資本主義の危機の現段階と極右政治勢力の台頭(上)
「旧帝国主義」と「新興諸国」との相克
小林秀史
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新自由主義的グローバリゼーションの構造的破綻を刻印したリーマンショックから六年後の世界は、新しい「カオス」というべき状況を出現させている。今日の東アジア太平洋をめぐる情勢と第二次安倍政権の性格も、そうした国際的枠組みの中で捉え直してこそ、つかみとることができる。小林同志による今日の情勢についての問題提起を前号のルッセ論文とあわせて論議していただきたい。(編集部)
「もうひとつの世界」は
本当に可能だったのか
二〇〇八年九月のリーマン・ショックとそれ以降の欧米を中心とする資本主義体制の危機は、新自由主義的グローバリゼーションの中で台頭した国際金融資本によって引き起こされた歴史的危機だった。
各国政府は、銀行救済のために莫大な資金を投入した。金融機関に対する憤りと批判の高まりの中で、国際機関や各国政府は金融・投機への規制、行き過ぎた市場原理主義の修正、所得格差の是正と国内需要の創出について語り始めた。ケインズ主義的な改良、あるいは環境問題と経済成長を結びつけるグリーン・エコノミーが現実的な対案としてさまざまな人々によって提唱された。
このような状況を背景としてギリシャ、スペイン、ポルトガル等の諸国で、社会民主主義(「社会自由主義」)政党が政権に就き、また、米国のオバマ政権、日本における民主党政権も、改革への期待を背景にして登場した。
〇八年の危機から六年を経て、国際金融資本は完全に立ち直り、それどころか、ますます大胆に各国政府をコントロールするようになっている。人々の怒りと改革への期待を背景に登場したヨーロッパの社会自由主義的政権や、米国のオバマ政権、日本の民主党政権は、国際金融資本や多国籍企業の支配に何一つ抵抗することなく、財政再建を名目に一層の新自由主義的政策に邁進した。その結果、一部富裕層を除く大多数の人々の困窮は深まり、社会自由主義的政権(日本の民主党政権を含む)は信頼を失い、多くは無残な形で崩壊した。
一方、既成政党への失望と議会制民主主義の機能不全は、「広場占拠」に象徴される新たなラディカルな大衆的運動、直接民主主義を表現する運動の登場と、その急速な発展をもたらした。また、二〇一〇年末から一一年にかけて、チュニジア、エジプトで始まった「アラブの春」と称される民主主義的運動が、欧米諸国における「広場占拠」の運動と共鳴して、新しい市民革命を予感させた。しかし、「アラブの春」はその後、シリアにおける内戦、エジプトにおける軍部独裁の復活等、極度に困難な状況に陥っている。
一九九九年のシアトルでのWTO閣僚会議に対する闘いをきっかけに、新自由主義的グローバリゼーションに反対する運動が世界的に発展し、相互に連携を深め、「もうひとつの世界は可能だ」というスローガンが、ラディカルな変革を志向する運動団体や活動家の間の共通の感覚を端的に表現するものとなった。
世界社会フォーラムをはじめとする数々のイベントが世界から数万人の活動家を結集し、新自由主義の支配に対する抵抗を可視化し、複数主義と参加型民主主義の理念の下での協働の経験を共有してきた。
しかし、この新自由主義的グローバリゼーションに反対する運動、あるいはオルタグローバリゼーション運動も今、明らかにそのダイナミズムと求心力を失っている。
こうして〇八年の危機から六年を経て、現在、われわれが直面している世界の状況は、金融資本と多国籍企業の支配の一層の強化と、政治の分野における全般的右傾化、民主主義の衰退、そして極右政治勢力の台頭という極めて閉塞的な状況である。
多くの左翼活動家や市民運動活動家にとって、あるいは少なくとも筆者にとって、こうした事態は全くの予想外、あるいは「期待外れ」であった。
本稿は、現在の世界の状況について、九〇年代後半から十数年のさまざまな政治・経済・社会的変化の一つのサイクルの終焉と新しいサイクルの始まりという脈絡の中に位置づけ、われわれが現在直面している課題、闘いの方向性と展望についての一つの視点を示すことを意図している。
