11.5-7鹿児島県議会・知事が「再稼働」承認
住民は認めない生きる権利のために
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30キロ圏内の
同意は不要か?
一〇月二八日の薩摩川内市議会による「再稼働」推進陳情の採択と、同日の岩切秀雄薩摩川内市長による川内原発再稼働承認によって事態は大きく動いた。間髪を入れずに鹿児島県議会の臨時会が一一月五日から七日までの日程で開催され、そこで県議会の承認(再稼働推進請願の採択)を経て、伊藤祐一郎鹿児島県知事が川内原発の早期再稼働承認を表明することは明白となった。
一〇月三〇日には、県議会での重要な攻防を見据え、労働者・市民たちの「再稼働反対」の闘いに結集の場を提供する「拠点」として県庁ビル入口付近に接してテントが手際よく設営され、昼夜を分かたぬ闘いが始まった。
一一月三日には宮沢洋一経産相が鹿児島県を訪問し、川内原発を「視察」するとともに伊藤祐一郎鹿児島県知事、池畑憲一県議会議長と再稼働に向けた詰めの協議を行った。同日、細田博之自民党幹事長代行も鹿児島市を訪れ、鹿児島県議会(欠員二人を除いて四八人)の圧倒的過半数(三五人)を占める自民党県議団と懇談し、川内原発再稼働促進への最終的意思一致を行った。
一方、再稼働にあたって立地県と当該自治体のみの「同意」で十分だとする政府に対して、三〇キロ圏(防災対策重点区域、UPZ)内に入る立地当該市町村以外の自治体首長の五四%は、防災体制づくりを含めて「同意」を求めていると報じられている(「朝日」11月4日朝刊)。川内原発と最も近い地域で五キロしか離れていないいちき串木野市(同市は住民の過半数が再稼働反対の署名を行っている)や三〇キロ圏に属する日置(ひおき)市、姶良(あいら)市も再稼働の条件として「同意」を求めている。
一一月六日の衆院原子力問題調査特別委員会では、東電の姉川常務自ら、菅直人議員の質問に答えて「三〇キロ圏内の自治体に理解してもらえない場合は再稼働の条件を満たさない」と述べた。東電幹部自ら「再稼働には三〇キロ圏の同意が必要」と述べたことに、政府は慌てふためき、菅官房長官は姉川の発言を否定するために走り回った。
「巨大噴火」の予測
は不可能だ!
さらにもう一つ大きな出来事は、日本火山学会の原子力問題対応委員会(会長:石原和弘京大名誉教授)が一一月二日に福岡市で行った会合で、「巨大噴火の予測と監視に関する提言」を取りまとめたことである。この提言では、「電力会社によるモニタリング(監視)によって噴火の前兆を把握する」という原子力規制委のガイドラインに対し、「可能性、限界、曖昧さが考慮されるべき」と批判している。
この福岡での学会で出された資料には「気象庁・火山噴火予知連絡会には、規制委からガイドライン制定時にまったく相談がなく、行政機関で調整が行われないまま、川内の優先審査のみが先行している」と書かれている。「南九州での平均的なカルデラ噴火の間隔は九万年だが、直近の噴火は約三万年前なので、次の噴火まで六万年間隔の余裕がある」とする九電側の主張に対し、火山噴火予知連絡会の藤井敏嗣会長(東大名誉教授)は「とんでもない話」と切って捨てた。その上で藤井会長は「国や電力会社はカルデラ噴火のリスクがあり、科学的に安全だと言えないことを認めるべきだ。その上で、どうしても電力が必要で原発を動かしたいというなら、そう言うべきだ」と語った、という(「西日本新聞」11月9日、デジタル版)。
こうして一一月五日〜七日の県議会臨時会が、川内原発再稼働をめぐる攻防の当面する焦点となったのである。
県庁前テント
が行動の拠点
私自身は、一一月五日の夕刻に鹿児島に着いたため、県議会原子力安全対策特別委員会の審議に対する行動には参加できず、鹿児島市最大の繁華街である天文館アーケードでの情宣活動・ビラまきから参加することになった。チラシの受け取りは東京などよりもはるかに良いのだが、鹿児島の人によれば、それでも以前に比べれば悪いのだという。この日の宣伝活動では、「原発いらない福島の女たち」の黒田節子さんもマイクを握り「福島の悲しみを鹿児島で繰り返さないようにしてください」と切々と訴えたのが印象的だった。
翌六日は、早朝から県庁舎入口に張られたテントに集まり、全国から寄せられた三五枚にも達する「よせがき横断幕」を並べ、出勤する県庁職員や、通勤・通学の労働者・学生にチラシ入れ。県庁からも見える桜島は噴煙を上げ続け、降下する火山灰で配っているチラシはすぐにザラザラとなり、歩道にも灰が薄く積もっていく。地元の人びと、子どもたちの中にはフード付きの服で頭を覆っている人もいる。県庁入口には「灰を落としてから入ってください」という注意書きが置かれているほどだ。
