1.23再度の「不起訴」決定に怒り
ひたすら東電を免罪する地検
「地震には間に合わなかった」だって?
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一月二二日、東京地検は、東京第五検察審査会が昨年七月、三人(勝俣恒久元東電会長、武藤栄元副社長、武黒一郎元副社長)に起訴相当、一人(小森明生元常務)に不起訴不当の議決を下した件に関し、再び不起訴の決定を下した。
この「不起訴決定」に対し、同日、武藤類子福島原発告訴団団長は怒りの抗議声明(別掲)を発するとともに、一月二三日には一二時から東京地検前で緊急の抗議・申し入れ行動を行った。
この二度目の不起訴決定に当たって、東京地検は@二〇〇八年に東電が行っていた最大一五・七メートルの津波予測は「当時としては不確定な方法で行われたもの」であり、信頼性は低く、そうした規模の津波に襲われる確率は「一〇〇万年から一〇〇〇万年に一度」程度で「対策する義務があったとは言えない」とした。そして二〇一一年三・一一の津波は二〇〇八年の試算の高さに等しいものだったが、水量などは二〇〇八年試算を大きく超えるものであり、「津波を想定できていたとは言えない」とした。さらにA「二〇〇八年の試算に基づいて東電が防潮堤を築いていたとしても地震には間に合わなかった」「防潮堤が完成する前に建物に防水対策をしても津波ととともに押し寄せた瓦礫などで破壊されていた」として、東電を免罪したのである。
かならず強制
起訴実現しよう
一月二三日には、緊急にもかかわらず原発事故で故郷を追われた避難者をはじめ多くの人びとが地検前に結集し、ひたすら東電と電事連、そして官僚機構などからなる原子力ムラを露骨に防衛するだけの矛盾に満ちた東京地検の二度目の「不起訴」決定への怒りをぶつけた。
一月一三日には、ジャーナリストの添田孝史さん(岩波新書『原発と大津波 警告を葬った人々』の著者)が掘り起こした資料などに基づいて旧保安院関係者などを追加告訴した。新たな追及で危機に追い詰められた「原子力ムラ」擁護の回答が、この二度目の不起訴決定なのである。
今後、検察察査会で再度の「起訴相当」決定を勝ち取り、強制起訴を実現して東電を先頭に原子力ムラの責任者の有罪判決をなんとしても実現しよう! (K)
資料
東京地検不起訴処分に対する団長声明
2015年1月22日
東京地検による再度の不起訴処分に対し、大変憤りを感じています。
7省庁や推本など、国の機関が福島沖の大津波を想定するよう発表しており、東電は貞観型の津波が敷地を超える可能性があり、対策が必要だという認識を持っていたことが明らかになっています。
重要設備の高台設置や建屋の水密化をしても浸水被害を防げないとしていますが、浸水をしても冷温停止にこぎつけるだけの対策がされていれば、被害は最小限に抑えることができました。何も対策を取らなかったことの責任が問われなくてよいのでしょうか。
どこまでを予見できたとするか、被害を回避できたかどうかを、地検の密室の中の判断に任せてよいのでしょうか。公開の裁判の中で判断されるべきではないでしょうか。地検は一度目の不起訴処分の説明の際も、「東電は捜査に協力的だったから強制捜査をしなかった」と答えるなど、被害者に向き合わず、加害者の方を向いています。
検察審査会の起訴相当の議決は国民の意思を表しています。その議決を検察は無視したことになります。
再度、検察審査会の判断に期待します。検察行政のチェックを市民が行います。市民による検察審査会の良識を信じています。
この事故の責任がきちんと司法の場で問われることを、被害者は心から望んでいます。
福島原発告訴団団長 武藤類子
1.16 福島原発告訴団が緊急院内集会と地検行動
警告を葬った原子力ムラ
津波による事故は予測されていた!
