。
連帯と再統一こそ、戦争の論理と決別し、安定的な平和、独立国家と民主的社会としてのウクライナをうち固める唯一の道である。それは、紛争のすべての犠牲者への連帯を表明し、立憲的な言語と地域の権利、ならびに住民の自主的組織化と自己表現を通じた民族的自己決定を含む、労働・社会・民主主義的諸権利を擁護することを意味する。
われわれが、国際的管理の下での休戦を支持する理由がここにある。軍事的な形での進歩的解決の可能性はないからである。現在の情勢の下では、反動的な国際的・民族的当事者によって調印がなされるだろうことをわれわれは知っている。そしてこうした反動的当事者からの完全な独立、そのような休戦への鮮明な批判的アプローチのためには、民衆の社会的・政治的諸権利と選択を擁護する住民の動員に基づいた真の――すなわち民主主義的かつ公正な――平和という、将来のための諸条件を擁護することが必要なのである。

(4)

 われわれは、ウクライナを支配したり解体したりする「歴史的」権利がロシアにあるとは、いかなる意味でも認めない。そしてわれわれはウクライナ――クリミアやドンバスを含めて――のすべての住民の全面的な自決権を支持する。その権利は、いかなる真の民主主義的手続きや政治的選択もない権威主義的・軍事的圧力の下では自由に表現することはできない。われわれがクリミアの併合を非難してきたのはそのためである。
われわれは一九九一年にワルシャワ条約が解体して以後のNATOの拡張に、いかなる正統性も認めないし、ウクライナの政治選択を支配する西側帝国主義のあらゆる企てや手段も認めない。しかしウクライナ住民のますます多くの部分の中でNATOの正当性が強まってきたのは、過去の大ロシア主義政策の経験とプーチン政権の抑圧的性格、ドンバスでの戦争、そしてロシアによるクリミアの併合のためである。
こうした具体的な攻撃が、ウクライナの東部を含めて反プーチンのウクライナ愛国主義の感情を強めてきたのである。ドンバスでさえも、親ロシア勢力は動員と全地域の支配が困難になってきた。
しかしキエフの政策と「反テロリスト作戦」は、悲劇をもたらした。それはより多くの自治という選択に民衆的支持を与えるものとなった。それにもかかわらず、二〇一四年一二月に東部地域で行われた聞き取り調査では、広範な多数の回答が全地域をウクライナにとどめることを支持するという傾向にあり、独立支持はわずか六%、ロシア連邦への編入支持は四%だった。状況は、一つ一つの町や村ごとに異なっているようにも見える。「ドンバス人民共和国(訳注:ウクライナ東部の親ロシア派支配地域)」(そしてロシア)の指導者が何らかの政治的自由を許容し、日々の生活と社会的権利を確保する点での、完全なまでの無能力についての民衆の不安と幻滅が広がっている。「地域的」に強力なアイデンティティーとキエフの政府への不信は、きわめて暴力的で非民主主義的な権力への積極的な支援を意味しなかった。
ドンバス「人民共和国」には、民主主義的機能が完全に欠けている。ウクライナ共産党でさえ、いわゆる「人民共和国」におけるよりもウクライナのそれ以外の地域で自らを表現し候補者を擁立する可能性を持っていた――それを禁止する幾つかのアピールにもかかわらずである。地方の住民は、爆撃と両サイドからの犯罪のはざまで人質に取られている。

(5)

 したがってわれわれは、即時の停戦を支持する。しかしわれわれはミンスク合意(訳注:二月一一日〜一二日にベラルーシの首都ミンスクで行われたウクライナ紛争解決のための独、仏、露、ウクライナ四カ国の首脳会談での合意)の政治的内容を認めるものではない。
クリミア併合の事実上の承認に加えて、それらはより明白に、大国と諸政府に指導される形で「影響力の及ぶ地域」を分け合う秘密外交の手続きを通じる、ウクライナの新憲法への道になっている。われわれはこのロジックを非難する。
プーチンの目的は、この地域の産業がキエフから得ていた補助金のコストを負担することなく、ウクライナの選択に一定のコントロールを行うことである。したがって「ノヴァロシア」(新ロシア)という呼称は、ウクライナ国家内部の「国家」という、より限定的なプロジェクト――「レプブリカ・スルプスカ(ボスニア内部のセルビア人『区域』)」のようなもの――により多くの信頼性を与えるために放棄された。この協定は、国境のなんらかの管理、地域指導者に警察・司法の機構を与えるウクライナ憲法の改定の前提条件をふくんでいる。
ミンスクでの協定は、数千人のウクライナ兵が残るデバリツェボ鉄道駅(訳注:鉄道ターミナルである同駅の攻防は内戦の最後の焦点になっていた。最終的にウクライナ軍は同駅から撤退)の地位についての合意を認めていない。おそらく一〇〇〇人以上の兵士の生命を賭けた同駅の攻略は、ドンバスの「人民共和国」に連続性を与えることになる。したがってミンスク合意は安定的な休戦を確立するものではなかった。

(6)

