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パレスチナ問題10問10答―平和のために必要なこと
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イスラエルのガザ虐殺糾弾
川島 透
本紙の読者川島さんからパレスチナ問題をどう考えるべきかについて10項目の質問があり、それに対して編集部から回答を行い、川島さんに、10問10答形式の投稿としてそれをまとめていただきました。ご意見を寄せていただければ幸いです。(編集部)
歴史的背景をさぐる
「かけはし」編集部のKさんに話を聞いた。
Q1 イスラエルとハマスの停戦を求めますか。求めるとしたら、どのような停戦ですか。今回の悲劇に対して、どのような緊急措置を求めますか。
A もちろんイスラエルとハマスの間の停戦を求めるべきです。その条件は、まずはガザへの封鎖解除・自由な通行の確保です。ヨルダン川西岸地区との自由往来もふくめてです。その上で、イスラエルに対してはパレスチナ国家の承認をふくめて、西岸地区への入植の中止、隔離壁の即時撤去をも求めるべきです。
Q2 パレスチナ問題のそもそもの原因をどう考えますか。
A 原因については歴史的な複雑性を全体として考慮しなければならないのはもちろんですが、やはり第一次大戦の過程で英仏両国がドイツ、オーストリアと同盟した旧オスマントルコ帝国の解体処理をめぐってユダヤ人とアラブ人の双方に、「領土」を約束する矛盾した対応をとったことです。しかし実際には、英仏両国は、旧トルコ帝国のアラブ地域を分割して植民地支配することになりました(一九一六年のサイクス・ピコ協定をもとにしてシリアとレバノンはフランスの委任統治下に、ヨルダンをふくむパレスチナとイラクはイギリスの委任統治下に置かれます)。
第二次大戦の終了後、パレスチナの地は国連=大国の思惑によってユダヤ人とパレスチナ人によって分割されることになりますが、この時、イスラエルは国連での取り決めをも破る形でパレスチナの土地の大部分を占領し、そこに住むパレスチナ人を追放してシオニスト国家としてのイスラエルを建設します。多くのパレスチナ人は、住み慣れた先祖伝来の土地を追われて難民となりました。したがって今日のパレスチナ紛争の直接の原因は、やはり一九四八年のイスラエル国家の建設そのものに求められるべきでしょう。
Q3 世界各国はどう考えますか。
A 少なくとも欧米諸国は、イスラエルを帝国主義の利益をアラブ世界において体現する「砦」として位置付けてきました。これに対抗する形でソ連をはじめとする旧労働者国家やアラブの民族主義政権はパレスチナ解放運動に支援の姿勢を見せてきましたが、それはポーズでした。旧労働者国家や、アラブの民族主義政権は決してパレスチナ解放運動を全面的に支援することはありませんでした。
自治政府の本格的確立から
Q4 パレスチナ問題はどのようにすれば根本的に解決出来ると思いますか。
A パレスチナ問題の解決の出発点は、まず本格的にパレスチナ自治政府の機能を確立し、イスラエル・シオニスト政権によるあらゆる敵対・妨害をやめさせることにあるでしょう。そして西岸とガザのパレスチナ自治政府に国連の正式加盟国としての権限を付与することにあると思います。
ただしその上で、次はどうかという問題です。やはり「国家」と「民族」を不可分のものとして結び付ける考え方そのものの転換が必要であり、その観点から「民族共生国家」としてのパレスチナという展望を積極的に構想すべきだと私は思います。この点ではイスラエルの反シオニズム運動の闘士である、ミシェル・ワルシャウスキーの『イスラエル=パレスチナ 民族共生国家への挑戦』(つげ書房新社刊)をぜひ読んでください。
Q5 パレスチナ解放闘争に連帯する人びとの間では、パレスチナ問題はどのようにすれば根本的に解決出来ると考えられていますか。
