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政府・鹿児島県・九電が一体となった策動
避難も安全施設も火山対策もデタラメ
住民のいのちと権利を踏みにじるな
林 一郎
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11月 鹿児島県議会闘争
二〇一四年一一月五日、鹿児島県臨時県議会に対して、「川内原発再稼働賛成陳情」採決阻止と県知事の再稼働同意を阻止するために開始された鹿児島県庁前抗議集会は、福島をはじめ全国から「再稼働同意拒否」の意志の下、多くの仲間で、埋め尽くされた。また二〇〇人を超す県庁職員、ガードマンによる庁舎ロックアウトに対して、一〇月三〇日夜、大型抗議テントを立てて抗議闘争のシンボルとした。臨時議会においては形式的な手続きで済まそうとする知事の「県民は再稼働を求めている」「国は責任を持って法に則り、事故対策をしてくれる」との繰り返しの答弁に対し、野次と怒号が渦巻いた。議会は五時半に終了したが県庁前には全国から寄せられた三十数枚の「檄布」をつなぎ、再稼働同意拒否の抗議を行った。
一一月六日。県議会議長への申し入れの面談要請に対し議会事務局は「議長不在」を繰り返した。「県議会は全国の声を聴け、福島の声を聴け」の声が議会に届くまでの座り込みが議会棟前で開始され、この闘いは一五時間に及んだ。一九時ごろより鹿児島市内の若者も駆けつけ、音楽とシュプレヒコールに包まれた。
四回延長された議会特別委員会は二四時、休憩に入り再開後の〇時二〇分頃、特別委員会に提出された三一件の再稼働反対陳情を否決、「原子力推進期成会」提出のたった一件の賛成陳情「川内原発1、2号機の一日も早い再稼働を認める陳情」が再稼働反対委員の懸命な追及にもかかわらず採択されたのだ。
一一月七日。三日目は早朝より警備体制は厳しく、行政棟の入口さえすべて封鎖された。九時開始の集会には四〇〇人余りが結集し一〇時頃、九州各地の八〇人以上のモニター傍聴要請に対し、県側は一切応答せず職員はロックアウトで対応した。
一一時五〇分頃、本会議採決が強行され、午後二時過ぎ知事の記者会見開始。再稼働推進派は県民、全国の「再稼働反対」「福島は終わってない」の声を無視し、議員の多数派にものをいわせた採決の暴挙はこうして行われた。
東京においては一一月七日、六本木の原子力規制庁に対し、「行政不服審査法」に基づく「審査書確定に対する異議申し立て」を行った。九州より鳥原良子さんら三人と、東京の支援者三五人と共に規制庁職員に対して「川内原子力発電所の発電用原子炉の設置変更の許可処分」に対しての正式な「異議申し立て」をした。
こうして川内原発再稼働阻止闘争の第一次決戦としての対行政闘争は終わった。
2014年–闘いの経過
こうした闘いの中で、今後本格化する川内原発再稼働の動きに対してのわれわれの闘いの課題を探るために、簡単な経過整理をしておく。
?2014年3・16鹿児島市中央公園(6000人)
?6・13鹿児島県庁前集会(1100人)
?8・31川内駅前集会(当初予定600人、1200人参加)。
?9・23東京亀戸公園集会(16000人)。
?9・27川内原発近く久見崎海岸にテント6号店設置。
?9・28鹿児島集会(7500人)
?10・30より県庁前大型テント設置、240時間座り込み〜11・7に繋ぐ。
この間東京では「再稼働阻止全国ネット」を中心に規制委員会に対して一月二〇日以後、十数回の規制庁抗議、申し入れ行動を一五〇人前後で行ってきた。
また、有楽町の九電東京支店前でも一〇〇人前後により抗議、申し入れ行動を繰り返してきた。
しかし、こうした闘いの中で原子力規制委員会は九月一〇日川内原発再稼働の審査書案を正式確定し、薩摩川内市議会、鹿児島県議会は「再稼働陳情採決」として多くの住民の反対の中で、再稼働に向けた手続を強行してきた。
原子力規制委「許可」の問題点
川内原発再稼働に反対する人々、地震学者等がこの間指摘し、今後とも規制委員会、九州電力、鹿児島県議会等との攻防の焦点となる争点を一部整理した。
