気候変動
IPCC、警鐘を鳴らす
エコシステム保全の暗黙の結論
反資本主義の道以外では不可能
ダニエル・タヌロ
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IPCCの第五次報告が公表されている。同第四次報告後の一時期、気候変動懐疑論者による、気候変動論は悪質なでっち上げ、との大宣伝が世界的に展開された。今回の報告はこの意図された「誤報」を完全に否定し、むしろ科学者たち多数の深刻な懸念をはっきりと表現した。二〇一五年のパリサミットでは二酸化炭素排出削減に関し一定の合意がなされる、とも予想されている。実際今回のAPECを機に会談した日中の両首脳は、両国が二酸化炭素排出削減に共に努力することを確認している。しかしそれらは本当に求められているものに値するものだろうか。今回の報告はどのようなものであり、何が必要とされているか、タヌロ同志がその評価を明らかにしている。以下に紹介する。(「かけはし」編集部)
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、第五次総合評価報告並びに政策策定者向け総括を公表した。以下に見るその診断に驚きはない。
つまり、
?地球温暖化は進行中であり、その主な原因は化石燃料燃焼であり、またその否定的な諸結果は肯定的な効果よりも重大である。
?前工業化期との対比での二度C以上の平均温度上昇を回避することは今なおおそらく可能だが、過去二〇年に取られた方策はわれわれを、三・七度Cから四・八度Cの間の温暖化に導く(気候の不確実性を考慮に入れた場合、二・五度Cから七・八度C)。そしてそれは、「非常に過酷な、広範に広がり、不可逆的な波及をもつ高度なリスク」に導くと思われる。
強く深刻な懸念かつて以上
この五次報告の中で行われた評価は、以前の評価と根本的に異なるものではないが、温暖化の精度の水準がより重要であり、不確実性のいくつかの範囲はより明確となり、著者たちの不安はかつて以上であるように見える。
あれやこれやの現象の蓋然性の水準を記述するために、「実質的に確実」(九九%以上の見込みに基づき)といった表現がますます使用されている。例えば、数世紀間の海面上昇継続や永久凍土融解の増大は今や、排出の抜本的削減がたとえあるとしても、「実質的に確実」と見なされている。
この報告の「客観的」で科学的なスタイルの背後にわれわれは、IPCCが警鐘を鳴らしていることを見る。専門家たちの懸念は明白だ。それは、政策策定者向け総括には二一〇〇年を超えた先の「突然かつ不可逆的変動」というリスク増大に関する一節が含まれている、という事実を通しても見えている。例えばわれわれは、「一〇〇〇年あるいはそれ以上を通じたグリーンランドの氷床の喪失、およびそれに関連する七メートルに達する海面上昇に対する閾値は、前工業期温度に比べた地球温暖化として、約一度C(低信頼度)よりも高いが、約四度C(中程度の信頼度)よりも低い」という記述を読むことができる。温度上昇の二度Cへの制限は、「地球のエコシステム」における極めて重大な変動というリスクを完全に排除するわけではないのだ……(注二)。
主犯は化石燃料由来二酸化炭素
メディアはしばしば、メタンガスが反芻動物によって作り出されるという事実を指摘する。また彼らは、森林劣化に起因する二酸化炭素排出に言及する。この情報は真実の一部にすぎない。そしてIPCCは、以下のように誤解を正している。すなわち「化石燃料燃焼並びに工業過程に起因する二酸化炭素排出は、地球規模の温室効果ガス排出の七八%のレベルまで寄与してきた。そして二〇〇〇年から二〇一〇年までも同じパーセントだった」と。一九七〇年と二〇一〇年の間の様々な気体の総計を示すグラフは、以下のことが主な問題であることを確証している。つまりエネルギー資源としての、石炭、原油、天然ガスの使用ということだ。