A 根本的な解決の道については、先ほどの「民族共生国家」という展望をふくめていろいろな立場がありうると思います。何よりもイスラエルによる「和平プロセス」つぶし、自治政府つぶし、占領固定化と入植地拡大、パレスチナ人追放の政策を変えていくことを通じてこそ、そういう「根本的」論議もさらに活性化していくことになるでしょう。ガザ虐殺に代表されるイスラエルの行為は、そうした「根本的」論議の前提条件を破壊するためにこそなされていると考えるべきではないでしょうか。
Q6 ハマスとその闘争をどう考えますか。
A ハマスの「イスラム主義」やその軍事戦術については、運動の側からすれば私もふくめて、きわめて批判的な人が多いのではないかと思います。彼らの排他主義・軍事主義は、決してパレスチナ解放運動を代表するものではありません。
しかしハマスはやはりガザの住民によって正当に選挙されたものであって、その点をぬきにしてイスラエルのネタニヤフとガザのハマスを「どっちもどっち」「ケンカ両成敗」的にとらえるべきではありません。
ユダヤ人差別をどう考えるか
Q7 反ユダヤ主義やホロコーストをどう考えますか。
A 欧州における反ユダヤ主義やホロコースト問題について。これはそれ自体として全面的に取り上げるべき大きなテーマです。いうまでもなく私たちはイスラエル国家の差別主義的シオニズムへの批判と、ユダヤ人差別に対する闘いを、同時に遂行しなければなりません。たとえばフランスのオランド政権はユダヤ人差別への批判を理由に、イスラエルによるガザ攻撃に反対するデモを禁止したのですが、われわれはユダヤ人への虐殺に対しても、イスラエルによるガザ住民虐殺に対しても徹底的に批判しなければなりません。
Q8 非暴力主義者でもパレスチナ解放闘争に連帯することは出来ますか。
A 言うまでもありません。私たちがパレスチナ解放闘争に連帯するのは、その掲げる大義のためであって、闘争形態や戦術を支持するからではありません。
Q9 パレスチナ問題についての分かりやすくて安くていい本かパンフレットはありますか。
A パレスチナ問題についてのわかりやすい本やいいパンフレットはいっぱい出ています。いろいろ手にとって見て頂ければいいのですが、広河隆一さんの『新版:パレスチナ』(岩波新書)はよく読まれていました。あえて挙げれば、さきほど紹介したワルシャウスキーの著書『イスラエル=パレスチナ 民族共生国家への挑戦』に、岡田剛士さんが「『アンダルシアの夢』の入り口で」という長いまえがきを書いています。この文章は「おすすめ」です。
Q10 パレスチナ問題について日本政府のやっていることやマスコミの報道をどう考えますか。
A 日本政府は、今年の安倍首相とネタニヤフ・イスラエル首相との首脳会談のテーマが「安全保障協力の緊密化」であったように、実質的にイスラエル政府の立場を支持し、協力しています。またマスメディアの報道は、「ガザを実効支配しているイスラム原理主義組織ハマス」という必ず使われる言葉に示されるように、ハマスが不法にガザを占拠しているかのようなイメージ操作を行っています。そのように言うことで、イスラエルの無差別住民虐殺の犯罪性を相殺するような手法は、大いに問題があります。
―― 「かけはし」編集部のKさんは、以上のように答えてくれた。
一九四一年、ナチ占領下のフランス。一人のドイツ将校の死に、ヒトラーは一五〇人の人質の死を要求したという。イスラエルがやっていることは、ヒトラーがやったこととそっくりだ。私は、そう思う。新聞は、なんでイスラエルがやっていることを一面トップで報道しないのか。一面トップで糾弾しないのか。疑問に感じる。
(2014年8月)
読書案内
内田雅敏著、平凡社新書 740円+税
『靖国参拝の何が問題か』
無宗教国立追悼施設の提案
戦死者の魂を
独占する靖国
中国人労働者の戦後補償裁判や、靖国キャンドル行動などでも知られている弁護士の内田雅敏さんが平凡社新書で『靖国参拝の何が問題か』を出版した。
本書で書かれている「靖国批判」のキーポイントは、それが侵略戦争の戦死者の「追悼・慰霊」の場であるという「常識」への批判である。「靖国」の本質は、死者を「追悼」するのではなく「顕彰」するという点にある。「靖国」が顕彰施設だというのは、戦争を「聖戦」として賛美し、「神」となった死者を独占することである。
