アジ連公開講座:谷口源太郎さん報告(下)
原発災害を忘れさせる意図
「福島」を利用し、切り捨てるプロジェクト
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被災地からの
あい次ぐ批判
ビデオで佐藤和良いわき市議が言っていたが、オリンピックは原発そのものを隠す。震災・被災地の深刻さを隠してしまう。現地からも厳しい批判が上がっている。この七月二一日〜二二日、福島に行ってきた。被災地の市町村議会議員を中心に全国からも議員が集まった。一五〇人ぐらい集まって、シンポジウムを行った。翌日、バス三台で広野町、楢葉町、富岡町に行ってきた。オリンピックどころじゃない。現地に行くとよくわかる。
実は復興オリンピックという用語自身も、最初、三・一一のこともあるので、オリンピック招致に復興をアピールすると安易に考えていた。
ところがヨーロッパは、この震災については非常に不安視している、福島原発事故、東京の復興がなんでわれわれと関係があるのかというクールな見方もある。これはアピールできないだろうということで下げちゃう。むしろ復興というのは内向きの言葉にしてしまう。復興オリンピックをほとんど一時使わなくなってしまう。それが東京に決定した後に、再度、復興が浮上してくる。森が言うオールジャパン体制は、言い換えればファシズム体制だ。なにも文句を言わせない。みんなのものだと言いながら、全体主義的に押し進めちゃう。
メディアも取り込まれている。朝日、毎日にしろ現場の記者たちに、そうとうプレッシャーがかかっている。オリンピック批判記事は、極力書くなと。ある記者仲間では、オリンピックに批判的な見方を持っている記者が、その記事を書いたところストップがかかり、社長室に呼ばれたということが話題になっている。社長室で「もう二度とこんな記事を書くな」「オリンピックは、われわれの商売なんだ。それに対して批判してどうするんだ」などと恫喝している。とにかく編集局は、具体的にオリンピック批判記事を書くなと言われないけど、ここまでいいかなという自己規制を要求する雰囲気が、間違いなくある。これは日々強まっている。こんな状態だから今後隠されていくものが多くなっていく。とくに被災地の問題は、これからどんどん隠蔽されていく。
人間性を破壊
する計画だ
森が被災地に回って御用聞きしたと言っているが、だいたい考えていることは、被災地の聖火リレー、宮城スタジアムでサッカーの予選を行うということだ。許しがたいことに福島のJビレッジ、今、東電の安全センターということで前線基地だが、それを二〇一九年に全部とっぱらって綺麗にして、オリンピック用の合宿地にするというのだ。そういう要望が出ている。こんなことで復興なんて言えたもんじゃない。
最近でも選手たちが被災地に行って交流をしている。だけど福島は誰も行かない。被曝するのがいやだからだ。選手たちは「被曝するところは行けない」とズケズケと言っていた。
このようにスポーツ界が被災地に対してやろうとする底の浅さがある。マラソンの高橋尚子が行って話題となったが、ギャラが二〇〇万円だ。自分の内部から被災地の人たちに手助けできることはなにかと自ら行っているとみんなは思っているわけだ。それが二〇〇万円のギャラで行っていた。
テレビに出るスター選手が来れば、大喜びはするが、それだけの話だ。子どもたちには、自由放題に遊べるグラウンドもない。そんな中で簡単に復興なんて、スポーツ界が寄与するなんて、これまでやってきたことは恥ずかしいものだ。
ところがメディアは、復興オリンピックとまた使っている。現地はオリンピックどころじゃない。それだけではなくオリンピックを口実にして、スポーツに関わる人権侵害が進んでいる。例えば、被災地は被曝しているので、放射能の線量もまだ低くなっていない部分もある。学校の授業だけができるということで学校だけ新築している。子どもたちは、いわきからバスに乗って学校に行って、遊ばないでそのまま帰ってくる。つまり、学校もできましたよ、生徒もちゃんと帰っていますよ、授業もしていますよ、こういうことを表面的に見せる。復興が着々と進んでいますよということを、なんとしてでも安倍たちは、アピールしたいわけだ。無理矢理、帰還者を作ろうとしている。