この結論は、解決策に取り組むためには決定的だ。IPCCの専門家たちは、地球温暖化の「緩和」モデルに関し現在ある文献の総覧を作成した。彼らは、温室効果ガスの大気中濃度が今世紀末までにそこで安定化するとするレベルに応じて、八例の異なったシナリオを記述している。各々のシナリオに対して、一つの表が、二〇五〇年から二一〇〇年の間で実現されることが必要となる排出削減量を、また今世紀間に前工業化期との対比で一定水準以下にとどまる温度上昇の蓋然性(一・五度C、二度C、三度C、四度C)を与えている。各々のシナリオに対して中心的役割を占めるのは、化石燃料燃焼に由来する二酸化炭素の削減だ。
悪夢と革命の間にシナリオ
制限がもっとも緩いシナリオは、排出が多少とも現在の率で継続するシナリオだ。この場合には、四度Cを超えて上昇が進む蓋然性は、「なさそうというよりもありそうだ」。果てしのない社会的かつエコロジカルな破局のリストは、悪夢以外の何ものでもない。例えば人間の健康の場合この報告は、「一年のある期間ではいくつかの地域で、高温と高湿度の組み合わせが、食物の栽培や野外での労働を含んで、人間のありふれた諸活動を傷付けると予想される(高度の信頼性)」と述べている。農業と漁業の生産性は深刻な影響を受けるだろう。生物多様性の低下は加速されるだろう。
様々上げられた蓋然性のもっとも端に置かれたものとして、少数の研究は、等価二酸化炭素大気中濃度の四三〇ppmでの安定化を考えている(注三)。しかしこれは現在の水準であり、それは、このシナリオで必要となる努力が極度に制限の厳しいものとなること、そして途方もないと言ってもよいものとなることを意味している。つまり二〇五〇年で、地球規模の排出は七〇%から九〇%まで落とされなければならないだろう(二〇一〇年水準との比較で)。二一〇〇年ではそれらは、一一〇%から一二〇%まで落とされなければならないだろう(注四)。政策策定者向け総括はこれをさらに進んで説明してはいない。
このシナリオが示唆しているのは、生活のあらゆる領域のいわば革命的再転換だ。しかしこれは、一・五度C以上の地球温暖化を回避する蓋然性を提供するただ一つのシナリオだ――そしてこれこそがまさしく、数多くの科学者(IPCC議長を含んで!)が必要だと考えている目標なのだ。
報告は実際には二つのシナリオ、つまり四五〇ppmでの安定化、および五〇〇ppmでの安定化、に力を集中している。考えられている諸条件にしたがえばこれらのシナリオは、「ありそう」(六六%以上の蓋然性)、「なさそうというよりもありそう」、あるいは「ないというよりもありそう」として、各々最大二度Cの上昇を示している。一・五度Cの上昇以下にとどまることは、あれやこれや考えた上で結局は、四五〇ppmでの安定化という枠組みの中で見ることができるだけだが、その可能性はまったく僅かだ(「ありそうというよりもありそうにない」)。
社会的、政治的な困難は巨大
これらのシナリオは大気中の温室効果ガス増大に一定の(小さな)余地を残している(限られた時間幅で少量の化石燃料を燃やすために)。しかし諸々の制限は厳しいものとならざるを得ないだろう。
たとえば四五〇ppmでの安定化の場合、世界規模の排出は、今から二〇五〇年までの間で四二%から五七%まで、二一〇〇年時点では七八%から一一八%まで引き下げなければならない(二〇一〇年比で)。二〇五〇年には、ゼロカーボンであるいは低炭素でつくられるエネルギー量は、世界規模で九〇%までに高められなければならない(注五)。諸々の排出の七八%が化石燃料燃焼由来の二酸化炭素によりつくり出されていること、この燃焼は人間が使用するエネルギーの八〇%を表していること、これを知るならばそれは、困難の大きさを示している。
この困難にはもちろん技術的側面があるが、われわれはここでそれを述べることは控える。しかし先頭にあるものは社会的側面と政治的側面だ。報告は、諸国間での努力の公正な配分(それら諸国の歴史的責任に関連した)、諸技術の分かち合い、国際協力の必要性、気候変動に対する闘いと貧困に対する闘いの結合の重要性、この結合がはらむ倫理的要請、さらに人間という種に提起されている突き付け……を力説している。これらは、潜在的には新自由主義の論理に対決して置かれる決定的な諸点だ。IPCCからの報告がこの種のメッセージをそのような強さで送り出したことは、以前にはまったくなかったことだ。
「資産の価値を低める」とは?
