進歩政党解散審判請求、年内宣告の可能性も
「隠された目的」把握すべきと主張
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政界を離れたクォン・ヨンギル元民主労働党代表が11月4日、憲法裁判所の審判廷に統合進歩党側証人として出廷した。最近、闘病中(急性免疫欠乏)という事実がほとんど伝えられていなかった彼は、病む体を引きずって登場した。彼は「民労党は選挙を通じて執権するというのが目標であったし、北韓(北朝鮮)の指令によって創党されたものではない」とし、進歩党の綱領は民労党時代とほぼ一緒だと説明した。民労党創党の主役である彼の証人出席は、進歩党を解散させるべきだとする政府の主張が、これまで憲法裁判所(憲裁)でどのように拡張されたのかを見せつける象徴的な場面だ。
政府は、北韓の首領論に追従している「主思派」らが農民抗争など暴力革命を伴って南韓(韓国)を北韓式社会主義国家に仕立てる「隠れた目的」を偽装しようとして北韓の指令を受けて民労党を創党し、今日の進歩党を掌握したと見ている。進歩党を超え、民労党時代から政党の目的や活動が違憲だという主張にまで拡張したのだ。
「財閥経済は合憲なのか?」
したがって昨年11月5日に政府が憲裁に提出した「進歩党に対する政党解散審判請求」の今後の結果は、このような意味を包括することになった。22%近い政党支持を得ていた民労党を含めた進歩政党の14年が、体制転覆勢力の活動として評価され丸ごと否定されるのか、民主的基本秩序に違背しないならば政党を解散できないようにして憲法第8条の厳格性の掛け金がはずされるのか。
請求人(法務省)と被請求人(進歩党)弁護人団は1年間、法理の論争を繰り広げた。政府は進歩党の綱領に出てくる様々な表現を問題視した。「進歩的民主主義」は北韓のキム・イルソンが1945年10月に言及した進歩的民主主義を意味しており、北韓の指令を受けてこの表現を綱領に入れたものだと主張した。また「働く人が主人」という進歩党の「民衆主権主義」「民衆中心の自立経済」は少数特権階級の国民主権(私有財産権、選挙権など)を否定する違憲的発想であるとし、その根拠として綱領解説集に「少数特権階級の政治的経済的特権を絶対に許容せず、非妥協的に闘う」という部分に目を付ける。「自主的民主政府」も駐韓米軍の撤収、国家保安法の廃止を通じて容共政府を打ちたてようとする下心を内包しているというのが政府側の主張だ。
進歩党弁護人団は、進歩的民主主義はキム・イルソンが「著作権」を持った表現ではないと反論してきた。解放以前の1945年4月、臨時政府の議政院の議会速記録で、「臨時政府憲法は進歩的民主主義の基礎の上に樹立されたもの」だとの表現があり、1942年キム・グ(金九)先生が「進歩的民主主義の理想」という言葉を声明書で使用していたし、ノ・ムヒョン元大統領も「進歩の未来」という本で「進歩的民主主義こそが本当の民主主義」だと表現した証拠などを提示した。
民衆主権についても、「特権勢力の主権をはく奪しようとするものではなく労働者、庶民、農民などの主権が実質的に保障されるようにするという意志の表現」だと強調した。進歩党の「連邦制統一方案」や「自主的平和統一」が北韓の高麗連邦制に追従したものだとする政府側の主張に対しては、米国やドイツなど世界30余カ国が連邦制によって統一国家を実現しており、相手方の体制を認めつつ統一を漸進的に模索する連邦制がわが憲法の平和的統一の原則にも合致すると反論を展開した。むしろ政府側の証人らが「キム・デジュン大統領時代の6・15南北共同宣言は違憲」だと語っているのに政府側の検事がこれを阻止しない深刻性を指摘した。弁護人団のイジェファ弁護士は「自主的民主政府と民衆中心の自立経済が違憲ならば、隷属的独裁政府や財閥経済が合憲だということなのか」と政府に問い返した。
「主思派不変論」という詭弁
政府は、綱領の違憲性を把握するためには「隠れた目的」に迫らなければならないという論理を押し出した。
