辺野古新基地建設工事再開を糾弾する
現地の闘いと連帯し、連日の行動
1.15沖縄県議団報告集会
安倍政権に「人の心」はあるのかと怒り
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一月一五日、神田駿河台の連合会館で「止めよう辺野古新基地建設実行委員会・沖縄県議会議員団東京報告集会」が行われた。この日の未明、米軍基地キャンプ・シュワブ前で作業再開に向けて搬入を阻止しようと座り込む一〇〇人の市民らと県警機動隊が激しくぶつかった。工事再開をめぐる現地での闘いが続くなか、沖縄県議団が上京し政府への要請行動を行う前段の集会として開かれた。集会には四〇〇人が集まった。
比嘉瑞己さん(うまんちゅ会派)が司会を行い、「辺野古では二四時間の監視行動が続いている。島ぐるみの闘いを全国へ、団結を固めるための集会としたい」と開会のあいさつを述べた。仲宗根悟さん(与党会議座長、社民・護憲ネット会派)と新垣清涼さん(米軍地関係特別委員会委員長、県民ネット会派)が主催者あいさつを行った。
仲宗根さん。「すべての市町村長・議会議長が建白書を安倍首相に届けて丸二年になる。仲井真知事は埋め立てを承認した。県民は尊厳を著しくおとしめられた。県議会では辞任要求を決議した。そして県庁包囲行動や辺野古現地行動を繰り広げ一年間がんばってきた。県知事選で民意が勝利した。衆院選では沖縄選挙区すべてで自民党を破った。これ以上基地はいらないという意思表示だ。輝き、誇りと勇気がわき出た。これから正念場を迎える。がんばりたい」。
新垣さん。「議員団を代表して発言したい。昨年一二月県議会で、辺野古に基地はいらないと決議した。その意見書を持って上京した。昨年一月の名護市長選から知事選・衆院選まですべての選挙で、県民の意思表示はされた。国土の〇・六%の沖縄に、米軍基地の七四%が押しつけられている。事件・事故で泣いてきた。さらに米軍ヘリCH53が沖縄国際大学に墜落した。それからヘリの音を聞くと墜落するのではないかと恐怖に襲われる。危険なオスプレイの強行配備が行われた。これが建白書へとつながった。なぜ差別扱いされるのか、民主国家ではないのか。辺野古ではカヌー隊が出てがんばっている。絶対に新基地は認めない」。
県民は決して
ぶれない!
次に沖縄選出の国会議員があいさつした。
玉城デニーさん(衆院議員)。「辺野古のある沖縄三区で三度目の当選をした。私の出身地である沖縄市は嘉手納基地に三割の土地を接収された。嘉手納基地にF15、F22、F16が轟音をとどろかせ訓練している。頭に上に何か落ちてくるのではないかと心配しながら生活している。沖縄県民は国民ではないのですかと、国会で安倍首相に質問したがそれには答えなかった。普天間の代替えは辺野古が唯一のプランだと工事を続けようとしている。しかし県民は決してぶれない。共にがんばり闘おう」。
照屋寛徳さん(衆院議員)。「最も多くの基地がある二区選出。辺野古現地からの報告を聞いて、憤りと悲しみをもってやってきた。八四歳のオバアがケガをして救急車で運ばれた。どんなに民意を示しても政府は尊重しようとしない。政府は構造的差別と犠牲を強行してくる。不戦と護憲を確認して闘おう」。
赤嶺政賢さん(衆院議員)。「知事選と同時に県議補選があり、地元那覇市でミスター自民党と言われた候補に勝ったのが司会をしている比嘉さんだ。これも民意だ。安倍は工事を再開した。オール沖縄はさらに大きくなる。ゲート前、海上での抗議行動が行われている。安倍を必ず倒す。知事は検証チームを立ち上げ、その結果によって埋め立ての取り消し・撤回も可能だ。そうすれば政府は裁判を起こすだろう。そうすれば工事は止まる。それで完成に向かうのか。必ず勝利する体制で挑もう」。
参加していない四区選出の仲里利信さんは辺野古現地で闘っているとの紹介があった。
続いて、糸数慶子さん(参院議員)がウチナンチュの言葉であいさつをした。「言葉を大事にしているから、他のみなさんもウチナンチュの言葉であいさつした。民族自決権を確立したい。今朝辺野古にいた。夜一〇時から朝七時まで徹夜で闘ってきた。体を張って、命を張って闘っている。何としても勝利したい。悔しくて涙が出てくる。新しい県知事が誕生した。安倍は何と受け止めているのか。面会謝絶をした。埋め立て予算は一・五倍に、交付金は減らされた。一体何なのだ。民主主義国家ではないのか。辺野古に杭一本打たせない。気持ちを一つにして、あきらめたら負けてしまう。必ず勝つ」。
