声明
第四インターナショナルビューロー(14年12月23日)
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米帝の面前で
もちこたえた
米国とキューバ間外交関係の回復は、スパイ活動を理由として米国で終身刑を科されていた三人の解放と並んで、キューバ人民にとっての勝利となる。五〇年以上にわたって、また一ダースの大統領の下で米政権は、キューバ革命を破壊するためにあらゆることを試みてきた。ピッグス湾における一九六一年の軍事介入、キューバ指導者たちに対する暗殺陰謀、この島の生活を絞め殺す経済封鎖、この国を孤立化させようとのあらゆる種類の圧力、こうしたあらゆることがキューバを打ち砕くために試みられてきた。こうした戦略は、オバマが認めたように破綻に終わった。世界最大の帝国主義大国を前にキューバはしっかりと持ちこたえた。そこに困難がなかったわけではなく、苦難がなかったわけでもない。しかしキューバは持ちこたえ、全ラテンアメリカ左翼にとって、反帝国主義の参照点となってきた。
その内部的諸矛盾と帝国主義の復古に精力的役割を果たしてきていた官僚制、また帝国主義の圧力という打撃の下に、一九九〇年代にソビエトブロックが崩壊した時、多くの評論家たちはキューバ体制の崩壊を予測した。事実として、ソビエトの援助に依存していたこの島は、前例のない危機を経験し、キューバ経済は日干しにされると思われた。実際そこにおかれた状況を、キューバ人たちは「特別な時期」と呼んだ。そして一定の限界をもちながらも、経済の再建には一〇年を要した(国家の参加と、しかしまた観光部門に対する欧州資本の参加、さらにその後のベネズエラ石油の助けに基づいて)。
しかしそこでは、ヘルムズ/バートン法が強化した米国による禁輸によって深刻の度を強められた一連の構造的な諸問題の克服はなかった。体制の官僚化、民主的自由の窒息化、そして大衆動員に対するその作用が、この島の情勢に重くのしかかっている。今やラウルの娘であるマリエラ・カストロの干渉と並んで、女性、LGTBの人びと、また他の被抑圧グループの自律的自己組織に対する制限もまた留意されるべきだ。
勝利的抵抗はな
ぜ可能だったか
しかしこれらの問題にも関わらず米帝国主義は、この革命を破壊することはできなかった。一九五九年の革命がもった、反帝国主義の、民族の、また民衆的な推進力、さらに社会主義的性格のそれを考慮しない限り、人はこの抵抗を理解できない。キューバ革命はその時期の所有階級を打倒したのだ、ということを思い起こそう。
体制が持ちこたえたとすればそれは、その体制が、キューバ人のこの偉大な威厳の、この人民の民族的で民衆的な主権の、革命以前の状況への復帰に対する民衆の恐るべき拒絶の表現だったからだ。実際革命以前の状況は、キューバが米国の「売春宿」に成り果てたということを見せつけるものだったのだ。
キューバ人たちの抵抗は、革命の当初の獲得物や一連の社会的成果、特に他のラテンアメリカ諸国に比較した時の、とりわけ医療と教育における成果なしには、その強さを得ることはなかったと思われる。
その威厳はまた、キューバ指導部の国際政策に含まれた諸側面のひとつの中で表現されている。すなわち、一九六〇年代のラテンアメリカにおける革命的挑戦に対する支援、チェ・ゲバラの闘い、あるいは南アのアパルト体制に反対した人びとに対するアンゴラでの支援だ。不幸なことだが同時に、一九六八年のソビエトのチェコスロバキア介入に対する支持もあった。
しかし国際主義は変わることなく、キューバにおける教育での原理的な価値であり続けてきた。今日それは、世界中に、特にベネズエラに、しかしまたアフリカに医師を派遣することとして今なお反映され続けている。そしてアフリカでのキューバ人医師とボランティアの人道主義的活動は、エボラ出血熱ウィルスとの戦いにおいて世界的に認められている。
その上キューバは、エネルギーと諸資源の消費計算に対して人間的発展を関連づける環境諸組織にしたがえば、持続可能な発展の選択においてひとつの事例でもある。
世界市場の圧力
へは弱さが厳然
この抵抗は、米帝国主義との政治的・軍事的衝突に立ち向かう上では十分な強さを保持してきた。しかし、資本主義の世界市場の圧力に抵抗する点では、十分な強さをもっていない。われわれは「一国内での社会主義」を建設することはできない、ということがあらためて悲劇的に確証されている。この圧力が、多様化が不十分で――観光、砂糖モノカルチャー、ニッケル採掘ー――、特に基本的必需品の輸入に過剰に依存した経済をねじ曲げ、不利な立場に置いてきた。