政府側の証人として出廷したチャン・ヨンス高麗大法学専門大学院教授は「政党解散の制度がある状況にあって民主的基本秩序を明示的に否定する綱領を求めるのは難しい。したがって進歩党の違憲性を判断するためには言葉のなぞ解きを通じて隠された目的まで確認しなければならない」と語った。政府のこのような論理を後押しした核心的事件が、「イ・ソッキ議員と革命組織(RO)の内乱陰謀事件」だ。銃を携え体制を揺るがそうとしたというのだから、進歩的民主主義のような表現も結局は北韓式社会主義という隠れた目的を偽装した言葉だ、という訳だ。
けれども弁護人団は内乱陰謀事件の2審裁判部が、提出された証拠だけでは革命組織の実体を認定することはできないとして、内乱陰謀も無罪(イ議員の内乱煽動は有罪)と宣告したのを根拠として、「政府の政党解散の核心的論理が空中分解した」と主張する。
こうなると政府が集中して提起した対応の論理は、1980〜90年代に北韓式社会主義革命を夢見た主思派たちが、進歩党にあって依然として暴力革命を追求しているという「主思派不変論」だ。政府は10月21日の第16回弁論に主思派の元祖であり、1990年代に北韓の指令によって地下革命組織・民族民主革命党(民革党・1997年解体)を作ったキム・ヨンファン氏を反転のカードとして突き出した。
彼が進歩党の一部議員や党職者の中に民革党の党員だった人物を論じ立てることによって、民革党の残存勢力が進歩党を掌握したという印象を植えつけようとする意図と見られる。特に「1995年の地方選挙当時、キム・ミヒ、イ・サンギュ候補(現・進歩党国会議員)に500万ウォンずつ支援した。その資金は1991年に北韓から支援された40万ドルと民革党が各種の財政事業によって稼いだカネが混じっていた」というキム氏の発言は、「統合進歩党の議員らが北韓の資金を受け取った」という見出し報道で効果を上げた。
けれども進歩党弁護人団の反対尋問でキム氏が「(資金が候補らにちゃんと伝達されたのか)地下党組織が直接確認する方法はないし、(伝達されたとしても、北韓資金の一部が混ざったものを候補らは)全く知りようがなかった」とした発言はキチンと報道されなかった。現在、両議員は「北韓資金の1ウォンたりともお目にかかったことはない」とし、キム氏を名誉棄損の容疑で告訴した。
進歩党側の弁護人団は政府が客観的証拠もなしに、1980〜90年代に革命を夢見た人々は変わりはしないだろうとの前提の下に強引に主張を展開していると指摘した。「主思派の大父(キム・ヨンファン)が転向したというのに、合法政党に入ってきた人々はなぜ考えが変わらないだろうと断定づけるのか」ということだ。
民労党が選挙で執権したブラジル、ベネズエラの左派政権に学びつつ、それらをモデルとした執権戦略報告書(2009年)を出したのを見る時、「暴力革命ではなく選挙で執権していく」という意志が明らかだというのだ。イ・ジファ弁護士は「執権戦略報告書を出すために2007年に実施した代議員・中央委員対象のアンケート調査でも90%以上が選挙を通じて執権するということに賛成している」と語った。
民正党の後身、セヌリ党は
今や憲裁は11月25日に両者の最終弁論を聞いて弁論を終結する。パク・ハンチョル憲裁所長は去る10月の国会監査の昼食会の場で「(政党解散の有無について)年内の宣告が可能だ」という趣旨の言葉を残した。裁判官9人のうち6人が賛成すれば進歩党は解散される。わが国も加盟しているヨーロッパ評議会の諮問機関「法を通じた民主主義のためのヨーロッパ委員会(通称、ベニス委員会)」は「政党の解散は民主的憲法の秩序を転覆するために暴力の使用を主張したり、暴力を使用することを通じて憲法に保障された権利や自由を損傷させた場合」にのみ例外的に適用するように勧告している。憲裁は進歩党の頭の中の「隠れた目的」を撤退させてくれという政府の主張に手を上げるのか、それとも政治的多元主義という憲法的価値を殺そうとする試図を阻止してくれという進歩党側の声に手を上げるのか。進歩党の弁護人団は憲裁に提出した弁論書面に、以下のような内容も残した。「進歩党の違憲性判断の範囲に民労党時代まで含めるべきだという政府の物差しならば、12・12クーデター(1979年)、内乱をひき起こしたチョン・ドゥファン政権がうち建てた民正党の後身であるセヌリ党も解散されなければならない。そうだからといってセヌリ党を解散しなければならないということではなく、政党解散の請求権を持つ政府が公正な基準を(進歩党にも)適用しなければならないということだ」。(「ハンギョレ21」第1036号、14年11月17日付、ソン・ホジン記者)
