2.4緊急院内集会を開催
人質事件をどう考える
イラク戦争が生み出したIS
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政府は何をして
いたのか検証を
イスラム国による後藤健二さん虐殺への衝撃、怒り、哀しみの中で、二月四日一二時から、「緊急集会『私たちは人質事件をどう考えるか』」が参院議員会館講堂で開催された。主催は参院議員福島みずほ事務所。この日の集会には平日昼の緊急呼びかけにもかかわらず一三〇人が参加した。
この日の集会は、亡くなった後藤さんを知り、ともに紛争地の実相を伝え、被害を受け難民となったり、発病・負傷したりした子どもたちなどへの救援に携わってきたボランティア、NGO、フリージャーナリストのリレートークという形で進められた。
志葉玲さん(戦場ジャーナリスト)は、「政府は全力を尽くして救出にあたったというが、それは嘘だ。『イスラム国(IS)』とのコンタクトがあるとされる常岡浩介さん(ジャーナリスト)や中田考さん(元同志社大教授)には何の連絡もなかった。政府は、一生懸命やっているふりをしていただけだ。さらに、二人が拘束されているのを知りながら『イスラム国』と闘う二億ドル支援とか、『日の丸』とイスラエル国旗の下でのネタニヤフとの共同記者会見などの挑発を行った」と批判した。
志葉さんは「ISはイラク戦争が発端となって生み出された。指導者とされるバグダディは、イラク南部のブッカ刑務所で拘束され、ひどい仕打ちを受けていた時に過激思想に染まったとされる」。「イラク政府の治安部隊は二〇〇四年から、いまのISと同様の残虐な行為を繰り返した。イラク政府は治安部隊をシーア派で固め、米軍といっしょになってファルージャに攻め込んだ。日本政府のODAの中には警察車両の供与もあり、それが虐殺に使用されている。今度の二億ドル支援も何のために使われるのか明らかでない。人道支援というなら赤新月社(赤十字に対応するイスラム圏の医療組織)に出すべきではないか」と語った。志葉さんは、最後に日本政府はイラクでのこの一二年間について検証すべきだ、と強調した。
大手ジャーナリ
ズムへの批判
弁護士の杉浦ひとみさんは、難病を抱えた子どもを持つ母親を支援する活動で後藤さんを知り、彼ほど国内外で動いてくれた人はなかったと思い出を語った。杉浦さんは、「テロに屈しない」という安倍首相の言葉が後藤さんを裏切ることになった、と批判し、「日本人だと知らせることが安全の保障になると思っていたがダメになった」と語った。
佐藤真紀さん(日本イラク医療支援ネットワーク)は、「小児がんの子どもたちを支援する活動の中で後藤さんを知った。後藤さんは、子どもの家族の視点からカメラをまわしてくれた」と思い出を語った。
豊田直巳さん(フォトジャーナリスト)は、「後藤さんは、ISに捕えられた湯川さんを救おうとした。湯川さんを裁判ぬきで殺すことなどやってはならない、と必死だった」と語り、「空爆は良くてISは悪い、という立場には立たない。両方悪いに決まっている」と強調。そのために国際社会は「武器の禁輸」などあらゆる努力を行うべきだし、投票権があるこの国で、主権者である自分たちの意思をもっと主張すべきだ、と語った。
新聞労連の新崎委員長は、新聞労連として「人質解放を求める声明」を出したと紹介し、共同通信記者としてイラク戦争の時に現地取材に派遣された時のことを回想しながら語った。
「戦争が始まる前に、すべてのマスコミはイラクから撤退せよという指示が出た。その結果、現地の生々しい取材はすべてフリーのジャーナリストが行った」と大手ジャーナリズムへの自戒を込めた批判を吐露した新崎さんは、「使命感を持って危険なところに赴く人を批判する風潮」を批判し、安倍首相が自衛隊による「救出」作戦を合法化しようとすることに疑義を呈した。
さらに新崎さんは、イラク戦争がISを作り出したこと、イラクのマリキ政権の下でスンニ派住民への虐殺が続けられたこと、イラク西部アンバル州で政権へのデモに治安部隊が襲いかかり虐殺したこと、さらに昨年夏、ガザでイスラエル軍によって二〇〇〇人以上が虐殺されたにもかかわらず、誰も責任を問われなかったことなどの一連の不正義がISの基盤になっている、と指摘し、アメリカで「九・一一」がアフガニスタン・イラク戦争につながったように、今回の人質事件が「戦争する国」への流れを加速することに警戒を呼びかけた。さらに「ヒューマンライツ・ナウ」の伊藤和子弁護士も発言した。
湯川さん、後藤さんの殺害を引き金とした安倍政権による「対テロ戦争」参戦への動きに警鐘を乱打する集いとなった。 (K)
資料
日本人「人質」事件への
JVJAの3つの声明
IS(イスラム国)による
日本人人質事件に対する声明
日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)は、フォトジャーナリストやビデオジャーナリストの団体です。