二〇一一年三月に発令された原子力災害対策特別措置法に基づく「原子力緊急事態宣言」は発せられたままであり、福島県内外に避難した人々は今だに一三万人近く存在すること。「原子力緊急事態宣言」は、「原子力災害の拡大の防止を図るための応急の対策を実施する必要があると認められたため」発せられたものである。未だ多くの作業者が危険な場所で、被曝許容を切り詰めながらの応急対策に追われている最中であり、溶融核燃料の取り出し、放射能汚染水の発生防止も出来ていない。それ故今後、想定外の二次的事故の可能性が充分あり得る。こうした事態の中で、その他の原発を再稼働し、原発過酷事故が起きたときには、ほぼ対策不能に陥るであろう。
事故時の換気設備であるフィルター付ベント設備の設置がされていない。九電は湿式方式、乾式方式のどちらを設置するかも明らかにしていないのだ。
事故時の司令塔となる免震重要棟(オフサイトセンター)の完成予定は未定である。
福島原発過酷事故時、通信、電源等の重要設備を集中させた「免震重要棟」が設置されていたから、ある程度の事故に抑え込むことができた。これらの規制委員会の判断は「しばらくは大丈夫だろう」という非科学的判断に基づくものであり「事故の発生を常に想定」しなければならない「新規制基準」に違反するものである(規制庁が認める完成までの「代替施設」とは免震構造とは程遠い、単なる「事務所」である)。
地震学者の石橋克彦氏により暴露された、「規制基準規則違反」の指摘事項によると、本来「震源を特定して査定する地震動」に関しては、内陸地殻内地震とプレート間地震及び海洋プレート内地震の三点について検討する規則である。しかし九電は、内陸地殻内地震についてのみの検討で済ませ、原子力規制委員会は、こうした申請に対して、規制規則に反し追認しているのである。しかも規制委員会はこの重大な指摘を無視したのである。
また九電は地震動評価について「震源を特定せず策定する基準地震働620ガル」を設定し、設計基準としている。しかし二〇一四年三月に規制庁に統合された、原子力安全基盤機構が報告書で算出していた地震動1340ガルを取りあげようとはしないのだ。二〇一四年一一月二七日の高浜原発3、4号機、大飯原発3、4号機の再稼働差し止めを巡る大津地裁判決において、「自然科学においての一般的傾向や法則を見出すために平均値利用は合理性が認められようが」「万一の原発事故防止対策のための基準は過去最大級規模の地震を基準にすることこそ合理性がある」と指摘しているのである。
規制委員会は国内において最も火山密集地帯である九州での火山噴火対策評価をなんらしていない。「火山噴火はリスクが低い。火山噴火の事前予知は出来る」という規制委員会に対して火山噴火予知連の藤井会長は「火山リスクが低いとの規制委の判断は科学的根拠に基づいていない」と指摘、「再稼働させたいのならば、科学ではなく、あくまで自分たちの都合で判断したことを明確にすべきだ」とまで表明している。川内原発再稼働認可についての国民からのパブリックコメント(一万七〇〇〇件、寄せられた)の要請については「科学的、技術的であること」と限定しておきながら、自己の審査はまさに「非科学的」であるのだ。
本来ならば、北薩火山群・肥薩火山群・「姶良カルデラ」と中央構造線、フォッサマグナ、などの「伝動ベルト」の関係検証もすべきであり、この間の御嶽山噴火・西之島噴火・阿蘇山噴火・霧島噴火・口之伊良部島噴火等の分析評価も必要である。しかし規制委員会はこれらの評価は何もしていないのである。
原子力規制委員会の組織理念には「原子力に対する確かな規制を通じて、人と環境を守ることが原子力規制委員会の使命である」と明記している。そうであれば事業者・規制庁が避難計画を作成し、実効性、妥当性の検証は規制委員会がすべきである。しかし規制委員会は「原子力防災計画や避難計画の内容を国はチエックしない」(七月三一日、規制委員会、市民団体協議記録)との方針である。川内原発の再稼働に反対、疑問を持つ、いちき串木野市、日置市、姶良市などが避難計画を策定する必要があるのだろうか。そもそも原発事故時の「避難計画」とは一時的な避難の問題ではなく「避難生活問題」ではないか。福島においては三年九カ月経過の中で未だ多くの人が仮設住宅での悲惨な生活を強いられている。長い避難生活、生活環境の激変の中で、高齢者は急激な衰弱化、ストレス等の原発事故関連死一七五三人(八月二九日福島県認定)という状況であり、三・一一の津波、地震による直接死一六〇三人をはるかに超えてしまった。
伊藤鹿児島県知事は原発から五キロ以遠の、要介護者、身障者の避難計画は立てる必要がないと発言した。この発言はいかなる時も住民の安全を守るべき首長として、無責任極まりない行為であるが、これらの人々は長期的避難生活など不可能であり、現実的には「避難」などできないのである。
