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    かけはし2014.年8月11日号

兄弟、わが闘いへようこそ


インドネシア

ジョコウィへの手紙

どこへ向かうか、あなたが選ぶ時だ

ゼリー・アリアネ


 インドネシアでは、スシロ・バンバン・ユドヨノ(SBY)大統領が今年任期切れを迎え、次期大統領を決める大統領選挙が行われたが、つい先頃選挙管理委員会は新大統領を、五三・一五%を得票したジョコ・ウィドド(愛称、ジョコウィ)と公式に発表した。旧体制の特権層出身ではないことと清潔さで人気の高かったジョコウィは、スハルト時代の特権的与党であったゴルカルの支持を受けた、スハルトの娘婿であり、元陸軍司令官のプラボウォ・スビアントを、約六%の差で下した。インドネシアの民衆は直接選挙で、スハルトに連なる者が権力の座を占めることを、二代連続で拒絶し、その点で大きな意味をもつ結果となった。ただプラボウォは選挙に不正があったとしてこの発表に異を唱えているため、今後何らかの不安定要素が出てくる可能性もある。以下は、この選挙結果に対し現地の民衆運動側がどう身構えているかを伝えている。(「かけはし」編集部)

われわれはいま
だ安心できない

 私は今朝、インドネシア共和国大統領としてのあなたの最初の演説を読んだ。それは確かに、われわれがSBYから聞くのが普通だったものよりはもっと大胆な演説だった。私は、民衆多数の票を受けた者があなただったということを嬉しく思っている。なぜならば、他の者はそのような演説を行うことなど最初からあり得なかったからだ。ただ不幸なことだが、この者もまた人々から多くの票を集めた。
兄弟、大統領選は終わっているかもしれない。そしてあなたは、あなたの支持者たちに、あらゆる職業の人びとに、日々の活動に戻り通常のように働くよう勧めている。確かに兄弟、過去二ヵ月は、これらの選挙に巻き込まれてきた人々すべてのエネルギーを組み尽くすものとなった。
しかし民衆の多数にとっては、特に悲惨と毎日闘い続けているこうした人びとの中では、暮らしの諸問題がそれよりももっと長い間彼らのエネルギーを搾り取ってきた。あなたに味方して彼らの支持を投げ与えた後で、その中の少ないとはとても言えない人たちは現時点で、兄弟、まだ安心して戻ることなどできない。
彼らの雇用主たちは彼らの休日ボーナスをまだ払っていないのだから、彼らは依然として闘わなければならず、闘い続けている。彼らの労働契約は断食月が終わる前に終了させられたのだ。セメント工場は、レムバングからまだ撤退していないのだ〔当地の住民たちはこの工場に抵抗してきたが、その抗議活動のために暴力的に弾圧されてきた:原注〕。機動隊はまだ、農民とカラワンのジャムベ湾〔住民と不動産開発企業間の土地紛争現場:原注〕の住民に対する彼らの暴力的抑圧に関し処罰を受けていないのだ。商品価格は上がり続け、Eid休日期間中に里帰りするための交通料金は、貧弱な休日ボーナスからはほとんどまかなうことができない。シーア派難民は、この休日を故国で過ごしていることなどないだろう。そしてアーマディヤー共同体は、断食月を安心してやり通すことができない。
こうして、人権の冒涜者たちは裁判から免れて彼らの休日を安んじて過ごしてはならない、怒りにまかせて再選挙を要求することなどあってはならない、このように依然要求し続けている活動家たちや人権侵害の犠牲者たちがいる。これらすべての民衆の戦士たちは、兄弟、依然闘い続けている。彼らはまだ、安心して彼らの仕事に戻ることなどできないのだ。