近藤昭一さん(沖縄等米軍基地問題議員懇談会会長、衆院議員)は、安倍政権の改憲・軍事化を批判し、「殺し、殺された事実、歴史は記憶と記録だ。アジア・世界の犠牲の上に作られた平和主義を守っていく。辺野古に基地を作らせない」とあいさつした。
全国で沖縄の
闘いに連帯を
次に県議団が次のようなテーマで報告した。「県民合意なき『承認』―辺野古埋め立てをめぐる視点」(仲村みお、社民・護憲ネット会派)、「米軍基地は沖縄経済の最大の阻害要因である」(渡久地修、日本共産党会派)、「沖縄の民意は明確に示された」(比嘉京子、沖縄社会大衆党会派)、「日米地位協定と刑特法」(吉田勝廣さん、公明党・県民会議無所属会派)。
いずれの報告も戦後一貫して米占領軍と復帰後の日本政府と基地撤去をめぐる長い島ぐるみの闘いの経験を通して現在があることが実に具体的によく分かるものであった。105砲の砲撃訓練を米軍と対峙してやめさせたり、県道を封鎖した訓練を反対運動の力でやめさせた、そうした経験から「日米地位協定と刑特法」を「闘って初めて、法律をなしにしなくてはいけない」という言葉はそれを象徴していた。
藤本泰成さん(平和フォーラム事務局長)が、国の予算が発表されたが人の心があるのかと批判し、沖縄との連帯を訴えた。東森英男さん(安保破棄中央実行委員会事務局長)は、現地の攻防に参加する取組みを全国的に行うと表明した。野平晋作さん(ピースボート共同代表)は一・二五国会包囲行動の取組みを報告し参加を訴えた。
最後に仲宗根さんが閉会のあいさつを行い、全員で団結ガンバローを行った。この日はあいにく冷たい雨が降り続く中であったが、会場は立ち見がたくさん出たように、工事再開という事態と沖縄県議団・国会議員団の沖縄の基地はいらないという熱い思いを受け止めようと緊張と熱気に包まれた集会となった。翌日の防衛省緊急抗議行動も呼びかけられた。現地の攻防への参加、全国での沖縄連帯の闘いをつくりだそう。 (M)
1.17
7000人が国会包囲
「女の平和」で真紅の波
一月一七日、燃えるような「赤」をシンボルマークとした女性たちのヒューマンチェーンが国会を取り巻いた。その数は七〇〇〇人。首相官邸から議員会館、そして国会図書館、憲政記念館、国会正門へと「深紅の帯」が幾重にもつながった。赤の帽子、マフラー、コートなどなど。両腕を精いっぱいひろげるまでもなく「ヒューマンチェーン」が実現された。
「女の平和」と名付けられたこの「赤い人間の鎖」は、発起人の横湯園子さん(臨床心理学者、元中大教授)によれば北欧アイスランドの経験から着想されたものだという。
「アイスランドでは一九七〇年に古い因習を打ち破る運動が始まり、国際婦人年の七五年に女性の九〇%がレッド・ストッキングを身につけて休暇を取り、家事を放棄して女性の役割がいかに重要であるのかを訴え、大統領府前の中央広場を女性たちが埋め尽くすという歴史的な大集会があったことを知った。八〇年、民選による初の女性の大統領が誕生。八六年にレーガン、ゴルバチョフ両大統領の呼びかけにより平和会談がレイキャビークでもたれ冷戦終結のきっかけとなるが、それを主宰したのが彼女であった」(なぜ「女の平和」なのか)。
横湯さんの父親は治安維持法で幾度も逮捕され、彼女が一歳の時に仮保釈中に結核で死亡したという。そうした体験をもつ彼女にとって、安倍政権の下での「戦争ができる国家」への歩みは我慢がならないものだった。そこで友人たちに相談して、その輪が広がり、この日の集会になったのだという。
集会では横湯さんが「怒りの赤、情熱の赤で全国の女性が安倍政権にノーを」と訴えた。
さらに沖縄の高里鈴代さん、福島の武藤類子さんからの反基地や反原発の訴え。赤石千衣子さん、雨宮処凛さん、上原公子さん、落合恵子さん、神田香織さん、澤地久枝さん、宮子あずささん、湯川れい子さんなどが次々にスピーチ。四回にわたり「余裕」をもってヒューマンチェーンを実現することができた。
安倍がキャッチフレーズにしている「女性の活躍支援」という利用主義ではなく、女性たちの「赤」が安倍政権のすすめる「戦争と差別」にノーを突きつける流れが、この日の行動でくっきりと浮かびあがった。 (K)
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