それゆえわれわれの主張は「避難拒否」であり、福島の現実が示す、「避難生活拒否」であり、流浪の民を大量に作り出す原発は「即廃炉」すべきなのだ。現在、伊方原発再稼働に反対する運動の中で、この主張は確実に広がっている。
過酷事故時の放射能汚染水問題について「海洋への放射能物質の拡散を抑制する設備を整備すること」との規則があるが、福島の現実を見ればほぼ不可能である。
「1200度以下で溶けるコンクリートで2600度の溶融核燃料を受け止める構造」の根本的な設計の不合理性。この対策に対し「水で冷やす」との九電方針を認める規制委員会のデタラメ。水蒸気爆発の危険を専門家は指摘している。
この原稿を作成している中、一二月一一日、参議院議員会館にて、再稼働阻止ネット主催の原子力規制庁交渉が行われた。安全規制管理官三人が出席、市民五〇数人とのやり取りの中で、規制庁のデータ隠し、地震動問題、火山問題等、いくつもの問題点が指摘されたのであるが、ここでは私があきれた一点を記載する。基本的な手続きに関することである。
本来「新規制基準」による審査書認可(九月)、工事計画認可合格(工事方法、技術基準審査)、合格後の事業者の工事施工実施、工事完成後の使用前検査、原発保安規定認可に基づく保安検査、そして原発の稼働、最後の稼働後検査と進むはずである。ところが現実は、工事計画認可が未だ合格していないのに工事が進行しているというのである。それも今回の工事は、重要度クラス1の圧力容器、非常用炉心冷却装置の変更工事も伴うにもかかわらず。この件の追及に対して管理官は「三・一一後、福島のようにならないように自主的に工事を進めている」というのである。デタラメである! 認可前工事が出来るなら、審査など必要ないのだ。これは認可前の事前工事内容に合わせる「後追い」であり、まさに九電のケツを追いかける、規制庁の本質である。これを恥ずかしくもなく回答できる管理官の神経に恐ろしさを感じたのだ。建築業界では、あり得ないことであり、建築許可前の「事前着工」は認可の取り消しを伴う行為である。本来正式な認可後工事であれば、あと数年は再稼働できないはずだ。工事に立ち会えない検査等、たかだか、外から眺める「目視検査」でしかない。さすがに「原発推進庁」はやることがすごい。
われわれの闘いの視点
先の「闘争経過」でみられるように現地での闘いはその規模において、二〇一三年の数度の大衆集会(2013年3・10集会、6・2集会、12・15集会)より飛躍的に増え、全国からの参加者も大幅に拡大した。各自治体の動きも三〇キロ圏内の姶良市、出水市、姶良市、いちき串木野市、日置市、三〇キロ圏外の南九州市、垂水市、屋久島町より再稼働に反対する意見書や、同意権を求める意見書が採決されてきたのである。それは川内原発の再稼働は、「薩摩川内市と鹿児島県だけの同意だけの問題ではない」という周辺自治体の意志表明である。
しかしこれらの鹿児島での自治体の動きや、住民運動がどれ程全国に、首都圏の運動に拡散、反映されているのだろうか。残念ながらまだまだ一地方、九州圏の運動に限定されているのではないだろうか。
例えば鹿児島県議会前での激烈な闘いが行われた一一月七日、金曜行動の日の官邸前、国会前には、ほぼ通常の参加者数(五〜六〇〇人)であり鹿児島での緊張関係は反映されていない。
ただ現在再稼働情勢に最も敏感であり、機動力のある「再稼働阻止全国ネットワーク」が一一・五九電東京支店前抗議行動を果敢に展開したのである。
川内原発の再稼働をわれわれが許してしまえば、次には高浜、大飯、伊方、玄海と再稼働の嵐に見舞われるであろう。それゆえわれわれの任務は二〇一五年二〜三月頃と予想される川内原発の再稼働に対して、あらゆる方法での運動の全国化及び首都圏での運動の拡大を図ることである。それには今後鹿児島で取り組まれるであろう、三〇キロ圏内の自治体の同意権確立運動支援、再稼働差し止め仮処分判断への意見攻勢、二〇一五年一・二五鹿児島全国集会参加、宣伝及び全国での同時集会開催。「阻止ネット」と共に全国反原発運動組織とのより大きな結合。これまでの反原発運動体以外の運動体(辺野古基地問題、特定秘密法問題、反差別問題等々)への積極的な呼びかけ。そして九電東京支店への抗議行動の拡大強化。経産省前テントが今後活発に行う「経産省抗議闘争」の拡大。原子力規制委員会の今後の工事計画、保安規定の審査状況への監視と暴露。