同時に、社会的であるが、しかし極めて重要でありながら政策策定者向け総括がむしろほとんど語っていない困難がある。ある個所でわれわれは次のようなことを読むことができる。つまり「緩和政策は化石燃料資産の価値を低め、化石燃料を輸出する者にとっては所得を低める可能性をもつだろうが、諸地域と諸燃料の間には諸々の違いがある(高度の信頼性)。ほとんどの緩和シナリオは、主要な輸出主体にとっては、石炭と原油貿易からの所得低下と結びついている(高度の信頼性)」と。
これら二つの短い文章は極めて重要な問題に触れている。つまり、温暖化が二度C以上に進まないためには、現在知られている化石燃料の埋蔵量の八〇%は地中に留められなければならず、決して採掘されてはならない。【しかし】これらの埋蔵資源は石油企業と生産国(支配的家族)がもつ資産の一部なのだ。「緩和政策は化石燃料資産の【価値を低める可能性をもつだろう】」と書くことは、ある種婉曲話法である。現実には、本物の緩和政策はそのような資本の大部分の単純な破壊を意味している。(【】は著者強調)
化石エネルギー部門の指導者たちははっきりと危険を感じている。それこそが、彼らが「気候変動否定論者」に大量の資金提供をこれまで行ってきた理由であり、この戦略は実際彼らに何ほどか多くの時間を与えた。しかし長期的には、これら偽科学者たちの嘘がIPCCによって提出される心穏やかでない科学的な証拠をさえぎることができる、ということは高度にありそうにない。その理由からこそ強調点は、石炭、原油、また天然ガス部門のボスたちの利得維持と両立する――われわれは「現実的」であるべき――緩和政策の探求にますます置かれている。
資本を攻撃せよ、が最終結論
炭素の捕捉と地質的隔離(CCS)はある種戦略的地位を占め、IPCCによる報告はそれに多くの重要性を置いている。しかしわれわれは、二度C以下にとどまることは僅か〇・〇六%だけしか成長を引き下げないという「グッドニュース」にメディアが焦点を絞っている場合に困惑しないために、理解しなければならない。しかもこの数字は、報告の中でふれられている……。
しかし報告はまた、この数字は炭素の大量捕捉と隔離という仮説の中で計算された、とも言っている。報告によれば、今から二〇三〇年までにわれわれが必要とするエネルギー移行には、世界規模で年当たり何千億ドルもの費用がかかるだろう。これはいわば安心感を与える額であるように見える。しかしCCSなしということでは、転換の費用はさらに一三八%あるいは二〇〇%すらも上乗せがあると思われる……。
しかしながら、化石燃料の役割ははるかにより大きな問題の単なる一側面にすぎない。つまり問題となっているのは蓄積の論理なのだ。限りある世界で無限の成長などあり得ない、と言うことは自明の理であるように見える。今から二〇五〇年までに抜本的に排出量を引き下げるためには、そしてこれらの排出は主にエネルギー転換によってまず作り出されるということを知るならば、われわれはエネルギーの最終消費を引き下げなければならず、それを、「今よりもっと」を問題にするようなやり方でこれを実現しなければならない。煎じつめればわれわれは、物質的生産と輸送を引き下げなければならないのだ。
われわれがあらゆる無用で有害な生産、計画的に組み込まれた退行、グローバリゼーションという枠組みによる商品と人びとのとんでもない量の輸送、その他をやめれば、生活の質を害することなく(それとは逆に生活の質を高めつつ)これは可能だ。これは、われわれが職や富や知識、また技術……を分かち合うならば、可能なのだ。
しかしこれらの仮説の各々は、われわれを同じ結論に、つまりわれわれは文字通りの資本を攻撃しなければならない、という結論に導く。