原子力ムラ全体
の責任を問う
一月一六日、福島原発告訴団は、一二月二五日(本紙一月一九日号既報)に続き、緊急の集会を午前一一時から参院議員会館講堂で行った。それは一月一三日に、同告訴団武藤類子団長ら一四人の名前で、東京地検に対して東電関係者ならびに経産省旧原子力安全・保安院関係者ら九人を、業務上過失致死傷罪の被疑事実で刑事告訴・告発したことの報告のためである。
東電で福島第一原発の津波対策の検討実施にあたっていた酒井俊朗、保安院原子力発電安全審査課長などを歴任した森山善範など、東電関係者三人と原子力安全・保安院関係者五人、そして電事連(電気事業連合会)の津波対策担当者の一人は、「福島第一原発の非常用電源の冠水などに起因する炉心損傷等の重大事故が発生するのを未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、必要な安全対策を講じないまま漫然と東電関係者らは福島第一原発の運転を継続し、また保安院関係者は運転の継続を認め」た。
そのため「福島第一原発事故による大量の放射性物質を流出させて、多数の住民を被ばくさせ、甲状腺がんの大規模な発症を招くとともに、現場作業員らに傷害を負わせ、さらに周辺病院から避難した入院患者らを死亡させ、多くの住民に災害関連死とされる自死、病死などの被害を生じさせた」(一月一三日付、福島原発告訴団・弁護団の報告文より)。
すでに二〇〇二年の段階で、旧総理府地震調査研究推進本部(地震本部)は、津波地震が福島第一原発に高さ一五・七メートルの高さの津波をもたらす可能性があることを警告していた。ところが東電も保安院も、この警告・報告を意図的に無視し続けたのである。それはこうした可能性に対処して工事を行うことが、莫大な額の費用を要するためだった。つまり経営的要請が安全対策・人命に優先したのである。
「もみ消し」の
実態があらわに
この事実はすでに明らかだったが、なぜ東電も保安院も津波対策を怠ったのかについての具体的な経過は十分に明らかにならなかった。しかしそれはこの間、元朝日新聞科学部の記者として一九九七年以来原発と地震について取材を続け、二〇一一年「三・一一」を契機に退職し、フリーランスの科学ジャーナリストとして活動してきた添田孝史さんの著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)によってその全体像が明らかとなった。添田さんは東電福島原発事故の国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当した。この日の院内集会は、添田さんの報告をメインに企画された。
集会では最初に、告訴団団長の武藤類子さんがあいさつした後、添田孝史さんが講演。添田さんは福島第一原発の設計当時の津波想定が最大三・一メートルだったのはなぜだったかを切り口に、原発推進のために費用のかさむ安全率を切り下げようとした電事連や、それを権威づけた土木学会の責任を追及していった(添田さんの話の内容については、先に紹介した岩波新書をぜひ読んでいただきたい)。
添田さんの講演の後、海渡雄一弁護士が東電元会長など四人だけではなく、今回告訴・告発の対象にした旧保安院幹部、現場で津波地震対策をもみ消した東電幹部の責任を追及する必要があると強調した。
佐藤和良告訴団副団長は、「すでに原発災害関連死は一七〇〇人に達し、仮設でひっそりと自死される人も増えている。しかしいまだに誰も起訴されていない。さらに東電と『共謀共同正犯』の霞が関の連中も対象にした第三次告訴のための告訴人を二月一五日から募って三月いっぱいで集約する」と方針を提起した。
院内集会の後、一二時半から東京地検前で要請行動。昨年七月の東京第五検察審査会の三人への「起訴相当」、一人への「不起訴不当」の議決を受けて東京地検が判断を行う期限は二月二日。しかし、東京地検が強制捜査などを行ったという情報はない。このままだと地検は再び「不起訴」という判断を行う可能性がある。(そしてそれは現実となった―後記)
東京地検に対しては河合、海渡、保田の三人の弁護士が、添田さんの著書で明確になった東電・電事連、そして霞が関の官僚たちがグルになった「原子力ムラ」全体の隠ぺい、責任逃れを許さない訴えを行った。
二月一五日には郡山市で告訴団が主催した添田さんの講演集会(午後二時:郡山ビッグパレット)も行われる。東電そして「原子力ムラ」全体の犯罪への責任を取らせる闘いを!(K)
投書
福島過酷事故の責任を問う!
林一郎
福島原発過酷事故は、日本敗戦後六六年目に起きた、「大事件」であった。今回の勝俣会長等の検察不起訴により、戦後日本史に「大犯罪隠ぺい事件」が加味されることになった。
今回の福島事故が中企業の犯罪であれば、経営陣は間違いなく起訴されたであろう。しかし東京電力は超巨大企業であり、原子力産業は国策と結びついた「官民共同体産業」である。勝俣などが起訴されれば、彼ら民間人は自己の責任逃れから、元原子力保安院、原子力安全委員会、経産省の国側原子力マフィアの共犯者の名前が挙がることは十分考えられる。
これを防ぐために、検察庁は同じ官僚同士の防衛本能から、彼らを起訴することは避けたのであろうし、大きな貸しを作った、ということだろう。
戦争は国家による大量殺人である。しかし国家犯罪は裁かれることがない。今回の福島過酷事故は、一七〇〇人の原発事故死、未だに一二万人の避難民、一〇〇人を超える子供の甲状腺ガン。まさに「原発放射能大量殺人、大量棄民事件」であり、「国家犯罪」である。
日本一五年戦争の犯罪者を裁くことが出来なかった日本民衆は、福島原発事件にどう向き合うのか、自身の総括がかかっている。 |