解放の政治やり
通す勇気をもて


兄弟、政治は実のところ喜びに溢れているべきだ。しかし、カネと武器をもつ者たちが支配している社会では、カネをもつ者たちが特権を与えられ続ける一方で、困難を抱えている者たちに絶えず忍耐と寛容を求めつつ、司法のシステムがカネのない者たちを今もって保護せず、女性に対して暴力をふるう者たちにフリーパスを許す社会では、そうはならない。そのような状況の中に政治の喜びなどまったくない。喜びがもしあるとすればそれは一つの希望だが、それはまだ現実とはなっていない。
兄弟、あなたが昨夜述べた解放の政治には、あなたにそれを完全にやり通す勇気があるならば、偉大なすばらしい結末が待っている。それは、合理的な生活のための、また公正を得るための人権に対する侵害を経験している、そのような多数派の民衆に味方する姿勢をもつ一定の人びとをとらえている。ここで述べた人びととは、あらゆる抗議、長期にわたって不正と抑圧と闘ってきた人びとの歴史的主張を傾聴する人びとだ。われわれに対してではなく、世界銀行、IMF、アジア開発銀行、超大国の首脳たち、多国籍企業、商工業会議所やインドネシア雇用主協会に対決して、また同じく国家諸省庁に対決して、大声でかつはっきりと自分の意見を自由に話す人びとだ。それは、富と政治を支配する者たちを統制する勇気ある行動に向かい、普通の労働者を守る人びとだ。
解放の政治は、憲法の高潔な理想を満たし、この憲法にまだ欠けている考え方を付け加える一つの手段だ。あなたがわれわれに求めている精神の革命は、兄弟、解放の政治を欠いたのでは、何ものにも行き着かないだろう。

抑圧者と被抑圧
者は統一不可能


兄弟、前途には一つの闘いが控えている。この闘いを喜びの中でやることには何の不都合もないが、しかし時間はわれわれに、その喜びを感じるような贅沢や多くの休息を許さない。インドネシア人の統一は、公正で文明化された人間性の後から現れるだろう。われわれすべての人間性が、富をもつ者たち、武器を支配している将軍たち、世界のもっとも裕福な諸企業、われわれのカネに指令を発し続けている世界の金融諸機構、これらによって盗まれ続けている限り、その時インドネシア人の本当の統一は、依然として闘いとられるべきものとしてある。われわれは、腐敗したエリート、人権の冒涜者、犯罪的諸企業と統一することなどできない。人びとはあまりに長い間、それらのために犠牲にされ、悲惨の中で生きてきたのだ。
あなた自身で言うように、兄弟、われわれはいつも働いているからだが、一度として袖を下ろしたことがなかった、あるいはまともな服さえもったことのなかったわれわれのように、袖をたくし上げ仕事に行こう。もっと力を入れて働く、いいだろう兄弟、われわれは現にそうしている。
兄弟、はっきりした線を引け。なぜならば、あなたに票を投じた人びとは、腐敗した者たちや人権の冒涜者との和解や一致の中で暮らしたいとは思っていないからだ。彼らを即刻監獄に送れ。もしあなたにまだ勇気がないのであれば、兄弟、われわれはもっと厳しく抵抗することになるだろう。
兄弟、自身がワニの巣の中にいることに気づいているとあなたが分かっているのであれば、その時あなたは、ワニの言い分をもっと聞こうとしてはならない。意見交換の新たな回路は、あなたのボランティア支持者によってすでに開かれた。新たな小道は、あなたを中心に闘っている人びと、世界で闘っている人びとによってすでに開かれた。今や兄弟、誰の声を聞くのか、どこに歩みを進めるのか、あなたが選ぶ時だ。
われわれは長く待つことはできない、そして待たないだろう。
敬具。

▼筆者は革命的社会主義組織のポリティク・ラクヤト(民衆政治)のメンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年七月号) 

ロシア

MH17便ボーイング777撃墜とロシア

プーチンは引き下がれるか

冷酷な外交ゲームと国内政治


「内戦」かそれ
とも軍事介入か
 確信をもって言えることだが、二九八人の人びとの命を奪ったボーイング777の悲劇は、東ウクライナにおける衝突をいわば原理の点で、新たなレベルへと引き上げることになった。主要中心大国――ロシア、米国、そしてEU――は今、停戦に向けた責任に、あるいは逆にその実際の正当化と拡大の責任に、自ら向き合い、それを引き受けなければならない。
 航空機は間違いによって撃墜されたという可能性を考えたとしても、このできごとは、歴史をその「前」と「後」に分けるほどの大きな意味をもつできごとだ。このようなできごとの「後」では、いまあるような「奇妙な」「混成的な」そして他にない「戦争ではない戦争」にはらまれた様々な可能性は、使い果たされた。
 過去何カ月も、ロシアとウクライナ国境の大口を開けた穴を通って人びとと武器の変わることのない流れが通過していた以上、ロシアと西側間の外交闘争の神経を張りつめる中心は、ロシアが反乱派に支配を及ぼしているのか、それともこれはウクライナ内部の対立なのか、という問題だった。
 問題に異なった回答を与えることによって、次いで各々のサイドは、劇的に異なる解決案を提示できた。ロシアは、ウクライナは「内戦」を経過しつつある、という観点を軸とした一致を必要としていた。この観点の場合「内戦」は、その衝突に距離をとっている諸政党の、いくつかの影響圏へのウクライナ分割に合意すると思われるそうした諸政党の対話を通してのみ解決可能とされた。
 他方米国は、この衝突はウクライナ領土へのロシアによる、公言されてはいないがまさに実体的な介入の一形態として、つまり得意の古い軍事作戦の変種としてしっかりと見られなければならないと強調した。そしてこのような作戦については米国自身、長々と続く、すでに確定済みの実績をもっている。
 このような結論の直接的結末は、ロシアの「押さえ込み」という、経済制裁の徐々に引き上げられる強制や諸活動という、成功にはそれほどつながらない戦略だった。これらは「戦争を終わらせる」ようプーチンに強いることができる、そしてプーチンはこの戦争を始めたと同じようにたやすくそれを終わらせることができる、とする考え方だ。

