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    かけはし2014.年10月13日号

屈服を要求する政治の素顔


血も涙もない、非情な政治

セウォル号特別法制定野宿籠城

 ソウル光化門広場から青瓦台(大統領府)前まで歩いて行ってみる。222年前の1792年、朝鮮朝の王・正祖は官職のない嶺南のソンビ(学者)らが1万57人の署名を得た上疏文(上表、全長約100m)を持ってきたと告げると、彼らを宮殿内に招き入れ夜通し話をしながら涙を流した、と「正祖実録」などが伝えている。2014年8月末。同調断食している市民、断食祈祷をしている神父や修道女、野宿籠城しているセウォル号惨事の遺族、断食している進歩政党の議員らが、門を閉ざされた宮(青瓦台)へと向かう路上にいる。政治が社会的問題を解決する調停力を示すことができず、社会の懸案を街頭へ追い出している。一方の屈服を要求する非情な政治は国民を切り裂き葛藤を煽る。3カットの写真を通じて政治不在の状態をのぞいてみる。

社会の懸案を街頭に追い出す

 写真@はセウォル号惨事の遺族らが青雲孝子洞住民センター前で、徹底した真相糾明が可能な特別法制定のために大統領との面談を要求しながら籠城している姿だ。青瓦台正門から100mほどの距離の所だ。8月29日現在、8日目の野宿籠城中だ。今この写真を見ている人々も、いつの日かこのような写真が撮られる当事者になりかねない。「あなたの家族が犠牲者になり得る」と語ろうとしているのではない。あなたが社会的懸案の当事者となり得るし、政治が突破口を開けずに事態が長期化すれば結局、これら遺族のように街頭で徹底的に叫ばざるをえない、政治の機能喪失の沼にはまりかねないという話だ。そうこうしているうちにある瞬間、政府を危機に追い込んでいる不純勢力として罵倒されたり、「労組員出身だの、離婚しただの」などの個人史をあげつらいつつ、あなたはそのような要求をする資格があるのかというトンチンカンな問いを受けかねない。根本的解決よりも対立の前線を引き、「敵」と「味方」を作って相手を孤立させ事態の本質をあいまいにする、執権勢力の解決方式の犠牲になりかねないのだ。2009年のソウル・龍山惨事の遺族の1人であるチヨン・ヨンシンさんの話だ。
「セウォル号の惨事は我々とは異なった事件だが、(政府・与党が対処している)やり方は一緒だ。若い命が失われたが、これさえも…。与論駆り立てが我々の時と一緒だ。あの事件(龍山惨事)以降、政府の過剰鎮圧が問題だという国民的世論や惨事の責任を政府が取るべきだという大きな批判が起きると、『これらの人々は生存権の闘いをしたのではなく、(都心の)テロリスト』だとして世論の駆り立てを行った。(事案を)ひねりつぶしフタをしようとするならば、問題は解決されない。セウォル号の惨事問題についての対処は違わなければならないのに。(政府は)もう1つの死へと駆り立てている」。
陣営間の対立を煽り立て、一方を完全に屈服させようとする政府の深刻な症状が、セウォル号の惨事にも投影されている。チョ・グク・ソウル大法学専門大学院教授は「セウォル号の惨事は政派的事件ではないのにもかかわらず、パク・クネ政府は陣営(対決)の論理によって問題を解決している」と診断した。
「セウォル号事件さえも、パク・クネ政府は体制転覆勢力が団結して政権を脅かすと判断し、ここで押し切られてはダメだとして強攻策に出ている。典型的な冷戦の論理だ。維新的思考から解放されずにいる。陣営の論理を押し立て、敵どもを完全に打倒するか、譲歩したとしても政治的社会的に侮辱感を与え、最大限に力を削いだ後、善心を施すがごとくのやり方へと進んでいる。君主制において君主は挑戦を許さない。挑戦者を亡き者にし、挑戦者が要求したものの一部を『私(君主の)名』によって恩恵を施すように施行する。現在(わが社会が)『民主政』の外形を帯びているものの、内容的には君主制に向かっているのではないのかという冷笑的思いがする」。