そして「顕彰」施設としての靖国に天皇が自ら参拝=「親拝」することで、「聖戦」の死者となる者を再生産する機能を果たすことになる。
「臣下に対して決して頭を下げることのない天皇が、『英霊』には頭を下げてくださる。まことに畏れ多く、ありがたいことである。かくして、戦場で突撃に際し〈靖国神社で会おう〉と語られたという『神話』が生まれ、戦死した夫、父、子に会いに靖国神社に行くという虚構が生まれた」。
したがって「A級戦犯」を「分祀」すれば「靖国」問題は解決するという考え方は誤りである。著者は述べる。「事の本質はA級戦犯の合祀にあるのではなく、A級戦犯の合祀にふさわしい靖国神社の歴史認識にあることを理解しなくてはならない。靖国神社がA級戦犯を分祀することは絶対にありえない。なぜなら分祀した瞬間に、『聖戦』史観を根幹とする靖国神社の歴史認識が崩壊し、靖国神社で亡くなってしまうからである」。
そしてこの「戦死者の魂」を独占するという虚構が、戦後も「靖国」が生き延びることになった根拠であった。このメカニズムを著者はみごとに説明している
「父を戦争で失ったある遺児は、初めて靖国神社に参拝し本殿に上がった時、宮司から『皆さん、よくおいでなさった。お父さんお待ちかねですよ』と言われ、本殿の畳に爪を立てて涙をこらえた、と後に述懐している。またある遺児は、参拝を終えた後、宮司から、皆さん、将来家庭を持たれたら、今度は子供さんも含めて、今度は家族全員で、お父さんに会いに来てくださいと言われ、感激し、家に帰って『また靖国神社に行くぞ』という感想文を書いてしまった、と述懐している」。
戦場で殺された家族の死を悼む思いを、靖国神社が「死者の独占と顕彰」を通じて獲得するあり方がここに示されている。
その上に戦没者を援護行政(恩給)の対象として調査し、その名簿を「靖国」の「祭神名簿」として通知するあり方が、逆に「祭神」となることで「援護法」の対象となると遺族には意識され、きわめて「実利的」な結びつきが靖国神社と遺族の間に交わされていったことも著者は指摘する。
代替施設を考え
るべきなのか
それでは死者を「英霊=神」として顕彰するのではなく、遺族の亡くなった父、夫、兄弟への追悼の思いを表現するにはどのように考えればいいのか。
「戦後の護憲運動は、平和憲法の下、戦没者と真摯に向き合うことを十分にはせず、靖国神社との対峙を回避してきた」と批判する著者は、「国自らが、だれでもいつでも参拝できる、無宗教の国立追悼施設を設け、不断に死者の声たちに耳を傾けるべきである」と述べる。「ただし、そこでは戦没者に感謝したり、戦没者を称えたりしてはならない。称えた瞬間に戦没者の政治利用が始まる。戦没者に対してはひたすら追悼し、再び戦没者を生み出すことはしないという誓いがなされなければならない」。
もちろん著者は、「本来、追悼、慰霊は、故人の親族、故人と面識のあった友人たちなど、故人をよく知る者のみがなしうる、すぐれて個人的な営みである」ことも注意深く指摘する。しかし「親父はここにしかいいない」という遺族や、「仲間が靖国にいるから会いにゆく」という「戦友」に対しては、それだけでは不十分なのであり、「国立追悼施設」という「補助線」が必要なのだと内田さんは強調している。
「反靖国」行動の討論会でも、靖国キャンドル行動のシンポジウムでも、この内田さんの提起は論議の対象になっていた。反対意見の多くは「なぜ国立施設でなければならないのか。それ自体が死者への感謝をささげる第二の『靖国』になりはしないか」という疑問だった。私もそういう危惧を感じている。それは、「戦争国家」となった日本「国防軍」の死者を「靖国」に祀るというのは、国際的にも無理があり、結局のところ「新しい国立追悼施設」という流れが強まって、「第二の靖国」=「感謝」の施設になるのでは、という危惧を持つからである。 (国富建治)
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