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    かけはし2014.年11月10日号

本当にみごとだ マララ!


パキスタン

女性にとって本物の喜びの時

印・パ民衆にもよいメッセージ

ブシュラ・カリク

 よくやった、マララ! すべてのパキスタン人は、あなたを誇りに思っている。今日あなたは、私たちの頭を上げさせた。あなたは、アブドゥス・サラム博士に続いてパキスタンの別の側を示すことになった二番目の人物であり、そして世界に、テロに引き裂かれたパキスタンの柔和な顔を引き入れ、私たちに本物の喜びの一時を与えた。すべての女性、特にパキスタンの女性にとってそれは、女性に対する根強い抑圧が息つく暇も与えない、そうした暗い時期における輝かしい瞬間だ。
 教育を映す一枚の写真が、国連事務総長代理のジャン・エリアッソンとの会談以前にマララ・ユスフザイを擁護している。今日ユスフザイは、ミレニアム開発目標(MDGs)に向けたアクション五〇〇日を記念する特別イベントのために国連にいる。

反抗と抵抗の比類ないシンボル

 マララ・ユスフザイ――二〇一二年一〇月のタリバンによる殺人的襲撃から生き延びた――は、教育を受ける少女の権利のための戦士として全世界的に認められた。その時以来マララは、少女たちおよび女性の権利の旗手となった。彼女の犠牲は全世界レベルで少女たちの大義に光を当て、テロリストと原理主義者たちにおびえている人びとに勇気を与えている。彼女はこれ以上ない勇気をもって正統派信仰に異を突き付けた。そしてその勇気こそわれわれの多くに欠けているものだ。
ノーベル賞はマララのすばらしい勇気に対する麗しい承認だ。それはわれわれの多くに、正義のための戦闘がノーベルの一主張であることを思い起こさせるものだ。それを行っている者は誰であっても、尊敬と承認に値する。この年若い少女は今や、われわれのほとんどがそうしたいと熱望することを願うことすらできない反抗と抵抗の、比類ないシンボルだ。彼女は、一人の子どもとして、ただ一人で無防備なまま、原理主義者たちに敢えて立ち向かう勇気を示した何者かだ。彼女は、一冊の本、一本のペン、そして一人の少女が世界に立ち向かうことができると信じた。頑迷主義者たちのすさまじい暴力も、彼女の古典的な決意にフタをすることはできなかった。

家父長制擁護勢力に対決しよう


女性たちが何世紀も前から抑圧され、テロで引き裂かれている地でマララは、家父長的かつファナティックな勢力による少女たちに対する抑圧をもはや受け容れるつもりはないと公言し、勇気をもって立ち上がった。少女たちの教育が長い間法に反して押しのけられてきたある種退廃的な社会でマララは、暗黒の諸勢力に対決する断固とした立場を通して、女性蔑視がはびこる文化的、社会的、政治的規範を受け容れることを拒絶している。マララの鮮明な声は、生活のあらゆる分野での隔離というジェンダーの貶めが人道に反して容認されている家父長的社会で、女性を残酷に扱い続けているこの国での家父長制のはびこりを思い起こさせるものだ。
われわれが恥と思うべきものは次のことだ。つまり、教育の権利を求める一人の少女が彼女の生命のためにこの国から逃げ出さざるを得ず、しかしその一方で、集団的否認のための共謀と過激な気質に向けわれわれの貪欲な食欲を高めるよう、何百万というわれわれが彼女をあざ笑うことしかできないという、そのような点までこの社会を支配的諸勢力が押しやってしまった、ということだ。悲しいことだが、多くのパキスタン人は今なおマララの受賞を西側の陰謀と見ている。そして主流メディアはそれを、いわゆる反パキスタンキャンペーンの一部と描く傾向にある。まったく同じく悲しむべきことは、アブドゥス・サラム博士――世界から認められたパキスタン最初の科学者――に対する社会的否認だ。
カイラシュとマララのノーベル平和賞共同受賞は、インドとパキスタンの民衆に対してもまたよいメッセージだ。一体となって勝利を! ありがとう、マララ。あなたはパキスタンの真実の顔だ。これは、過激主義とタリバン化を敗北させる最良の道だ。その道を外してはならない。

▼筆者は、ラホールを基盤とする「女性労働者ヘルプライン」書記長。二〇一〇年に来日し、横浜APECへの対抗アクションに参加。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年一〇月号)

イタリア

トゥリグリアットとの連帯を

反ファシズム有罪化糾弾

 ファシスト党指導者の出演に抗議しテレビスタジオから退出したことをもって、 当時上院議員であったフランコ・トゥリグリアットに対し六年後に罪の宣告が行われた。
 元イタリア上院議員、そして今反資本主義左翼(シニストラ・アンティカピタリスタ)の著名な指導者の一人であるフランコ・トゥリグリアットが法廷に引き出された。二〇〇八年の全国政治キャンペーンの中で、イタリアのファシスト時代からその考えを取り入れ、今やフランスからギリシャ、ハンガリーからウクライナまで溢れつつある反動の波の一部となっている一政党、フォルツァ・ヌオヴァ(「新しい力」)メンバーのロベルト・フィオレの出演に抗議し、「ポルタ・ア・ポルタ」のスタジオを退出したことが理由だ。
 この極右政治勢力の指導者はトゥリグリアットと彼の政党が表現している政治的考えを好まなかった。そして、ファシズムに対する弁明書、並びにファシズムの暴力的、排外主義的政治的行為から考えを取り入れるどのような政党の再建も禁じているイタリア憲法に訴えた。
 六年後一人の判事が、ローマ検察庁が発した一訓令を手掛かりに、政治的には容認できない罰金刑を彼に宣告することの公表をフランコが知ることすらないまま、中傷としてトゥリグリアットに有罪宣告を行った。フランコはこの有罪判決に抵抗した。そして最終的に、一一月四日に公開裁判開始が期日指定された。われわれは無条件にフランコと共に、またイタリアや欧州で極右の攻撃的な台頭と戦っているすべての人びと共にある。反ファシズムを裁判にかけることなどできない。それはイタリア憲法に刻まれている。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年一〇月号)

投書

朝日新聞たたきに反対しよう

川島 透

 朝日新聞が過去の報道を一部訂正し謝罪した。報道に間違いがあれば、すみやかに訂正するべきだ。謝罪が必要な場合もあるだろう。安保反対。天皇制反対。オリンピック反対。ワールドカップ反対。北方領土の先住者はアイヌ民族だ。私は、朝日新聞とは意見のことなる部分もある。だが、「慰安婦」が存在しなかったことにしたい右派による朝日新聞たたきには断固反対する。原発が安全だとは思わない。
 ミルトン・マイヤーは、マルティン・ニーメラーの行動について以下のように記している。「ナチ党が共産主義を攻撃したとき、彼は多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。彼は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。彼はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。ナチ党はついに教会を攻撃した。彼は牧師だったから行動した ―― しかし、それは遅すぎた」。
 すべての民主主義者は、朝日新聞たたきに反対しよう。「慰安婦」にされた人たちに対しては、国家による謝罪と補償の実現を。日本はこれでいいのか。原発はいらない。政府による言論弾圧に反対しよう。記者に対する脅迫に反対しよう。
(2014年10月)



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