政治体制から「共和制」を排除

 セウォル号特別法制定の過程において野宿籠城、街頭断食状況にまで駆け上がっているのは、事態を屈服させようとする政治がもたらした断面だとの分析が少なくない。政治学者のチョ・ジンマン・トクソン女子大教授は「利害関係の異なる社会の葛藤を解決するのが政治だ。社会の葛藤をめぐって熾烈に論議すること自体が政治的不安定ということではない。政治がキチンと機能するためには、相手を屈服させるのではなく、立場の違いを互いに確認し論議しながら、より良い方向へと進んでいけるようにしなければならない」と語った。問題の本質を解決せずに相手を抑えつけて状況を切り抜ける屈服強要の政治は「勝ったところで勝利ではないし、また別の社会的葛藤が生じれば(似たような)状況が繰り返される」というのだ。「韓国社会が理念的に2分されていて、『お前らが完全に誤りだ』と一方を屈服させること自体が困難な政治状況だ。そうすれば反対側の結果効果を招き、さらに極端な状況へと進む」という話だ。例えとしてチョ教授は「野党を責めたてれば政府・与党が有利だというわけでもない。(政府が推進している)法案の通過のためには野党の協助も求めなければならないからだ」し「与圏が野党を責めたてずに譲歩すること、譲歩してやることも必要だ」と語った。
もう1人の政治学者チェ・ジノン慶煕大フマニタス・カレッジ教授も、政治の悪しき形態である「ピョンカルギ(組分け)」が韓国政治の問題であり、一方が得をすれば他方が一方的に打撃を被る「ゼロサムの政治」に流れていることを憂慮した。特に彼は「我々は民主共和国を掲げているものの、政治体制としての民主はあるが、共和は存在しない」と語った。
「多数の考えがいつも正しいわけではないのに、(権力を握った側は)多数決の原則の専横を行使し、少数派のこれを無視する状況が繰り広げられている。討論、熟議、けん制、均衡を通じて公共のラインを追求する『共和制』の核心が、わが国の政治から排除されている」。
私が間違いかねないという考え、私が握った権力を自己中心的に非情に振り回すときの危険性を深く自覚する「政治的理性」の回復が急がれるべきだ、という話だ。

残忍に門前払いする大統領


写真A。国会議員らの青瓦台前断食籠城をめぐって賛否が行き交うこともあり得る。だが断食籠城をしていた正義党や統合進歩党の議員らに「国会でセウォル号特別法の交渉について意見を出せばいいのではないか」と問いつめることのできない政治構造を理解する必要もある。国会は院内の各政党が対等に論議する構造ではない。議員20人以上を擁する政党だけが院内交渉団体の資格を得て国会の議事日程や主要な争点の法案を独占的に論議する。正義党や進歩党のような非交渉団体は、セヌリ党と新政治民主連合の閉鎖的論議の過程を全く知らないまま、両方がセウォル号特別法の合意案をメディアに発表した瞬間に、その合意内容を知るところとなる。交渉過程に介入する余地がないのだ。
正義党は、遺家族が参加するセウォル号真相調査委員会が特検(特別検事制)を推進する方式によって捜査権・起訴権を保障する対案を提起したけれども、巨大両党の協議のテーブルから排除された。セウォル号の惨事のように社会的に大きな懸案の場合、非交渉団体まで含めて論議の枠を広げるか、根本的に交渉団体構成の議席の基準を大幅に緩和するなどの政治改革がなければ、非交渉団体の院内政党が強硬に流れる状況が繰り返されかねない。断食9日目だった8月28日、シム・サンジョン正義党院内代表のくちびるは水気が蒸発したようにパサパサに乾いていた。我々は地面に座って対話を始めた。