【訂正】11月24日付8頁2段目に脱落があったので訂正します。左から41行目の「イ某兵長」と「(23)」の間に以下の文章を挿入します。「(26)に傷害致死罪などを適用し懲役45年を宣告した。これまで裁判所が傷害致死罪に下してきた刑量のうち最も重いものだ。イ兵長と共に殺人罪で起訴された残る3人に対しても傷害致死罪などを適用し、ハ某兵長」
新指導部の選出を前にした統合進歩党
破格の起用なのか、
力量なのか
統合進歩党は政党解散審判の決定を前にして12月末までに新指導部を構成する。進歩党の顔であるイ・ジョンヒ代表が引きさがり、新しい人物が党の正面に乗り出すという意味だ。進歩党は11月23日の臨時党大会で党革新の意志を示す「団結と革新案」を採択した後、一カ月間、代表および主要党職候補者たちの全国巡回演説、全党員投票などの党職選挙の日程に突入する。
イ代表の任期は来年2月までだ。任期満了を2カ月ほど前倒しし、代表の職を譲り渡すのだ。進歩党は「イ・ソッキ議員内乱陰謀事件」に対する大法院(最高裁)の判決と憲法裁判所の政党解散審判の宣告が来年2月頃に出てくる可能性があり、それ以前に新指導部を構成し、さし迫る状況に対応することとした。憲法裁判所が年内に政党解散の有無についての宣告をする場合、進歩党が1カ月にわたる新指導部の選出手続きを進める途中で政党解散の決定が出ることもあり得る。
イ代表は当分の間、政治的休息期を持つこととした。彼女は2010年から旧・民主労働党の代表を務め「進歩のアイコン」として浮上したが、2012年5月の比例代表不正競選によって触発された党内の暴力の事態などを経つつ、大衆性に大きな打撃を被りもした。ある核心的党職者は「イ代表の心身がくたびれている。健康状態もよくない」と伝えた。イ代表は2012年5月の党の暴力の事態の責任を取り共同代表から退いたが、2013年2月に党代表として再選された。
当時、イ代表の復帰を巡って反対の意見も提起されたものの、2012年の大選(大統領選)でパク・クネ候補に対抗した剛気によって党を収拾してくれという党員たちの要請がはるかに多かったという。別の党職者は「その時、無理強いするようにして党代表を委ねた」と想起した。この党職者は「けれどもそれ以降、イ代表は内乱陰謀、政党解散など余りにも大きな事件に耐えなければならなかった。当分の間はしっかり休息した後、2016年の総選挙(出馬)を準備しなければならんのではないか」と語った。
誰を新しい顔に
押し出すのかだ
党の悩みは、誰を新しい顔に押し出すのかだ。党に被せられた従北のイメージを一掃する革新性や、政党解散の有無に伴い党の全面的対応を率いる指揮力を党内外に示すことのできる人物が必要であるからだ。ホン・ソンギュ党代弁人は「1名を合意推戴し(賛否を問う投票)方式になるだろう」と語った。進歩党では党の現役議員、慶南副知事を務めたカン・ビョンギ慶南道党委員長、キム・チャンヒョン前・蔚山市党委員長らが党代表候補として挙げられている。さらにもっと新鮮な人物に破格を与えるべきだとの意見もある。オ・ビョンユン院内代表は「ハンギョレ21」の記者と会い、「イ・ジョンヒ代表も40代初めに党代表をした。90年代学番(90年代に大学入学)から党代表を選んでも良いようだ」という「若い代表論」を述べた。けれども他の主要党職者は「90年代学番が市・道党委員長をすることはできても党全体を率いるには早い感がある」と語った。(「ハンギョレ21」第1036号、14年11月17日付) |