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    かけはし2014.年8月4日号

下位法令で法律本体を無力化


全国教職員労働組合が15年ぶりに法外労組に

解雇教師を組合員とするのは規約違反


 行政府に続き裁判所も全国教職員労働組合(全教組)を法の外に押し出した。1989年の創立以降の10年は不法労組だったし、1999年の合法化以降今日までの15年は合法の範囲内に立っていた。今、全教組は「労組でないこと」あるいは「法外労組」という正体不明のグレーゾーンに投げ込まれた。

同じ裁判所が全く反対の判決


去る6月19日を起点として状況は正確に2013年10月24日、原点に回帰した。雇用労働部(省)が全教組に「法外労組」だと通報した日だ。解職教師を組合員として認めている規約が法に違反している、という理由だった。組合員6万人のうち雇用労働部が問題とみなした解雇者は9人。0・015%のために尾っぽが胴体を揺さぶった。該当規約は既に14年前に制定されたものだ。
昨年11月、ソウル行政裁判所行政13部は、全教組が雇用労働部を相手として出した執行停止の申請を受け入れ、「1審判決の宣告時まで労働部の処分の効力を停止する」と決定した。だがそれは8カ月分の「人工呼吸器」を付けてくれたのにすぎなかった。同じ裁判所が6月19日、本案訴訟について「雇用労働部の法外労組の通報は正当だ」と判決した。裁判所は雇用労働部の主張をほとんどそのまま受け入れた。
これにより全教組は実際には労組だが、法的には労組ではないという何とも不思議な立場となった。労組専従者72人は7月3日までに学校に復職しなければならず、労働組合という名称も使うことができない。全教組は「司法府に正義と常識を期待したけれども、司法府自らが行政権力の侍女であることを告白した判決」だと批判した。教育現場は一大混乱と葛藤の渦にはまりこんでいる雰囲気だ。
法的論難は、それよりもはるか以前の1980年代に舞い戻った。「今回の判決によって司法府と民主主義の時計は正確に1988年へと後退した」。全教組共同弁護人団のシン・インス弁護士の言葉だ。かつての労働組合法(労組法)には政府が任意で労組に解散を命令することのできる条項があった。
代表的な労働悪法だった。1987年の(民主化)6月抗争以降、この条項は削除された。ところが翌年、ノ・テウ政府が「法外労組」の通報条項を復活させた。名称を変えただけにすぎず事実上、行政府の気にいらない労組を法の外へと押し出すことのできる根拠を用意したのだ。国会の立法論議も経ていない施行令にすぎなかった。「労組設立申告書に洩れがあったり虚偽記載があれば、政府が是正を要求し、もしこれを履行しないなら法に基づく労働組合として考えない」という内容が骨子だ。これがまさに全教組「法外労組」通報の根拠となった「労組法施行令第9条2項」だ。
シン弁護士は「法律的根拠のない施行令によって国民の権利・義務を制限するのは憲法違反」だと主張した。下位法令である施行令が法をさしおいて主役となり法律本体を無力化する、いわゆる「法の上の施行令」論難だ。全教組は、この条項などについて憲法裁判所に違憲訴訟も提起した。だが裁判所は「労組法に合致しない規約を虚偽によって提出し労組設立申告したにもかかわらず、是正の命令や罰金以外に他の制裁を受けないのであれば、実体のない労組が乱立するだろう」と判断した。決定的に、全教組は1999年の合法化を前にして、解雇者を組合員として含む規約を制定しておきながらも、わざわざ申告しなかった、と判断したのだ。キム・ジョンフン全教組委員長は「事実と異なる。当時、代議員大会の決議を経ていない規約変更の事項なので申告しなかっただけ」だと反論した。