 院内政党が青瓦台の前で断食しており、近くでは遺族らが野宿籠城中だ。青瓦台関係者が出て来たことはあるのか。

 「誰も来てはいない。人間の道理がなっていない。遺族は犯罪者でもないし、単純な請願でもない。政府の無能・無責任によって子どもを失った被害者だ。このように酷く門前払いをすれば非情な大統領として認識されかねない。本来なら政務首席が秘書室長を送り遺族らに慰労の言葉でもかけるところなのに、今まで一切そんなことはない」。

 セウォル号の惨事が陣営対立の問題に変質しているという憂慮がある。

 「政府・与党が、聖域のない真相調査ということにかなりの大きな負担を感じているという思いがする」。

 非交渉団体ということで特別法の論議に関わることもできなかった。与野の交渉過程をどう見るか。

 「初めから我々が密室での合意を中断せよと言ったのは、現在のような状況を憂慮していたからだ。セウォル号の惨事は全国民の関心事だ。ほかの野党や市民社会などに論議の構造を開放・拡大し、公論化の手続きを経て国民の監視と圧力が可能なようにすべきだった。遺家族が感じている切迫した心情によって真相を調査し対案を求めようという特別法は、遺族の提案と数百万国民(7月15日現在、350万人余が署名)の特別法署名によって始められた法案だ。法制定は国会が行うけれども、事案の特殊性を見るとき、遺家族との協議が最初からなされていたならば、この問題ははるかに早く終わっただろう。ところがイ・ワング・セヌリ党院内代表は惨事から4カ月を経て遺族に会い、新政治民主連合の指導部は解決屋気取りの役割を自任しつつ、遺族を実質的な協議の主体として尊重しないという態度を示した」。

 野宿している遺家族たちとも何度か会っただろうが、遺族らはとりわけ、どんな話をしているのか。

 「大統領が国民への談話で、犠牲者たちの名前を列挙しながら涙を流し、青瓦台で遺族に会った時には肩を抱きながら『遺族の意思が何よりも大事だ』と言っていたが、そんな姿を思い浮かべながら大いに憤慨している。新政治民主連合に対する失望感も頻繁に口にする」。

 断食籠城しながら、政治はいかにあるべきかを再び考えることになったのでは。

 「政治とは、結局のところ国民に向き合って行う、ということだ」。

 キム・ジェナム正義党議員が言葉を添えた。彼は「断食しているのは良く見えはしないだろう。けれども共に会い対話をし疎通しながら共通分母を求めることが民主的やり方なのに、それができておらず、2大政党中心の構造にあって、我々は何が論議されているのかも分からない。身を投げうってでも、非情な政府に立ち向かわざるをえなかった」と吐露した。

疎通はなによりも心の問題


写真B。大統領がセウォル号惨事と特別法問題に主体的に関心を持つべきだとの声は、青瓦台の近くにまで到着した後、塀の前で立ちどまった。青瓦台の噴水台の近くには国民の声を伝える申聞鼓(注)が展示されている。「この太鼓は展示用なので叩いたり鳴らしたりすることはできない」として、「立ち入り禁止」の標札が太鼓への接近を阻んでいる。シム・サンジョン院内代表は「(太鼓の)バチもない(展示用の)申聞鼓が意思疎通のできない大統領を象徴しているのではないか、ただもどかしいばかりだ」と語った。「心からの疎通の政治」を望んでいる市民らの声によって埋めつくされた光化門広場〜青瓦台前の空間を自分の目でことごとく目撃している80歳のドイツ人牧師がいた。韓国とかかわりの深いパウル・シュナイス牧師だった。
1975〜84年、日本でドイツの「東アジア宣教会」の派遣宣教師として活動していたシュナイス牧師は、「1980年5月の光州」を現場で取材するようにドイツの記者に知らせ、血に染まった光州を国際的に知らせることに寄与した。1976年6月、「3・1民主救国宣言」の際、緊急措置9号違反の容疑で拘束されたキム・デジュン、ハム・ソッコンらの裁判過程を直接参観しつつ、歴史的真実を記録し伝える作業をしていて、当時の軍部によって入国拒否と追放を受けたこともある。2011年には「第5回5月のオモニ賞」と「5・18財団の人権賞」を受けた。セウォル号以後の韓国社会を見ようとして1週間の日程でやってきた彼に8月29日、帰国する前にしばし会った。彼が考えている「疎通の本質」に迫る前に、我々は幾つかの質問と回答をやり取りした。

