11.6〜9「みちのくアラート」2014
被災地にオスプレイはいらない
「防災軍事演習」に反対しよう
宮城全労協
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【宮城】陸上自衛隊東北方面隊による「みちのくアラート2014」は一一月六日から四日間、実施された。震災対処訓練と称して、日本国内での初めての「日米豪」合同軍事演習となり、同時に東北地方でのオスプレイ初飛来の場となった。
責任者である陸上自衛隊東北方面総監は初日の記者会見で、「オスプレイについて住民や関係機関には十分に説明してきた」と述べた。しかし、自治体は「説明」を住民に周知してきたわけではないし、自衛隊が住民説明会を開催したわけでもない。
不安は広がり、仙台の着陸地周辺では住民の抗議デモが行われ、気仙沼や仙台では平和団体などによる飛行反対の集会がもたれた。仙台市長は訓練前日になってようやく、「(陸自から)なるべく住宅密集地の飛行は避け、回転翼の角度変更は海上で行うと伝えられている」と説明し、「市民には不安があり、慎重に運用してほしい」と述べた。
「予告なき飛行
変更」を繰り返す
オスプレイは訓練参加が予定された七、八両日、「予告なき飛行変更」を繰り返した。沖縄でそうであるように、住民や自治体を無視した米軍の一方的な飛行を、被災地での震災対処訓練で実証することとなった。
オスプレイ一機が七日午前、予定より遅れて仙台の陸自・霞目駐屯地に着陸した。米軍厚木飛行場を飛び立った二機のうち一機が引き返したことは、その時点では公表されていなかった。
午後、石巻湾での海上自衛隊・輸送艦への離発着訓練のため飛び立ったが、オスプレイは霞目飛行場に引き返し、さらに「霞目駐屯所への駐機を予定していたが、予告なく厚木基地に帰った」(河北新報九日)。陸上自衛隊も宮城県も、予定外の事態を説明することができなかった。
当日午後、石巻湾をのぞむ日和山からオスプレイの飛来を確認しようとしていた仲間たちは、予定を過ぎても現われないことに異変を感じながら監視活動を続けた。石巻湾訓練が中止されたことを報道で知ったのは夕刻になってからだった。
県内メディアは「強風で訓練断念」「情報共有、看板倒れ」など、「飛行変更」に関する日米間の連携不在をいっせいに報じた。
「予告なき飛行変更」は翌日も続いた。不安が高まる気仙沼では、住民の抗議のなかオスプレイの飛行訓練が実施された。この日も石巻湾で待機する輸送艦への離発着訓練は実施されなかった。
たとえば以下は、気仙沼在住の読者から届けられたコメントだ。
三機の輸送へリの後、気仙沼湾の内湾方向からオスプレイ飛来。ヘリより音は静か。毛布の束を五〜六束輸送してきただけ。肩で担いで軽トラヘ。それが終わったら待機していた救急車から患者役の隊員二名を担架で機内に運び込み、間もなく飛び去った。離陸は一〇時二三分、滞在時間は一五分だった。
なお、着陸地点ではエンジンからの排気があたった芝生は焦げていた。事前に消防車が水たまりが出来るほど散水したのに!