佐藤和良さんもはっきり言うが、「東日本大震災、原発被害は、どんどん忘れさせていこう。復興は進んでいることだけを強調して、震災を忘れるようにする意図がありありだ」。だからやることが、ものすごく強引になってきている。子どもたちは、強制的に避難しているところからスクールバスで送り込まれている。これは子どもたちの人間性も含めて、生命の尊厳も含めて、完全に無視だ。
Jビレッジだって、一九年に綺麗に元に戻してオリンピックのためのキャンプ地に使わせるというのも、前線基地を早くほっぽり出して、形だけのオリンピック用の施設に戻す。ほんとに除染ができるわけないじゃないかと地元の人たちは言っている。
このように人間の命とか、人間性とかを復興という名のもとに、いろんなものを計画に押し込んで、それを押し進めていくなかで、どんどん壊されている。現地に行くと、許せない形で、いろんなことが出てきている。
パラリンピック
と「国威発揚」
今年の四月から障がい者のスポーツの管轄は、文科省に統一された。ただし身体障がい者のスポーツ全体の福祉的なリハビリなどは、厚労省の管轄だ。
パラリンピックは、日本語名だ。世界では、ストーク・マンデビルムーブメントと言ってきた。もともと身体障がい者のためのスポーツは、イギリスのストーク・マンデビル病院で戦傷者、とくに脊髄マヒで車いすの生活をしている戦傷者を対象にした治療として行われた。その病院のグッドマン先生がリハビリ用にスポーツを取り込んだ。一九四八年七月一八日、第一四回ロンドンオリンピックの開会式に合わせて、病院で一六人の車いすの障がい者が参加して、アーチェリーの大会をやった。これがスタートだ。その後、いろんな競技へと広がっていった。
ただあくまでも原点は、障がい者の身体的精神的社会的なリハビリテーションの機会を与える媒介の一つとしてスポーツを用いて、障がい者が社会に関わることだった。これこそが元々の障がい者スポーツのストーク・マンデビルのムーブメントだ。いろんなマヒ、切断、視覚障害、脳性マヒなどの障がいのいろんな分野、それぞれの分野にあった競技、スポーツを決めていった。
しかし日本の場合、こういう思想的な障がい者スポーツの理念とかが非常に弱い。要するにパラリンピックでも頑張って、成果を上げて、それが国威発揚につながると考えている。パラリンピックのトップは、そういう考え方だ。だからいい成績を上げて、より注目されて、これもまた勝利至上主義になっている。ストーク・マンデビルムーブメントとは根本的に違う。成果主義と勝利至上主義に突っ走っている。
そのためにはオカネが必要だ。だから厚労省ではなくて、文科省にくっつけてオリンピックと同じように強化費が分配される、これが最大の狙いだ。この四月に一緒になったことで、初めて国庫補助から障がい者スポーツ強化費用として文科省からオカネが配分される。
私は、これが本当に障がい者スポーツにとって、発展に結びつくかというと大きな危惧を抱いている。目指している方向が違うんじゃないか。日本は、二〇二〇年オリンピックのメダル獲得数を世界三位として目標を掲げたが、障がい者競技でも一〇位以内などと目標を設定して成果を上げろと言い出している。
そうするとある限られた人たちが勝つために、相当なトレーニングをすることになる。障がい者スポーツとは、われわれの日常生活圏の中でどれほどの環境にあるでしょうか。バリアフリーは徹底しているでしょうか。学校も含めて地域の公共スポーツ施設も障害者用に、きちっと指導者も含めて引き受けられる、自由に参加できる環境にあるでしょうか。ほんとに貧困ですよ。普通の人だって地域の公共スポーツ施設に関わろうとしても、十分に関われない。施設は少ないし、指導者も少ない。誰にとってもスポーツというのは、誰でもスポーツをする権利がある。