首都圏での運動の拡大こそが「鹿児島」を全国的に可視化させることであり、闘争の媒介軸になるであろう。この間「原発いらない福島のおんな」の人たちが何度となく九州、鹿児島、川内市に足を運び「辻説法」として福島の現実を街頭で訴えてきた。ますます拡大し、何も終わらない福島原発被害の現実こそが「原発再稼働阻止」の原点であり、われわれの決意の根拠でもある。今後とも首都圏における運動の大きな使命として、福島と鹿児島を結ぶ、という重大な任務もわれわれに課せられていることを忘れることはできないであろう。
こうして集約された闘いのエネルギーは最後、「原発稼働スイッチ」を押すであろう九州電力への闘いに向けられるのである。それは九州電力本社、東京支店等への包囲行動から始まるあらゆる手段の闘いであり、数万の官邸包囲の闘いであり、これらの闘いの趨勢がXデーの川内原発ゲート前攻防戦を数千人で闘う構造を作り出すのである。
緊急の訴え
経産省前テント裁判「結審」攻撃
年末・新年の攻防に結集を
2・26判決強行を許さない
テントと裁判
の意義は何か
福島原発過酷事故の最大の元凶であり、「亡国の役所」である経産省の敷地の一部(八二平方メートル)であり、タイル敷きの公開広場でもある敷地に二〇一一年九月一一日以来、三年三カ月にわたり「脱原発テント」三基を全国の支援の中で日々、二四時間体制で維持してきたのである。夏は蒸し暑く、冬はとてつもない寒さの中、昼夜交代制により、何度という右翼の襲撃にあいながらもテントは維持されてきた。長期にわたる闘いの中で、数人の仲間が亡くなっているのだ。
テントの主張は「福島を忘れない」「原発はいらない」「原発の再稼働反対」であり、何よりも福島原発事故の国側責任者である経産省への抗議であり、責任の追及のためである。これに対し国、経産省はテントメンバーから選定した二人に対して、テントの撤去とスラップ訴訟の典型である一一〇〇万円の損害賠償請求訴訟を提起し、法廷においては、われわれの原発問題での国、経産省への追及に対しては何も答えず、ただただ「不当な敷地占有」を繰り返すばかりであった。こうして二〇一三年五月二三日の第一回口頭弁論に始まった裁判は二〇一四年一二月三日、第九回口頭弁論を迎えた。
第9回口頭弁論
裁判長の暴挙
前回第八回法廷においては、テントひろばを主体的に担う四三人の訴訟参加申請、福島の人々、小児医療専門家、スラップ訴訟、憲法学者の証人請求をしたばかりであった。そして一一月二七日の裁判所、弁護士の進行協議においては「次々回の口頭弁論は二月二六日」と協議、決定していたのである。しかし第九回法廷において、裁判への参加申立人である双葉町の亀屋幸子さんが発言し、被災者としての切実たる訴えに傍聴人は涙し、法廷が深い感動に包まれて、傍聴席はテントひろばの存在意義をかみしめていた。
しかしその直後、裁判官は自らが決めた次回口頭弁論期日を無視、「すべての証拠調請求を却下」としたのである。これに対し弁護人は即座に「裁判官忌避!」を申し立てたのである。しかし裁判官は逃げるように法廷を去り、弁護人の抗議を無視したのである。裁判官のこうした訴訟指揮は、テント裁判の真実の姿を明らかにせず、国、経産省の「早く終われ」という裁判のたびごとの恫喝に屈服するものであり、国、経産省に同調した早期判決を強行しようというものである。
われわれが何よりも法廷で明らかにするべきは、福島の現実であり、それを福島の人々の声として法廷に届けることである。福島の訴えを聞かずしてこの法廷を終わらすことはできない。
現在「忌避」の申し立てにより裁判の進行はストップした形であるが、民事三七部の村上裁判長等は強硬に判決期日を決めるであろう。今のところ次回口頭弁論日とした、二月二六日が一番その可能性が高い。
闘いの準備が
はじまった
今後予想される、二・二六判決、数日中のテント撤去仮処分、強制執行に対し、「テント防衛」の体制強化と闘いの準備が急がれる。ただこの時期的タイミングは、川内原発の再稼働にも連動する時期であり、そのことも視野に入れた、対策が必要であろう。当面一二・一九抗議行動「だまし討ち結審糾弾!経産省前抗議・地裁前抗議行動」を闘いぬく(15時〜17時半)。
一二月二八日より二〇一五年一月五日まで毎日テント防衛行動が準備されている。
二八日よりテントを守れ川柳句会。脱原発ナイトシアター。テントゆく年くる年、紅白歌合戦。経産省包囲マラソン。新春テント講談会(神田香織一門)。テント新春コンサート。新春川柳句会。