「米国の運用上
の問題」と防衛相
気仙沼訓練当日の午後、「突然、別のオスプレイ一機が(霞目)駐屯所に飛来した。(陸自東北)方面隊には直前まで情報が入っていなかった」(河北新報一一月九日)。
連日の「飛行変更」について米軍と陸自の実際のやりとりは不明だが、現場では混乱が続いた。予期せざる不備や不都合があったのか、あるいは強風下での通常の対応だったのか、何も公表されていない。
防衛大臣は八日、霞目飛行場でオスプレイに試乗しPRにつとめた。大臣の「体験搭乗」が震災対処訓練に位置づけられていたものか、突発的な事態だったのか、これも明らかではない。
「(オスプレイは)米国の運用上の話だ」「(予告のない飛行変更について)確かにそういうことがあったと聞いている。だが、私がとやかく言うことではない」「(石巻湾での発着艦訓練をできなかった点について)安全性を最優先にした判断だったのだろう。いざという時は、必ず有用な手段になる」。河北新報はそのように大臣発言を報じた。
不安を訴えた住民たち、訓練の無事を願った行政当局、おそらくは翻弄された自衛隊現場。大臣発言は、被災地のそれぞれの当事者たちへの無関心をさらけ出していた。
オスプレイの「本土分散」は「沖縄の負担軽減」だと政府は言う。しかし、被災地の「震災対処訓練」で示されたのは、米軍指揮下のオスプレイの一方的な行動だった。「震災連携」が訓練の重点目標とされていたから、その傲慢さは際立った。
「オスプレイ、本土に浸透」と読売新聞は報じた(一一月九日)。河北新報は「日本上空を飛ぶのが当たり前の状況にしていきたい」という防衛省幹部の発言を伝えていた。「沖縄の負担軽減」のための「本土分散」は口実だ。「オスプレイの本土化」は、日本がオスプレイを自衛隊に導入する計画とあいまって拡大している。一〇月和歌山、一一月宮城に続いて一二月には熊本、来年一月には岩手での日米合同軍事訓練への参加が予定されている。
「何も情報がな
い」と県知事発言
宮城県知事は直後の一一月一〇日、定例記者会見で見解を述べた。持論としてオスプレイの有用性、米軍との協力関係の重要性を強調し、今回の訓練はおおむね成功だったと評価した。その上で「問題点が一つあぶり出されたという意味では訓練の成果があったととらえるべきだと思っている」とオスプレイに触れ、次のように指摘した。
「(引き返した)理由は分からない」「われわれには何も連絡がない」「(現状では)県民の不安を払拭するための情報を提供できない」。
安全を大前提としたはずの知事であるから、いらだちの言葉は当然だ。
しかし、そもそも「みちのくアラート2014」は陸上自衛隊東北方面隊の訓練である。そこに、大震災以前の前回二〇〇八年をはるかに上回る自治体や関係機関、企業などが参加した。個々の場面では多様な訓練が実施された。その責任体制は明確であったのか。明確ではないからこそ「連携」がテーマとなったのではないか。日米豪の合同軍事訓練は、自治体や企業などの動きとは別系統の指揮が貫徹するからだ。
中国四川省地震、フィリピン台風災害などで、軍事と震災支援の緊迫した関係が繰り返されてきた。しかも、この間、日本政府はオーストラリアとの防衛協力関係を強め、「日米豪」を東アジア・太平洋地域の安全保障の軸にしようとしてきた。「みちのくアラート2014」はその一環だった。
宮城県と市町村は、このような軍事同盟による震災対応に組み込まれるべきではない。震災対応訓練の主体を自治体と住民がいかに築くのか、知事に問われていたのはそのことだ。
宮城全労協は「みちのくアラート2014」の実施にあたって、県とともに東北方面隊に中止を求めた(本紙一一月一〇日号参照)。 大震災に際して被災地は、自衛隊員の救援活動を支持した。被災者たちは自衛隊員の献身的な利他行動に感謝したのであって、「戦争をするための自衛隊」を支持したのではない。被災地を利用し、予想される大規模災害の対策を口実として進められる「防災軍事演習」に反対していこう。(宮城全労協ニュース二七五号〈二〇一四年一一月二一日〉より転載)
11.24九条の会集会&パレード
安倍内閣の改憲暴走を許すな
11月「統一行動月間」受けて
一一月二四日、東京・日比谷公会堂で「安倍内閣の改憲暴走を許さない! 九条の会集会&パレード」が開催された。集会には、公会堂に入り切れない二五〇〇人の人びとが参加した。会場に入ることができなかった人びとは、外に設置された「オーロラビジョン」で集会の様子を見ることになった。
