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    かけはし2014.年12月1日号

採掘産業と環境防衛の矛盾


ボリビア

人々は次の五年に向けモラレスを選出

演説とは違い進まない革命的変革

彼を押し上げた社会運動と対立

クレール・ヴィーレ


 ボリビアの民衆はこの一〇月、モラレスをあらためて大統領に選出し、この国の抜本的変革に向けたエネルギーが依然衰えていないことを示した。ブラジルにおけるルセフの再選を含め、南米大陸一円の、過去の支配からの決別を求める民衆の意欲は、基本的に維持されているように見える。しかしその意欲の表現として押し上げられた各国の左翼あるいは左翼中道政権が、資本主義的グローバリゼーションという世界的な構造的枠組みの中で重大な困難を抱えていることも、厳然とした事実だ。以下では、その困難が具体的にはどのようなものであるのか、それが民衆との間でどのような矛盾となっているのか、が考察されている。(「かけはし」編集部)

 一〇月一二日ボリビアの人々は、六〇%の圧倒的支持票をもって現大統領のエボ・モラレス・アイマを再選した。モラレスは実際、反帝国主義と社会主義の諸政策を通して、彼の社会計画の成功を認めざるを得なくされている世界銀行すら伴って、広範な支持を得てきた。彼の政権はしかしながら、それに基づいて政権が最初に選出された諸々の革命的約束にはまだ達していない。それこそが、次の問を発することが重要となる理由だ。つまり、モラレスの改革は本当のところどれほど進んだのか、と。

草の根社会主義指導者の約束

 モラレスの広範に広がる人気は、彼の貧しい先住民の生い立ち、また二〇〇〇年代の反帝国主義、反新自由主義の民衆蜂起における彼の象徴的な役割に由来する。彼は最初、何十万人というボリビア人が合法的に日常的に使用していたボリビアの神聖な植物であるコカの葉を犯罪視するに至った、米国が駆り立てた「ドラッグ戦争」に対決したコカ農民の闘争指導で知られるようになった。次いで彼は、二〇〇〇年に水の私有化に抗議して、また二〇〇三年には天然ガスの国有化を求めて、民衆を大量に街頭に連れ出した諸々の社会的革命で、活力ある役割を果たした一人となった。
諸々の社会運動は、新自由主義の諸政権に終わりをもたらす形で成功を見た。それらの政権は一九八〇年代以来、ボリビアの天然資源の私有化と搾取を続けてきていたのだった。こうして二〇〇五年、エボ・モラレスの「社会主義への運動」(MAS)党が、国有化の約束に基づきこれらの運動の支持によって選出された。
それから九年、モラレス政権は疑いなく、いわゆるプロセソ・デ・カムビオ(変革の歩み)を通してボリビア人多数の生活を改善してきた。貧困削減の領域では母親、子供、高齢者への現金支給を伴って、また抜本的に識字率を向上させた教育改革で、さらに医療サービスでも大きな前進がなされた。この医療サービスは現在、全員が利用できるものになり、キューバの医療支援との協力に基づき改善を見てきた。インフラと工業化もまた発展を見てきた。さらにボリビアの中心的諸産業の国有化に向けた努力は、モラレスのキャンペーンでは中心に置かれてきた。
二〇〇九年の新憲法は、直接民主主義の新たな仕組みを実行に移し、脱中央集権主義を押し進め、権限を地域、出先、さらに先住民諸領域に分散させるものとして、MASにとってもう一つの重要な成果だ。この憲法はまた、先住民の諸権利の前進と環境保全立法にとっての標識である「母なる自然」の権利に対する承認に加えて、ボリビア国家を多民族国家と認めている。三〇年に満たない以前には先住民が人種的差別によって一定地域に入ることを許されなかった国で、先住民が数で優勢かつ低所得のボリビア民衆からの強い支持にモラレスが恵まれている理由を理解することは、難しいことではない。