私たちは、イラク戦争とその後の占領下において、米英軍を中心とした有志連合軍による攻撃がイラク市民にどんな災禍をもたらされたかを取材、テレビや新聞などで報道してきました。また、イスラエルのパレスチナ・ガザ地区への無差別攻撃に晒された市民を取材し、テレビや新聞等で報道してきました。私たちの報道はけっしてアメリカやイスラエルの攻撃を肯定するものではありませんでした。
私たちジャーナリストが、現場の取材を通して理解した戦争下の住民の現実だったからです。同時に、報道を通して私たちはあらゆる暴力を批判してきました。日本政府の戦争政策に対しても批判してきました。イスラエルのガザ攻撃に対しても、私たちは強く批判してきました。私たちは現在の安倍政権の戦争を肯定するかのような政策を、報道を通して批判しています。
現在、IS(イスラム国)が拘束している後藤健二さんには、取材の現場で会ったことがあります。後藤健二さんもまた、イラクやシリアでの戦火に苦しむ市民の現状をテレビやインターネットで報道してきた数少ないジャーナリストです。湯川遥菜さんは、私たちと直接の接点はありませんでしたが、報道によると個人的な興味から「イスラム国」に入ったようです。
私たちは、暴力では問題の解決にならないというジャーナリズムの原則に立ちます。武力では何も解決されない現実を取材をとおして見てきたからです。「交渉」を含むコミュニケーションによって問題解決の道が見つかると信じます。
私たちは、IS(イスラム国)の皆さんに呼びかけます。日本人の後藤さんと湯川さんの2人を殺さないように呼びかけます。人の命は他の何ものにも代え難いものです。イスラムの教えは、何よりも平和を尊ぶことだと理解しています。
私たちは、同時に日本政府にも呼びかけます。あらゆる中東地域への軍事的な介入に日本政府が加担することなく、反対し、外交的手段によって解決する道を選ぶようにと。
2015年1月20日
日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)
後藤健二さんの解放
を求める緊急声明
私たち日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)は、「IS(イスラム国)による日本人人質事件に対する声明」で2人の解放を呼びかけてきましたが、湯川遥菜さんが殺害された可能性が高いことから、以下、緊急メッセージをイスラム国および日本政府に届けたいと思います。
1月24日にインターネットに投稿された湯川遥菜さんの遺体とみられる写真を持つ後藤健二さんの画像を見て、私たちは悔しさと残念さでいっぱいです。暴力では何も解決しないと声明を通じて訴え続けてきましたが、残念ながらその願いは踏みにじられました。
しかし私たちは、残された後藤健二さんの解放を求めて、引き続き訴え続けます。イスラム国と日本政府が真の交渉を行うことを求めます。公開された画像と音声メッセージによると、イスラム国は日本政府との交渉を呼びかけていますし、日本政府も人命を最優先すると明言しています。両者の非暴力による対話は、十分に可能なのです。
最後になりましたが、湯川遥菜さんが殺害されたことが事実であれば、ご冥福を祈ると同時に、彼の犠牲が最後となることを祈ります。また今も戦禍に直面するすべてのアラブの人たちが、苦難から解放されることを心より願います。
2015年1月25日
日本ビジュアル・ジャーナリスト協会
後藤健二さんら人質殺害
を受けての緊急声明
私たち日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)は、日本人人質事件の発覚後、2通の声明文とビデオメッセージを通じて、後藤健二さんと湯川遥菜さんの解放を関係者に求めてきました。しかし湯川さんに続き、後藤さんを殺害したとする映像が公開され、私たちは深い悲しみでいっぱいです。
後藤さんはこれまでに世界各地で苦しむ人びとの側に立ち、事実を伝えることでジャーナリズムの役割を果たしてきました。公開された映像が事実であるならば、後藤さんが否定してきた理不尽な暴力により、命を奪われてしまったことになります。
なぜこのような事件が起き、そして繰り返されるのか、「報復」は憎しみと対立を煽るばかりです。暴力による負の連鎖を断ち切るために、原因を追求し、私たちは賢明な平和的手段で解決することを訴えます。
今も世界各地では戦闘や空爆が続き、犠牲者は増え続けています。暴力から尊い命を守ること、それが後藤さんがジャーナリストとして命をかけて伝えたかったことではないでしょうか。後藤さんと湯川さんのご冥福を祈ると同時に、彼らの犠牲が最後となることを祈ります。
2015年2月1日
日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)
呼びかけ
三里塚・丹波山「共有者の家」撤去策動を許すな!