しかしこれから先、二〇二〇年に向けておそろしいぐらいに国家的にメダル獲得のための、エリートスポーツ強化のための様々なことが強行される。
それで弾き出された日常生活圏での障がい者も含めた人たちが、スポーツ活動を通して人間性、尊厳というものを実現していく方向が完全に阻害されていく。東京オリンピックとは、成果主義、勝利至上主義で、メダル獲得に向けて強行していく。エリート選手中心を取り囲む組織、関わる人間たちのイデオロギーをなんとかして批判し、拒否し、崩していくことをしないといけない。そうじゃないとスポーツの本来のあり方というものが、これを機会に徹底的に壊されていく。
(講演要旨、文責編集部)
(次号に質疑応答)
コラム
隠れた肩書
「腐れ縁」「もちつもたれつ」という言葉が物語る政治家と企業のゆ着。
この数年、JR北海道は考えられないような事故を繰り返してきた。昨年、ついに検査データ改ざん問題で本社、支社、函館保線管理室などに家宅捜査が入り、悪質な組織ぐるみの隠蔽工作や札幌新駅ビル建設にからむ「闇」が明らかに。だが責任問題が浮上するやJR北海道の幹部が次々に「自殺」。
これに対して菅義偉官房長官は露骨に国交省をかばうように「輸送の安全を第一とすべき鉄道行政として、国交省が厳正に対処した結果だ。一日も早く利用者の信頼を回復するために……取り組んでほしい」と。彼のこの発言はこれまでJR北海道のずさんな安全体制を放置し目をつぶってきたのが国交省であり、背景を明らかにしようとすれば国鉄の民営分割化にまで行きつくことを知っているからに他ならない。
あまり知られていないが、彼は国鉄民営分割攻撃の隠れた実行役の一人なのだ。指揮したのは中曽根首相、推進したのはその後JR東日本、東海、西日本の社長に就任した葛西敬之ら三羽烏と三塚博、小此木彦三郎ら自民党の運輸族であった。この時菅は小此木の秘書で、三羽烏との連絡調整役として分割民営化の裏側を走りまわっていた。この「功」が認められ、彼は小此木の後継者として横浜という選挙区を得たのである。
当初、私は彼が横浜から立候補したことが不思議でならなかった。彼は私と同郷の秋田県出身であり、ほぼ同じ世代であったから大きな関心を持ったのを今も覚えている。
手元に民営化初年度である一九八七年の決算数字がある。JR北海道の営業利益は九一八億円で経常利益はマイナス二二億円。それに対してドル箱の東海道新幹線を抱えるJR東海の営業利益が八七四六億円。経常利益は六〇七億円。この時のJR北海道の路線営業キロ数は三一七六キロ、人員数は一万二七一九人。JR東海は二〇〇三キロで人員数は二万一四一〇人。「ひと言」で民営化の出発点を表現するとJR北海道は「赤字路線の廃止と人員縮小が要求」され、他方JR東海にとっては「新幹線の次をいかに準備するか」であった。この観点でみると「分割民営化」は、JR北海道、四国の切り捨てともいえる。これに基づきJR東海はリニアによる再バブルに期待し、品川駅周辺と名古屋駅周辺の巨大再開発を進め、今も建設は続いている。
JR東海はこれまでリニアに対し「政治家の影響を排除する」として費用も含めて「単独推進」という形をとってきた。だが、ここにきてJR東海は安倍政権の「成長戦略」の軸になることによって国からの資金を引き出す方向に転換し始めている。「リニアを日米の技術協力の象徴」とうたいケネディ駐日大使を試乗させたり、大阪府選出の自民党議員団を使い「名古屋から大阪への延伸」を主張し始めているのがそれである。
この動きを裏で操っているのは菅官房長官と葛西(JR東海会長)の民営化同窓会である。公明党の太田国交相は所詮飾り物に過ぎない。「族議員」の本能もそれを利用する側も「三つ子の魂、百まで」ということか。 (武)
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