演説と現実のかい離

 しかしながら、ラテンアメリカの長い植民地支配の歴史から、さらに今日のグローバルな新自由主義から、真に絶縁することはほとんど不可能に近い。そしてそれは、政府の諸政策がそれによってモラレスが選出された約束の革命的変革に達していない、ということを意味していた。実際左翼の多くの批判は、モラレス政権は資本主義の搾取構造と格闘することなく、ポピュリズム的演説によって押し進められた表面上の政策調整に収斂してきた、と論じてきた。そしてある程度はそれが真実であるように見える。
天然ガス産業の国有化は、おそらく間違いなく、全面国有化に向けた資本収奪というよりも、国家の採掘認可料金引き上げを狙いとした、外国人所有の石油諸企業との単純な再交渉だった。政権の言説における言葉の選択は、産業は今や国家の手中にあるとモラレスが偽りの主張をするように、歴史的に彼らの所有権を求める頑強な戦士としてあったボリビアの民衆がこれ以上の国有化を何ほどか求めることを思いとどまるよう仕向けられている場合、問題含みとなる。
大統領の言説が現場の現実と完全には一致してこなかったのは、この問題一つではない。実のところモラレスは国際的に、パチャママ、つまり「母なる大地」の力あふれる守り手として知られている。そして世界規模の先住民の諸権利並びに土地を求める諸々の闘いを代表していると主張している。モラレスの環境の防衛および成長に駆られた資本主義に対する彼の大いに必要な批判は、世界中の諸々の社会にとっては注目すべき前進となっている。それに疑いはない。モラレスによって広く押し進められてきたスマ・カマナあるいはブエン・ビビル――物質的利益に集中することなく自然との調和の中に生きる必要――というアイマラ(ボリビアを中心に広がる先住民集団の呼称:訳者)の伝統は、発展に対する人を元気づけるオルタナティブな取り組みを映し出している。
しかしそうであっても、言説は彼の諸政策の現実とはかけ離れている。そしてこの諸矛盾を理解するために必要なことはただ一つ、採掘産業への政権の依存を注視することだ。

富の再配分VSパチャママ

 エボ・モラレスは富の再配分という彼の社会主義的諸政策に資金を振り向ける上で、ベネズエラやエクアドルにおける南米の同盟者と同様大いに、天然ガス、石油、また鉱物資源の採掘に依存しているが、それは環境保全の諸政策や先住民の諸権利推進に対立する可能性のある戦略だ。彼の政権は不名誉なことだが、ボリビアとブラジルの交易ルートを結ぶ高速道路建設によって脅威にさらされているティプニス特別保留区の保護を求める先住民の行進に対して、抑圧姿勢を示してきた。
ボリビアの先住民はこのところ、農業と飲料水の広範な汚染に結果すると思われる鉱山法に抗議を続けてきていたが、それはこの課題に関する抗議を犯罪とすることに、また指導的な批判的先住民運動、CONAMAQの本部の閉鎖に導いている。
今年の大統領選挙における候補者の一人であるフェルナンド・バルガスを含む先住民の批判者は、経済成長遂行の中での地球の破壊という点で、エボ・モラレスは彼の前任者たちと変わるところは何もない、と主張する。この論争は、社会主義の目標と環境上の目標の不明瞭な相反に一つの光を投げかけている。

失望を呼ぶ批判の犯罪化

 ティプニスとCONAMAQの運動に対する政権の厳しい抑圧は、社会運動と批判者に対するMASの難しい関係について、広範な懸念を例証している。何十年もの間彼らの諸権利のために闘ってきていた先住民運動は、政権の不安定化という目標、あり得る段階としてはクーデターという目標をもつ帝国主義者と資本主義者のグループの影響下で活動している、と責められることになった。
しかしながらこれらの告発は、先住民を帝国主義諸大国の単なる犠牲者として描き出すことによって、諸権利を求める彼らの闘いの中で先住民共同体が達成してきた巨大な成果を消し去るだけではなく、諸々の社会運動に対する次のような助けにならない二分化論を生み出してもいる。つまり「君はわれわれと共にあるのか、それともわれわれに敵対するのか、そのどちらかでしかない」と。
副大統領、アルバロ・ガルシア・リネラの知識人指導部の下でモラレス政権は、諸々の社会運動を解体し、批判者を反政権派のために活動していると責めつつ、批判のあらゆる形態を周期的に犯罪化してきた。モラレスが大統領になることをまず第一に可能としたものが根底的に批判的な諸社会運動であったことを思えば、この現実は失望を呼ぶものだ。