ロシアの対外策謀空間が消滅した
今現に起きているものは何か、これを明確にするこの闘争における妥協は、陣営の各々にとっては、敗北に直接つながる道を意味していたと思われる。
このシニカルかつ冷酷な外交ゲームの論理によって、ボーイング777の悲劇がもし起こらなかったとしても、それをこね上げることが必要とされただろう。ドネツク人民共和国(DNR)を名乗る反乱派の役割の証拠は、いわゆる「国際社会」によっておそらく極めて早期に発見されることになるだろうが、おそらくこの反乱派に対する「テロ組織」としての指名に導くだろう。
「国際テロリズム」に対するもっとも残忍で破壊的な諸方策を正当化することは、われわれが知っているように、プーチン支配の商標の一つだ。MH17の撃墜は今や、DNRへの支援という疑惑と共に彼に突き付けられるだろう。そしてそれに対し彼は、肯定的あるいは否定的という形で答えることが可能なだけだ(現実的には、「イエス」はもはやありえないはずだ)。ただ一人の人物に向けられたこのメッセージの核心は、「ウラジミール・プーチンはこの戦争を止めることができる」という、ニューヨークタイムス社説に、もっともはっきりと表現されている。
プーチンは現実にこれをできるだろうか? 彼は、反乱派指導者だけではなく反乱派の普通の末端部分にまでも、そうした直接支配を及ぼしているのだろうか。そうした疑問は今や、ことによると永遠に、かっこに入れられた。ロシアの対外政治が享受してきた策謀の空間は、ドンバス地方上空高度一万メートルのどこかで、思いがけない終わりに到達した。

プーチンの国内
基盤は当面安泰
残っている疑問は以下のようなものだ。つまり、プーチンは引き下がることができるか? よく知られていることだが、ロシア並びに海外の双方で、君臨する体制の「銃後」の強さについては多くが疑問符をつけている。
リベラル派は、人びとがいったん経済制裁の直接的効果を感じるようになれば、宣伝という蜃気楼は薄れてゆくだろう、という考えで自身を慰めている。民族主義者と何人かの元左翼は、モスクワの「アンチマイダン」を、すなわち愛国的決起を予言している。そしてこの決起は、プーチンが「ドンバスを裏切」れば、急に彼に向きを変えるかもしれない。
この春以来ロシア国家がロシア社会に加えた破壊的な仕事の範囲を、両者とも見くびっているように見える。クレムリンの社会学者によって楽しげに広められた「新プーチン多数派」は、ここしばらくの間は、その支配者が提案するどのような行動も受け入れる準備ができているように見える。抽象的な攻勢と不安定という幽霊を前にする怖れ、この両者の組み合わせは、わが同国人多数を支配する行動の原因だ。そして彼らは、TVスクリーンが映し出す戦争と破壊の映像が彼ら自身のアパートへと動いてこない限り、何でも受け入れる準備ができているのだ。尊厳という感情、自立した思考に向かう能力、そしてもっとも重要なことだが、彼ら自身の諸権利のために闘う能力がロシアに戻るまでには、多くの時間と辛抱強さが必要となるだろう。
(「レフトイースト」よりロシア語から英訳)

▼筆者は、第四インターナショナルロシア支部のフペリョードの指導的活動家。フペリョードは、ロシア社会主義運動(RSD)創立に参加している。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年七月号)


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