 以下、実践的な課題として――

?われわれは、あらゆる軍事的攻勢に反対し、国際的管理の下での休戦を保障するすべての努力を支持する。この紛争に関与しない第三国による国連平和維持部隊の配備が求められ得る。
?われわれはウクライナの中立的地位、ロシア軍の撤退、すべての戦闘地域の非軍事化を支持する。
?われわれは戦争犯罪の調査と、両方の側からの犯罪者の告発を支持する。戦争犯罪人は現在の国際法を基礎に処罰されるべきであり、民兵部隊は武装解除し、解散するべきである。
?われわれはウクライナ憲法の改定のための民主的手続きの必要性を擁護する。
?われわれは双方の側からのゼノフォビア(外国人嫌悪の宣伝)とヘイトスピーチを非難する。われわれはEUにおいてと同様に、すべての政府から独立したウクライナとロシアでの反ファシスト・反戦運動を支援し、レイシズムと戦争プロパガンダを批判する。
?ウクライナは「歴史の誤り」ではない。ロシアもウクライナも「悪魔化」されてはならない。
?社会的諸権利に対するさらなる攻撃を押し付ける、IMFとEUからの「援助」なるものに反対し、われわれは戦争に引き裂かれた地域の再建のための共同の国際的努力、そして避難民と家を失った人びとの帰還を求める。
?ウクライナのすべての部分における左翼の政治活動家と労組活動家に対し、域外優遇税制のごまかしを通じたオリガルヒ(新興財閥)による国の略奪をやめさせ、以前の債務返済のためのIMFからの借り入れという悪循環と訣別するよう、われわれは呼びかける。生存と社会的・政治的権利を刻印するために、ウクライナの民衆には、ギリシャの民衆がそうしているように労働者階級の集団的行動を通じた、緊縮政策への非難と拒否が必要であり、真にそうした方針を支える政党の建設が求められる。
?ロシア、ウクライナ、EU内外のすべての欧州諸国において、われわれはすべての支配関係に反対する、主権を持った人びとの自由な連合に基づく、もう一つのヨーロッパのために闘う――われわれにとってそれは社会主義である。

コラム

サバ缶

 笑われそうだが、今“サバ缶”と“サバ”にはまっている。契機は四年前の東日本大震災。その年の五〜六月頃、サバ缶を使って有名になったカレー屋さんとボランティアの人たちが、被災地支援ということで津波で流された缶詰を掘り出し、洗って渋谷などで売り始めた。一時期それは“ラベルのない缶詰”と呼ばれ首都圏では話題となった。スーパーに並んでいる大手メーカーのものより一回り大きく、値段はカンパを含めて五〇〇円。一カ月の間に六個も購入した。今でも物産展などで見つけると二〜三個は買う。大体、一個二五〇円前後。
 購入時に貰ったレシピで料理してみると目からウコロ。それまでの私のサバ缶の使い方は、醤油をかけて食すだけで、せいぜい付け合せに大根おろしやほうれん草のおひたしを添えればいい方。三年間の経験で「いける」と思った料理を紹介したい。一位はツナ缶の代わりにサバの水煮を刻んだ玉ネギ、マヨネーズ、オリーブオイル、塩と混ぜたサラダ。パンに挟むと抜群の食味。
 第二は味噌汁。水煮でも味噌煮でもサバ缶を加えるだけで一味変わる。私は豆腐とネギの味噌汁に入れるのが好物。第三はサバカレー。豚肉や鶏肉で作ったカレーに最後にサバ缶をプラスするだけでもいける。その他ではオムレツ、納豆とネギに混ぜて油揚げに詰めて焼くのも珍味(詰め物用の油揚げは切り込みが入ったものが今はスーパーに売られている)。
 その他、山形県ではそばやうどんのつゆに野菜とともにサバ缶を入れるというので試してみた。長野ではそれに加えて焼津産のサバ節で出汁を取るというのでそれもやってみた。「海のない地域の『おめでたい席』での料理」であることを食べてみて納得した。
 興味は今では缶詰にとどまらず、刺身、酢の物、焼き物まで広がっている。宮城の「金華サバ」、八戸の「前浜サバ」などは一本五〇〇〜八〇〇円で売られているので私でも手が届く。他方関サバ、ゴンサバ(五島列島産)、若狭の焼サバは高価で手が出ず、今後の課題。屋久島の首折れサバは未だ見たことのない「まぼろし」。今ねらっているのは、三浦半島の先端で真冬に一本釣りであがる「間口サバ」のしめ鯖。居酒屋のおやじは、関サバに負けないと煽る。
 ちなみに、スーパーなどでよく見かける「脂ののった」ノルウェー産は、タイセイヨウサバという種類だそうだ。三種類あるサバのうち日本周辺では真サバと多少暖かい海水を好むゴマサバの二種類が獲れる。昔、海釣りをしていた時、タイやアジの外道で掛かるサバを邪険に扱っていたことを今は後悔している。しかも同じ真サバでも獲れる場所、季節によってこんなにも味が違うことを初めて知った。本当に奥が深い。今では「八戸サバ」と「銚子のイワシ」という二種類の缶詰は私の常備品。
 もうすぐ震災から四回目の三・一一がくる。(武)


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