緩和の諸モデルを作成している研究者の多数は、この可能性を考慮に入れていない。彼らにとって蓄積は、風景の一部、あるいは自然の法則の一部ですらある。それゆえ彼らのほとんどは、彼らの戦略の中に核エネルギーの拡張そしてバイオマスの大量燃焼をもまた含めている。これらは蓄積を求める間違った回答だ。
政策策定者向け総括はこうした技術のもつ一定のリスクに言及している(特に食料生産とバイオマスの間にある競合関係)。しかしIPCCはただ、現存の諸研究を編集しているにすぎず、それゆえそれらに依拠している。
環境にとどまらない挑戦必要
二〇一五年末の来るパリサミットは、気候での合意に達すると想定されている。IPCCは、彼らの前面に各自の責任を公平に置くだろう。これは重要な要素となるだろう。しかし諸政府は反資本主義の仮説を考慮に入れることはない。破局の輪郭はより確実に、より鮮明によりおどろおどろしいものとなろうとしている。一方で何億人という貧しい民衆がすでに地球温暖化の最初の犠牲者となっている……。最良な場合でもこれらの政府はわれわれの背後で、環境のレベルでは不十分な、社会のレベルでは不公正な、そして技術のレベルでは危険な気候の合意をでっち上げることができるだけだろう。EUによる最新の決定はこの危険性をはっきりと示している。
もう一つの道は、社会的動員の結果としてのみ取られ得る。なぜならばそこには、単なる環境の諸問題以上のものが賭けられているからだ。つまり、人間であることを賭けた挑戦が本質的なのであり、それは、その他すべてを決定することになる社会と文明の選択の問題だ。
敵は手強い。われわれは、抑圧され搾取された者たちすべてによる集団的行動を通してのみ彼らを後退させることができる。われわれは今ここから、社会的でエコロジカルなオルタナティブ、すなわちエコ社会主義を選ぶ最大限可能な戦線を築き上げるために、IPCCが鳴らし始めた警鐘を利用しなければならない。(二〇一四年一一月二日)
注一)IPCCは、@気候変動の科学、Aその影響とそこへの適応、B緩和政策、にその作業が集中する三つの作業部会から構成されている。各作業部会は報告を書き上げ、次いで各報告はさらに政策策定者向け総括と共に公表される。報告は科学者たちによって書かれる。政策策定者向け総括は、科学者および政府のために発言する諸国家の代表たちによって、共著として作成されている。
注二)短期的には(今から二一〇〇年まで)この制限はおそらく海面上昇を、約四〇pに保つよう制限することをあり得るものとするだろう(六六%以上の蓋然性で)。しかしこの推定は、南極大陸氷床のもっとも脆弱な部分の脱落を含んではいない。二人のアメリカ人研究者は六カ月前、この脱落はすでに始まり、それを止める可能性はありそうになく、これは不可避的に、今後の三〇〇年から四〇〇年先の間で一・八メートルの海面上昇をもたらすだろう、と警告した。
注三)ガス濃度は一〇〇万分の一単位で表現される(ppm:対象ガスの、一〇〇万分子当たりの分子数)。様々な温室効果ガスの放熱能力は二酸化炭素の放熱能力に換算され、それをわれわれは二酸化炭素等価量(CO2eq)と呼ぶ。
注四)一〇〇%以上の減少は、地球がそれが作り出している以上の温室効果ガスを吸収していることを意味している。これは、光合成を通して二酸化炭素を吸収する樹木で大きな地球表面が植生される場合、あり得ることとなる。
注五)この制約は、他の二つのシナリオに対しても似ている。
▼筆者は、実績のある農学者であると共にエコ社会主義の環境活動家。「ラ・ゴーシュ」(第四インターナショナルベルギー支部であるLCR/SAPの月刊誌)に常時寄稿。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年一一月号)
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