この日の集会は、安倍政権が年末総選挙に踏み込む緊迫した状況の中で、「集団的自衛権の行使」を閣議決定で容認し、さらに日米ガイドライン改定を通じて「地球の裏側」にまで米軍とともに戦争に参加しようとしている政権の暴走に立ち向かう決意がみなぎっていた。結成から一〇年経った「九条の会」にとっての正念場である。
最初に「非戦を選ぶ演劇人の会」の「9条を好きと言えなくなって……」という「朗読劇」(ピースリーディング)が行われた。この作品は、以前は自然に言えた「九条が好き」という言葉が、周囲の状況を考えるとつい口に出せなくなってしまう人びとの悩みを話し合う中から、この「空気」に負けないで、どう一人一人が声を出していくかを語り合う内容になっている。
草の根から
九条を守る
九条の会の呼びかけ人である奥平康弘さん(憲法研究者)と澤地久枝さんがあいさつ。奥平さんは、安倍首相の言う「積極的平和主義」というスローガンにまどわされることなく平和をつらぬくことを訴えた。澤地さんは「安倍政権は、日本の隣国である韓国や中国との外交交渉ができない。私たちはウチナンチューが示した基地反対のみごとな選挙結果にどう応えていくのか。総選挙でなんとか安倍政権反対の野党統一ができないだろうか」と呼びかけた。
全国の九条の会から統一行動月間の報告が紹介された。北海道、栃木県の太平山麓九条の会、千葉の柏、東京の成城・祖師谷、日の出、神奈川、大分県の臼杵、さらに若者から学生九条ネットワーク、みやぎ青年九条の会などから、町内各戸訪問・対話などそれぞれに創意的な活動が報告された。
最後に事務局から、小森陽一さんが、この日、岡山県の倉敷、奈良県の橿原などでも集会・パレードが行われていることを報告するとともに、来年の自治体選挙後に本格化する「戦争国家」のための法制化に対して草の根で九条を守る運動を作り出そう、と呼びかけた。
午後三時からは、日比谷公園から数寄屋橋を通り東京駅近くまでのピースパレードが行われた。 (K)
11.24愛知・不戦へのネット学習会
どう変わる「日米同盟」
ガイドライン改定を批判する
【愛知】一一月二四日、名古屋市のイーブル名古屋(名古屋女性会館)で「日米防衛協力の指針(新々ガイドライン)批判 どう変わる『日米同盟』飯島滋明講演会」が、不戦へのネットワークの主催で行われ、約四〇人が参加した。講演では日米安保条約の歴史と集団的自衛権との関連を解明し、「積極的平和主義」という定義を歪曲して用いる安倍政権を批判した。講演の後にはどのように戦争への道を阻止し、闘うかが討論された。
世界中で武力
行使するのか
山本みはぎさんの主催者あいさつに続いて飯島滋明さん(名古屋学院大学准教授)が講演を行った。
飯島さんは「一九六〇年の日米安保条約は『日本の施政下への武力攻撃』に対する日米の共同の武力行使であり、『極東の平和と安全』という名目での基地提供だったが一九九七年には、それに加えて『周辺事態』の際の米軍への支援という『集団的自衛権』行使体制に変わり二〇一四年一〇月にまとめた指針中間報告では世界中での日米の武力行使というものに変わり、宇宙でも日米軍事一体化という内容になっていた」と説明し「安保条約はまがりなりにも国会で議論されて承認された条約だ。それを局長レベルの話合いにすぎないものでガイドラインを変更することが許されるのか」と批判した。
どう市民に知
らせていくか
これからの闘いについては「かつて日本の侵略戦争でアジア民衆は二〇〇〇万人〜三〇〇〇万人が犠牲になった。日本国民は三一〇万人が犠牲になった。こうした非人道的な侵略戦争は自衛権の名目で行われた。このようなことを二度と繰り返さないために、アジア民衆や日本の市民に対する公約が憲法の平和主義だ。しかもこの戦争で権力者や軍の上層部は『愛する国のために死ね』と国民に死を強要しながら自分たちは国民を捨てて逃げた。これを繰り返さないために、集団的自衛権の問題を市民に周知させる取り組み、憲法に違反する関連法案や通則法を提出させないようなデモ、集会、ツイッターでの呼びかけ、選挙での安倍自民党議員や日本会議所属の国家主義的議員を敗北させる取り組みを行おう」と提起し講演を終了した。
若者に呼びかけ
るための方法
後半での討論では、「若者に呼びかけてもなかなか考えてくれない。どうすればよいか?」「選挙に行くにしてもどこに投票をすれば良いかわからないという厳しい現実がある」など反戦・反安保の闘いが困難な状況で行われていることが反映されるような発言があった。飯島さんや沖縄問題に取り組む人からは、「厳しい現実はあるが、問題は若い人に語るときにどのように語りかけるか? 残業代ゼロ法案が来年には出てきそうだが、これらとも結びつけて自分に無関係だと思わせない問題提起をすることが必要だ」という発言があった。 (越中) |