そして一月五日、新春もちつき・官庁「あいさつ」廻り(10時〜12時)。再稼働許さん! 経産省前集会(12時〜12時半)。だまし討ち許さん!地裁前集会(12時40分〜13時10分)。テント新春記者会見(13時半〜14時半)。
二月七日、屋内大集会「福島・再稼働反対を闘う人々の総結集!再稼働阻止!テント裁判結審ゆるすな!大集会」。
この集会を成功させるために、今後大宣伝、大世論作りを展開する。
「かけはし」読者のみなさん! 今後、一、二月に連続的に闘われるテント防衛闘争にぜひ注目し、参加ください。
こうして、権力の思惑を打ち砕くテントXデーを迎え、反原発運動史に語り継がれるような闘いを展開しよう。(林一郎)
12.12福島原発告訴団が東京行動
「検察は起訴せよ!」
東電は汚染水を海に流すな
一二月一二日、福島原発告訴団は、参院議員会館で一二時から院内集会「起訴を!」を行った。この日の集会は七月三一日に東京第五検察審査会が、勝俣恒久元東電会長、武藤栄元副社長、武黒一郎元副社長を「起訴相当」、小森明生元常務を「不起訴不当」との議決を行ったことを受けたもの。集会は、参院議員会館の小さな部屋しか借りることができなかったため、二カ所に分かれ、一カ所についてはパソコンでスクリーンにリアルタイムで流すというやりかたで行うことになった。集会・行動には福島県各地をはじめ二五〇人が参加した。
院内集会では、福島原発告訴団・関西の福本俊夫さんが、滋賀県の放射能汚染チップ不法投棄事件について報告した。つづいて元京都地検検事正で元内閣法制局参事官の古川元晴さん、日大法学部教授の船山泰範さんが対談し、「検察は、起訴すべきである」との態度を表明した。古川さんは「刑法は単に人を処罰するためにあるのではなく、刑事制裁を通じて国民が安心して生活できる社会をつくるためにある」と訴えた。
対談の司会をした海渡雄一弁護士は、一二月九日に地検に上申書を提出したことを報告し、東電首脳が津波の最大規模が当初の想定よりもはるかに大きいものであることを知っており、三月一一日の震災四日前にも、従来の想定を超える一五・七メートルに達する津波がありうることを保安院に報告していたことを、紹介した。つまり東電は、大津波で原発が甚大な被害を受ける可能性を知りながら、対策を打たなかったのである。
院内集会の後、午後二時から東京地検前で、福島県から来た人びとが東京地検に対して早期に起訴の結論を出すように訴えた。つづいて午後三時からは東京電力本店前に移動し、汚染水によって海を汚さないようにサブドレン汚染水と海側の地下水ドレンからの汲み上げ放出をやめるよう東電に要請書を提出した(資料別掲)。 (K)
サブドレン汚染水地下水海洋放出に関する要請書
東京電力株式会社 代表取締役社長 廣瀬直巳様
2014年12月12日
海は、あらゆる命の源です。東京電力福島第一原子力発電所事故により海に流れ出した放射性物質の量は「京」と言う天文学的な単位になるほどです。海の汚染は今後世界の深刻な問題となるでしょう。
現在も流れ出している汚染水に加えて、2014年5月からは「地下水バイパス」と言う名で汚染水が総量規制もなく海に流されました。11月中旬までに放出されたトリチウムは115億ベクレルに上ります。更に東電は原子炉建屋やタービン建屋周辺の井戸「サブドレン」から汲み上げた汚染水から放射性物質を除去し海へ放出する計画を進めています。しかし地下水バイパス同様にトリチウムは除去されず、総量規制もありません。漁業者や地域住民は更なる海の汚染に反対しています。この深刻な海洋汚染は、事故当初の東電の対策の在り方に問題があるとの考えから、福島原発告訴団は公害罪で刑事告発しています。東電はこれ以上海を汚染しないよう、汚染水対策を抜本的に見直し、技術の確立していない凍土壁ではなくスラリー壁の導入や、汚染地下水のコンクリート固化管理など、新たな対策を立てて下さい。
記
1 サブドレン汚染地下水の海洋放出計画を中止すること
2 汚染水対策を抜本的に見直し、現場作業員の被ばく低減を行いながら、新たな対策を行うこと
3 汚染水対策の初動を誤り、海洋汚染を深刻な事態に陥らせた罪を認め自首すること。
以上
福島原発告訴団団長
武藤類子
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