「もうひとつの世界」は本当に可能だったのか、そして今でも、「もうひとつの世界は可能だ」と言い続けることができるのか、これが本稿のテーマである。
世界資本主義は危機を乗り
切ることができたのか
一〇月二九日、米国FRB(連邦準備制度理事会)は、〇八年以来実施してきた量的緩和策を同月末で終了すると発表した。「日経」同三一日付の社説は、「米国の景気回復の足取りはしっかりとしている。雇用情勢も次第に改善し、今年九月の失業率は五・〇%とほぼ六年ぶりの低水準となった。FRBがこの時期に量的緩和を終え、金融政策の正常化に向けて大きくカジを切るのは妥当といえるだろう」と述べている。
同三一日付の「毎日」はこのFRBの発表に関連して、次のように述べている。「……日欧や新興国などの景気回復が力強さを欠く中、世界経済は当面『米国頼み』の状況が続く。……三回にわたる量的緩和でFRBは、四兆ドル(約四四〇兆円)ものお金を供給し、世界経済を下支えしてきた」。
「米国の景気回復の足取りはしっかりとしている」、……金融アナリストや大手メディアがこのように言う時は、経済の大きな破局が近づいている時であることを、多くの人々は経験則として感じているだろう。
確かに、米国経済は最悪の危機は脱出したと思われる。「(米国の)七月の貿易は、輸出が前月比〇・九%増の一九八〇億ドル、輸入が〇・七%増の二三八六億ドルで、貿易赤字は〇・六%減の四〇五億ドルとなった。輸出は三カ月連続で過去最高を更新した。財別では輸出入とも自動車・同部品が伸びた。また主要国・地域別(前年同月比)では、輸出入ともにカナダやメキシコが伸びたほか、輸出では英国、輸入では中国が伸びた」(JETROのウェブサイト、九月一二日付)。失業率も五・九%まで下がったとされている。
しかし、鉱工業の生産が回復しているわけではなく(微増と微減を繰り返している)、雇用増については、サービス産業における不安定雇用が大部分である。この程度の回復は、住宅バブルや金融バブルが再び崩壊すれば、たちまち消散してしまうだろうし、そのような事態はそれほど遠い先ではないと予想される。
以上のような留保を付けた上で、とりあえずは米国経済、そして資本主義世界経済が〇八年以降の空前の危機から立ち直ったと仮定しておこう。
中国、BRICSの台頭―新し
い帝国主義間抗争の始まりか
筆者は本紙二〇一二年七月二三日号に掲載されたEU債務危機に関する論評の中で、デヴィッド・ハーヴェイ、『資本の<謎>世界金融恐慌と21世紀資本主義』(作品社)から、以下の記述を引用した。「金融危機・恐慌は資本主義の非合理性を合理化することに役立つ。恐慌はたいていの場合、勢力の再編成、新しい開発モデル、投資の新しい領域、階級権力の新しい形態をもたらす……」(二七―二八ページ)「われわれが異なった形でこの危機を抜け出せるかどうかは、階級的力関係に相当かかっている。……」(二八ページ)。
実際、〇八―〇九年に始まる恐慌は、「勢力の再編成、新しい開発モデル、投資の新しい領域、階級権力の新しい形態」をもたらした。また、階級的力関係の結果、われわれは「異なった形でこの危機を抜け出す」ことができなかった。
世界資本主義がとりあえずは危機を乗り切ることができた最大の要因は、中国をはじめとするBRICS諸国あるいは新興諸国の強力な経済成長である。もう一つの重要な要因は、各国で危機に便乗して猛烈に展開された緊縮政策と労働者の賃金や既得権への攻撃に対する各国の労働者階級からの抵抗の弱さだった。
中国は改革・開放を通じて資本主義世界市場に門戸を開き、外国資本の導入と輸出向け生産を通じて米国や日本に追いつくという段階を通過し、世界第二の経済大国として、アジアだけでなく、アフリカや南米にも経済的影響力を及ぼしている。中国共産党と中国政府は従来、覇権国たる米国との対立を避け、米国主導の世界経済のルールの下で「平和的台頭」を目指してきた。
しかし、〇八―〇九年を境に中国は世界経済に対する圧倒的な影響力を確立した。世界経済の中心がG8からG20に移行し、G20においては中国の積極的な関与がなければ何も実効性のある合意が成立しない。