多くの仲間たちが、議会庁舎前や県庁前で抗議の行動を終日続ける中で、私は一〇時からの原子力安全対策特別委員会の審議を「傍聴」することができた。「傍聴」といっても委員会室に入って直接やりとりを見聞きできるわけではない。委員会室の傍聴者用の席は二〇と少なく、地元の方もなかなか入ることはできない。私たちは委員会室の上の階の部屋で画像もなく「音声」だけで、審議の模様を聴くことができるだけだ。まさに「傍聴」だ。画像を流すための機材もない、というのが県議会職員の言い分である。
そんなわけだから、議長の「傍聴人、ヤジはやめなさい」という怒号はマイクを通して聞こえるものの、仲間の鋭い「ヤジ」自身は全く「音声」としては聞こえない、という何ともシマラナイ時間を過ごす羽目となった。
ごまかしだらけ
のアンケート
この日の特別委員会の議題は、(1)住民説明会の開催状況について、(2)住民説明会におけるアンケート調査結果について、(3)質疑、(4)質疑・陳情の審査と採択である。
薩摩川内市は住民説明会に参加した人のアンケートで「理解できなかった」という割合は三〇%程度なので、市民の間で認識度は高まっている、と述べている。しかしそのアンケートの方法は「地震対策」「火災対策」「津波対策」「止める・冷やす・閉じ込める方法」「放射性物質の拡散対策」などなどの項目にわたって、ひとつひとつ「理解できなかったところはありますか」と問うものであり、どこにも答えなかった人びとは「理解できた」と解釈する、実に恣意的なやり方を取っている。決して「理解できましたか」と問うものではないのだ。
他方、説明会に参加して全体的感想はどうかというアンケートは@良かったAまあまあ良かったB普通Cあまり良くなかったD良くなかった、という小学生に聞くような五択の質問なのだが、ここでは@良かった:一三%Aまあまあ良かった:一八%に対して、Cあまり良くなかった:二三%D良くなかった:二四%と、CとD合わせて四七%に達し、@Aを大きく上回っている。これで「市民の理解が進んだ」などと、どうして言えるのだろうか。実際、規制委員会の審査書について市民に説明した本人自身が「理解することは難しい」と言ったとのこと。まさに「語るに落ちる」というものだ。
避難計画についてはどうか。鹿児島県側は「国により、川内地域の避難計画をふくめて緊急時対応について具体的かつ合理的なものとなっていることが了承された」と述べる。この計画作成については内閣府から五人の担当官が派遣されたという。
しかしそのトップとなったのは「立地対策広報室長」であって、決して原発立地対策そのものの専門家ではない。作られた計画では、一〇キロ以遠の住民に対しては「風向きで避難場所を指定する」ということになっている、しかしたとえば、その日の風向きで避難者用の病院が変わるということになった場合、必要なベッド数が確保されるかという問題についてもきわめてあいまいなのである。
日をまたいで
委員会審議
原子力安全対策特別委員会の構成は一五人から構成されているが、議長を除く一四人のうち反対派は共産党一人、県民連合(社民党・民主党系)二人の計三人。残る一一人は自民党、保守系無所属、公明党でいずれも原発再稼働容認である。委員会の討議は三人の反対派が完全にリードした。
その中で自民党の薩摩川内選出の外薗勝蔵県議が、反原発の市民運動に敵意をあらわにしながら、「薩摩川内市民は両手を上げて賛成というよりも、『静かな賛成』だ。多くの市民は原発と向き合いながら暮らしてきた。これからもそうだ。軽々に原発いらないと言ってほしくない。反対と言うならぜひ住んでほしい」と語った。外薗は、ファミリー企業の外薗運輸機工を通じて川内原発関連の工事を受注し、川内3号機の増設にも中心的役割を担っている、文字通りの原発利権にどっぷりつかった議員だ。
一方、三〇キロ圏内の日置市選出の自民党・岩崎昌弘議員は、もちろん川内原発再稼働賛成の立場だが、「今後とも地元の協力が重要であり、三〇キロ圏内の自治体の同意を取り付ける必要がある」と繰り返し主張していた。それは、立地自治体しかカネのうまみにありつけない現状への不満であろう。しかし県の答弁は「地元の範囲の拡大に関して国に何らかの要請をするつもりはない」で固まっていた。
川内原発に関する陳情・請願についての審査は約三十数件に及んだ。三年前から先送りになっている原発関連の陳情・請願のうち「再稼働」を求めるものは一件のみで、残りはすべて脱原発・再稼働反対の陳情である。この件についても一つ一つ採択・不採択の論議と採択を行う。私は、県庁前テントで待機し、集会と抗議の座り込みを続けている仲間と連絡を取り、短い休憩時間に簡単な報告などをしつつ、「音声」だけの「傍聴」をしていたが午後一一時近くになって議場内の傍聴席に「空き」ができたため、やっと議場に入ることができた。すでに請願・陳情の採択に入っており、やっと自分でも「ヤジ」を飛ばすことができるようになったが、一二時を過ぎて、「再稼働推進」請願・陳情のみ採択、「再稼働反対」陳情はすべて不採択というまさに「不毛」きわまる結果に終わった。