新任期は新しい希望を運ぶ


彼の政権の政策的な行き詰まりにもかかわらず、エボ・モラレスは今なお急進的変革への希望を代表し、彼の諸政策はボリビア人にとって巨大な潜在力を保持している。社会主義的な富の再配分という彼の政権の構想、および地域的協力を鼓舞することによりこの大陸の反帝国主義諸傾向に合流しようとするボリビアの努力は、正しい方向への真に積極的な一歩だ。
しかしながら、われわれがベネズエラで見てきたことと同じく、MASは、モラレスの時期が終わりを迎えた後にも強さを保つためには、プロセス・デ・カムビオに基づきさらに前進することを将来に向けて計画しなければならない。社会における政権の位置を強化する一つの方法は、諸社会運動と批判に向かい合う戦術を変え、労働者と先住民の諸運動は本物の右翼反政権派の政権の諸政策を解体しようとする努力からは分けて扱われなければならない、ということを認めることだと思われる。
衝突を呼ぶ現在の傾向は、左翼からの支持と信頼を失わせ、長期的にはMASを弱めるだけだろう。政権と社会運動間の協力と対話に向けた危険のない空間を可能とすることは、MASが確立しようと今挑戦中の、脱植民地化と社会主義の初期的進行を安定化させる上で基本となる。諸社会運動との論争を広げ、それらの社会構想を深化させることによって、MASが彼らのプロセソ・デ・カムビオを確実にするために、この新しい任期という好機を利用する、と期待しよう。
(二〇一四年一〇月一四日)

▼筆者は、紛争と国際開発を研究するSOAS(ロンドン大学)の大学院生。ボリビア政治に関し修士論文を書き上げた。彼女はボリビアで生活し、ラパスの政治研究センターであるCEDLAを拠点に、人権、エネルギー政策、また労働者保護の課題で活動した。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年一〇月号)

南ア

民主的左翼戦線(DLF)の声明

NUMSAがCOSATUから排除

正義が愚弄された悲しむべき日

 南ア労働者運動の親愛なる同志、友人諸君。
 これは恐るべき悲しい日だ。NUMSA(南ア全国金属労組、COSATU傘下最大の労組、もっとも戦闘的かつ最左派の労組として、現政権に対する対決路線を公然化させている:訳者)が今日午前除名された。公式投票は三三対二四だった。NUMSA委員長のアンドリュー・クリマが語ったように、NUMSAはCOSATU(南ア労組会議、南ア最大の労組ナショナルセンター、現アフリカ民族会議政権とはいわば一心同体的提携関係にある:訳者)そのものである。NUMSAは、もちろん他の組合と共にだが、COSATUを作り上げたのだ。それは、その様々な局面と歴史の中でCOSATUを形作った。
 労働者階級は、新自由主義の国家からの、また人を食い物にする資本主義からの、より大きくより鉄面皮な攻撃を前にすることになるだろう。こうした時代全体を通してわれわれは、ドラミニとヌチャリンチャリ指導部下のCOSATUが、新自由主義的経済・社会戦略であるNDP(全国開発計画)を前に降伏し、中でもおそらくもっとも破滅的なこととして、弁解の余地のないこと――マリカナ鉱山労働者の虐殺――を擁護するのを見てきた。

労資協調的で、
官僚的な組合へ
NUMSAの排除は戦闘的労働組合としてのCOSATUに終わりをもたらした。COSATUは、本質的に労資協調的で官僚的な組合へと、さらに堕落を深めるだろう。NUMSAは、この正義の中途挫折に対決して闘いを続けるだろう。それは、COSATUのいまだ戦闘性を保持している部分、最良の部分を再結集するために闘うだろう。それは、職の大量虐殺や私有化や労働の外注化と対決し、ディーセントワークと生活に足る賃金を求める誇り高い諸闘争を率いた、また二、三しか名前を上げないとしてもジンバブエやスワジランドの闘争中の大衆と連帯して立ち上がった、そうしたCOSATU基層メンバーのために闘うだろう。
左翼であると、また進歩的であり労働者階級であると主張する者たちにとって、期待に応えるべき時である。そうした人びとはNUMSA指導部を中心に再結集し、戦闘的で民主的な、また労働者が統制し独立し社会主義的な、そうした新たなCOSATUをめざして闘わなければならない。これは、南アフリカの労働者運動の歴史に新たな章を開くだろう。今は嘆き悲しむ時ではない。われわれは組織しなければならない。
一人に起きる危害は全員に起きる危害なのだ。
(二〇一四年一一月九日)(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年一一月号)


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