危機にあえぐ米国やEU、日本の経済を下支えしてきたのは、拡大する中国市場であり、中国の金融資産であった。
中国だけでなく、ブラジル、インド、南アフリカ、ロシアもそれぞれの地域における経済的な支配的位置を確立し、米国やEUと競合している。
BRICS銀行とBRICS
外貨準備基金
BRICS諸国は、七月一五日に開催された首脳会合で、米国主導の国際金融秩序に対抗し、発展途上国や新興国へのインフラ開発を支援する独自の開発金融機関「新開発銀行」(BRICS銀行)の設立と外貨準備基金の創設を決定した。また、ロシアのプーチン大統領は九月五日、G20首脳会合に合わせて開催されたBRICS首脳会合で、「BRICS外貨準備基金創設構想は最終段階にある。総額は一〇〇〇億ドルで合意された」と述べた。
この新開発銀行と新しい外貨準備基金は、世界銀行とIMFを通じた米欧による経済支配に対抗するという側面と同時に、BRICS諸国による発展途上国や新興国に対する経済支配の手段という側面もあることに留意する必要がある。
九〇年代後半から〇〇年代前半に、中国、ブラジルを中心とする「新興国」は、国際政治の舞台で、欧米諸国主導のルール作りに抵抗するG77諸国、あるいは「南」の諸国を代表してきた。ブラジルの労働運動・小規模農民の運動を背景とする労働党とルラ政権は中南米の帝国主義支配からの自立を促進する上で大きな歴史的役割を果たしてきた。とりわけ労働党の市長の下のポルトアレグレ市は、参加型予算と世界社会フォーラムの開催を通じて、全世界の反新自由主義運動のシンボルとなった。
しかし、大きな政治的・経済的影響力を確立してきたBRICS諸国は、特に〇〇年代後半以降、新自由主義的政策への傾斜を強めた。とりわけその対外投資は、土地や資源の収奪、環境破壊を伴うものであり、帝国主義のやり方と変わるところがない。本紙でも紹介されているように、中国、ブラジル、南アフリカを「帝国主義」、あるいは「サブ帝国主義」と規定することも一般化しつつある。
筆者は中国、ブラジル、南アフリカを新しい帝国主義、あるいはサブ帝国主義と規定することが適当かどうかについて現時点では保留するが(注1)、今日の帝国主義の世界支配の中でBRICS諸国がますますその補完的な役割を担っており、その対外経済活動を牽引している論理と力学は米日欧のそれと区別できないと考える。
今進行している事態は、まさにハーヴェイが言う「勢力の再編成」である。世界資本主義は単に危機を乗り越えたのではなく、その過程で新興勢力という大きな不安定要因を抱え込んだのである。
しかし、このことは旧帝国主義と新たな帝国主義強国としての中国、ブラジル、ロシアとの間の帝国主義間抗争がただちに全面化することを意味しない。将来において、これらの勢力の間の利害対立が先鋭化し、政治的緊張を伴った経済ブロック化が進む可能性を排除することはできない。しかし、現時点では新興勢力は、変化した経済的な力関係を国際機関や国際的ルールの中に反映することを求めているだけであり、欧米日の旧勢力は自らに有利なルール(特に、知的財産権)を押しつけることに腐心しているだけである。
旧勢力は新興勢力との経済的競争に勝ち抜く力を失っているが、金融を通じて、新興勢力の経済を攪乱することで相対的優位を維持する力は失っていない。最近の新興諸国における経済の減速あるいは資金の流出はそのことを物語っており、また、新興諸国の経済・社会構造の脆弱性を露見させている。(つづく)
(注1)筆者が中国、ブラジル、南アフリカを帝国主義と規定することを保留する理由は、欧米日の帝国主義と同じ用語で規定することが、歴史的背景を捨象し、欧米日の略奪や殺戮を相対化する議論を助長する危険があるということである。戦後の旧植民地諸国の独立後において、帝国主義という用語は主に、過去における軍事力を背景とした植民地支配からの連続性を強調するために使われているのであり、この用語を過去において植民地支配の犠牲とされてきた諸国に用いることには躊躇がある。
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