日をまたいだ委員会審議が終わった後、県庁前テントを背後に、委員会での「再稼働」推進請願に反対する「記者会見」を行い、もう数時間後に迫った本会議採択、伊藤知事の「受け入れ」表明に抗する闘いへの態勢を整えた。
議会に響き渡る
「NO!再稼働」
いよいよ一一月七日、午前一〇時からの本会議に向けて県庁前には鹿児島をはじめとする九州各県、そして全国から労働者、市民、学生が結集し、その数は四〇〇人に達した。九州以外の参加者は、私が確認した限りでも青森、福島から、茨城、埼玉、東京、千葉、神奈川、新潟、富山、大阪、広島、愛媛にまで及んでいる。
「ストップ原発再稼働!3・11鹿児島集会実行委員会」が主催した集会では、前夜の委員会で「再稼働推進」請願に反対した遠島春日児(県民連合)、前野義春(県民連合)、松崎真琴(共産党)各県議が連帯の発言。柳誠子県議(県民連合)もかけつけて本会議での再稼働推進請願に反対する立場を明らかにした。
さらに福島から一二人でかけつけた福島共同センター、九州各県の仲間も次々と全国に先駆けた川内原発再稼働をくつがえす闘いを作り上げていくことを訴えた。
本会議では午前一一時五〇分に「再稼働を求める陳情」を採択。その時、傍聴席からは「川内原発再稼働 NO」と書かれた紙を掲げて、「再稼働反対!」という抗議の声が響き渡った。
たたかいは
終わらない
一二時過ぎからは県庁前テントで記者会見。この会見の主役は鹿児島の二〇代、三〇代を中心とした比較的若い世代の人びとでつくる「天文館アトムズ」。代表の鮫島亮二さんは次のように訴えた。
「知事は鹿児島を捨てた。これは土地への敬意を欠いた決定だ。私の子どもは三歳になる。あの三・一一の一カ月後に生まれ、生後三カ月で九電抗議の行動に参加した。鹿児島では残念ながら若い人たち、とりわけ若い男たちの参加が少ない! 私は子どもたちのために長く生きようと思うようになった。そのためには廃炉しかない」。
「天文館アトムズ」の「主流派」である女性たちの元気あふれる発言に続き、再稼働阻止全国ネットから小川さんが、川内原発直近の久美崎海岸に作られた「脱原発テント」を紹介した。
「このテントは運動の拠点を作るということと、地域の人たちとのつながりを作るという目的で建てられた。毎日、地域の人たちが訪ねてくる。私たちは何かを伝えるというより地域の人たちの話を聞くことを大事にしている。おそらく六〇〜八〇%の人たちは再稼働に反対しているだろう。しかしその意見をはっきりとした形で表明することが重要だ。伊方の人たちは『原発がなくなるまで闘いをやめなければ、私たちは勝つ』と語っている」。
記者会見に続いて、午後一時からは再び県庁前での集会。北九州からの参加者は、以前、九州電力の社長が「定期検査を終えた原発を動かさないのは車検を更新した自動車を運転しないのと同じくらい愚かだ」と語ったことを紹介し、九電の体質を厳しく批判した。
福島原発事故緊急会議は、東京でこの間継続している九州電力東京支社抗議行動の報告と、安倍内閣の焦りと危機感に満ちた「前倒し的再稼働強行」を批判した。鹿児島3・11実行委員会は「私たちは豊かな経験を積んできた。足がかりはたくさんある。来年早いうちに全国集会を準備したい。今日の事態で再稼働が決定されたわけではない」と強調。向原祥隆さん(反原発・かごしまネット)は「推進側は誰も自分から発言しようとはしていない。多くの人が反対しているのに県議会だけで強行することなど許せるものではない。絶対に再稼働させない、という思いで闘おう」と訴えた。
この日、前日までは県庁の食堂に入ることを認めていた鹿児島県は、この日になって「反対する人たちは県庁食堂には入れさせない」との理不尽な対応に出てきた。理由を問えば「危害を加える恐れがある」というとんでもない口実だ。向原さんは、こうした鹿児島県の態度にも怒りをぶつけた。
そしてついに午後二時半、伊藤祐一郎鹿児島県知事は記者会見で@事故時に国が責任を持つことを国が約束したA原子力規制委員会の審査で安全性が確認されたB立地自治体である薩摩川内市と市議会、そして鹿児島県議会の同意が得られた、という理由で川内原発再稼働に同意した。
安倍政権は、川内原発を皮切りに、第二弾として高浜原発(福井県)再稼働の準備も開始し、福島原発事故などなかったかのように原発の「ベースロード電源」としての推進に本格的に踏み出そうとしている。この焦りに満ちた突進に対し、ふたたび脱原発の力強いうねりを巻き起こそう。それは何よりも川内原発再稼働そのものの出鼻をくじくところから始まる。 (K)
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