理由は「教師の特殊性」にある

 このほかにも裁判所は法の形式論理に徹底して忠実だった。労組法第2条4項は「勤労者ではない者の加入を許容する場合、労働組合と見なさない」となっている。全教組は「憲法が保障した労組の団結権を侵害する条項」だと主張したが、裁判所は受け入れなかった。裁判所は「この条項によって制限される労働者の団結権よりも、労組の自主性が確保されることによって達成される公益の方がより大きい」と判断した。失業者や解職者を労組員として認めている超企業単位の労組に対する大法院(最高裁)の判例とは違って、教員労組は教師としての「特殊性」があるとの理由も付け加えた。
「解職教師何人かが組合員としているからと言って数万人が属している組合の法的保護をはく奪(法外労組)するのであれば…何人かの国会議員が刑事処罰まで受けて議員資格まではく奪されたセヌリ党からまず法外政党として処理してみることだ」(ハン・インソプ・ソウル大・法学専門大学院教授のツイッター文)。
裁判所の論理に従えば、全教組だけではなく他の労組も解雇者がたった1人でも活動している場合、いつであれ「労組ではないこと」の通報を受けかねない。しかも9人の解職は大部分が全教組の活動のゆえだった。サンムン高腐敗財団反対闘争を支援して、あるいは2008年のソウル教育監選挙でチュ・キョンボク候補に全教組が選挙資金を貸与したことと関連して労組幹部として責任を取って刑事処罰を受けている中で解職されたのだ。裁判部が、損なわれるとしている労組の「自主性」とは何を意味しているのか、首をひねらざるをえないところだ。
全教組はとりあえず即時控訴し、1審判決の効力を停止してくれという仮処分申請をソウル高裁に出す予定だ。キム・ジョンフン委員長は判決直後、ソウル行政裁判所前で記者会見を行い「6万人の組合員が解職教師と共に行動するということは、チャム(真の)教育の実践を放棄しないという宣言だ。また12日間、1人で続けてきた断食闘争を16の市・道支部長へと拡大し、パク・クネ政府の反教育のありように立ち向かっていく」と明らかにした。全教組は6月21日、全国代議員大会を開き、以降の計画を論議する。
教育部(省)は直ちに向かい火を放った。裁判所の判決が出た後、わずか2時間にして労組専従者に復職命令を下し、これまで教育部や市・道教育庁が提供してきた事務所や支援金の返還(52億ウォン相当)を全教組に要求した。6月23日には市・道教育庁会議を招集し、以降の措置を点検した。

進歩教育監13人中8人が全教組


教育部を押し立てたパク・クネ政府と全教組間の緊張した全力戦が予想される。この過程では6・4地方選挙で当選した進歩系教育監(教育委員会の統括責任者)13人が全教組の応援軍として登場する可能性が高い。これらの人々は行政裁判所の判決を前にして裁判所に嘆願書を提出した経過がある。この人々のうち8人は全教組出身の教師だ。進歩系教育監当選者たちは、「何分か遅刻したからと言って学生を退学させるような措置」(パク・ジョンフン慶南道教育監当選者)、「現場で汗を流している先生たちの意思が充分に反映されない判決」(イ・ジェジョン京畿道教育監当選者)など、裁判所を公然と要求を拒否することがあり得るとの意思をほのめかした。
上級審の判決が残されてはいるものの、司法府が背を向けた状況にあって全教組の選択肢は多くはない。まず、解雇者も労組に加入できるようにする内容を盛り込んだ教員労組法の改正が急がれる。現在、国会の環境労働委員会にハン・ミョンスク新政治民主連合議員とシム・サンジョン正義党議員がそれぞれ発議した改正案が上がっているけれども、セヌリ党の反対が強く、法案の通過がなされてはいない。
もう1つ期待をかけているのは国際社会の強い要求と圧迫だ。国際労働機構(ILO)は昨年、3回にわたって「解職者の組合員資格を制限した労組法を改正せよ」と勧告する緊急介入書を韓国政府に送った経過がある。イギリスやドイツでは解職教師はもちろん、引退者、予備教師にも教員労組への加入資格を与える。教師の労働権を特殊なものとして考える大韓民国のほうが特異なのだ。ガイ・ライダーILO事務総長は最近、「全教組への法外労組通報など、韓国社会の時計の針が逆行している」として韓国に実態調査団を派遣する可能性に言及したことがある。
「茨の道を再び歩まなければならないのならば、我々はその道を歩んで行こう。体が傷だらけになったとしても我らはその道を歩んで行く。その道が子どもらのための道であるからだ」。ピョン・ソンホ全教組事務処長は語った。全教組の足取りが重い。(「ハンギョレ21」第1017号、14年6月30日、ファン・イェラン記者)