キューバ経済への市場メカニズム導入は、「クエンタプロピスタ」(自営業)経済に基づいて、しかしまた砂糖企業を含んだ公的部門に雇用された人びとの解雇によっても促進されてきた。この政策は、資本主義大企業や多国籍企業としばしば取引する軍事的位階に結びついた国家機構有力層、またドルを入手できる(海外に親戚がいたり、観光業やバイオテクノロジー企業で働く者たちのいわば特権)人びとと、キューバ民衆の圧倒的多数との間で不平等を強め結晶化させることとなった。こうした不平等と先に見た有力層の強化は、固有の諸特性をもったベトナムや中国型の進化――ある種の国家資本主義と権威主義的官僚共産党体制――の基礎となる可能性があると思われる。ただし、キューバはベトナムではなく、まして中国ではない、ということを別にすればだが。
こうした型のシステムがキューバの民族的独立を確実にする可能性をどうすればもてるかを知ることは難しい。米国から一五〇qの距離に位置し、米帝国主義並びにマイアミのキューバ系米国人ブルジョアジーの圧力の下に置かれたキューバは、社会的動員と革命的事業の再興を通してのみ抵抗できる。キューバ指導部はこの二、三年の時期、こうした諸矛盾に直面する中で、ベネズエラからの援助に、特にあらゆる競争を無視した価格での石油配分を通したそれに依存できてきた。しかし今日、マドゥロとポストチャベス体制の諸困難は、この政権が過去一〇年やってきたようにはキューバを助けることができなくなっていること、それゆえ経済情勢の悪化予想と米国の封鎖を緩めることの重要性、を意味している。
鍵は民衆による
活力ある統制に
あらためて言うが、米国とキューバ間外交関係の回復はキューバ人民にとってよいことだ。しかしこれは、始まりにすぎない。禁輸は依然解除されてはいない。それゆえわれわれは、それを実現するための国際的圧力と諸動員を継続しなければならない。
しかしわれわれは、オバマの戦略が実行に移される場合であってもだまされてはならない。米帝国主義はその目標を変えてはいないのだ。政治的・軍事的対決の戦略が破綻に終わったとすれば、その時彼らはキューバを自らの影響圏に戻すために別の戦略を試すだろう。すなわち、米国の資本と商品によるキューバ「爆撃」という戦略だ。それはすでに、米国政府の政策の傍らで、米資本の重要な部分、特に農業、観光、情報通信、ニューテクノロジー、航空産業における資本の選択として始まりつつある。そしてこの新しい戦略に対するキューバ人の抵抗は、近年に展開されてきたものへの抵抗よりも困難なものになる可能性があるだろう。
経済的流入と金融資本家がもつ腐食作用を統制するためには、まさに、こうした新たな交易関係に対する国家統制が本質的となる。しかし、マリエル港湾地区における自由貿易圏の設置並びに外国投資に対する新法(新事業を誘致する目的で八年間の税免除を保証)をもって、情勢は懸念を呼ぶものとなりつつある。キューバ官僚の諸部分にはこれらの経済変革を利用する協定を結ぶことが可能であるからには特に、先の統制には活力ある民衆的介入が伴われなければならない。これこそが今や鍵を握る問題となっている。
キューバにおける資本市場の拡大は諸々の危険に満ちている。すなわち中でも、不平等に対する無頓着の発展、民族的主権に対する挑戦、持続可能な発展の停止などだ。加えて米帝国主義は、経済封鎖解除と引き換えにキューバ政権から譲歩(たとえば、商業の「自由」のような)を得ようとするだろう。
これらの危険と闘うためには、動員と民衆的統制、労働者と彼らの代表による統制と企業管理以外の道はない。
キューバ革命の歴史と解放主義的気質との結びつきを新たにしている社会的自主管理の支持者の存在を例として、社会的諸闘争や民族的解放の諸伝統は、これらの諸潮流がたとえある種少数派であるとしても、キューバ人民にとってのいわば資本となる可能性をもっている。キューバ共産党内部にいくつかの中継するものを保持しているこれらの潮流の位置と諸経験は、知らしめられなければならない。あらためて言うが、米帝国主義の圧力の社会的作用から人びとを保護しつつ現在の勝利を拡張するためには、民衆の動員と本物の社会主義的民主主義の確立を促進する以外の道はない。そしてこれを行うためには、キューバのあらゆる民衆的諸組織内部で民主的論争の諸条件を作り出す必要がある。これは、キューバ共産党内部と民衆運動内部に、多元主義の組織諸形態を求める。
それは、世界レベルにおける民衆運動とグローバル化した資本主義の間にある現在の力関係においては、極度に困難な挑戦だ。しかしキューバ革命は米帝国主義と対決して五〇年以上も持ちこたえてきたのだ。その革命は、この情勢からの独特な抜け道を再度見つけ出すことが、果たしてできないのだろうか?
▼FIビューローは第四インターナショナル国際委員会(IC)の小委員会。IC決定の実行の組織化、インターナショナルの実践関係の諸部分(広報、教育、地域と諸部門諸組織)の健全な管理、IC会議の準備、インターナショナルのスタッフ業務を委任されている。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年一二月号)
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