2・28緊急行動に結集を!
三里塚空港に反対する連絡会
成田国際空港会社は丹波山の「共有者の家」を破壊・撤去するために一月、千葉地裁に強制執行の手続きを進めるように申し立てを行った。
「共有者の家」は、平行(B)滑走路予定地の南端付近の一坪共有地にあり、再共有化運動の拠点として一九八四年六月に反対同盟が建設し、会議や宿泊に活用していた。
空港公団(当時)は一九八四年七月、土地の所有権50分の43を取得したとして共有地の分割と建物の撤去を求めて千葉地裁に提訴、一九九四年三月に公団の言い分を認める最高裁の決定が出された。公団は東峰地区に代替地を用意し、建物の移転を求めて来たが、反対同盟は一貫して拒否してきた。
「NAA(空港会社)によると、裁判が確定した当時は、反対派と国が話し合いを始めた成田空港問題シンポジウム(91〜93年)と、続く円卓会議(93、94年)が開かれていた。判決を受けてすぐに強制執行に踏み切ると、話し合いでの解決に影響を及ぼすとの判断があったため、見合わせていた。今回は、任意での収去の見通しも立たないことから、強制執行で区切りをつけることになったという」(「朝日」2015・1・16)。横堀現闘本部の裁判による破壊策動同様、またもや裁判所(司法権力)を使っての強制執行である。
空港会社は昨年一一月頃、道路と空港用地の境に鉄製フェンスを設置し、それまでは「共有者の家」まで行けたのに、全く近付けず建物を見ることさえできなくしてしまった。
空港会社は同じ頃、元反対同盟代表(故人)を所有者として、家族で相続権を持つ人たちから白紙委任状を取って回った。そして今回それを元に申し立てを行ったのだ。
「共有者の家」の所有者は反対同盟という組織であり、決して元代表個人のものではない。しかも元代表は20年以上前に代表を辞任しているのだ。空港会社は反対同盟の現代表(柳川秀夫代表世話人)が建物の撤去・移転を断固拒否しているため、「所有者」をデッチ上げた。そうすることによって反対同盟を全くカヤの外に置いてしまったのだ。
実際、現在争われている横堀現闘本部撤去の裁判においては、反対同盟を所有権者として提訴の相手とし、人格的には柳川代表を相手に裁判を起こしている。このような恣意的・ペテン的な空港会社のやり口を断じて許すことはできない。そして、それを認めて受理する千葉地裁も同罪である。本裁判の流れは裁判所が関係者(元代表の相続権者)に告知し、期限までに収去されなければ裁判所の執行官が強制執行するということだ。これが空港会社が悪知恵をはたらかせて作り上げたシナリオだ。
国、空港会社は三里塚闘争の歴史から何も学ぶことなく、再び強制的手段を用いてひたすら利益を追求することにのみ邁進している。「東京オリンピック」を目途に年間四一万回飛行を目指し、そのために夜間飛行制限時間のなしくずし的緩和を周辺自治体に働きかけている。また、二〇三〇年度を目途に第三滑走路建設計画を検討している。かかる農民・住民無視の資本のやりたい放題の拡大路線を粉砕しなければならない。二・二八現地に結集し、抗議の声を上げていこう!
日時:2月28日(土)、13時
場所:横堀農業研修センター(0479―78―0100/横堀農業研修センター 千葉県山武郡芝山町香山新田131)/研修センターから「共有者の家」に移動
主催:三里塚空港に反対する連絡会(連絡先:千葉県山武郡芝山町香山新田90―5/電話:FAX0479―78―8101)
■会場への行き方:京成東成田駅地上 12時30分集合 迎えの車待機
10:34発 京成上野特急 →11:42着 京成成田→10:32発 京成成田 →乗り換え 11:52発 京成本線(普通)[芝山千代田行き]→11:57着 東成田
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