報道マニュアルもなかった

原則も配慮もなくしたメディア


 「何よりもメディアの自愧感は何と表現したらいいのか。それが単純な誤報だからではない。そこには新聞や放送の歪められた競争意識、煽情主義、無責任などの、ありとあらゆる否定的要素などが、べたべたとくっついているからだ」。
 先週の新聞の社説ではない。西海(黄海)フェリー号沈没事故が起きていた1993年10月17日付〈ハンギョレ新聞〉社説のひとくだりだ。1993年10月10日午前、全羅北道扶安郡イムス島付近で沈んだ西海フェリー号は292人の命を一瞬にして奪い去った。事故の2日後、〈ハンギョレ〉は住民らの証言を基にして「船長ペク・ウンドゥ氏が生きている」という単独報道を行った。〈朝鮮日報〉〈東亜日報〉〈韓国日報〉など他の各メディアも「船長探し」の取材競争に乗り出した。だが4日後、ペク氏は西海フェリー号の操舵室後方の通信室で、他の船員らと共に遺体で発見された。遺族らは「あなた方が生きていると言ったのだから、生きて返してくれ」と嗚咽した。推測性の報道が生んだもう1つの惨事だった。

一部では保険金
の推定記事も
惨事の「既視感」は正確に21年後のセウォル号事故現場でも現れた。メディアの無分別さは進歩・保守メディアの区分さえ無意味だった。その始まりは4月16日午前に、ほとんど大部分のメディアがセウォル号の沈没事故を伝えつつ、「全員救助」の消息を伝えたからだった。右往左往していた京畿道教育庁の情報をさしたる真偽確認もなしに拡散させるとともに、大衆の混乱を煽り立てた。
怒りが爆発したのは、事故当事者に対するメディアの態度だった。JTBCは4月16日のニュース特報で、生存した高校生にインタビューし、「友達が死亡したのを知っているか」という質問を投げかけた後、世論の袋叩きを受けて記事を取り下げた。ソン・ソッキJTBC社長は同日夕刻の〈ニュース9〉の冒頭で、不適切なインタビューについて謝罪した。事故の犠牲者に対する「身上ばらし」も何はばかることなく続けられた。〈ニューシス〉は京畿道安山の檀園高校の教室で、今回の事故で死亡したチョン某学生の日記帳を遺族の同意なしに写真記事として報道した後、抗議を受けて記事を削除した。そんなせいで、全羅南道珍島郡の珍島室内体育館では行方不明者の家族らが、取材記者に度を越した取材に抗議する状況までに至った。
惨事を素材として刺激的な見出しをつけたり、いわゆる「アビュージング」(同じ記事を重複伝送して照会数を高める行為)を行うというメディアの「背倫的」態度も問題だった。実際、インターネットには4月16日午後に〈タイタニック〉〈ポセイドン〉など、船舶事故を扱った映画を紹介する記事が登場したし、セウォル号の行方不明者が死亡したということを前提にしたまま、保険金をいくらもらうことができるかなどを扱った記事まで登場した。

互いに確認した
「基本」を守れず
報道のありようが度を越すと自省の声も登場した。韓国記者協会は4月17日、「一部メディアがセウォル号の惨事を取材・報道する過程に問題があった。深く反省する」という内容を盛りこんだ公式声明を発表した。大邱地下鉄の惨事直後の2003年に韓国記者協会などが推進しようとして終わった「災難報道準則」も話題になった。この草案には「既に発生した被害状況よりも今後、展開される他の被害を予防し、減らすうえでプラスになる報道を行い、人命救助を妨害しない範囲の中で危機状況に対する心理的・精神的不確実性を減少させることに主力を置き、不確実な内容の検証と流言飛語の発生や拡散を抑制することに寄与しなければならない」という原則を提示した。このような「基本」を守れなかったメディアは依然として21年前と変わらなかった。思いもよらないことだ。(「ハンギョレ21」第1008号、14年4月28日付、キム・ソンファン記者)


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