 セウォル号の惨事を交通事故と語る政治家もいる。今回の惨事をどう見るか。

 「セウォル号の惨事は、初めは船が水に沈んだ事故だけれども、事故直後に政府が救助できず多くの人が死んだのは政府の責任だ。あまりにも多くの死傷者が出た。TVで(船が沈みつつあるのが)映されているのに誰も助けてやれず、それを見守った。こう言ってもいいのか分からないけれど、『第2の光州(1980年)』だと考えた」。

 第2の光州?

 「外国人の目には、多くの人々が全く同様に殺された。その時の光州が自ら立ちあがったように今、市民らが断食闘争をしながら立ちあがっている状況も、同じように思えた」。

 大統領との面談を要請しつつ、遺族らが野宿闘争をしている状況はどう考えるか。

 「理解できない。万が一、ドイツで(韓国政府が取っている)状況が繰り広げられれば、すべての政党がアンゲラ・メルケル首相の行動に反対し、こんな状況にならないようにしたことだろう」。

 政治、そして指導部はどうすべきだろうか。

 「すべての政治家は人々と対話し、真実を明らかにしようと努力しなければならない。疎通しないすべての独裁者は滅びた。このような事実を胸に刻んで疎通しなければならない」。

 では、あなたが考える疎通とは何なのか。

 「(隠すことなく)自らの本当の姿、本当の顔を示さなければならない。疎通は心から出てこなければならない。疎通を通じて相手を理解しなければならない。(疎通しようとする)他の人と同じ心を持つように努力しなければならない。セウォル号惨事の場合、子どもを失ったオンマ(母)の心のように泣き伏し悲しみを共にしなければならないのに、韓国の大統領がそれを見せないように感じられる。現在の大統領の姿が本当の顔なのならば、状況はさらに難しくなるだろうが、そうでないのならば疎通するように努力しなければならない」。

 セウォル号以後の韓国社会はいかに進むべきだと思うか。

 「人間中心の社会へと変えなければならない。もっと民主化されるべきだ」。

 民主化?

 「すべてのメディアが政府に批判的でありえなければならない。私の見るところでは、韓国政府や韓国人は恐れや懸念を持っているようだ。北韓(北朝鮮)を怖れたり、カネを失うのではないかと懸念したりとか。そのような恐れや懸念が、正しいことをするのを制約している」。

 今回の訪韓で最も印象的なことは何だったか。

 「(青瓦台前で記者会見を行っている)第1野党を見たが、表面的には力が強いようだが、私の目には小さな諸政党よりも弱そうだった。第1野党も何もできずにいるようだ。光化門広場で胸に『断食〇〇日目』と書いて断食している市民らが最も印象的だった」。

内国人を統制必要な対象に仕立てる

 彼は政治と指導者は、政治が必要な人々の心と同一視する努力がなければならないと考えた。遺族の籠城の場(青雲孝子洞住民センター)から進歩政党の断食の場である青瓦台噴水台前まで100mの距離に達する間に、記者は警察から3回も身分の確認を求められた。内国人が、統制の必要な不穏な対象になっている間に、観光バスに乗って青瓦台前まで来た外国人たちは大声でしゃべりちらしながら、青瓦台を観光記念写真の背景として撮っていた。(「ハンギョレ21」第1027号、14年9月15日付、ソン・ホジン記者)
注 申聞鼓 朝鮮王朝時代、王宮の門楼に吊るして、民が直訴するときに叩いた太鼓。


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